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陽炎少女とハヤテの空  作者: 爾志 アキラ
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01:少年の夢と颯の空

 その夜は、とても風が強かった。

 我々は台湾南部の潮州基地から、東京に戻るため、数日の間この船に乗りっぱなしであった。

 その数日間の船旅で疲労が蓄積された身体に、高波による揺れが合わさることで、船酔いする人にとっては最悪のコンディションとなっていた。

 僕の戦友、木曽川少尉もそのうちの一人であり、「気分がよくない」と言い残して甲板へと出て行ってしまった。

 そしてこの船旅で僕も少し神経質になっていたんだと思う。

 木曽川が1時間近く戻ってこないため少し不安になり、外の空気を吸うためと理由をつけて、彼の様子を確認しにいくことにした。


 風圧で重たくなった扉を開くと、そこには呆然と座り込む木曽川がいた。

「木曽川少尉、なぜそんな所で座り込んでいる。船が揺れすぎて腰でも抜かしたか?」

 僕はいつも通りに少しからかうと、彼は無言で左前方を指差した。

「あそこの陸地か?暗くてよく見えないが……、何か怖いものが見えたりでもしたのか?」

 そう言って数秒間考え込むと、僕もあることに気づく。

 この船は早朝に東京港へ着くと聞いていたので、時間を考えると今この船は東京湾内を航行していることになる。


 となると、何か見えたことが問題ではない。

 むしろ、何も見えないことが問題なのだ。

 あれが、あの灯りがほとんどない街が、

 我々が命を賭して守ってきた国の、帝都の姿だというのか?

