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人生の続きを聖女として始めます  作者: mika
エルナダ暦 1020年
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4.マデリン・ソーントン④

レグルス様が去ったその日、ラ・ロイエ周辺にはおかしな風が吹いていた。

生暖かく、どこか不穏な空気を纏った風は子爵邸の中をどんよりとした雰囲気にし、レーヴェの機嫌も悪い。

その状態は結局夜まで続き、いつもは素直に寝てくれるレーヴェが、今日だけはやけに夜泣きをした。


真夜中過ぎに、一度泣き止んだレーヴェがまた激しく泣いた。

仮眠をとっていた私はいそいそ起きあがり、レーヴェを抱き上げるといつもの子守り歌をうたう。

普段はこれで泣き止むのだけど、今夜の夜泣きは手強かったので、更に抱っこをしながら部屋を歩く。

すると、ふと見下ろした窓の外に夥しい松明が見えた。


「お嬢様!!お嬢様!!」


扉の外から、デュマの焦った叫び声が聞こえた。

そのとても切迫した声にレーヴェが反応し、泣き声がより一層酷くなった。


「どうしたの!?外に誰か来てるの!?」


デュマはもうノックもせずに扉を開けた。


「説明している暇がありません!急いで裏口から逃げて下さい!旦那様が時間を稼いでくれておりますので!!」


「デュマ!?一体……」


「早く!!」


デュマは私の腕を掴み、猛然と階段を降りようとした。

だけど、階段の下には黒ずくめの衣装を纏った集団が、武器を構えて立ち塞がっている。

私達は中腹で足を止めざるをえなかった。


「くそっ……お嬢様!もう一度上に……ぐうっ!」


デュマは私を庇うように階段上に押し上げたが、その瞬間前屈みになり、そのまま倒れ込んでしまった。

倒れたその背中には、深々とナイフが突き立てられている。


「デュマ……デュマーー!!!」


屈み込もうとした私は、一気に上ってきた男たちに肩を掴まれ、激しく階段の壁に叩きつけられた。

腕の中にいたレーヴェを守るために、自分に対する防御は出来ない。

思い切り打ち付けた後頭部からは一筋、血が流れて落ちた。


「子供を寄越せ!!」


黒ずくめの男の一人が、レーヴェに向かって手を伸ばす。


「……い、いやよ!!……ダメ!どうして!?やめて!レーヴェに触らないでっ!」


咄嗟に抱き抱えた私のその背を、男は容赦なく切りつけた。

鈍い痛みが走り、次に焼けるような激しい痛みが襲う。

傷口からの出血は酷く階段を真っ赤に染め上げた。

でもそんなこと気にしていられない。

傷の痛みよりも何よりも、レーヴェを奪われることの方が何倍も辛い。

私はレーヴェに覆い被さり男達の腕から守ろうとしたが、強い力で髪を引っ張られ、階段下に落とされた。


(やめて、レーヴェを連れて行かないで!)


その悲痛な叫びは声にならなかった。

階段を転がり落ちるたび私の傷口は広がって激痛が走り、更に頭を強打し一瞬意識が飛んだ。


「う……レ…ヴェ……レーヴェ……」


大量出血のため意識は朦朧としていた。

でも、どこからか聞こえてくるレーヴェの激しい泣き声を頼りに、その方角に必死に手を伸ばす。


「レーヴェ……どこ……?」


やがて泣き声は遠ざかり、手探りで探しても……もうどこにもレーヴェはいなかった。


どうして……こんなことになったの?

私達が何か悪いことをしたの?

ああ、神様どうか……レーヴェをお守り下さい。

心ない者達が、無垢なレーヴェに危害を加えませんよう……。


「……あぁ……彼に……レグ……ル……スに……」


その続きは言葉にならなかった。

ごめんなさい、レグルス様。

私、レーヴェを守れなかった……ごめんなさい……ごめん……。

流れる涙と血が混じって酷く生臭い匂いがする。

だけど、それを感じなくなるまで長い時間はかからなかった。



ふと意識を取り戻すと、視界にぼんやり見えたのは、自分の足の指。

何かに担がれて、宙ぶらりんになった足の指はズルズルと引きずられ泥だらけになっていた。


「ここまでしなくてもいいと思うんだがな……」


複数の男の声が聞こえた。

遠くで誰かが喋っている……の?


「何を言う!主様の命は絶対だ!あの男をちゃんと従わせるためにはこの見せしめが必要らしいからな!気を引き締めろ!」


「……逆効果にならないといいが」


「それは、俺たちの知ったことじゃないさ。さぁ、さっさと吊るして火をつけて終わりだ」


「……そうだな」


男の声は聞こえなくなった。

もう感覚のない体に、白い紐が巻き付けられ、首に引っ掛かって勢い良く下に向かって落ちる。

一瞬、ガクンっ!と体が揺れて……最後に見えたのは揺れる自身の足の指だった…………。


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