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1.お願い事

「えっ!! 無いっ、無いっ、無いっーー」


 女の子の甲高い声が、食堂内に響き渡った。

 その叫び声がした方へ目をやると、空色のお下げ髪を、肩の上で揺らしながら、青い瞳の女の子が白いローブを弄る姿が見えた。何事かと疎らにいる客達も、好奇の目を向けている。

 皆の視線を集めている事にも気付いていないのか、女の子はお構いなしに、青い顔でカウンター前の床へ這いつくばり、必死に床を這いずり回る。


「どこ、どこ、どこ、どこ、どこぉ」


 ぐるぐると犬のように回る女の子に困ったような顔で、前掛けを着けた恰幅の良いおばさんが声を掛けている。

 どうやら、この店の女将さんのようだ。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「な、ないんですぅ~」


 今にも泣きそうな顔で答える女の子に、屈み込んで優しく問いかける。


「何が無いの?」

「指輪が……落としたのかも……」


 女の子は、突然パッと立ち上がり、助けを求めるように後ろを振り返る。素早い動作に驚いた女将は目を丸くしている。


「どっ、どうしよう、マルクさん、指……輪……が……えっ!! マルクさん、マルクさん、どこですかっ??」


 キョロキョロと辺りを見回しながら、慌てたように先程まで、座っていた席に走り寄った。テーブルには、先程まで食事をとっていた食べかけの食器が変わらず並んでいる。


 ――が、そこにマルクと呼ばれる男の姿はない。

 いや、それどころか……


「私の荷物はあぁぁぁっ~~」


 女の子の悲痛な絶叫が店内にこだました。





 チッッ……


 俺は、思わず舌打ちをした。

 女の子は、もっとも苦手とするタイプのようだ。出来れば関わりたく無いが、仕方が無い。

 右往左往する女の子から視線を外し、苦い顔で手のひらに乗る水晶の着いた指輪に視線を落とした。水晶の中に真っ白なキラキラとした輝きが閉じ込められている。子供の持ち物にしては、とても高価な指輪(もの)だ。俺は意を決心し、指輪を強く握り締め、真っ直ぐ女の子を視線をに捉え、躊躇いなく歩き出した。その行動に一斉に注目を浴びるのを感じる。だが、誰も口出しするものはいない。皆、面倒事に関わるのは、御免だとばかりに――

 自分に近づく人影に、女の子は青い瞳で、訝しげにこちらを見上げた。俺は黙って、右手に握り締めた指輪を女の子が先程まで、食事をとっていたテーブルにコトリと置いた。店内の灯りを受け、水晶がキラリと反射した。


「それっ、私のッ!!」


 直ぐに気付いた女の子が、飛び付くようにテーブルから、指輪を拾い上げ、舐めるように確認する。どこにもキズが無い事を認め、やっと安心したのか、左手の親指にそっとはめた。右手で大事そうに何度か優しく指輪を撫でる。余程大切な指輪なのだろう。俺は、その様子を黙って暫く見守ることにする。その視線に気付いた女の子が、ふと顔を上げた。


「やはり落としてたんですね。拾ってくれて、ありがとうございます」


 その言葉に思わず眉をピクリと動かす。


 コイツ……


 呑気な声に、これまでの苦労を思い出し、思わず怒鳴り掛けたが、何とか堪えるように口を閉ざした。さすがに公衆の面前で、子供を泣かすわけにもいかない。第一この子が悪い訳でも無い。単なる八つ当たりだ。

 心を落ち着かせるように、一度深呼吸して言った。


「悪いが、少し付き合ってくれ」


「えっ? でも、マルクさん捜さないと」


「いいから、付き合え。女将いくらだ?」


「あぁ、お兄さんが小銅貨三枚、お嬢ちゃんは六枚だね」


 女将の答えに、小銅貨を九枚を懐から取り出しテーブルに置く。


「行くぞ」


 短くそう告げ、古びた木戸を引き、外に出る。眩しい()の光りを受け、思わず目を細めた。店舗が立ち並ぶ大通りの為、行き交う人は多い。女の子が後から、小さな体で全体重をかけるように木戸を開け、慌てたように飛び出て来た。


「あの、お金……」


「持ってないだろ」


 女の子の声に、足を止め後を振り返り、切れ長の漆黒の瞳でジロリと睨み即答した。


「す、すみません」


 小さな体を益々小さくして、女の子はペコリと頭を下げる。その指には、先程の指輪をはめたままだ。

 指輪に視線を貼り付けたまま、小さく溜め息を一つ吐いた。


 多分、何も分かっていない――


 自分の首の後ろに手を回し、ネックレスの金具を両手で外した。女の子は何をするのかと小首を傾げこちらの行動を見守る。

 ネックレスの鎖から、大事な商売道具をスルリと抜き去る。飾り気の無いただの鎖だが、間に合わせだ、まぁいいだろう。


「おい、指輪を貸せ」


「えっ?」


 驚いたように青い瞳を大きく見開き、此方の真意を測ろうとジッと見つめ返す。今更ながら、疑っているようだ。


「ハァー」


 思わず盛大な溜め息を吐き、ガシガシと頭をかきむしる。


 面倒臭い


「指輪を盗もうとする奴が、わざわざ返すか?」 


 ギロリと睨みつけると、迫力に押されたのか、震える手で指輪を外しおずおずと差し出た。女の子の震える手から、指輪をヒョイと摘まみ上げ、自分の持つ鎖に通す。指輪は、重力に従うように、スルリと滑り落ち、最下で動きを止めた。


