結婚の挨拶
「聞き間違いということは…」
最後の一欠片の希望にすがるかのように国王は声を振り絞って出した。
「間違いではないわ」
断言をしたアリス。彼女はさっき虎丸に乗っている間にも言っていたが王族ということに興味は一切無く、政略結婚など元々するつもりは微塵も無かったみたいだ。
「理由を訊いてもいいかの?」
覚悟を決めたように見える国王の口調は興奮気味の先程までとは全く変わった。
しかし、その口調、話す早さはどこか大切な愛娘が離れていくことを言い聞かせるどこにでいる父親のそれだった。
「私のことを別の竜から助けてくださったの」
「それだけなのか?」
「狭い世界に閉じ込められた乙女心を掴むにはそれが一番だと思います。それに金の亡者となんて結婚は御免です」
「そうか…」
父親を前にしながらも自分の考えを恐れずにたんとんと述べるアリスは綺麗だった。ただ従順な日本でいう武士の妻を代表する女性とは違う。目も輝いている。
「お主の名前を訊いてもいいかの」
娘の決意の堅さを少しの会話から感じ取った国王は僕の方を向いた。
「藤野冬桜です」
「初めて聞く名だな」
「やっぱり。やっぱりそうだったのね」
急に誰かが喋り出したと思い振り返った先にいたのは僕たちが王の間に入ってから一言を話さずに立っていた第一王女だった。
「フーカ、知っているのか?」
「知っているも何も、この人は私が召喚した中にいたスキルを持たないクズですわ」
「王女がそのような言葉遣いをするでない。冬桜よ、今のことは本当かの? そうであればいくらアリスの考えがあるとしても認めるわけにはいかないのだが」
「スキルは持ってません」
「そうか、それでは」
「ですが、誰にも劣るつもりはありません。甚兵衛、出て来てくれる?」
『仕方が無いですね』
すぐに反応があった。
アリスがオデュッセイアの王女である以上、間違いなく第一王女と会う機会があることは既に考えていたのだ。
そしてスキルが無いことを言われるとスキル第一のこの世界では不利になる。だから前以て甚兵衛に証明してもらえないか相談していたのだ。もちろん、担当神である甚兵衛の答えはイェスだった。
視界に光が現れ始め、次第にそれらは様々な色へと姿を変えていく。そして一カ所に、この場所の中央に集まると人の形を作る。
「皆さんご機嫌よう。冬桜くんの担当神をやっている甚兵衛だよ」
国王、第一王女以下僕たち以外の全員が口をだらしなく開け、目をかっぴらいて驚く。
「本当に神様なので?」
「鑑定でも使ったら? ステータスが存在しないから何も写らないよ」
国王は鑑定士を呼び出すと失礼しますと下手に出ながら甚兵衛を鑑定させた。結果は勿論何も写らない。
「何も顕れません」
鑑定士の一言により甚兵衛の存在、その格が証明される。
「そこの王女さんは冬桜くんの強さを認められないみたいだけど、僕が言っても駄目かな?」
「上級神様までおっしゃるなんて…」
「フーカ、これで彼の力は認めない訳にはいかないみたいじゃの」
第一王女さんは余程悔しかったのか唇を強く噛みながらこっちを睨んでくる。少し威圧てまもしたら分かってくれるかなと思い、彼女だけに圧をかける。
「つっ」
一般人にはきつい圧をかけたが、王女様のプライドからか少し青ざめた程度に反応を抑えた。こうなってくると何処まで耐えられるか試したい気持ちもしてくる。可哀想だから止めるけど。
「民には異世界の勇者と結婚をすると言えば十分だろう。それも黒龍と神様を従えたとね」
なかなか反抗する顔付きの第一王女を見かねた国王が案を出す。すると隣にいたルナが一歩踏み出した。
「私、ルナ・ランカスターと言います。私は冬桜くんの正妻です」
「?」
国王はルナが何を言ってるのか分からなかったみたいだ。アリスはそれに関して一言も言っていないからな。
「ととさん、ルナの言ってることは現時点では間違ってませんわ」
現時点というのを強調し諦めていないオーラを放つアリスとそれに対抗しながらも勝者の笑みを浮かべるルナ。その図は何度も繰り返す内に随分と様になっている。
「おぉ、そうか。取り敢えずアリスの結婚が決まったとなると挙式しないわけにはいかないな。それにお披露目と」
挙式は是非ともやりたいから良いが、お披露目か。面倒くさいし、最初に王城を飛び出した理由であるルナとの旅行。今はアリスも合わせた3人の旅行に支障をきたしそうだ。
いやでもアリスがいる時点でアウトか。
「挙式とその夜のお披露目は3週間後とする。それまで冬桜くんとアリス、それにルナさんはそれぞれ準備をしてくれ。では以上とする」
僕たちが一言も話さない内に挙式などの日程が全部決まってしまった。
僕は準備といっても元クラスメイト以外に知り合いがいる訳でもないし、そいつらと仲が良い訳でもない。服装は後でメイドの人に相談すればいいし、って何も無いじゃん。
やっぱり一つだけ。
『甚兵衛』
『冬桜くんどうしたの?』
『ルナとアリスも合わせて3人で父さんたちに挨拶したいんだけど』
僕のほぼ唯一の準備。さすがにお世話になった人たちに何の挨拶も無しに結婚なんて出来ない。勿論、ルナの両親にもだけど。
『うーん、そうですね。世界間の転移は創造神様にしか出来ないんですよね。それに創造神様、今他の世界の創造神と会議やってて当分帰ってこないみたいですし…』
『まじすか…』
『力になれなくてごめんね』
そうか… ルナの両親に挨拶出来ないのか。
日本にいた頃に夢見た彼女のお父さんへの挨拶。娘さんを僕にください やらん。この遣り取りを期待していたのに…
アリスのお父さんは、駄目か。さっき報告しちゃったからな… それにあの遣り取りがこの世界にもあるかは分からない…
今ルナとアリスは王の間に残って国王とのお話。何を話してるんだろう。というか僕一人で何しよう。
そんなことを思っていると足音が聞こえてくる。そして連れ来られた部屋の扉が勢いよく開く。
「失礼する! 近衛騎士団副隊長のリチャルと魔法騎士団副隊長のドルムだ」
自己紹介とともに二人の男が入ってきた。片方はフリードリヒさんと同じ鎧を着けていて、もう片方はローブを纏って魔法使いみたいだ。
「はぁ、急に何でしょうか?」
「竜を単独撃破する強者と聞いていてもたってもいられずやって来ました」
新しい玩具を与えられた幼い子どものようなきらきらした目でこっちを見ないでくれ… 冷静沈着っていうイメージの強い魔法使いさんまでそんな顔をしないで…
「俺の方からもお願いするぜ!」
だーかーらー、そんな顔をするなって。どう見ても20代前半に見えてる時点で年上なんだよ目の前の2人は。そんな人かこの顔はされたくないよ…
「ちゃんと訓練場も予約してきたし、ギャラリーも大人気のアリス様の相手ということでめっちゃ集まってるぜっ!」
今度は周りを固めてきたか。さくっと終わらせて王都散策でもしようかな。