70.先手②
全員がチェス盤の意味を理解した。
バートラムは極近くでレグルスを狙っている。
ビクトリアを牢獄へと移動させて、逃す手筈を整え、逃げると同時にレグルスを討つ。
恐らく、随分前から進行していた作戦で、ノーラやルイスはその機を窺っていたんだ。
バートラムを探して、レグルス達が他国と戦争をしている間に、着々と進めていた……。
途端に寒気がした。
バートラムという男は、何がなんでもレグルスを殺す気なのだと。
青い顔をした私に、レグルスが寄り添い肩を抱いた。
「心配するな。もう君に手出しはさせない」
「違う。私じゃなくて、あなたの方が危ない!!バートラムはレグルスしか標的にしてない!」
叫んでしまった。
でも、そうしてしまうほど怖かった。
レグルスが私を失った時、どれ程の絶望が襲ったのか……それを疑似体験した気分だ。
もし、目の前でレグルスが死んだら?
私だって彼と同じ様にバートラムを、神や世界を呪う。
「オレを狙うなら都合がいい。向こうから来てくれるんだからな。最悪相討ちで討ち取れれば御の字だ」
呑気に笑うレグルスに腹が立った。
彼は、この5年の間に自暴自棄になり自分を粗末にし過ぎてる。
周りの人のこと、自分を思ってくれる人の気持ちをまるで考えていないんだ。
「ちょっと来てっ!!」
怒りが振り切れた私は、執務室の隣の部屋にレグルスを促した。
ケンカを売るような感じになったけど、そんなこと気にしてられない。
「な、なんだ?どうしたんだ?何をそんなに怒ってるんだ?」
後ろからついてくるレグルスは、問いかけながら後ろ手に扉を閉めた。
閉まる瞬間、部屋に残された人、それぞれの表情が見えて、なんとも言えない気分になった。
「大変ですけど、よろしく……」
そんな顔を全員がしていたから……。
「で、どうした?まだ軍議の途中だろ?」
「うん。でも大事なことを一つ言っておきます!」
「…………?うん。聞こう」
レグルスは私の前に仁王立ちになり腕を組んだ。
何だろう、この果たし合いみたいな状況……。
仕方なく、私もレグルスの前で仁王立ちになり腕を組んだ。
負けたくなかったからよ!!
「レグルス。あなたが死んだら私とレーヴェはどうなります?」
「どうなるって……どうなるんだ?」
「私はシングルマザーです」
「シ、シングル?なんだって?」
シングルマザーは通じなかった……。
「母一人子一人です……暫くはレグルスを思って慎ましやかに二人で過ごすけど、そのうち寂しくなって新しい夫が欲しくなります」
「新しい……夫……?」
レグルスの顔色が変わる。
「私もまだ若いの!!新しい夫と再出発してもいいでしょう!?」
もちろんそんな予定はまったくない。
と、心の中でほくそ笑む私。
でも、レグルスは新しい夫という言葉に激しく反応した。
「新しい夫??君が他の誰かと再婚??レーヴェが違うヤツを父と呼ぶのか?ダメだダメだ!!絶対にダメだ!」
「だよね?」
「当たり前だ!!」
怒りまくるレグルスに歩みより、ポスンと頭をその胸に預けて私は言った。
ここの押し、重要よ。
「だったら、もっと自分を大切にして。相討ちなんて言わないで!絶対に死なないで!」
「……ジュリ……」
大きな腕がゆっくりと両肩に回り、やさしく抱き締めた。
壊れはしないのに、壊れ物のように触る指が私の髪をそっとすく。
「そうだな。悪かった。ずっとこんな風に生きてきたから……配慮が足らなかったことは謝る。オレがしてきた思いを、ジュリやレーヴェにさせるわけにはいかないよな」
「そうよ!すぐに未亡人になるなんて嫌だからね!」
そう言って、軍議に戻ろうと体を放そうとした私をレグルスはびくともしない力で抱き込んだ。
「レ、レグルス?あの……戻らないと……」
「ん?」
ん?じゃない……。
軍議の途中だって言ったのは自分の方なのに、なぜ邪魔を!?
見上げると、不敵に微笑む金色の瞳があった。
こんな時のレグルスは、大体よからぬことを考えている。
それは困る私を見て楽しみたいとか、その他意地悪なこと全般だ。
「もうちょっといいだろ?あれからずっと君、レーヴェとばかり一緒でオレの所に来ないじゃないか」
ぐっ!……それは、その通り。
と言うのも、時間を置いて良く考えてみると、レグルスとどう接していいかわからない自分がいた。
彼は確かに前世の夫であるけど、ジュリとの関係は無い。
外見も性格もマデリンとは違う私を、前世がそうだというだけで、無条件で愛せるものかどうか。
そう考えると、レグルスとの距離感がうまく測れずにいた。




