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人生の続きを聖女として始めます  作者: mika
エルナダ暦 1025年
19/84

19.弓①

レーヴェに子守唄を歌ったその夜から、何故かエスコルピオの態度が変わった。

例えばレーヴェが一緒に昼食を取ろうと誘って来たときも、前ならとても嫌そうに文句を言ったのに、今では「わかりました」と言うだけ。

しかも、その声が優しいからまた怖い。

こんなに態度を変えられると、何か裏があるのかと勘繰るわよね。

油断させておいて、後ろからグッサリ……。

結局あの殺人未遂?の真相はわからず仕舞いで、早4日経ってしまっていた。


「ジュリ様、食後は焼き菓子に致しますか?」


鉄仮面の護衛騎士は、慣れた手付きでトングを握り、銀製のトレイから芳ばしい香りの菓子を一つ摘まんだ。

掠れた声で丁寧に喋る彼が、懐かしい誰かの仕草と被る。

だけど、それはあり得ないこと。

だって、彼は……デュマはあの夜死んだのだから……。


「あ、ええ、はい……頂きます」


エスコルピオから目をそらし、真向かいで微笑むレーヴェに視線を落とすと、私はミルクティを少し口に含んだ。

レーヴェの態度はあの夜から少しも変わらない。

変わったことと言えば、夜に悪夢を見て泣き叫ぶことはあれから一度もない、ということだ。

4日しか経ってないし、絶対起こらないとは言えないけど、少なくとも安眠出来る夜が続いているというのは良いことだと思う。


「お母様はどんなことが得意なのですか?」


レーヴェがニッコリと微笑んで尋ねた。

彼は私のことを、遠慮せずに「お母様」と呼び始めた。

それも、あの夜から変わったことの一つだ。


「え、私?そうねぇ……アーチェリー……弓、かな?」


「弓!?」


何故かレーヴェとエスコルピオが同時に叫んだ。


「う、うん。なに?どうしたの?変?」


びっくり顔の私の前で、レーヴェは好奇心を隠せないように身を乗り出した。


「いっ、いいえ!違います!優しく綺麗なだけじゃなくて、武芸も得意だなんて素敵だなって……」


キラキラとした瞳のレーヴェの後ろで何故かエスコルピオも頷いている。

優しく……綺麗……?

言われたことのない言葉に、私の顔は火を吹きそうに真っ赤になった。

まさか、我が子の言葉に赤面する日が来ようとは。

それにしても、まだ5歳なのにこんな言葉がスラスラ出てくるなんて、これ将来とんだチャラ王になったりしない?

おかーさん、心配よ?


「あ、ありがと。そうだ!レーヴェは?勉強の他に何かしてる?剣とかの稽古してるのかな?」


顔の火照りを冷ますべく、今度はレーヴェに話をふった。

王族ならそういうこと必修でするわよね?

想像でしかないけど。


「いえ……剣は、父上様がやらなくてよいと……」


「ん?どうして?自分の身を守る為には必要でしょ?」


「……強くなっても何の役にも立たない、って……」


レーヴェは悲しそうに俯いた。

そんな彼の側にエスコルピオが跪き、覗き込んで言った。


「殿下。獅子王陛下にはお考えがおありなのですよ。この先、殿下が剣など持たなくてもいい世界をつくる為に頑張っておいでなのです」


そう言ったエスコルピオの声に、どこか不安そうな響きが混じっていたのを感じた。

信じているけど、それが正しいのかわからない。

そんな風に聞こえた。


「エスコルピオ。僕もそんな世界が来ればいいと思うよ……でもそれで鍛練をしなくていいというのは別だと思うんだ……」


「レーヴェは武芸をしたいの?」


話に横から割って入ってしまい、ちょっと後悔したけど、レーヴェもエスコルピオも不快な顔はしなかった。


「はい。そこまで強くなりたいというわけではないんです。でも、大切な人を守れるくらいにはなりたい。それだけなんです」


「殿下……」


エスコルピオは何かを思い出したように、一瞬遠くの木立に目をやった。


「剣がダメなら、弓はどう?対人じゃないし、ケガをする確率も低いわよ?」


「えっ!?」


また2人は同時に叫び、そして、レーヴェは目を輝かせて言った。


「ひょっとして、お母様が教えてくれるのですか?」


「いいよ。エスコルピオがいいって言ったらね?」


その言葉が終わる前に、レーヴェはエスコルピオの胸元をがっしり掴んだ。


「エスコルピオ!?いいよね?剣じゃないし!いいよね?」


「……い、いや……それは……なんとも……」


「いいよね?」


レーヴェは首を傾げて可愛らしく言った。


「…………………いや……」


それでも、歯切れの悪いエスコルピオにとうとうレーヴェが叫んだ。


「いいよねっ!?」


「……………は、はぁ……」


エスコルピオは胸元を掴まれたまま、ため息混じりに呟いた。

そして、レーヴェは勝者らしく満面の笑みを浮かべて私を見ると、直ぐ様横に来てこう言った。


「早速やりましょう!お母様!」


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