2.盗聴スキル
受付奥の机と椅子と書棚があるだけの狭い事務所へ、アーリーと共に移動する。置いてけぼりをくったラナは、目を瞬かせ不安そうな顔をしていた。
「一体、どういう事かしら?あの子は何?」
二人きりになるや否や、怖い顔でアーリーは問い詰めてくる。
どう言う事も何も、アーリーの依頼を受け、遂行した結果だ。
俺は、面倒だと思いつつ重たい口を開いた。
――数時間前――
「今日で三日目か……」
苦い顔でコップに注がれた酒を一口飲んだ。お昼時を過ぎた飲食店は、客も疎らで空いている。
店内を見渡せる入口付近のテーブルを陣取、一人酒を飲んでいた。酒を飲んでいるといっても、今は仕事中で酔わないように、セーブしている。時折、鋭い視線を辺りに投げ掛け様子を窺う。要するに待ち伏せをしているのだ。
犯人が出没するという冒険者ギルドに一番近い食事処の“順風亭“で張り込みの真最中である。
念の為、登録されていた宿屋にも、行ってみたが、案の定いなかった。
三十代くらいの男か――
鋭い視線を投げるが、店内には、それらしい男はいない。犯人遭遇までに、何日掛かるか分からない。
これは、必要経費として、食事代を持って貰わないと割りに合わないと思った時だった。古い木戸を軋ませ一組の男女が入って来た。
空色の髪を三つ編みにし、白いローブを纏った十二、三才くらいの女の子。肩から大きめのショルダーバッグを掛け、長い木の杖を持っている。男の方は三十代後半、橙色の髪に黒のターバン。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。
何故か、その笑顔が焦臭く感じられた。
何かあると、俺の直感が働く。
出掛けにアーリーに見せられた盗賊ギルドの登録名簿を思い出す。
生まれつき記憶力の良い俺は、すぐに覚える事が可能。
ありがたい事に盗賊という職業には、重宝される才能だ。
脳裏の登録名簿と照合していく。そして、ついに見付けだした。
あぁ、コイツだ……。確かザイルだったか……
二人の容姿は似ても似つかわないが、まだ親子の可能性もゼロではない。
とりあえず、少し様子を見る事にした。
二人は、俺の横を通り過ぎ、カウンター近くの席に、女の子はショルダーバッグと杖を傍らに置き腰掛ける。
ここからでは、会話が聞き取れない。今更、席を移動する訳にもいかないので、逡巡のすえ二人に盗聴スキルをセットし発動する。
相手は、盗賊だ。スキルを使えば気付かれる可能性もある、注意しなければいけない。
並みの盗賊には見破れないとは、思うが……
神経を集中すると、二人の声が頭の中に響いてくる。
二人が気付いた様子はない。
成功だ。
唇の端を緩め、酒を呷る。
『本当に私なんかで、いいんですか?』
『あぁ、勿論だよ。回復役は必要だから、僧侶は、どこでも引っ張りだこさ』
『でも、さっき、マルクさんとギルドで登録したばかりですよ』
どうやらマルクという偽名を使っているようだな。
『大丈夫、大丈夫。パーティ組めば経験なんて、直ぐ積める。慣れるまでは、後方から回復掛けてくれればいいから。それにどうせ組むなら、ラナちゃんみたいに可愛い子の方がいいし』
男の調子の良い言葉に、眉間に皺を寄せた。ラナと呼ばれた子は、ザイルの褒め言葉に頬を赤く染めている。
間違いない、確定だ。あんな子供を騙すなんて……
苦虫を噛み潰したような顔で、酒のつまみとして頼んだ豆を口に放り込んだ。
冒険者ギルドの登録に年齢制限はない。本人が希望すれば、誰でも登録可能で、仕事を受ける事が出来る。その為、孤児や貧しい家庭の子が登録している事が多い。危険な依頼も多いので、なるべく死人を出さぬよう冒険者をランク分けし、力量に合った仕事しか受注出来ない。例えばAランク冒険者は、Aランク依頼しか請ける事が出来ない。それでも、命を落とす者は多いのだ。一瞬の油断が、死を招く。また、パーティを組む事に寄って、上のランクの仕事を請ける事も可能である。
二人に気付いた女将がカウンター奥から出てきて、テーブルにお冷やを並べる。注文を取りに来たようだ。