「ほらっ」


 女の子の目の前に、ブラリと鎖を垂れ下げると、指輪が振り子のように揺れた。そっと揺れる指輪の下に、小さな手の平を差し出したのを視認すると、その手に指輪をのせてやる。


 行動の意図が分からないのか、不思議そうに、女の子は此方を見遣る。


「こんな場所で、そんな高価なものを、人目に付けさせるな。隠せっ」


 人差し指で、自分の胸元を指してみせると、女の子はやっと意図を理解したのか、大きく一つ頷いて鎖の端を持ち、自分の首の後ろに手を回す。覚束ない指先で金具を必死に留めようと悪戦苦闘しているが、なかなか上手くいかない。


 相当不器用だな……


 暫く傍観していたが、余りにも時間がかかるので、仕方なく女の子の後ろに回り込み、何で俺がこんな事をと思いつつ、ネックレスを留めてやる。


「ありがとうございます」


 可愛らしい声でお礼を告げながら、指輪を隠すように、ローブの胸元にしまい込んだ。

 指輪が見えなくなったのを確認するやいなや「行くぞ」と声を掛け、俺はサッサと歩き出した。

 直ぐに女の子が、後ろを小走りで追って来る。身長差がある為、そうしないと追い付けないようだ。

 仕方なく、歩くスピードを落とすと、女の子は一気に距離を縮め横に並んだ。 



「あの……何処に行くんですか?」


「盗賊ギルド」


「えっと、私、これからマルクさん捜さないと行けないんですけど……」


「…………」


「マルクさんに荷物預けてるんです。返してもらったら、すぐにお金を返しに行きます。今行っても返せませんよ?」


 手ぶらを強調するように、女の子は肩を竦め両手を広げてみせる。どうしても、捜しに行きたいようだ。 

 犯人を捕まえるにしても証人が必要だ。 

 咄嗟に「マルクなら、知っている」

 と答えると、キラキラした目ですぐに食いついてくる。


「本当ですか?」


「あぁ」


 一文無しの彼女は、マルクに会えないと宿にも泊まる事が出来ないのだ。今は藁にも縋りたい気持ちだろう。


「行きます!!」


 冒険者ギルドのある活気ある通りを抜け、狭い路地へと入っていく。

 盗賊ギルドは、閑散とした路地裏にあるのだ。無言で突き進む俺に、女の子は沈黙に耐えられなくなったのか、はたまた好奇心からなのか尋ねてくる。


「あの、マルクさんとはどういった知り合いで?」


 歩きながら話せる内容ではない。誰に聞かれるか分からないし、第一、勝手に話すわけにはいかない。

 これは、自分が所属する盗賊ギルドの依頼――正確には、アーリーのお願いなのだから。 

 本来、依頼は冒険者ギルドに出すものだ。そして、自分が出来そうな依頼を冒険者が受ける。だが……


「ねぇ、グレイちょっとお願いがあるんだけど……」


 緑色のショートヘアーがよく似合うアーリーが、二階より降りて来た俺の名を呼び、らしくない猫なで声で迎える。訳合って盗賊ギルドの二階を間借りしているのだ。

 盗賊ギルドの受付に座るしっかり者のアーリーは、今現在このギルドの主人(あるじ)代理だ。いつも簡素なシャツにスボンという動きやすいスタイルで、男勝りにギルドを切り盛りしている。


「お願い……何だ?」


 眉間に皺を寄せ、嫌そうな顔をする。いつもアーリーのお願いは、お願いの域ではない。


「あー、そんなに嫌そうな顔しない。簡単なお願いだから。ここだけの話しなんだけど……」


 チョイチョイと近くに来るように手招きされ、仕方なく、アーリーの側に行く。 

 焦茶色の目をキョロキョと漂わせ、アーリーはギルド内に人がいない事を確認すると、声を落として話し始めた。


「実は、最近、この界隈で新米の冒険者たちを騙して、金品を奪っている奴がいるらしいんだよね」


「そんなの警備士に届け出ればいい」


 警備士とは、町の治安を守る事を生業としている者達の事で、当然の仕事だ。


「勿論、届け出はされたらしいの。だから、うちに警備士が来たんじゃない」


 何故か唇を尖らせ、不服そうに答える。これは、警備士との間で何かあったのではないのだろうかと予想しながら、先を促す。


「話を聞くと、どうやら犯人の手口が盗賊らしいの。それで、うちに聞き込みに来たみたい。何か知っていることはないか、ギルドに登録している盗賊じゃないのかって。終いには、お前もグルで隠してるんじゃないのかって言い出して……若いくせに生意気なのよ」


