10.転移④
「ど、どういうこと?」
リブラとヴィス、2人を交互に見ながら私は言った。
「その件を少しでも口にすると厳罰が下ります!それはジュリ様とて同じ。どうか、城の中で、特に陛下の前でその話はお止めください!」
「何で?ごめん、納得いかない。どうなったかを聞きたいだけ。それがダメなの?」
私の疑問にリブラは困った顔をしながら、ヴィスに目で合図を送った。
何の合図かはわからなかったけど、ヴィスは一つ頷いて扉の外へと消えた。
「見張りを立てました。それでも、完全とは言いがたいですが。あまり詳しくはお話出来ませんよ?」
「見張りって……そんなに危ないの?わかった。大丈夫よ。結果だけ知りたいから……」
私とリブラは他人としてギリギリ許せる範囲まで近付き、出来るだけ声をおとして会話した。
ここまでしてるのに、リブラはまだ不安げに扉を気にしている。
その様子は、まるで目に見えない何かに怯えるようだなと思った。
「簡潔に申しますと、ラ・ロイエはもうありません。陛下によって取り壊されました。そして、その領地の子爵と一人娘の令嬢は亡くなったそうです」
「そう………他には?」
「他とは?」
「……その令嬢の子供の話、聞いてない?」
リブラは考え込んだ。
そして、ゆっくりと首を振る。
「いえ、聞いておりません。子爵家はラ・ロイエから脱獄した者達に強襲されたという噂ですが……子供の話など一つも……」
あの夜の黒ずくめの男達が脱獄した囚人達?
絶対違う……。
監獄にいた人達は大体顔見知りだし、いくら顔を覆って隠してもすぐにわかる。
毎日配膳をしていた私が気づかないわけがない。
それに、彼らがそんなことをする人達じゃないってことを私は良く知っている。
でも、わからない。
どうしてレーヴェのことは、話にも出てこないのか?
最悪の事態は考えたくない。
だけど、ひょっとしたら……と思う自分もいる。
「ジュリ様?」
「ん、ああ!はい。ごめん、考え事してた」
「お顔の色が優れませんが……」
リブラは自分が蒼白なのにも拘わらず私を気遣った。
「大丈夫。それより、どうしてこの件がそこまで陛下の逆鱗にふれるの?それに、あなた達の怯え方が普通じゃないんだけど?」
「なぜ陛下がこの件について感情的になるのかはわかりません。ですが、これを口にするとどうなるかはわかります……」
「どうなるの」
私は思わず身を乗り出した。
「陛下の腹心、エスコルピオに殺されます……」
「エスコルピオ?」
「はい。彼がこの王宮にやって来たのは、ちょうど陛下の性格が変わった頃でした。それから影のように付き従い、意に沿わぬものを粛清しています。現在は王子の護衛を担当していて陛下の側にはいませんけどね」
「ふぅーん、そのエスコルピオを恐れているわけね」
「はい。彼はどこからともなく現れるのです。まさに、神出鬼没……それで、このように皆用心深くなるのです」
リブラは一息つくと、テーブルの冷めたお茶を一気に飲み干した。
その時、部屋の外から突然話し声が聞こえてきた。
直後、ガタン!と何かが扉にぶつかる音に、リブラは飛び上がって驚いている。
私とリブラは、扉を凝視したまま動けず、成り行きを見つめた。
すると、今度は控え目にノックの音がし、次にヴィスの声が響いた。
「リ、リブラ様?あの、で、殿下がお越しでございますが……」
「ふぇっ!?」
リブラはまた飛び上がって驚いた。
小動物のようだな、と思っていたけど、こうなるとほんとにウサギかリスみたい。
なんて、私は呑気に考えていた。
「聖女様にお会いしたいそうです」
ヴィスは早口で続ける。
きっと、外でせかされてるんだな。
「…………わかった。入って頂いて下さい」
少し威厳を取り戻した大神官(小動物)リブラは颯爽と立ち上がり、パンパンとローブを叩くと、扉付近で直立不動になった。
手招きをされた私も、同じ様に直立不動の姿勢をとる。
ヴィスが先頭に立って中に入り、次に小さな男の子が入ってきた。
これが、王子様か。
赤茶色の髪は、赤よりも茶色味が強く飴色に近い。
ちらりとこちらを見てニッコリと微笑んだその瞳は、見事な金色で一目で王族だとわかった。
まるで絵本の中から抜け出たような完璧な王子様に私の目は釘付けだ。
「ご機嫌麗しゅうございます殿下。このようなところにおいでにならなくても、こちらから出向きましたものを……」
リブラが平身低頭で王子を椅子に促し、そのすぐ隣の椅子に私を呼んだ。
「今ね、エスコルピオが教えてくれたんだ!聖女様が来たって!だから僕すぐに会いたくて来ちゃった……あなたが聖女様ですね?」
王子はキラキラした目で私を見た。
好奇心なのか、崇拝なのか?
彼は何か『すごいもの』を見るような目で見てくる。
現代で言えば、戦隊もののヒーローとかと同じ扱いなのかな?
「ええと。はい。ジュリと言います。殿下」
私がそう言うと王子様は、拗ねたように口を尖らせて言った。
「殿下だなんて……僕の名前はレーヴェ!ジュリ様もそう呼んで下さいね!」
「レーヴェですか!いい名前ですね!……ふぅーん、レーヴェ……レーヴェ?レーーーヴェ!?」
私のすっとんきょうな叫び声は、寄宿舎中にこだまとなって響き渡った。