『ラナちゃん、お昼まだだろ?』
『あっ、はい』
『じゃあ、日替わり定食二つ』
「日替わり二丁~」
カウンター奥の厨房に向けてオーダーを伝える女将の元気な声が響き、俺の耳にも届いた。
直接頭に響く声と聴覚に伝わる声が混じり気持ちが悪いが、表情に出さないように気を付ける。
こればかりは、何度経験しても慣れない。
『マルクさんに、会えて良かったです。私の住んでいた所は、小さな村で、こんな大きな街、来た事もないし……それに知り合いも居なかったから不安で……』
『分からない事は、何でも聞いて』
『ありがとうございます』
暫く二人は当たり障りのない話しをしている。少しすると女将が注文された品を持って来て、テーブルに並べた。作り立ての料理は湯気を上げ美味しそうだ。
何度か食べた事があるが、この店の食事は値段の割に美味い。
女将がテーブルから離れると、ラナは料理に箸をつけ、一口食べ幸せそうな顔をした。そんなラナを見て、ザイルも自分の皿に箸をつける。
そして、周囲を窺うようにキョロキョロと瞳をさまよわせる。
気付かれないように、サッと視線を二人から外す。
どうやら、本題を切り出すようだ。
『ラナちゃん、実はパーティー登録に一人当たり小金貨1枚掛かるんだけど持ってる?』
『えっ……!?』
その言葉にラナの箸がピタリと止まる。
――嘘だ
本来、パーティ登録にお金は掛からない。昔パーティを組んでいた事もあるので間違いない。仮登録には、一日当たり小銅貨一枚と少額である。何も知らない初心者を騙し、金をせしめているようだ。アーリーが警備士より聞いた手口通りである。
『そんな大金……』
『心配しなくても、パーティ組めば、すぐにもとが取れるよ』
たたみかけるように、助言する。
冒険者を目指して、田舎から来たものは、住む所がないため、宿代等かかる。当面の生活費として、小金貨一枚くらい持ってくるものだ。本当はここで全財産投げ売ってもらうつもりだったのだろう。だが、ラナは消え入りそうな声で、予想外の言葉を口にする。
『ない……です……』
ザイルはその答えに動じる事無く『じゃあ、立替とくよ』と笑顔で答えて、グイッと水を飲み干した。
諦めたのだろうか?これでは、現場を確認出来ない。現場を確認出来なければ、捕まえる事も逃がす事も出来ない
思わず頭を抱え、どうしたものかと考える。このまま次のターゲットを、見付けるまで待つしかないのか……
また、時間が掛かりそうだ
諦めの境地で視線を二人に上げた時、漆黒の瞳をキラリと光らせる。そして、思わず笑みをもらした。
見たのだ。ザイルがスキルを発動したほんの一瞬を。
ラナの左手の親指から『水をもらってきて欲しい』と空のグラスを渡す瞬間に、指輪を盗みズボンの右ポケットに滑りこませる。
ラナは盗られた事すら気付いていない。どうやら、目的は最初から、指輪だったようだ。だから、小金貨を持っていないと言っても動揺しなかったのだ。
ほんの一瞬見ただけだが、随分高価な指輪にみえた。あんな子供に高価な指輪を持たせる親の気がしれない。しかも、隠す事無く身に付けて歩くなんて、目を付けられるのは、当然だ
空のグラスを持ちカウンターに向かうラナ。ザイルは、その後ろ姿を見送り、ニヤリと笑う。そして、手早くラナのバッグと杖をつかみ、逃げるように俺の脇をすり抜ける。
その瞬間、流れるような動作で、ザイルのポケットから指輪を取り返した。
足早に出口へと向かうザイルを、目で追いつつ盗聴スキルを切る。
これで半分は、仕事が終わった。
安心したように、ふぅーと大きく息を吐いた時、ラナの甲高い声が店内に響いた。
一斉に皆が、声の主に視線を向ける。俺もまた、同様である。
指輪を無くした事に気が付いたラナが大騒ぎしている。何処かに落としたのではないかと、必死で床を這いずり回って捜していた。
これだけ高価な指輪だ。我を忘れて捜すのは当然。
俺は、掌の上で転がし指輪の水晶をジッと凝視する。キラキラと純粋な白い輝きを放つこの指輪は、ただの指輪ではない。強い魔法が、込められている。
