8.転移②
ルリオン……ルリオン?
マデリンだった時も、確かルリオン王だった。
どういうことだろう。
私が死んでからそんなに時間が経ってないのか、もしかしたら、巻き戻されたとか……。
とにかく聞いてみないことには何もわからない。
私はリブラの胸倉を放すと、あることを尋ねた。
「今、エルナダ暦何年?」
「え!聖女様、エルナダ暦を、ご存じなのですか!?」
「うっ!………うん。聖女はなんでも知っているのです!」
ついごまかしてしまったけど、 問題はないわね。
これからもこの手は使えそう。
「おおーー!!さすがでございますね!今はエルナダ暦、1025年です」
1025年。
あの悲劇が起こったのは、1020年。
つまりあれから5年は経っている。
でも、王が健在でいるということは、ラ・ロイエから去った彼はどうなったのか。
そして、レーヴェはあれから……。
「あの、聖女様?」
酷く難しい顔で腕を組む私を、リブラは心配そうに覗き込んだ。
「やはり場所を移しましょう。お茶でも飲みながらこの国の状況を説明させて下さい」
「…………そうね」
体の緊張を解き、ふっと息を吐くと、少し気持ちが落ち着いた。
今の私にはわからないことが多すぎる。
レーヴェやソーントン子爵家のその後……そして、一連の悲劇の中心にいるあの人……レグルスについて。
もう少し良く知る必要があるわ。
*******
リブラの後に続いて神殿を一歩出ると、人が何人か跪いて祈りを捧げていた。
「リブラ様っ!!」
彼らはリブラが出てくると我先にと駆けつけ、後ろの私に驚きの目をむける。
「おおっ!成功したのですね!!さすがリブラ様!」
そういったのは、リブラより少し若めの男で、小柄だが利発そうな顔をしている。
神官見習いかもしれないな、と私は勝手に想像した。
「ああ、ヴィス!これでなんとかなりそうだぞ。こちらが聖女様で……あっ!?」
「あ?」
そこにいる全員が復唱した。
もちろん私も。
「すみません。お名前を伺っていませんでした……あの、教えてもらっても?」
そのくらいで大声を出さないでもらいたい。
後でこっそり聞いてもいいんじゃないの?
とはいえ、問われれば答えてしまうわよね。
「樹里です、ジュリ」
「ほう!ジュリ様と!聖女ジュリ様ですね!」
リブラの感嘆の声が上がると、続いてヴィス、あと同じ様な服の人達数名が大声で叫んだ。
「聖女ジュリ様、御降臨ーー!」
恥ずかしすぎて一歩あとずさった私を、リブラはグイグイ引いて歩きだした。
そして、その後ろを神官見習い達がカルガモの子供みたいに付いてくる!
リブラはその可愛い外見に反して、かなり歩くのが早く、日頃ランニングしている私でも付いていくのがやっとだった。
神殿を出て、広い中庭を抜けるとやがて三階建てのレトロなアパートのような建物が見えてきた。
石造りで簡素だけど、空気が澄んでいて心が和む、そんな建物だ。
「はい。着きました。ここが、私達の部屋のあるところ、神殿部寄宿舎ともいわれてます。さぁ、どうぞ!」
リブラは大きな木の扉を押した。
中は……外側と同じ様に質素で何の装飾品もない。
余計なものはいらない!という頑なな意志も感じるほどだ。
リブラの後を付いて行くと、一階の奥、一際大きい部屋に通された。
「お掛けになって!寛いでくださいね?」
被っていたローブを、邪魔そうに脱ぎながらリブラが笑う。
「はぁ……」
促されるままに椅子に座ると、すぐに飲み物が出された。
ヴィスがリブラの考えを先読みして、タイミング良く出してくれたのだ。
「早速ですが、ジュリ様。この国は破滅へと向かっております」
唐突にリブラが言った。
「い、いきなりですね。でも、そういう時にしか聖女は来ないんでしょう?」
予言では確かそうでしたよね?
「何でも良くご存じだ。そうなのです。私共は、この国に限界を感じ決死の百日祈願を行いました。この時を逃せばそのまま滅亡でしょうから……」
「一体何が起こってるんですか?」
リブラは一瞬いい淀み、それからゆっくり話始めた。