行動
ーーこの袋小路に誘ったのは誰だよーー
心の声を聞いた時には、すでに窓枠に足を掛けたところだった。
そこに「死の恐怖」が後ろから背中を押した。
窓枠に掛けた足を思い切り蹴る。
二メートルはある高さなのに不思議と飛ぶことに恐怖は感じない。
あの場に残る方がどれほどの恐怖か。
枝までは届かず地面に落ちるかと思ったが、何とか運よく枝にしがみつくことができた。
そのまま枝と枝をつたって木を降りていく。
地面に近づくたび肩の荷が降りていくような感覚だった。
やっと地面に着いた健人は自分の顔が濡れている事に気がついた。
あれ、これはなみだ?
「アレ」から逃げおおせた安堵からの涙か。
鼻水まで出ていた。汚い。
恐怖からの涙かもしれないな。
我ながら情けない。
今はもう遠く感じるその二階の窓を見上げて思う。
ああ、そうか。
ーー菜津を置き去りにしたーー
恐怖から逃げる事で精一杯で忘れていた。
でもしょうがないよな。
生まれて初めて「人外」のモノと遭遇した。
俺には分かる。肌で感じた。アレはヤバい。幽霊の類か、地球外生命体か。とにかく「人」ではないことは見て分かった。
まさに未知との遭遇だ。
そりゃあ現実であんなモンスターに対峙したら誰だって"自分の命第一党"に入党するだろ。
ゲームとは全く違う。そうだな。例えるなら不良に絡まれた時の恐怖のもっとすごいやつかな。
本当の意味での身の危険を感じると人間身体がゾワつくよな。そして妙に頭がクリアになる。
俺は英雄でもなければ、超人でもない。
「アレ」の姿を思い出しただけで、こんなに足から崩れ落ちそうになる只の人。
そりゃしょうがないよ。
グシャグシャになっていた顔を拭ってから帰路につく。
足は軽い。
ただ歩く。
歩く歩幅はどんどん広くなっていく。
そのうち走り出す。
走るスピードは急加速していった。
全力で走り抜けた先に目に写ったのは、健人の暖かい家族の待つ実家。
ではなく、あの廃墟の正面扉だった。
扉は閉まったままだが、そのままの勢いで全力で蹴破る。
その時の足の痛みなどまるで嘘のようで、足から滴る血などまるで汗のようだった。
あ、オレ超人か?と健人は少し思うのだった。
少し前まで菜津といたロビーを横断する。
話す菜津の顔が浮かんだ。
ーーなんか今回はやめた方がよくない...?ーー
そうか。菜津はちゃんとそう言ってたっけな。
あの時引き返すべきだったな。
階段まで来るとアレ(包帯女)の物らしき赤黒いシミのついた包帯が一筋落ちていた。
右足がすくみかけたが、もう一方の左足でその足を踏みつけてやる。
「いたっ」
足からは大量の血が出てるしやっぱり痛かった。
(超人ではないことを理解した)
そんなことは置いておき、
自分の命を一滴残らず燃やし尽くすような勢いで階段を駆け上がる。
恐怖で勢いを殺されないように全力で走る。
そして二階の廊下へと飛び込んだ。
と同時に、
「きゃあああああああああああああああああああ」
菜津の悲鳴が聞こえた。
心臓が一気に高鳴る。
廊下に「アレ」はいない。
そのまま廊下を走り抜けて袋小路に着いた。
だが、そこには「アレ」の姿も菜津の姿もなかった。
あるのは大量のあの赤黒いシミのついた包帯だけだった。
健人は自分の意思とは関係無く足から崩れ落ちる。
今頃になって今までの反動がきた。
今まで息をするのを忘れていたのか、急に息を吸って過呼吸気味になる。
とりあえず息を整えるためにその場に座り込んだ。
ーービクッ
その時自分の身体が何かに反応したことに気づいた。
何かとは、健人の肩に乗ったものだ。
ずしんと重いそれは、長い髪が生えており、低い声でこうしゃべった。
「どうして行っちゃったの」