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トーティ・ジャックの庭

パール

作者: 矢宵羽鷺

 その家の裏庭のヒイラギの生け垣には、秘密の抜け穴がある。

 棘だらけの葉が密集して、外からの侵入者を頑なに拒んでいるけれど…… ボクだけが知っている近道、あのこの窓辺に通じる道。コツコツとガラスを叩くと、窓が少しだけ開いた。部屋の中の暖かな空気がこぼれる。

 白い小さな手がカーテンの隙間から手招きをする。ボクは急いで窓から部屋に入った。暖かな部屋の中は静かで、たくさんの花が飾られていた。


あれ? あのこがいない……


 いつもはソファのクッションに身を沈めて、まどろんでいるのに。

 どこに行っちゃったんだろう。

 あのこが隠れそうな場所を、あちこち覗いてみても、見つけることが出来なかった。そしてソファの前で、途方に暮れていると、優しい声が聞こえた。

「寒かったでしょ、こっちにおいで」

 手招きしたのと同じ手が、そっと頭を撫でた。その撫で方が、とても心地よくて、ボクはうっとりしてしまった。彼女が、明々と燃える暖炉の前にある椅子に座ると、ボクもその前で香箱を組んで丸くなった。

 暖炉なんて珍しい。ボクのうちにもあるけれど、一度も使ったことがない。こうして火の入った暖炉は、体だけでなく心も温めてくれる気がする。

 あのこがいない寂しさも癒してくれる……

「ジャック? 」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げた。すると嬉しそうに笑う彼女の瞳があった。

「やっぱり、あなたがジャックね」

 くすくすと笑いながら差し出された手のひらに、ボクは頬を擦り寄せて喉を鳴らした。

「この前、あなたのご主人様に会ったわ」

 ボクの父さんのコトを、人はよく「ご主人様」と呼ぶんだ。そりゃあ、ボクだって自分と父さんの姿形が、全く似ていないのは知っている。

 だけど、だけれどさ、似ていない親子なんて、いくらでもいるでしょ?

「すぐ逃亡するって、困ってらしたわ」

 ボクは喉を鳴らすのをやめて、不満を訴えるべく尻尾を左右に大きく振った。

 だいたい、もう子供じゃないんだから、いちいち親の外出許可なんて必要ないさ。自分の面倒は自分でみるし、毛づくろいだって得意だ。

 ボクを子供扱いする彼女の傍を離れて、もう一度ソファの前であのこを探してみた。

 そんなボクを暖炉の前から見ていた彼女の顔から、笑顔が少しずつこぼれ落ち、とうとうなんの表情も無くなってしまった。

 それでもボクは、彼女に向かって、ひと声問いかけた。

 すると突然、彼女の両目からは滝のような涙が流れた。

「あのこはね、もういないの。パールは虹の橋の向こうに行ったの」

 ボクには彼女の言葉の意味はわからなかったけれど、流れる涙の意味は知っている。両手でおおっても、涙の河を塞き止めることはできずに、ぽろぽろとボクの背中に落ちてきた。

 ボクは彼女の膝の上で、涙の雨が止むのを、じっと見守っていた。


「おかえり、ジャック」

 ボクがうちに帰ったのは、すでに夜更けだったけれど、父さんは起きて本を読んでいた。

「どこまで行ってたんだろうね、キミは」

 そう言って、ボクを抱き上げた。するとほろほろと背中から雫が転がり落ちた。

「雨が降ってるのか? 」

『ちがう、ちがうの! これは彼女の涙なんだよ!』

 ボクは父さんの胸に爪を立てて言った。

「あははは、何を言っているのか、さっぱりわかりません! 」

 大笑いした父さんは、ボクの毛皮の上を転がる涙の粒を見て「まるで、真珠みたいだね」と言って、しばらく眺めていた。


そうしてボクは、いつか行くことになる虹の橋の向こうを夢に見た。

その橋の向こうに広がる野原には、あのこが真珠色の毛並みを揺らして優雅に歩いていた。

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