プロローグ ①
『え……?』
わたしはベルラ・クイシュイン。
栄えあるクイシュイン公爵家の長女なの。
大好きなお母様とお父様、優しくてかっこいいお兄様がわたしの傍にいて、侍女たちはわたしの言うことを沢山聞いてくれた。
なんでもほしいものが手に入った。
欲しいお菓子も、素敵なドレスも――わたしが欲しいと言えば、お母様もお父様も笑ってそれを与えてくれた。お兄様は困った顔をしていたけれど、わたしの頭を撫でてくれた。
わたしは、家族が大好きだった。
――このままの暮らしが、ずっとずっと、永遠に続くのだと、そう信じていた。
――だけど、ある日。
わたしの人生は変わってしまった。
気づいた時に、わたしは自分の身体を見下ろしていた。何が起こっているのか、さっぱりわたしには分からなかった。
わたしは、此処に居るのに。わたしが、わたしの身体を見下ろしていた。
改めてベッドに眠っているわたしの身体を見る。
お母様譲りの赤い髪は、わたしのお気に入りだ。お母様のように赤毛を長く伸ばしたいな、お母様と同じような髪型をしたいなとそんなことばかり考えて、ずっと髪を伸ばしていた。
今は閉じている瞳は、お父様譲りの水色だ。その空色の瞳もわたしは大好き。お父様と同じ瞳がわたしは大好き。自分で言うのもなんだけど、わたしは六歳にしては綺麗だって、侍女たちもほめてくれるの。
お父様はわたしのことを『私のお姫様』と言って抱きしめてくれるの。
お母様はわたしのことを『私の娘は可愛いわ』と笑って抱きしめてくれるの。
お兄様はわたしのことを『仕方がないな』といいながら撫でてくれるの。
とてもとても大好きなの。
わたしが目を覚まさないと、お母様もお父様も、お兄様も――きっと悲しむわ。だってわたしは家族にあいされてるもの。だいすきなわたしが眠ったままだったらきっと皆悲しむもの。だから、わたしは目覚めなきゃいけないのに、こんな風に家族を見下ろすわけにもいかないのに。
どうして、わたしは自分の身体にふれているつもりなのにふれられないの?
どうして、わたしは宙に浮いているの?
そんなことを思ってしまう。どうして、なぜ……わたしは、こんなことになっているのだろう??
不思議で、なんだろう、夢かなって思った。
だってこんなこと、ありえないことだもの。だってわたしがわたしの身体を見下ろしているなんておかしいもの。
わたしは不思議で不思議で仕方がなかった。
この夢は、すぐに覚めるのだと思っていた。
だけれど、その夢は簡単に覚めなかった。寧ろ、最悪な形で続いていったのだ。
――目の前の、わたしが何故か目を覚ましたのだ。
わたしは此処に居るのに。わたしは身体を動かしてなんてないのに。それなのに目の前でわたし(・・・)が動いていたのだ。
目が覚めたわたし(・・・)は驚いたような仕草をして、訳の分からない言葉をブツブツと言っていた。わたしが此処にいることなど知らずに、わたしの中にいる誰かは――わたしを演じだした。
何故だか、ベルラ・クイシュインのことを、わたしのことをその存在は知っているらしい。よく分からない。
あくやくれいじょう? とかおとめげぇむだとかよく分からない単語を口にしていた。
そのわたしの身体を使っている誰かは、わたしのふりをした。わたしは、大好きな家族が気づいてくれるのだと信じていたのだ。
だってそこにいるのはわたしじゃない。
だってそこにいるわたしの身体を動かしているのはわたしじゃない。
――だから、だからきっと、気づいてくれる。
だってそこにいるのはわたしじゃないから。
お父様、お母様、お兄様――大好きな家族。
そしてわたしの面倒を見てくれていて、いつも言うことを聞いてくれている大好きな侍女たち。
わたしは皆のことが大好き。
わたしの目から見て、わたしの身体を動かしている誰かは、わたしではない。わたしの行動とは違う。どうやらわたしの身体を動かしている誰かは、わたしの今までの事を知っているわけではないらしい。
ただ不思議なことに、わたしの身体を動かしている誰かは……わたしが出来ないようなことを簡単にやっていた。
周りの行動や、周りの事をよく見て、それに合わせて――、わたしらしいわたしを演じようとしていた。
そこにいるのはわたしじゃないのに。
自分がわたしじゃない事を言わないで、わたしのふりをしている。
わたしはいつまでこのままなんだろう? わたしの身体を返してほしい。だってお父様やお母様に抱きしめられるのも、お兄様に撫でられるのも、わたしだからなのに。
どうしてわたしじゃない人が、わたしの大好きな人たちと、わたしのふりをして笑っているの?
はやく気づいて。気づいて、偽物だって言って。
わたしの身体から出ていけって言って。そこはわたしの場所なんだよ!!
美味しいものを食べるのも、綺麗なドレスを着るのも、全部あなたじゃなくてわたしのものなんだよ!!
そんな思いでわたしは一杯だった。
――この悪夢が、覚めることを祈っていた。