76.雌伏④(リブラ)
レーヴェ殿下とエスコルピオ殿がやって来て、大神殿は神殿兵の士気が格段に上がった。
神殿兵とは、大神官が直轄する部隊で、前任者のバロンス様が全ての財力を使って創設したものだ。
5年前に獅子王陛下により半数は解任されてしまったが、今回その任を解かれたものが全て復職した。
というのも、解任された者は子爵家であの悲劇を陛下と共に見た者達であり、秘密保持の為に神殿兵を自ら退いていたからだ。
しかし、彼らは何もしていない訳ではなかった。
ある者は、他国への偵察に赴き、またある者は市井へ紛れ込み情報を収集する。
皆、エルナダの為に、スタンフォードの動きを知るべく各地に散っていたということを、私は最近になって知ったのだ。
「リブラ様、配置はこれでよろしいか?」
「ええ。いいと思います」
神殿兵長前任者ラスティが確認を取りに来た。
彼は体格がよく屈強な男だ。
あの夜、子爵邸でマデリン様の亡骸を木から下ろした、それがラスティだったそうだ。
彼は私に向かい、ほっとするように言った。
「……漸く叶いますな……スタンフォードを潰すことが……」
「そうですね……あの、こんな質問不躾とは思いますが……あなたはどうしてそこまでして陛下に尽くすのです?」
それは単純な疑問だった。
悲劇を見て心を痛めたのか?
それとも単なる忠誠心か?
生粋の神徒である私にはその気持ちがわからなかったのだ。
「……あの日のことを……私は今でも夢に見る」
ラスティはこちらを見て、大きな肩を少し震わせた。
「燃える屋敷と舞い上がる火の粉。それを背にした大きな樫木。樫木には人が吊るされていた……心優しく実直な人と、とても美しい女性が、だ……」
「はい……」
「マデリン様を下ろすとき、私が何を考えたかわかるか?」
ラスティは遠くを見た。
その視線の先には、大神殿内で作業をしている神殿兵やヴィス、松明を手に颯爽と指揮を執るレーヴェ殿下とエスコルピオ殿がいた。
「軽いな……そう思ったのだ」
「軽い?」
「そうだ。驚くほど軽かったのだ。人とはこんなに軽くなるものかと恐ろしくて震えた。失血も多く、背中には致命傷になった深い傷……か弱い女性に対する仕打ちにしてはあまりに酷い……そして、私は考えた。このように軽く、力もない女性を極めて陰惨な方法で殺すスタンフォードのやつらは……人ではなく悪魔だと……」
「……」
「近衛兵や親衛隊、その他兵士と違い、私達神殿兵は信心深い。神を信じ神に寄り添って生きるのだ。故に、あの出来事を引き起こしたバートラム・スタンフォードを多くの者が、悪魔と認定した」
なるほど。
ラスティの説明は、私にとって共感出来るものだった。
唯一事件関係者でない私だが、彼の考えは神徒として充分に理解できる。
「良くわかりました。神の名において、バートラム・スタンフォードという悪魔は退治しなければなりませんね」
私はラスティと顔を見合わせた。
やがて準備は整った。
円形の大神殿は夥しい松明で煌々と照らされ、一直線の道が出来ている。
地下牢で追い詰められたバートラムが、第3のルートである大神殿地下を目指しやってくる可能性はかなり高い。
これは作戦会議で立証済みだ。
松明で道を作り、中庭に誘導するのが目的だったが、更にもう一つ、暗闇で待機する兵を隠すためでもある。
そして中庭には、大神殿の倍の松明が用意されていた。
それはバートラムの姿を、薄闇の中でもハッキリとわかるようにするための準備である。
「リブラ!準備出来た?」
レーヴェ殿下が弾むように駆けてきた。
その後ろからはエスコルピオ殿も顔を覗かせる。
いつもの癖で心臓がドキッとしたが、それも一瞬だった。
最近のエスコルピオ殿は、冷徹な鉄仮面の下から、ふわりと優しい笑みを浮かべるようになっていたのだ。
「はい!殿下や皆様のお陰で滞りなく。あとは……お任せ致しましょう。さぁ、賊から見えない所へ」
「うん!!」
レーヴェ殿下を促しながら、私は天を仰ぎ神に祈りを捧げた。
これもみな、神の奇跡。
ジュリ様を遣わして下さった神に感謝を!
そして……「良くやった、私!」と自画自賛もしておいた!




