新しい生活 ①
「おはよう」
わたしがこの身体を使うようになって、一週間ほどが経過した。わたしはまだ自力で立ち上がることも、歩くことも出来ない。
パパはそれが分かっているから、朝から部屋まで迎えに来てくれる。
わたしはパパが用意してくれたベッドと鏡が置かれた部屋で寝起きしている。これはパパの寝起きしている寝室の隣であるというのが、この一週間の生活で分かった。パパはわたしが上手く身体を動かせないことを知っているから、そうして気を利かせてくれているのだ。
わたしは目を覚ますと、まずは立ち上がる練習をする。足の裏から感じるひんやりとした冷たい木の感覚はやっぱりわたしの心を興奮させてくれる。
この冷たい感覚が、わたしの身体があるんだ……と実感させてくれる感触だから。だからこそ、この冷たい感覚が好きだなと思う。
パパが起きる時間はまちまちだ。
規則正しくパパは起きてこない。それでもパパはわたしがいるからか、なるべく早く起きようとはしているようだ。
床へと座り込んでいたらパパが来たので、朝の挨拶をした。パパはわたしが挨拶をすると、「おはよう」と返してくれる。
「やっぱりまだたてないか」
「うん……ごめん、なさい」
「謝らなくていい。ご飯食べるぞ」
「うん」
わたしはすぐにパパに謝ってしまう。
こんな状況になって謝ることが結構癖になってしまっている気がする。パパはわたしがごめんなさいと謝ると、いつも気にしなくていいとでもいう風に、頭をぽんぽんと叩いてくれる。
パパが慣れていない手つきで、わたしに接する。
パパはわたしのことを魔法で浮かせると、そのまま初めて食事を取った部屋へと連れて行く。
ご飯はいつも決められたものばかりだ。パパは料理に対してそこまでこだわりがないみたい。パパの用意してくれる料理も好きだけど、わたしが立ち上がって行動出来るようになったら料理も習えないかなと思った。
公爵令嬢として生きてきたから料理なんて全くしてこなかった。そんなのわたしの仕事ではないと思っていたし、料理人にわたしは好きなものばかり作らせていた。でも二年も食事を取ることが出来なかったから、わたしは味が薄かったとしても、食事を取れるだけでも嬉しいから。
一週間で少しずつスプーンの扱いは前より出来るようになった。まだまだスプーンを落とす時もあるけれど、その時はパパが食べさせてくれた。
わたしは一人で動けないから、パパはわたしを連れまわしてくれた。パパは仕事という仕事を特にしていないようだ。パパは仕事をしなくても生きていけるだけのお金を持っているのかもしれない。
そう思うのは、パパに連れまわされる中で見かけるこの家の置き物などが公爵令嬢として生きてきたわたしの目からしてみても高価なものが多かったからだ。
パパは自分のことを魔導師といっていたけれど、パパが結局何者なのかというのはよく分からない。何者? と突然聞くのはおかしいと思った。でも例えパパが悪魔とか悪い人だったとしても、わたしにとっては唯一の味方で、唯一わたしを見つけてくれた人だから。
「……普通の子供のように行動出来ているな」
パパは時々、わたしに視線を向けている。
それはわたしを観察するためのようだ。パパにじっと視線を向けられると少し落ち着かなかった。わたしはパパのために何もできていないような気になるけど、パパはわたしのことを観察しているだけでも満足のようだ。
パパはわたしの観察を記録しているようだ。食事の回数や起床時間など、わたしのことを記録して、ホムンクルスの中へと入ったわたしが普通に人として生きていけているのかというのを見ているのだ。今の所、わたしの身体はまだ慣れていないから動かしづらいが、それ以外は問題がないらしい。
「パパ、次は、なにする?」
「魔法の研究だな」
パパはいつも研究ばかりしている。
パパは魔法というものがとても好きらしい。というのはこの一週間だけでよく分かった。パパはわたしが理解出来ないような研究をいつもしている。わたしはお父様たちにこの年にしては文字がきちんと読めていると言われていたけれど、パパの書く文字はよくわからないものが多かった。
なんと書いてあるか分かっても、意味が分からないものも多かった。
パパが言うには、パパが書いている文字は古代の文字や魔法文字と呼ばれるものも多いらしい。益々パパがよく分からなくなった。