「なあ、木曽川少尉」

 僕は独り言のように呟く。

「我々は何のために、何を守るために戦ってたんだ?」

 桂林作戦において目の前で撃墜された仲間の顔がまぶたに浮かぶ。

「我々はいったい何を守れたんだ?」

 フィリピンで精華隊として特攻した妻沼中尉の顔が、

「我々の戦いは無駄だったのか!」

 思いつめた表情で戦場へ飛んだきり戻ってこなかった、幼馴染で同期の角田准尉の顔が、次々と頭をよぎった。

「結局何も守れてないじゃないか!!」

 僕はさらに大声で叫びたいのをぐっと堪えると、呆然としたままの木曽川を連れて船内へと戻った。


 この日、僕の中で何か大事なものが崩れる音がした。



 Kapitel 01:少年の夢と颯の空



 昭和20年4月30日、僕はまだ操縦に慣れない一式戦「隼」で高萩飛行場へと降り立った。

 ここは前にいた下館飛行場よりも、さらに周囲には何もない場所であった。

 にもかかわらず、僕は久しぶりに気分が高まるのを感じていた。

「大野中尉、また生きて埼玉の地を踏むことになろうとはな」

 隣で木曽川が何とも言えない顔で呟く。

「ああ、そうだな」


 僕は大野颯、陸軍第十飛行師団隷下、飛行第一戦隊所属の中尉、21歳である。

 これまで漢口・ルソンと転戦してきており、下館に帰還した今年4月に中尉へと昇進したばかりだ。

 そして隣で航空帽を脱ぐ、やせ型長身で黒髪の青年が木曽川伊吹。

 僕と同期で、飛行第一戦隊所属の中尉である。

 木曽川とは中学時代からの友人で、ルソン島防空時に行方不明となった角田を含めて三人一緒に埼玉県立川越中学から熊谷陸軍飛行学校へと進学した親友であった。

 卒業後は別々の戦線へと送られたが、昨年秋、再びこの飛行第一戦隊で三人一緒になれたのだった。

 それなのに、運命の神様は三人一緒に埼玉へ帰ることを許さなかった。

「角田のことか?」

 木曽川が僕の考えてることをズバリ当ててくる。

「いや、今ここにいない者のことを考えても仕方ない。一人一人の事を覚えていたら苦しくて押しつぶされそうになるからな」

 僕は少し視線を下げる。

「でも角田の乗る飛行機は無事に見つかったんだろ?臆病なあいつのことだから、きっと戦争から逃げてどこかで悠々自適に暮らしてるんじゃないか?」

 木曽川はぎこちなく笑った。

「ああ、きっとそんなところじゃないかな」

 僕もぎこちない笑顔で返した。


 飛行第一戦隊の全機が高萩に着き少し休憩していると、戦隊長の滝川大尉に格納庫へ向かうよう指示された。

 僕は今日の午後は地上待機となっており、時間は余っていたので指示通り格納庫へと向かうと、そこには意外な人物がいた。

「大野中尉!お疲れ様です!」

 まだ少年と呼べる年齢であろう、茶髪の少年がこちらを見て満面の笑顔になっている。

「その声は福井か、久しぶりだな。まさかこんなところで会うことになるとは驚きだ」

 彼は福井音羽、川越の久住家に住み込みで働いていた福井夫妻の息子で、5歳ほど年下ではあるが、家が近所だったこともあってお互いによく知っている仲だ。

 川越で屈指の名家である久住家も、今では家事使用人がいなくなったと聞いてはいたが、まさか福井がこんなところで働いているとは思わなかった。

「4月から高萩飛行場で整備兵として地上勤務に就きました!よろしくお願いします!」

「ああ、ところで滝川戦隊長に言われて格納庫に来たんだが、何の用事なんだ?」

 そう聞くと、福井は得意げな顔で格納庫の中に誘導する。

「ここ高萩にも配備されたんですよ、あの戦闘機が!」

「まさか――――」


 格納庫の中にある真新しい機体を見て、僕は無意識のうちに感嘆の声をもらしていた。

「これが、四式戦闘機『疾風』か!」

 桂林作戦・フィリピン作戦ではどちらも一式戦「隼」を使っていたので、僕も四式戦を生で見るのは初めてである。

「帝都防空のため、エースパイロットの大野中尉を含む数人に、この四式戦を託すそうです。これで帝都防空も敵なしですね!」

「ああ、期待にこたえられるように頑張ってみせるよ」

 帝都はもう焼け野原で守るものなんて……とは、期待に目を輝かせる少年の前では口が裂けても言えなかった。


「そういえば双葉、久住双葉って今はどうしてるんだ?」

 四式戦をいじりながら、一番双葉の事を知ってそうな福井に何気なく尋ねてみる

「昨年までは住み込みで働いてましたけど、今年からは一人であのお屋敷に住んでいらっしゃるようです」

「双葉が一人暮らしねぇ……」

 僕と双葉は家が近所で、お互いの両親の仲が良かったこともあり、よく遊んだ友人であり、そして、僕が空を飛ぶ一番大きな理由である。

「それでは、僕はお先に失礼します!」

「ああ、お疲れ」

気づくと夕方になっており、福井も宿舎に戻っていった。

そして、僕は一人になった格納庫で、四式戦「疾風」にもたれかかって、とある少女の事を思い出していた。



「今日の空、とてもきれい」

 あれはとある夏の日だった。昨晩降った土砂降りの雨はすっかり止み、大きな水たまりが雲一つない青空を映していた。

「わたし、空を飛んでみたいな」

 小さな白い飛行機が、青空に軌跡を描いていく。

「ああ、いつか飛べるよ」

 僕は体調が優れず、横になっている彼女のそばで本を読んでいる。

「でもわたし、旅行なんていける身体じゃないよ」

「それなら僕が飛行機を操縦して君を乗せるよ。それなら身体が弱くても問題ないよ」

「ほんとに…?」

 彼女の瞳が輝く。

「ああ、約束しよう」

 少女と一緒に青空を見たその日、僕の夢は双葉を乗せて空を飛ぶこととなった。


 しかし、時代の流れは残酷であった。

 僕の中学在学中に支那事変が勃発、欧州では英独戦争やソ・芬戦争が起こり、日独伊三国同盟が結ばれ、日米関係は深刻な悪化を見せていた。

 僕の夢は双葉を乗せて空を飛ぶことであるが、そのためにはこれから起こるであろう戦乱から、双葉を守り切らなければならない。

 触れようとしたらきっと消えてしまう、陽炎のような少女。

 そんな彼女を守るため、彼女の存在を消させないために、僕は飛行機にのって敵を撃ち落とし続けた。



「でも双葉に飯とか作れんのかなぁ」

 僕は子供の頃の双葉しか知らないが、彼女に生活ができるとはあまり思えなかった。

「誰が料理が下手だって?」

「だって料理できなさそう……あれ?」

 振り返ると、流れるような栗色の髪の美少女が、こちらを見て静かに怒っていた。

「ふ、双葉、久しぶりだな……」

 僕が彼女と最後に会ったのは4年前。

 見た目が思ったよりも変わっていて驚いたが、今ではもう18歳なのだから、そりゃ見た目も変わる訳だ。

「な、なんでこんなところに?」

 恐る恐る尋ねると、彼女は表情を変えずに滝川大尉からの手紙を鞄から取り出した。

「滝川大尉からあなたが帰ってくると聞いて、泊まる場所に困るかと思って来てみたけど、心配は不要だったみたいだね」

 どうやら彼女は僕の発言に心底お怒りのようである。

 昔から一度怒ると、なかなか鎮まらないのでとても恐ろしい存在であった。

「いやいやいや、宿舎で暮らすより久住家に泊めてもらえる方が何百万倍もありがたいです」

「それで?」

「先ほどはすみませんでした」

 ちゃんと謝罪するのは数年ぶりな気がする。

「それだけ?」

 駄目だ。どうやら先ほどの発言以外の理由で怒らせてしまったようである。

「私がなんで怒ってるかわからない?」

「ごめんなさい、わからないです……」

 本当に心当たりがないし、もし彼女を怒らせるようなことを無意識のうちにやっていたらとてもショックである。

「……夏になったら」

「え?」

「毎年、夏になったら私のところに帰ってくるって約束したじゃん!」

 彼女は本気で怒った顔になる。

「そ、それは、僕も外国に行ったり色々忙しくて……」

 確かに僕は彼女と約束した。あの夏の日を思い出せるように、僕が自分の夢を忘れないために。

 それなのに、彼女のためにと思って行動する間に、戦いの間に、こんな大事な約束を忘れていたのだ。

「ごめん」

「帰ってこれないのはわかるけど、せめて手紙くらいは欲しかったよ」

 きっと、彼女にとっては、この四年間は僕と同じように激動の四年間だったんだ。

 それなのに、僕は本来の目的を忘れて、自分の事しか考えてなかったように思う。

「ごめん、だから――」

 僕は息を吸い込み、ズボンの裾をぎゅっと掴んだ。

「だから、今年の夏は一緒にいる。約束する」

 彼女は少しだけ顔をほころばせた。

「うん、よろしい」

 こうして僕はしばらく久住家に住まわせてもらうことになったのだった。

ご覧いただきありがとうございます。

第二作目ということで、B(Battle)をイメージして製作しました。

このお話は全3話か4話で纏めていきたいと思っています。

どうぞ、よろしくお願いします。

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