6.ジュリ②
食堂で食事を済ませ、私は亜果利や他の部員とともに屋外練習場へと移動した。
聖フィオーナ学園アーチェリー部は部員が30人いて、全国的にみても実力のある人が多く在籍している。
去年の高校総体では準優勝し、爆発的に部員が増えた。
その功労者は間違いなく私と亜果利。
2人とも小さい頃からアーチェリーを始めていて、実力は別格だったからだ。
彼女が始めた理由はわからないけど、私が幼少からアーチェリーを始めたのには明確な理由がある。
極めて高い集中力が必要なアーチェリーという競技は、あの悪夢を忘れるのには最適な手段だったのだ。
「相変わらず、ブレないね」
矢を放ったあと、後ろから声がかかる。
先に休憩をとった亜果利だ。
「そう?あまり考えないようにしてるからかな?」
「無心か……いつも思うけど、樹里は精密機械のようだね。的を狙っている時はサイボーグみたい」
「サイボーグ……絶対ほめてないな……」
呆れ顔の私に、真剣な顔で亜果利が言った。
「何か大事なものを、どこかに忘れてきた……そんな感じなんだよなぁ……」
「………何それ?」
「いや、私にもよくわかんないんだけどさ……」
亜果利の顔にはどこか困惑が見えた。
でも、それは私自身も感じていたことでもある。
自分にとって何か大切なものを、どこかに置き去りにしている……それがない今の私は、機械のように日々を繰り返し生きてるだけなんじゃないか。
と。
「あ、そうだ、顧問が呼んでたよ。総体のメンバーについて相談したいって……」
考え込む私の前で、思い出したように亜果利が言った。
「あ、ああ、うん」
そういえば、アーチェリー部の新しい部長になったんだっけ?
責任感のまるでない部長の私と、責任感だけの副部長の亜果利。
立場が反対のような気がするけど、対外的な仕事が多い部長よりも、部員全てに心を配れる副部長の方が亜果利には向いていると、顧問に判断されたのだ。
「面倒くさいなぁ……まぁ仕方ない……」
「ふふっ、頑張って!部長!」
背中をポンと押され、私は弓をしまい練習場を後にした。
屋外練習場から教官、職員棟に行くには、聖フィオーナ大聖堂を必ず通過する。
この大聖堂は、保護者の寄付により建てられたものだ。
金持ちのお嬢様ばかりが通う高校であるため、寄付も高額で、あらゆる設備が新しく快適に過ごせるように出来ている。
大聖堂は地域のシンボル的なものでもあり、生徒もこの美しい大聖堂に誇りを持っていた。
硝子張りにされた渡り廊下を進み、大聖堂の裏口へ入り、そのまま直進すると教官、職員棟に出る。
途中、大聖堂本館へ入る観音開きの大きな扉があって、ここから、ミサ時にシスター達が出入りをしたりする。
私は、足早にその扉を通りすぎようとしたが、その時、何故か大聖堂の鐘がいつもより大きく鳴り響いた。
「あれ?今日何か行事があったかな?」
独り言を呟き、目の前の扉に近寄ると、中の様子を伺うために耳を澄ます。
中は静かで誰の声も聞こえない。
その静けさは逆に私の好奇心を煽った。
開けてみようか?覗くだけなら、誰にも気づかれないよね?
私は激しく鳴る鐘の音に急かされるようにして、つい扉を開けてしまった。
扉は音もなく開いた。
私はほんの2センチほど扉を開けたまま、中の様子を窺った。
聖堂内には、人の気配が全くない。
キョロキョロと目を泳がせると、祭壇と座席の中央にキラキラと輝くものが見え思わず声をあげた。
「なんだろ……すごくキレイ……」
その輝くものの正体を探るため視線を滑らせると、やがてあるものに行き当たった。
……なるほど、上部のステンドグラスの光が差し込んでいるせいで、こんな幻想的な光景を見せてるのか。
私の足は誘われるように祭壇へ向かった。
光は祭壇中央に集まって、七色の光を放ちながら不思議な紋章を写し出している。
……もっと近くで見たい。
そう思い、紋章の中央まで行く。
すると、さっきまで激しく鳴っていた鐘の音が突然止んだ。
「どうして……誰かが止め……」
その言葉が終わりきる前に、床に写っていた光の紋章が私の体を包み込んだ。
あまりの眩しさに目を細め、天を仰ぐと、今度は降り注ぐ光が私をくるむように覆い被さってくる。
「やだ……まぶしい……これ何!?」
《ど………か、我が………い……下さ………》
「誰??何を言ってるの?」
光の中で、私は誰かの声を聞いた。
それは必死に願う誰かの切なる願いのような。
絶望の中でもがく悲鳴のような。
そんな声だった。