2.マデリン・ソーントン②
それから一年が経つ頃には、私もレグルス様と軽口を叩き合うくらいまで仲良くなり、彼の置かれた状況、立場がぼんやりとわかってきていた。
レグルス・シエル・エルナダ、彼は産まれてきてはいけない、双子の王弟だった。
エルナダでは双子は凶兆とされている。
何代か前に王位を争った双子が、両方とも非業の死を遂げたことからそういわれるようになった。
そのためレグルス様も、存在を秘匿されここで「いないもの」として密やかに暮らしている。
今の王ルリオン陛下が健在ならば、レグルス様がここから出ることはない。
それが、嬉しいと思ってしまう自分の心の卑しさに時折私は酷く恥ずかしくなった。
更に一年後、私達はもっと親密になっていた。
お互いを良く知ることによって、自然と気が合うことがわかり、距離もどんどん近付いていく。
たまに離れていると、寂しいような不思議な気持ちになり、その特別な気持ちを持ってしまうことを私は自分の胸だけに秘めていた。
毎日、朝から夜まで、私達はずっと一緒に過ごした。
朝には私の焼いたパンを一緒に食べ、ティータイムには香り高いお茶と共にマドレーヌを。
レグルス様は私の作ったものを、いつも美味しそうに食べてくれた。
そして合間で交わされる言葉の数々は、大切な宝物になり積み重なる。
それは葡萄園の経営の話や小麦の収穫の話、夜空に浮かぶ星の話やほんのとりとめのない話であっても……どんな話にもレグルス様は詳しく助言をしてくれた。
とても勉強家の彼は、私が帰った後も一人で読書をしている。
どこからか運ばれてくる難しいたくさんの本を、レグルス様はあっという間に読んでしまっていた。
そのため、学校に行かなかった私の先生はレグルス様になり、特別室の難しい本の内容を分かりやすく教えてくれたりもしていた。
中でも一番気に入ったのは、予言者ラシャークの手記にあった、聖女様の話だった。
「レグルス様、聖女様は本当に国を救いに異世界からやってくるのでしょうか?」
「さぁな。だとしても、それは国の危機だろう?そんなことがない方が平和だよな?」
「そうですね……でも、会ってみたい気もします」
「ふぅん。オレは別に興味ないが」
彼は艶のある長い赤茶けた髪を鬱陶しそうにかき上げた。
「どうしてですか?きっと美しい方だと思いますよ?」
不思議そうに尋ねる私を、レグルス様の金の瞳がグッと覗きこむ。
「マデリンが一番美しいと思うからだよ」
「え、は?」
きょとんとした私を見て、レグルス様は豪快に笑った。
きゅん。と、胸の中で何かが弾けた。
それは、波紋のように広がって、大きくなって、体全体に行き渡るとカーッと熱くなる。
「レグルス様!からかわないで下さい!!」
「からかってない」
突然の真剣な声に、私はびっくりして彼を凝視した。
「からかうなんてことしない。ふざけているように見えたのは……オレも少し恥ずかしかったんだよ!」
「恥ずかしい??」
何が恥ずかしいというのだろう?
恥ずかしかったのは私の方だわ。
「あの、な。そりゃあ、告白なんて初めてだし……なんて言ったらいいものかわからないから」
「さっきのあれは、告白なんですか!?」
思わず大声を上げてしまった。
「言うなよ!叫ぶなよ!恥ずかしいだろうが」
「だってだって!告白ってあんなものでした?」
「……あんなものって……君、案外キツいな。新しい発見だ」
「あ、すみません。でも、告白って……愛してるとか、好きだとかでしょ?」
経験のない私にだってわかりますよ、そのくらい。
でも、自分で言っておいて激しく照れてしまい、頬が熱く赤くなっていく。
「愛してる」
「!?」
言ったそのままを返されて唖然とする私を、レグルス様はグイッと引き寄せ抱き締めた。
「初めて会ってから、ずっと、君の笑顔に癒され続けた。君がいたから、オレは自分が生きていてもいいんだと思うことが出来た。今ではマデリンがオレの生きる希望だよ」
「レ、レグルス様!!ですが、あなた様は……」
「しっ。そこから先は言うな。それは、オレには関係のないことだ。ここで生き、ここで死ぬ。でも、それは幸せなことだよ。君がいてくれるなら」
彼の表情は全く見えない。
何を考え何を思っているのか。
表情から読み取れない私は、かろうじて伝わる鼓動からそれを読み取った。
どちらのものかわからない鼓動は、速く強い。
このままでは爆発するんじゃないかというほど危険で……。
「……私がレグルス様のお役に立てるなら……それは、大変光栄なことで……」
恐る恐る言葉を紡ぎ出す。
一欠片の冷静さが、私の本心を頑張って押さえ込んでいる。
「違う!そんな言葉が聞きたいんじゃない!わかっているはずだ!」
怒ったような声を出し、彼は抱き締める腕の力を強めた。
わかっている。わかっているから、それを本当に言ってよいのかまよっているのです。
私はなんとか顔だけ動かして、レグルス様を見上げた。
「……望んではダメか?ただひとつ、欲しいと思ったものを……」
見上げた彼は、泣いていた。
その瞬間、一欠片の冷静さなど、どこかに吹き飛んだ。
どうしようもなく愛しくて、世界中の全てのものからレグルス様を護りたい、そんな気持ちが波のように押し寄せる。
「レグルス様……愛しています。私などが、おこがましいとは承知して……」
「余計な言葉はいらない」
静かに言った言葉には、切ない思いが籠っていた。
「……あ、愛しています!レグルス様!」
「うん、オレも……マデリン。愛してるよ」
レグルス様の手が、私の頬を捉えた。
長い指を探るように滑べらせ、唇を撫でる。
その優しい動きに擽ったくなり俯きかけた私の顔を、彼はそっと支え……そして口付けた。
その日、私は密やかにレグルス様と一夜をともにし、次の日には、父と執事の立ち会いのもと、簡単な結婚式をした。