9.転移③
「ジュリ様にルリオン陛下を諌めて頂きたいのです。早期に戦争を止め、国内の様子に目を向けて下さいと……」
「……はぁ。諌めるって……そんなこと臣下や側近の仕事では?」
私は、お茶を飲みながら言った。
「言って聞いてくれる方なら苦労はしません。陛下は……いつの頃からか全く別人のようになってしまって、誰のことも信用しなくなりました。側仕えの者を大勢クビにし、神官達も半数が辞めさせられ、三人いたお妃様も一人だけ残してあとは実家へと返されました。そして、他国へかなりの数の密偵を放ち、ある政治犯の情報があると自らが先頭を切って乗り込むのです。他国との条約など守らず、強引に領地に侵入し、政治犯を炙り出すためだけに辺りを火の海にしたことも……今ではこの大陸の争いの大半は、エルナダのせいです。そして、度重なる戦のせいで国は疲弊し国力は衰退の一途を辿っています……陛下は陛下で、戦場で死に場所を探しているように戦い続けて……」
リブラは長々と喋った後、顔を歪めて拳を膝に叩きつけた。
扉付近に佇むヴィスも、心配そうにリブラの背中を見つめている。
噂に聞いていたルリオン陛下とは随分違うな、と私は首を傾げた。
会ったこともないし、そこまで良く知らないけど、賢いと評判じゃなかったっけ!?
「あの……私が言って聞くと思います?どこから来たのかわからない女の言葉を」
「思いません」
リブラは間髪入れず答えた。
「じゃあ、無理ですよね!?」
負けじと間髪入れず返した私に、リブラはまぁ落ち着いて、と笑顔で宥めた。
「ですから、そこは聖女ジュリ様の魅力で陛下をメロメロにしてもらって……」
「……聖女を使って色仕掛け!?それ、どうなんですか!?」
リブラ、あなた聖職者じゃなかった!?
色仕掛けとかいいんですか?
私の冷ややかな目に耐えられなくなったリブラは、別の言い訳をし始めた。
「違うんです!そういう意味ではなくて……」
いや、絶対そういう意味だね!
「エルナダでは、聖女様は必ず獅子王陛下と結婚することになっています!それは、王族ならば周知のこと。陛下も嫌とは言えません!ですから、その……妃としての立場を大いに活用して……その……」
口ごもり始めたリブラは、上目遣いでこちらを見る。
きっと、ここから先は察して下さい!とでもいいたいんでしょうね!
「……予言の通りだと……何がなんでも愛されろ!ということよね?」
「なんと!さすが何でも知ってる聖女様!!」
思わず身を乗り出したリブラは、その瞳をキラキラさせて私を見た。
言わせたくせに良く言うわ!
「いやよ!国を救いたい気持ちはわかるし、可哀想だとも思う。だけど、それでなんで私が愛されようと頑張らないといけないの?まっぴらごめんだわ!」
ルリオン陛下はレグルスと双子の兄弟。
もし一卵性ならそっくりということよね?
レグルスと同じ顔を前にして、冷静でいれる気なんてしない。
それに、まだどこかにレグルスがいるかもしれない。
そうなると、またおかしなことになってくる。
重婚みたいになるよ?……しかも、相手は兄弟というカオス……。
「ジュリ様……そこをなんとか!私共で出来ることならなんでもしますので、どうかどうか!」
リブラは椅子から滑り落ちるように床に移動すると、勢い良く土下座をした。
それを見たヴィスも、リブラの横を陣取って更に深く頭を下げる。
「はぁー……もう、やめてよ。あ、そうだ、私の質問に答えてくれてないわね?」
「あっ、はい。そうでした。知りたいことがおありだったんですね……」
リブラは話が変わったことに安堵し、頭を上げるとふうっと息を吐いた。
それを見て、私はゆっくりと慎重に尋ねた。
「ここからずっと離れた所に、ラ・ロイエという監獄があったわよね?そこの管理をしていた子爵家がどうなったか……」
そこまで言って、ある異変に気付いた。
頷きながら聞いていたリブラがどんどん蒼白になっている。
隣のヴィスも同じ表情だ。
「リブラ?ヴィス?」
「いけませんっ!ジュリ様、それをこの国で口にしてはならないのです」
真っ青になったリブラが私を見上げて叫んだ。