3.マデリン・ソーントン③
ほどなく、私とレグルス様の間には男の子が生まれた。
彼と同じ赤茶の髪に、金色の瞳。
生まれながらに獅子王を継ぐものとしての権利を持ってしまったその子に、レグルス様は「レーヴェ」と名付けた。
朝から夕方までは特別室に、そして夜は子爵邸にと、私達家族はおかしな形ではあったけれど、誰よりも幸せに暮らしていたといえる。
だけど、その幸せに暗雲が立ち込めようとしていることに、私は全く気が付いていなかった。
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いつものように、朝、私がレーヴェと特別室に向かうと、そこには父と執事のデュマ、あと派手な身なりで恰幅のよい男が何かを話していた。
「……では、これから都に?」
父が男に問いかける。
「ええ。一刻も早く。時間がないのですよ」
派手な男は大袈裟に手を広げて見せた。
そして、後ろで様子を伺っていた私ににっこりと微笑んだ。
「おお。これはこれは。あなたがマデリンさん。ふぅむ、確かに彼が惹かれるだけあってお美しい……」
その言葉には、どこかトゲトゲしさを感じた。
私を見る男の顔は、娼婦でも見るようにイヤらしく歪んでいる。
男は次にレーヴェを覗き込んだ。
「なんとまぁ……これは間違いなく王家の子。レグルス様の御子に違いありませんな」
「なっ!あ、当たり前です!」
私は怒りで顔を真っ赤にした。
レグルス様以外にも、誰かと関係をもっていると思ったのか!?
酷い……私はそんなこと決してしない!
その思いは、父も同じだったようで、娘を侮辱されたことに怒りの表情を浮かべた。
だけど、悔しいかな、この男の方が身分が上……なんだろう。
父は何も言わず静かに怒りを逃していた。
「さぁ、それでは我々は行きます。ソーントンの皆様、ご苦労でしたね。引き続きラ・ロイエの管理を頼みますよ?」
「え!?あの、待って下さい!レグルス様はどこに!?帰ってくるのでしょうか?」
私は男の後ろに見える特別室を覗き込み、彼を必死で探した。
「彼は、既に先行する馬車で都へ行きました」
「…………は?」
「もう帰ってくることはないでしょうが、あなた達の面倒はきちんと見ると仰っておりましたよ」
違う!そんなことじゃなくて、彼に会ってちゃんと彼の口から聞きたいの!
という言葉は、ついに私の口からは出なかった。
知っていたはずだ。
レグルス様は王家の人。
陛下に何かあれば、その代わりに呼ばれることもわかっていた。
でも、それでも、最後はレグルス様自身の口から別れを聞きたかったのだ。
唇を噛みしめ、俯く私に男は口の端を上げて軽く言った。
「それでは、マデリンさん。ごきげんよう」
踵を返しマントを翻し、男は颯爽と階段を降りて行った。
「あれはバートラム・スタンフォード侯爵、ルリオン陛下の側近で、国防大臣も兼ねている男だよ」
父が静かに言った。
だけど、そんなことはどうでも良かった。
レグルス様はここにいない。
きっともう会えない。
その事実だけで私は絶望に浸ることが出来た。
「ふぁっ……ふんぁぁぁぁー!」
「レーヴェ!!あ、ごめんね!ごめん!」
無垢な我が子の泣く声に、私は一気に絶望の淵から呼び戻された。
そうだわ。
レーヴェ、レーヴェのために、泣いてなんていられない。
この子には私しかいないのだから、なんとしても立派に育てなくては。
そう思うと、自然と体が熱くなった。
私は父を振り返り微笑んだ。
これからどんなことがあろうとも、負けない。
レーヴェのために生きていこう。
私と父は頷き合うとそっと階段を降りていく。
また、2人。
いえ、デュマもレーヴェもいるわ。
皆で共にこのラ・ロイエを管理しながら細々と生きていく。
それだけのことよ。