4.回復
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ゲンは、既に教会へと出発した。
俺たちは、警備士を挟むように向かい合って腰を下ろす。
ラナは、余りにも酷い火傷に、警備士から目を逸らしかけるが、唇を噛み耐えるように直視する。
虫の息だが、まだ命の灯火は消えてはいない。
急がなければ……
「では、まず最初に、お前が出来る最大限の回復をかけろ」
「はい」
ラナは頷き、手をかざして呪文を唱える。
「中回復」
手の平より、白い光が飛び出して、警備士の体を包み込んだと思ったら、みるみる内に、体の皮膚を再生していく。しかし、火傷が酷すぎるのか、痕が残ってしまう。
ラナが顔を曇らせ、視線をあげる。
どんな腕の良い賢者にも、治った怪我を、もう治す事は出来ない。つまり、一生痕が残るという事だ。
「構わん、命が助かっただけでも、ありがたいだろう――これで限界か。まぁ、初心者の冒険者にしては、上出来だ」
僅かだった呼吸が、少し良くなったようだ。真っ青だった唇も、少し血の気が戻ったような気がする。
だか、余談は許されない。治ったのは、外見上だけで、体内までは治っていない筈だ。
「さて、ここからが、本番だ。警備士が戻るまで、小回復をかけ続けろ。急げ、こうしている間にも、いつ事切れるか分からん」
「分かりました」
魔力を使い続けるには、相当、精神力が疲弊する。それに、ラナの魔力がどれくらい持つのだろうか。
再び、警備士に手をかざし魔法を発動するべく、呪文を口にする。
「小回復」
先程と同じように、手の平から白い光が飛び出す。違うのは、その光の強さ――先程よりも弱い光が、薄らと警備士の体を包む。
「よし、それでいい」
ラナの額に薄らと汗が滲んだ。魔法を掛け続け、そろそろ半刻程たっている。
「後、どれ位掛かりますか?」
不意に、ラナが警備士に視線を向けたまま尋ねてくる。地理に詳しくないラナには、どれくらい時間が掛かるか分からないらしい。
「後、半刻程だ。あっ、おい」
会話に気を取られ、集中力が切れたのか、回復が切れかかる。「あっ」と慌てたように、ラナが集中力を維持する。
魔力が持つか聞いて見たいが、余り話掛けない方が良さそうだ。
「少し部屋の様子を見て来る。何かあったら、呼べ」
「はい」
再び爆発があった部屋の前の戸口に立つ。状況証拠だけでは、この部屋の主が犯人だと、証明出来ない。
物色するように、瓦礫の散らばった室内へ足を踏み入れる。壊れた窓から、茜色の夕日が差し込み、部屋をオレンジ色に染め変え、あの爆発の瞬間を思い出される。
まさか、ここまでやるとは思わなかった。登録ギルドの登録簿より、爆薬の扱いを得意とする事は知っていた。
なのに、俺の考えが甘かったのだ。
もっと慎重に動けば、避けられる事態だった筈だ。
今さらながら、後悔の念が過ぎる。
あの警備士を助けなければ、きっとアーリーが自責の念にかられる事になる。アーリーが、警備士を連れて行けと指示したのだから……
正直、警備士の命など俺にはどうでも良かったが、それだけは避けたかった。
それに、このままでは、アーリーの依頼を成功させる事も出来ない。
アーリーが、腰に手を当て怒る姿が目に浮かび、思わず身震いした。
