5.ジュリ①
「いやぁぁぁぁーーーー!!」
誰もいない空間に片手を伸ばし、何かを掴む。
そしてハッと目を開けると、拳を握った自分の手が見えた。
ゆっくり体を起こし、強く握った指を一本一本広げていくが、当然中には何もない。
「また……あの夢………」
私は小さく呟いた。
幼い頃から、同じ悪夢を繰り返し見た。
夢の中の自分はどうやら子爵令嬢で、わけありの王族と恋に落ち、そして別れ、後に子供も奪われ、非業の死を遂げるという恐ろしいものだった。
その非業の死は、生々しくとてもリアルで、見るたびに絶叫して起きてしまい度々両親を心配させた。
夢は大きくなるにつれて見なくなる、という医者の見解は大きく外れ、17歳になった現在は2日に一度は見るまでになっていた。
「樹里っ!?大丈夫?また見たの?」
ルームメイトの亜果利がノックもなしに顔を覗かせた。
美術商を営む両親は多忙で、ほとんど日本にはいない為、私は全寮制ミッションスクールの聖フィオーナ学園を選んだ。
良家の子女が通うこの学園は、女子校で設立も古く伝統があり、お金持ちで忙しい両親を持つ子が沢山いる。
木嶋家も幸いお金には苦労しておらず、授業料のかなり高い私立でも、すんなり了承が出た。
「亜果利……うん、ごめん……起こしたよね?」
「いや。私はいいんだけど、こんなんじゃ樹里がもたないよ……」
「そうだね……」
俯く私の側に腰掛け、亜果利が優しく背中を擦ってくれる。
彼女、亜果利・F・西宮とはアーチェリー部で出会い、偶然寮で同室になった。
聖フィオーナ学園の理事長の遠縁にあたり、北欧系の血が混ざっているためかモデルのような超美人。
でも、そんな風貌とはうって変わって面倒見が良くお人好しで、私のことを一番に心配してくれる親友である。
「…………落ち着いた?今日は朝から部活だよ?行ける?」
亜果利は心配そうに私を覗き込んだ。
「もちろん!何かに集中して嫌なことは忘れないとね!」
「よーしっ!じゃあ、先に食堂行ってるから!すぐに来なよ!」
「はいはい!おかーさん!」
「ぐっ!!それは、やめてっ!」
彼女は大袈裟に頭を抱え、私を肘で小突いた。
そして、安心させるようにふんわり笑うと、手を振りながら部屋を出た。
彼女のお陰で、私はかなり救われている。
こんなおかしい夢を見て奇声をあげるルームメイトなんて、本当なら嫌がられて当然なのに……。
その時、私はふと思った。
悪夢は小さい頃より確実に現実味を帯びてきている。
触れた感触や切ない思い、押し潰されそうな心に鼻をつく血の臭い……。
もしあの悪夢が、私の前世の出来事だったとしら?
非業の死を遂げた私は、それを忘れられずにまだここに……胸の中にいるのでは?
………いや、まさか、そんなことがあるはずないよね。
前世なんてバカげたこと、あるはずがない。
私はベットから起きて、支度を始めた。
今日は土曜日、食堂は少し遅めの8時から開いている。
亜果利が席を取ってくれているはずだから急がないと。
顔を洗い、部活のジャージを羽織り、長い髪を一つに束ね、いつものように簡単に身支度を済ませると私は部屋を走り出た。