21.弓③
「北館に住む陛下の妃、ビクトリアが常々殿下の命を狙っているのですよ」
「なっ!!」
そういえば、エルナダに来た時にリブラが言ってたっけ?
妃が一人いるって。
その女が私のレーヴェを殺そうと!?
「ちょっと待って下さい。それを獅子王は知ってて放置を??」
「知っています。だから、エスコルピオを側につけたのです」
「はぁ!?知ってるなら、ビクなんとかっていう妃をどうにかしたらいいのでは!?証拠がないわけじゃないんでしょ?」
王子を殺そうとするなんて、極刑じゃない!
いや、私が極刑にしてやる!
「ビクトリアです……確かに正論です。証拠もあるにはあります。しかし、陛下のお考えでこの件は不問になっています」
不問!?
開いた口が塞がらない、とはこの事だわ!
エスコルピオが優秀な護衛であることはわかるけど、レーヴェの命を狙う者を罪にも問わず、それどころか同じ王宮に置くなんて普通じゃない。
そのビクトリアとやらに惚れてて罰せないとか?
そんな色ボケした王なんて願い下げだけど。
少なくとも、親ならこんなこと絶対にゆるさな………そうか、そういうことか。
「親じゃない」からだ……。
もしかしたら、レグルスが今の獅子王かもと考えたこともあった。
そうであればいいとも思った。
だけど、一縷の望みだった、ルリオン=レグルス説は、この時私の中で儚く消え去った。
ルリオン陛下にしてみれば、レーヴェは自分の子供じゃなくてただの甥っ子。
本当の子供ではないから、危険を知ってても対処しないのは頷ける。
いや、ひょっとして死んでもいいくらいに思ってるかもしれない……。
そう考えると、私の中に沸々と怒りが沸き上がり、それは見事に顔に出た。
その表情を見たガブリエラは、慌てて私を宥めた。
「ジュリ様、申し訳ありません。お喋りが過ぎました……ですが……これだけは言わせて下さい。貴女がエルナダに降臨し、獅子王陛下の聖なる妃になってくれることを私達全てが望んでいるのです」
「聖なる妃だなんて!」
怒りが治まらない私は憤慨して言った。
レーヴェを守ってもくれない男の妃になるなんて冗談じゃない!
「陛下を絶望と悲しみから解放出来るのは聖女……貴女だけなのです。そして予言の通りになればきっと陛下は救われる……私と私の旧友はそう信じているのです」
ガブリエラは、まるで彼方にいる誰かを思い出すように儚く微笑みそのまま私を見た。
絶望と悲しみ?
ルリオンには何かトラウマでもあるの?
「予言って……あのむちゃくちゃなやつですよね?獅子王に愛されろっていう……」
「まぁ……いろんな解釈がありますから……」
ガブリエラは言葉を濁した。
きっと、彼女にも予言自体が良くわかってないのかもしれない。
リブラや神官だって詳しいことは言わなかったし、わからないけど妃にしとけば上手くいくんじゃない?と思っているのかも……。
だけど、私がルリオンを救う聖女だとしても、それよりも大切な使命がある。
この王宮で、命を狙われているレーヴェを守らなくては!
もう2度と、私はレーヴェの手を離したりしない!
シングルマザー上等よっ!
そう心に決めた時、にわかに王宮内が騒がしくなった。
「ヒューイット閣下!!」
練習場の外にいた近衛兵が、ガブリエラに敬礼しながら飛び込んできた。
「何事か?」
「はっ!獅子王陛下が御帰還なされました」
「……そうか。今回は早いな……」
ガブリエラは親指に顎を乗せ、暫く考え込み、やがて考えが纏まったのか、私とレーヴェに言った。
「殿下、ジュリ様。獅子王陛下が早く帰還したのは、きっと聖女降臨の件だと思われます。今から私は陛下とジュリ様の謁見の場を整えなくてはなりませんので失礼しますが、後程また会えましょう」
「謁見……ですか……」
気が重そうな私に、ガブリエラはそっと近寄ると両手をぎゅっと握り込んだ。
「気が乗らないのはわかります。ですが……」
そう言って、レーヴェを見た。
彼は私の服の裾をギュッと掴み、不安そうな顔で見上げている。
「そうね。うん。レーヴェのためにも獅子王には会わないとね」
レーヴェの頭を優しく撫でながら、私は覚悟を決めた。
ルリオンは気に入らないけど、レーヴェの側にいるには彼に会わなければ始まらない。
どんな立場になるかはルリオン次第だ。
でも、レーヴェと共に過ごせる環境は絶対に確保しなくては!
「では、ジュリ様、殿下。後程」
安心したガブリエラは、柔らかく微笑みながら練習場を後にした。
私達も何か準備をしなくてはいけないのかな?
そう尋ねるべくエスコルピオを振り返ると、彼は口をヘの字に歪め何かを考えているようだった。
それは、いつも冷静な彼とは違い、若干の恐れが混じったものであった。




