7.転移①
眩しい光は、その後すぐに収まった。
だけど、目がくらんでいた私は、顔を手で覆ったまま、暫くそこを動けなかった。
「おお!!来てくださった!!ありがたい。我が願い、満願のこの日に叶うとはなんたる僥倖か!」
誰かの声がした。
それは、光にのまれる時に聞いたあの声だ。
「……誰??」
手をどけて辺りを確認しようとしたけど、光のダメージは案外大きかった。
うすぼんやりとした中に、ポツンと立っている布を頭から被った誰か……としか認識出来ない。
「聖女様でございますね?待っておりました。私は、リブラと申します。この神殿の大神官、責任者でございます」
「神殿?大聖堂では?」
目を瞬かせながら、質問を返す。
「大聖堂?はて、そんな名前で呼ばれたことはございませんが……」
私はもう一度目を閉じた。
これは、悪い夢かもしれない。
あの悪夢と同じ様な何か。
改めて目を開ければ、ちゃんと目が覚めてベッドの上にいる……はず。
そう信じてゆっくりと目を開いた。
「どうしました?聖女様?ご気分でも悪いのですか?」
みるみる蒼白になる私を見て、リブラと名乗る男が言った。
「うそ…………そんな、はずない……私は……私は……」
私はあの日、確かにこの世界で死んだのに!?
自分の目ではっきりと世界を捉えた瞬間、何もかもを思い出した。
マデリン・ソーントン、それが私の名前だった。
愛してはいけない人を愛し、かけがえのない子供を奪われ、惨めに死んでいったマデリン。
ああ!!そうか!
あの夢はここで実際に起こったことだった。
悪夢だと信じていたことは、前世の出来事を追体験していたのだ!
「聖女様?」
リブラの声に、私は我に返った。
聖女、聖女と言ったの?
私のことを?
まさか………………あの予言の……?
「えっとー……私は、あなたに聖女として召喚されたんですか?」
「ええ!そうです!百日祈願が功を奏し、漸く成功したのです!」
リブラは恭しくフードを取り、跪いて挨拶をした。
大神官リブラは思ったよりも、若く目がくりくりとして可愛らしい。
柔らかそうな茶髪も短いくせ毛で、どこか小動物を思い起こさせたが、そんなこと今、どうでもいい。
「元の世界に帰れますか?」
重要なのはこれよね?
「無理です。呼ぶ方法しかわかりませんっ!!」
リブラはいい笑顔であっさり断言する。
あまりにもあっさりしすぎて、私は思わず鼻で笑ってしまった。
昔聞いたラシャークの予言では、国に災いが降り注ぎし時、聖女が降臨するということだった。
つまり、今国は荒れていて、危機的状況に陥っている。
聖女が降臨してそれを救うらしいけど……どうして私!?
辛い思い出しかない国に召喚されて、更に救わなければならないなんて、何の嫌がらせ!?
冗談にしたって悪質過ぎる。
世の中に神様なんていないな、と、今度は大きくため息をついた。
「……あの、立ち話もなんですから、ちゃんとした場所へ移動しましょう」
「ちゃんとした場所とは!?」
あまりの理不尽さに、怒ったように言ってしまった。
「す、すみません!!ええと、一旦私の書斎へ行くのはどうです?それから王宮へ行き、王へ報告をし……」
「おっ、王!?」
勢い余ってリブラの胸倉を掴んでしまった。
予言では確か…………。
王が聖女を敬い愛し、その心を満たした時……とか言ってなかったっけ!?
あの時は、関係ない世界の話だったからそこまで考えなかった。
だけど、これは、ひょっとすると……。
「あの……聖女は王の何?どういった存在なの!?」
「……うーん……宿命の番?」
「つがいぃ!?つがい、って……え?嫁?」
「はい!」
「……………………」
「あっ、あっ、大丈夫ですよ?聖女様は誰よりも優先されますし、もしその時他のお妃様がいらっしゃっても、聖女様が降臨された時点で離縁ということに……」
「……………………」
必死で様子を窺ってくるリブラを、私は見ないようにした。
何か頑張って説明してくれたけど、要は王の嫁になって愛されろ、ということなのでは?
マデリンだった頃、それはとても美しい予言に思えたけど、今冷静に考えてみると、だいぶめちゃくちゃなこと言ってる。
現代で一度揉まれた私としては、これ、到底のめない案件なんですが。
「しかも!都合のいいことに、ルリオン王には今一人しかお妃様がいませんし……」
「ん?……え!??ちょっと今、なんて言った?」
「お妃様はお一人だとっ!」
リブラは満面の笑みで言ったけど、聞きたいのはそれじゃない。
私はもう一度リブラの胸倉を絞め直した。
「王の名前よ!!なんて言った!?」
「ぐっ……ルリオン・シエナ・エルナダ陛下……ですっ」