 思い出し、怒りがこみ上げてきたのか、顔を赤くし声量を上げ早口でまくし立てる。その時の様子が、目に浮かぶ。

 街内では、盗賊の事をよく思わない者が多い。特に聖職者は、その筆頭である。何故なら、スキルを使って悪さをする者が多いのだ。真面目に働いている者には、はた迷惑な話だ。また、冒険者にすら、補助スキルしか使えないと馬鹿にされる始末。アーリーは、そのギルドの主人代理だ。普段から肩身の狭い思いをしているのだろう。


 アーリーの気持ちも分からなくはないが……



「で、俺にどうしろと?」


「勿論、犯人を捕まえて、うちは関係ないって証明するのよ。警備士の鼻を明かしてやる」


 握り拳を作り、鼻息を荒くする。焦茶の瞳には爛々と復讐の炎が燃えているのが見て取れる。


「何処が簡単なんだ?」


「あら、()()()()()簡単でしょ?捕まえたら、ちゃんと報酬払うわよ」


「本当だな? 盗賊ギルド(うち)には、何のメリットもないように思うけど」


「あるわよ。警備士に任せてたら、いつ犯人が捕まるか分かったもんじゃない。その間に、うちには犯罪者がいるって噂が広がったら、どうするのよ?? 絶対、警備士(あいつ)言いふらしそう」


 そう言って、受付の木製の机を拳でドンと叩いた。


「いくら、何でも言いふらさないだろ。警備士だぞ」


「うっ……あまりにも盗賊の事をばかにした言い方するから、持ってた箒でギルドから叩き出した」


  「それぐらいで……」


「でっ、その後、汚れたバケツの水ぶっかけた。掃除中だった……もの……で……つい……」


「されるな」


 しどろもどろに答えるアーリーに、ピシャリと言い放った。さすがにやり過ぎたとは、アーリー自身も思っているようだ。


「と、とにかく、ちゃんと報酬払うから……大銀貨一枚でどう?」


「五枚だ」


「二枚!!」 


「三枚、これ以下は受付ない」


「分かったわよ!!」


 アーリーは溜息を吐き、渋々了承する。「まったく誰にそんな交渉の仕方教わったのよ」とブツブツ文句を言っているが、教えたのはアーリー自身だ。


「なぁ、もしも犯人がうちの人間だったら?」


「だからこそ、貴方に頼むんじゃない。分かるでしょ?」


 ニッコリと黒い笑みをアーリーは浮かべる。俺はすぐにその意味を理解する。


 あぁ、ばれる前に、何処か遠くに追い出せと……


 思わず顔をしかめ、こめかみを押さえた。こんな調子でいつもアーリーには、御願いされているのだ。たまには面倒事を任せても、罰は当たらないだろう。アーリー(あいつ)に説明させればいい。


「悪いがここでは話せない」


 驚いたように、女の子は目を瞠るがすぐに気を取り直したように言った。


「だったら、せめてお名前をお聞かせ下さい。私はラナです」


「グレイだ」


「宜しく御願いします、グレイさん」


 ラナは、青い瞳でジッとこちらを見つめ、ニッコリと微笑んだ。






 ヒッソリとした細い路地に、盗賊ギルドはある。二階建ての年季の入った建物だ。盗賊ギルドのドアをくぐると、受付で白髪混じりの男性越しに、緑の髪が見えた。どうやらアーリーは接客中のようだ。

 ドアを開ける音が聞こえたのか、アーリーが顔を上げ、此方を見る。そして、俺の後ろにいる女の子に気が付くと、驚いたように一瞬目を瞠り、すぐに俺に視線を戻した。

 目が合うと、奥のテーブルで待つように:顎で指示を出される。その顔には、その女の子は何?と書かれている。

 まさか、こんな子供が被害者だとは思っていないのだろう。

 仕方なく指示された年季の入ったテーブルに、ラナと二人向かい合い腰掛けて待つ。


盗賊ギルド(ここ)って、何をされているんですか?田舎から出て来たばかりで、何も知らなくて」


 ラナは、頬を少し赤くして、はにかんでみせた。


 こんな子供を一人で町に出すなんて、生活に困っているのか? 

 それとも、家出?


 村や小さな町には、冒険者ギルドはない。手っ取り早く仕事を探す者は、冒険者ギルドのある町へと出て来るしかないのだ。勿論、盗賊ギルドはもっと少ないので、知らなくても当然。


 前者か後者か、探るような視線を向けながら答える。後者なら、アーリーが間違いなく首を突っ込むから、それに巻き込まれる可能性大だ。


「主に盗賊の斡旋」


「盗賊の斡旋?」


 よく分からなかったのか、水色のおさげ髪を揺らし、首を傾げる。

 俺が口を開くより先に、横から言葉が発せられる。


「ダンジョンなどに潜る際は、盗賊が必ず必要になる。その時、盗賊がいないパーティに、一時的にメンバーとなる盗賊を紹介するのが仕事よ」


 いつの間にか、アーリーがテーブル脇に立っていた。


「来客は?」


「帰った。早速、説明お願いね」


 アーリーが引きつった笑顔でそう言った。

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