とりあえず、証拠を探さなければ。
ガラガラと音を立てながら、瓦礫を一つ一つ持ち上げ、何か残って居ないかと探していく。そんな事を繰り返していくが、なかなかお目当ての物が出て来ない。
証拠隠滅を図る慎重な奴だ、何も残してないかと諦めかけた時、ふと、壁が壊れ一つの部屋に繫がった隣の角部屋に目がいった。
部屋の片隅に、一メートルくらいの長さの木の棒らしき物が転がっている。
あれは……
壊れた壁をくぐり抜け、ツカツカと歩み寄る。ヒョイと拾い上げ、上から下へと流し見る。黒く焼け焦げた部分もあるが、何とか無事だったみたいだ。
俺は、口元を綻ばせた。
ラナの元に戻ると、微動だにせず、回復をかけ続けるラナの後ろ姿が見えた。
先程の場所に戻り腰を下ろすと、ぐっしょりと汗を掻き、必死の形相のラナがいた。一点を見つめ、此方に気が付いていない。
もう、限界だな。
仕方がない。
「交代だ」
俺は、ラナの手と警備士の間に、自分の右手を滑り込ませ「小回復」と唱えると、僅かな光の粒子が、警備士を包み込む。
「えっ、えっ、何でぇ??」
ラナが間の抜けた声を上げながら、回復をかけるのを止め、手を引っ込めた。汗で濡れた髪が額に貼り付いている。
「グ、グ、グレイさん、回復使えるんですかあぁぁぁ~」
ラナの絶叫が辺りに響き渡る。騒々しい奴だ。
「使えるが……」
回復を掛けながら、涼しい顔で、そう答える。盗賊が回復を使うのは、別に珍しい事ではない。
「だ、だって……私しかいないって……」
「俺が呼びに行く予定だったんだ。お前しかいないだろう?第一、一言も使えないとは、言っていない」
まぁ、この後の事を考えてわざと黙っていたんだが。
「うっ……もういいです」
子供のごとく、頬を膨らませ、立ち上がろうとする。
「あっ、立つな」
俺の静止を待たずして、顔色を変え、すぐにフニャリとその場に座り込んだ。
「何これ、体に力が入らないし、目が回って気持ち悪い」
今頃、気付くなんて――
余りの鈍感さに、呆れてしまう。
「大丈夫、ただの魔力切れだ。時間が経てば治る」
溜息混じりに言い聞かせ、空いている左手で、そっとラナの頭を撫でた。
「よく、頑張ったな」
ラナが驚いたように見上げた。
その瞬間、小声で「安眠」と呪文を唱える。右手で回復の魔法を使いながら、左手で眠りの魔法が発動する。
ラナは、座ったまま崩れるように倒れ込み、心地良い寝息を立て始めた。これで、目覚めた時には、少しは楽になっているだろう。
暫くすると、階下が騒がしくなった。やっと、ゲンが戻ったらしい。バタバタと階段を駆け上がる足音と共に、姿を見せたと思ったら、開口一番、息荒く尋ねて来る。
余程、急いで来たのか、ぐっしょりと汗を掻いている。
「間に合ったかっ?」
「何とかな」
横たわる警備士が見えるよう、体をずらしてやると、ゲンは、傍らにかがみ込む。僅かながらに、呼吸をしているのを確認すると、安堵の
表情を見せた。
そして、すぐ横に倒れているラナに気が付いて問う。
「あれっ、お嬢ちゃん、どうした?」
「心配ない、単なる魔力切れだ。そんな事より賢者は、どうした?」
俺は、眉を潜め尋ねる。
迎えに行った筈の賢者がいない。
「あぁ、一階で下ろした。もうすぐ来るだろ」
下ろす??