当然、ザイルも気付いていた。
“子供から盗むのは、簡単“そう思っていたのだろう。
まぁ、俺がいなければ上手く行っていただろうな。
疑う事を知らないラナに、苛立ちを覚える。荷物まで、盗まれる間抜けさ加減に、正直、関わりたくはない。
サッサと仕事を終わらせちまおうか――
指輪を握り締めラナに向かって歩き始めた。
「犯人は、ザイルか……それにしても子供を騙すなんて、ひどいわね」
話しを聞き終えるとアーリーは、眉を潜め不快感を露わにする。立ち上がり、自分の背にある鍵の付いた書棚から、盗賊ギルド名簿を取り出した。パラパラと分厚い名簿を捲る。
ギルドに登録された者には、ギルドカードが渡される。ギルドカードに魔力を通すと、そこに名前や年齢、職業などが記載されるのだ。
偽の情報が記載される事は決してない。その為、大きな街や城下街に入る時に、身分証明として使う事が出来る。手っ取り早く身分証明証が、必要な者は、特に制約のない冒険者ギルドに加入する。ここは、盗賊ギルドなので、盗賊しか加入出来ない。
また、ギルドに登録された者の情報は、そのギルドの名簿に自動的に残るようになっている。
そして今、その名簿をアーリーが確認中なのだ。
ペラペラとページを捲る指がピタリと止まる。
「あった、これね」
俺にも見えるように、ページを開いた状態でテーブルの上に置き、人差し指でその男の似顔絵をトンと叩き「この男?」と問いかける。その指先には、間違いなくマルクと呼ばれていた男の顔が、載っていた。
「間違いないな」
「確か……口が上手く調子良い奴だった。でも、仕事の方は全然で、最近は紹介先にも拒否られる始末。そーいえば、ここのところは姿すら見てない。住所は、宿屋か……いない可能性が高いわね。どこにいるか見付けられる?」
「あぁ、今、ゲドに追わせている」
ニヤリと唇の端を上げる。
ゲドは、烏に似た魔獣スラカの名前である。大きさを自在に変える事ができ、頭も良い魔獣である。
子供の頃から、一緒にいるが、正直、何故懐かれているのかさえ、覚えていない。
「で、どうする?」
「勿論、消えてもらうわよ」
「なら、説明は任せた」
漆黒の瞳をラナへと流すと、アーリーの焦茶の瞳も、それを追う。当の本人は、所在なさげに座っている。盗賊ギルドには、不釣り合いな存在だ。とりあえず、おとなしく待っていてくれている。
アーリーは、顎に手をあて考えた後に「了解」と肯いた。
「ラナちゃん、お待たせ」
俺達は、ラナのいる席へと戻る。アーリーは、持っていたトレイより、テーブルにハーブティーいりのカップを三つ並べる。そして、トレイをテーブルの端に置き、腰掛ける。
コップから温かい湯気を上げながら、室内にハーブティーの良い香りが広がった。
アーリーはカップを手に取り、一口飲み、ラナへと薦める
アーリーはどう説明するつもりなのだろうか。暫くは、様子見だ。黙ってアーリーの隣に腰を下ろした。
「グレイから、聞いたわ。大変だったね」
正面に座るラナを労るような優しい笑みを浮かべるアーリーに、ホッとした顔をする。
アーリーのあんな優しい顔を見た事がない。
――否、そういえば、一度だけあったな
眩しそうにアーリーの笑顔を見つめる。
それは、初めてあった時の事だ。澄み渡る青空に、緑の髪がよく映えていた幼いアーリーのあの日の笑顔を思い出し、自然と口元が緩む。
あの笑顔で俺は救われたのだ。
「すみません。御迷惑をおかけします。えっと……」
「アーリーよ」
「御迷惑をおかけします、アーリーさん」
「迷惑なんて……子供がそんな事気にしなくていいのよ」
「子供…??」
一瞬キョトンとした顔をし、そして何かを理解して悲しそうな顔、最後に申し訳無さそうな顔で口を開いた。
「……あの、私、十六なんでけど……」
「えぇっ ~!! 十六!!」
十六といえば、成人である。俺と二つしか違わない。
上から下へと視線を走らせるが、どこから、どうみても十二才くらいにしか見えない。