幕間 悪役令嬢の取り巻きの兄 ③
来年になれば、俺は王侯貴族の通う学園に通うことになる。学園に通うことになれば、ベルラ様を探す時間が今よりもなくなるかもしれない。でも卒業さえしてしまえば俺は次男だし、どうにでもなる。
学園生活では、ベルラ様を探すための力を手に入れる期間にするべきだろうか。
俺は今のベルラ様の絵を見るだけで、今のベルラ様はどんなふうに声をあげるのだろうか、どんな風に暮らしているのだろうか……ずっとそればかり考えている。
ネネデリアとはいつもベルラ様の話ばかりしている。
ベルラ様のふりをしているあの女は相変わらず俺たちに話しかけてくることもあるが、そこまで親しくはしていない。相変わらずあの女の魂は、大人が子供のふりをしている歪なもので、ベルラ様の身体におさまってはいるものの、綺麗じゃない。周りはあの女こそ王妃に相応しい、心優しい……なんて言っているけれど、あの女は多分、予想外の事態に陥ったらその取り繕っている優しさを保てないと思う。
あれはあくまで、自分の方が上だと――自分の方が優位に立っていると思い込んでいるからこその今のあの女だろう。それが魂の色からよくわかる。
本物のベルラ様は……どうだろうか。不測の事態が出た時ほど、人の本性が出るものだ。前に見かけたベルラ様の魂は、相変わらず綺麗だった。あのまま綺麗なまま、ベルラ様が大人になってくれていたら――なんていうのは俺の願望でしかないけれど、それでも再会出来たベルラ様の魂が綺麗だったら俺は嬉しいと思う。
「アル兄様、今日のベルラ様、会議をするよ」
「ああ」
俺とネネデリアは、年も違うが時折こうしてベルラ様に関する話し合いを相変わらず続けている。
両親や兄上たちは俺とネネデリアとはそこそこ距離はある。仲が悪いわけではないけれど、あの人たちは今のベルラ様――あの女をそれなりに好ましく思っているから。だから俺とネネデリアとはあまり話が合わない。
今日の題材は、ベルラ様の声についてである。
「私的には、今のベルラ様はとてもかわいらしい声をしていると思うわ! 絵でしか見たことはないけれども、何だか愛らしい声をしているようなイメージだわ。でもイメージ通りじゃなくても、ベルラ様がベルラ様であるのならばそれでいいわ。今もあんなふうに堂々としているのかしら」
「俺も可愛い声だと思う。前に見かけたあの魂の様子だと、少しの変化はあっても本質は変わってなさそうに見えた。ベルラ様は俺たちのことを覚えていないかもしれないが、もし会えて……名前を呼んでもらえたら嬉しいだろうな」
「はぁ、それ素敵! 私もベルラ様に名前を呼んでもらいたい。でもベルラ様って今、別の姿よね? ベルラ様がベルラ様だったって知っているって話しかけたら……なんて反応されるかしら。ベルラ様が私のこと覚えていてくれていたら嬉しいけれど!」
「覚えてもらえていなくても、会えさえすればどうにか仲良く出来ることは出来るんじゃないか? 俺はベルラ様に会えるのならば、嫌われたくないと思う」
昔のベルラ様と、俺たちが仲良かったかといえば普通だ。新しい身体を使用し、新しいベルラ様として生きている。そのベルラ様が過去を振り返らなかったとしても、少なくとも俺はベルラ様に嫌われたくはないと思っている。
「それはそうね! アル兄様って前向きよね。私もベルラ様に会えるなら、嫌われたくない! というか、アル兄様は学園に入ったら、ベルラ様のお兄さんとも会うわよね」
「……そうだな」
ベルラ様の兄とは同じ年なので、学園では同級生として通うことになるだろう。というか、学園に通ったら距離を縮めてこようとする可能性もあるかもしれない。
魂の色などが見えると、あんまり人付き合いってしにくいのだ。その人が表面上見せていない面も、見えてしまうから。それに俺は今の所ベルラ様以外に興味がない。でも学園に入学したら友人でも出来るだろうか?
友人を作るなら、あの女と親しくしている人たち以外がいいなとは思ってしまう。
「あの人もそうだけど、ベルラ様がベルラ様じゃなくなったって全然気づいていないよね。私もアル兄様しか気づいてくれなくて凄くショックだったもん。ベルラ様も……凄いショックだっただろうなって。そう思うと、やっぱりベルラ様がベルラ様じゃないって気づかない人たちってあんまり好きじゃないなって思う。王太子殿下はまだ、あのベルラ様になってからしか関わってないから仕方ないかなって思うけど、でもやっぱり、ベルラ様の居場所をとったあの人のことはもやもやするもの」
俺もネネデリアも結局、ベルラ様という存在を求めているからこそ今のベルラ様に対してそういう感情を抱いてしまう。でも今のベルラ様しか知らない人たちにとっては寧ろ俺たちの求めているベルラ様は異物なのかもしれない。
ベルラ様やネネデリアに起こっていた事態がどういったものなのか俺は知らない。でも例えばその魂の入れ替わりが何回もおこっていたらそれだけ凄まじいほどの騒ぎになるし、記録にも残りやすいと思う。でも俺が知る限りあまりないのは、それだけ滅多にない事象で、その入れ替わりが一度ぐらいしか行われないとかそういう感じなのだろうか?
学園に入学して、図書館で本でも読めば一つでもベルラ様やネネデリアに起こった事象について分かるかもしれない。
今のベルラ様は、今の人生を楽しんでいるように見えた。
一目見ただけだけれども、それでもあの輝く魂は人生に絶望しているものではなかったから。
「俺もあまり関わりたいとは思っていない。ただあの女は何でか俺たちに関わろうとしているから、あの女が入学したら俺にもネネデリアにも関わってきそうだからな。その辺を上手く躱しながら、ベルラ様に会うための準備を進める」
「うん。私も関わらないように気を付ける。最低限は仕方がないかもしれないけれど、仲良くはしたくないもん。私はアル兄様が学園に先に行っている間、ベルラ様を探したり、鍛錬する。お母様たちはアル兄様の悪影響を私が受けているって言っているからアル兄様が居ない隙に矯正しようとはするかもだけど……」
「まぁ、それはあるかもしれないな」
「アル兄様のせいじゃないって言っているのにね。私もあの時よりは……家族への蟠りなくなっているけれどそれでもやっぱりもやもやした気持ちはあるし」
ネネデリアはあれから四年も経過しているが、両親や兄上に対する気持ちは複雑なようだ。そう考えるとやっぱり……ベルラ様はもっと複雑な気持ちを抱いていたんじゃないかって思う。
ネネデリアと一緒にベルラ様の話をしていると、ベルラ様に会いたいなとそういう気持ちでいっぱいになる。
十三歳になる年、俺は学園に入る。学園に入学すれば今とはまた違う生活になる。
ベルラ様の話をネネデリアと交わすことも、あまり出来なくなってしまう。ネネデリア以外にベルラ様の話を共有できる相手はいない。他の者にとって、ベルラ様はあの女だから。
ただネネデリアとも話しているが手紙にはベルラ様のことは書かないように話している。というのも俺たちの手紙は事前に中身を家などに確認される恐れもある。あの女は周りから慕われるように動いているから。下手にあの女がベルラ様じゃないって手紙で話しているなんて知られたら、頭がイカれていると思われるのは俺たちの方だから。
アルバーノはベルラ様より二歳上なので、次の春から学園に入学します。
ネネデリアたちは二年後です。