肩をぐるぐると回しながら、ゲンは、意味不明な事を答える。
だが、すぐにその言葉の意味を理解する。
数分後「どうせなら、二階まで負ぶってくれれば」と愚痴りながら、現れたのは、長く伸ばした白髪に白鬚、灰色ローブ、長い杖の如何にも賢者らしい風貌の爺さんだった。
階段を上るだけで、ハァハァと息を切らしている。
もしかして、この爺さんを負ぶって来たのか。
がたいの良いゲンが、賢者の爺さんを背負うシュールな絵を思い描く。
いや、考えるのはよそう。
やっと、二階に到着し、息を整える爺さんの藍色の瞳と目が合った。
「これは、どうした事じゃ。お主、盗賊じゃろ?」
俺を見るなり、賢者の爺さんは、一目で職業を言い当てる。なかなかの洞察力の持ち主だ。
「そうだが」
「これだけの怪我人を持ち堪えさせるなんて凄いのぉ」
「悪いが、殆どソイツがやった。俺は単なるピンチヒッター」
警備士の横でスヤスヤと眠りにつく、ラナを指差す。手柄を横取りする気もサラサラない。
「いやいや、いい腕しとるよ。盗賊なのに、それだけの魔力コントロール。それに、この発想力。一体誰の思い付きじゃ?」
白鬚を擦りながら、探るような視線を向けてくる。
これ以上、余計な詮索されるのは御免だ。俺は、質問には答えずに、サッサと話しを終わらせる。
「悪いが、早くしてくれ。魔力がもたん」
「おぉ、すまんのぉ」
悪びれた様子もなく、ユックリした動作で、杖を構え呪文を唱える。大量の白い光が杖より発動し、警備士を包み込む。光の量が多過ぎて、その姿を確認する事が出来ない程である。しかし、やがて、その光が消えると、スッカリ顔色が良くなった警備士の姿が現れた。
「これで問題ない筈じゃ。」
その言葉で、回復魔法を止めた。
年寄りといえども、さすが賢者である。すっかり治っている。
「後は、ゆっくり休ませるのじゃ。体力と精神力が戻れば、自ずと目覚める」
「ありがとうございました」
傍らに座るゲンが御礼を述べ、頭を下げた。
「いやいや、礼には及ばん。面白いものを見させてもらったしのぉ」
爺さんが、チラリと視線を投げてくるが、俺は気付かない振りをした。
余計な事を言われる前に、退散するに限る。
「すまんがラナを盗賊ギルドに送ってくれないか?」
「あぁ、もうすぐ他の警備士も来るから、構わんが――お前さんは?」
「ちょっと野暮用でな。それと、これ」
横に置いておいた物を拾い上げ、ゲンに手渡す。
「杖??」
「盗品だ。持ち主は、多分ラナだ。目覚めたら、聞いてみろ。それで、部屋の主が犯人だという証拠になるか?」
「勿論だ。他に、何か残っていなかったか?犯人の目星がつくものは?」
俺は、黙って首を横に振る。
犯人につながるものは、何も残されていなかった。唯一残されていた杖も、自分の風貌から、持ち歩くと目立つと判断し、爆破したのだろう。
まぁ、もし犯人に繫がる物が残っていたら、俺が処分する事になっていたはずだ。
「そうか、捕まえられないかもしれないな」
ゲンが、悔しそうに歯噛みする。仲間が殺されかけたんだ、何としても捕まえたかったのだろう。
「……後は、頼んだ」
俺は、四人を残し、寂れた宿を後にする。
外から見ると、壊れた壁が爆発の凄さを物語っていた。たかだが、杖一本の為に、どれだけの被害を被ったのだろうか。
もしや、杖もろとも俺達を、否、ラナを消そうとしたのかもしれない。まさに、それ程の威力だった。
体の傷が、思い出したように、疼きだす。
「小回復」
すぐさま、呪文で傷を癒やすが、焼け焦げた服は元に戻らない。ボロボロになった服を上から眺め、小さく舌打ちをした。
全く、割に合わない依頼だ。
その時、帰還を知らせるように、ゲドが、空でクエエと一鳴きした。
こんな事もあろうかと、念の為、ゲドに追跡を頼んでいた。
どうやら、任務完了で戻って来たようだ。
空を二、三回ゆっくり旋回し、バサリと羽音を立てながら、俺の肩に降りてくる。
「悪いがもう一度、道案内頼む」
「クエッ」
俺の言葉に応えるように、一声鳴いた。
さぁ、もう一仕事してくるか。