1・マデリン・ソーントン①
ーーー麗しきエルナダは、獅子王が支配する悠久の国。それは神の作りし美しい大地。
かの地に、災いが降り注ぎし時、漆黒の聖女が降臨し全ての暗雲を祓うであろう。
王が聖女を敬い愛し、その心を満した時、それがエルナダの恒久平和の始まりである。
ーーーー予言者ラシャーク
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エルナダ王国。
この王国は、長い歴史と広い国土、更に財力を兼ね備え、他の国々を圧倒する武力を持つ大国である。
代々この国の王は「獅子王」と言う名で呼ばれ、金色の瞳を持つというのが特徴だ。
美しく聡明な王は、首都でも大人気で貴族の娘達が自分を売り込むために足の引っ張りあいをしている……という噂をよく耳にした。
でも、辺境の領地に引きこもるように住んでいるソーントン子爵家には、あまり関係のないことだった。
私、マデリン・ソーントンが暮らすこの領地は、はっきり言ってど田舎である。
葡萄園と小麦畑と、あとは政治犯収容所、監獄「ラ・ロイエ」があるくらいだ。
ラ・ロイエは、他国に情報を横流ししたり、横領したり、国家を転覆させようと暗躍した者達を収容するための施設だけれど、実はそれとは別の用途もあった。
わけありの貴人を隔離、または、庇護するという部屋があったのだ。
それは、監獄塔の最上階にあり、特別室と言われている。
ソーントン子爵家は、このラ・ロイエの管理と、特別室の貴人の世話を任されていた。
私の仕事は、囚人の配膳を領地の婦人会と一緒にすることだった。
政治犯といっても、もとは身分の高い貴族の方々。
彼らは毎日本を読んだり、隣の牢獄の人とチェスをしたり……案外のんびりとした生活を送っている。
それも、ソーントン子爵が締め付けを嫌い、普段通りの生活が送れるようにと手配した結果であった。
そんな子爵の配慮によって、彼らは心穏やかにここで生活をしている。
私が15になった時、父であるランドル・ソーントンに特別室に連れてこられた。
それまで、特別室の担当は父か執事のデュマで、近寄ってはいけないと言われていた。
いけない。と、言われれば近付きたくなるというもの。
私は、父やデュマに内緒で塔の下によく来ていたのだ。
貴人とはどのような人なんだろう?
女性なのか?男性なのか?
そして……どうしてここに隔離されているのか?
様々な疑問が好奇心を擽った。
「マデリン。今日から特別室の担当はお前だよ?」
「えっ!?……よろしいのですか?」
「ああ。特別室の御方がな……お前と会いたいんだそうだ。下から見ているのでは首が疲れるだろう?と仰ってな?」
「なっ!!知っていたのですか!?」
なんということ……。
誰にも気付かれていないと思っていたのに、まさか本人に見られていたなんて!
「そういうわけだ。ほら、これがここの鍵」
父は少し錆びた小さい鍵を私に手渡した。
「はい……あの、具体的に何をすれば?」
配膳しかしたことのない私は、困って父に尋ねた。
「朝昼晩の食事と、午前と午後のティータイム、その間の話し相手をして差し上げなさい」
「話し相手……わかりました。それだけですか?」
「基本はな。だが、臨機応変に対応してくれ。もし、部屋に残るようにと言われたらそのように……決して自分から帰ると言わぬように」
「……はい」
父の様子から、特別室の貴人は、やんごとない人物であると推察した。
失礼のないようにしなくては。
私は決意を新たに、鍵を扉の鍵穴に差し回した。
ゴトン。
鍵は思ったより重い音がした。
音の重さと、この任務の重要性は比例している。
そう思い、ゴクリと息を飲んだ。
「さぁ、私は外にいるから。挨拶をしてくるといい」
笑う父に背中を押され、一歩踏み出し後ろ手に扉を閉めた。
部屋は、特別室というのが相応しい作りになっている。
円形に広がった部屋は窓が多めに作られていて、採光も充分でとても明るい。
間仕切で3区画に仕切られて、書斎、寝室と湯浴み用の部屋まで完備されている。
私は部屋の様子に心を奪われ、当の本人を探すのを忘れていた。
慌てて、視線を滑らせたけど、誰も見当たらない。
仕方なくその辺りをうろうろし、間仕切の後ろや、書斎の机の下を探す。
すると、クスクスと押し殺したような笑い声が背後から聞こえた。
「え!?」
短く叫んで振り向いた。
振り向いた先には、鮮やかなブルーのタイが間近あり、驚いて後ずさってしまった私は、足が絡まり体がぐらついた。
「危ない!!」
ブルーのタイがまた近づいた。
傾く背中を支えてくれている手は、そのタイの持ち主で、特別室の主だ。
私は、不躾だと思いながら恐る恐る顔をあげた。
「こんにちは、塔の下の姫君。オレはレグルス」
「あっ、あの、私、マデリン・ソーントンです」
「ごめんな、驚かすつもりはなかったんだが。こんなことしか楽しみがなくてな」
そう言って笑う彼の瞳に釘付けになった。
それは、初めて見る金の瞳だったから。
レグルス……彼は紛れもない王族で、しかも「獅子王」の名を継げる人物……。
わかった途端私は身震いをした。
だって、今、私を支えている人が王族だなんて!なんと恐れ多い!!
「いえ、あのありがとうございます。もう大丈夫ですので……」
「ああ、そうだな。お互いおかしな体勢で挨拶をしてしまったね」
彼は屈託なく笑い、私を抱き起こすと大きな背を屈めて覗き込んできた。
「では、改めて。マデリン、これからよろしく。オレのことはレグルスと呼んでくれ」
「は?いえ、それはちょっと……」
「何で?」
「呼び捨ては、いけません、多分……」
王族を呼び捨てはダメでしょう?
「うーん、でもなぁ。オレはただのレグルスだし。それ以外の名前はないし」
「レグルス様とお呼び致しますね」
「様かぁ……まぁいいけど。そのうち様をとってくれよ?」
彼は照れ臭そうに頭をかいた。
「……善処致します」
無理だと思いますけど。
と、心の中で呟き、にっこりと微笑んだ。




