初魔物 ②
「どう見てもあれだよね?」
「うん。そうとしか思えないかな…」
現在、僕たちから数十メートル離れた所で何かを食べているのがいる。周りに木が生い茂っているため見逃しそうだったが、さすがはルナの加護。しっかりとらえてくれました。あれ?僕の神級のステータスは…?
『無闇矢鱈に何かを聞いたり、見たり、壊したりしないように任意で制限解除の形に自分でしてるみたいですよ~』
突然の登場ですが、上級神さんです!
『呼び方…』
『担当神?』
『やっぱりそれやめて…』
『もっと親しみやすいのないの?』
『ルナ…』
『甚兵衛! 甚兵衛さんというのはどうですか?』
『おっ! それは君たちの生まれた国の昔によくいそうな名前だね! それでいいや、じゃあね!』
そして、またもや突然消える。もう、そういう登場キャラなんだな…
今度は自分で「リミッター解除」なんて呟きながら意識して見てみると、見えた。あれはドラゴン!?
「でも、あれって序盤に出てくるキャラだっけ?」
「冬桜くん、あれは弱体化されてたとしても中盤位のはずだよ」
スライム、ルナに襲い掛かろうとしたくそゴブリンになら遭遇することがあったけど、どれも木を折れそうになかった。
「やっぱり、こいつなのかぁ…」
正直今もの凄くどきどきしてるというか、焦ってるというか。地球にいた頃には強く感じなかった死の恐怖を感じている。
たとえ人に(人じゃなかったけど)どれだけ強いと言われても戦闘経験皆無の現代人の反応はこんなものではないのか?
かつて、ユーチョーブで自衛隊の過酷な訓練の動画を見たことがあった。
そこでは、各人が自分の体重の半分以上にもなる重い機材、といっても銃やサバイバルするための荷物、を持ち、何日も山の中を移動していた。さらに、蛇を捕まえて食べるなど、常人であれば即刻泡でも吹いて倒れそうな中訓練し続けていた。
今、自分たちの置かれている状況はきっと似ている。異世界という敵陣に乗り込み、情報収集する手段なんて持っていないから、未知の相手とやる。
「うぅ」
「大丈夫?じゃないよね」
大丈夫なはずがない。一応男として17年間育ってきた僕も好きな人の前でさえあまり堂々と振る舞うことも出来ずにびびっている。お嬢様として、箱入り娘として育てられたと言っても過言ではないルナにとってはどれ程の衝撃になっているかは計り知れない。
「今回は無理しなくていいよ。さっきの一緒について行くっていうのは嬉しかったけど、戦いは馴れてからで」
代わりをしてあげたいがそれは無理な話。なら漢がやるべきは、優しく守ってあげて、格好良く片付けることのはず!
まず震えているルナを抱き締める。ルナの大きなおっぱいが当たる。うん、これだけでもうドラゴンなんて何匹でも来いやぁと一匹も倒していない内から言えそうだ。いや、そんな巫山戯てる場合じゃない。
多分ドラゴンなら、甚兵衛の話から軽く倒せそうだけど、全く未知だ。
僕に出来ないこともルナなら出来る。本当だったら二人で挑みたかった。でも、今はルナがこの状況。
この先、僕たちはそれぞれどれだけ強くてもきっと駄目なんだ。二人揃っていないと。だから、今回だけ、独りで行ってこよう。
「行ってくるよ」
「き、気を付けて」
「うん! 絶対に無理しないでね?」
小さく頷いている。これがこの世界でどれだけ上に属してるかは分からない。そして、きっとこいつを倒す必要はまだないかもしれない。
でも、この震えているルナを安心させるためには今ここで片付けないといけない。
「うおぉっ!」
きっとドラゴンのような奴だから五感も鋭いだろうし、僕は何の心得もない。だからもうダッシュする。
一瞬で音が消えた。
次の一瞬で、風が、空気が抵抗するのを止めた気がした。
そして、目の前にはもうドラゴンがいる。
拳は取り敢えず握って、腕は思いっ切り引いて相手の腹が地面と接してるから、鱗の上から叩き込む。
「うおりゃあぁっ」
『ボゴッ』
『ドゴォッ』
僕のいつもより力を出すために出した大声を掻き消すくらいの音が響き、ドラゴンは土にめり込んだ。
「あっ、スライムとかで取り敢えず切り上げれば良かったのか?」
気が付くとそんなことを言っていた。違う、言うべきことは違うはず。
「チートいらねぇ… 感動とどきどきを返せぇ…」
次にそう嘆いた。いや、これも違う。なんて言えばいいんだと悩みながらくねくねしているとルナが駆け寄ってきた。
「すごい! すごかったよ、冬桜くん! それに格好よかった!」
そう言って頬を染めているルナが僕の頬にキスしてくれた。なんか、いつもの感じと違って、こういうのもまた良いかも。
「惚れてくれた?」
「うん! また格好いい冬桜くんを見れた!」
なんて嬉しい褒め言葉を言ってくれたんだ。その一言さえ言ってくれれば、どんな苦労でも吹き飛んでしまう。なんてことを考えつつ、ニヤニヤしていると正面から声が聞こえてきた。
「お~い、そこの方たち~」
目の前からガッチガチの鎧を着た人が立派そうな馬車を後ろに引き連れながらこっちに向かってやって来る。うわっ、眩しい。一瞬視界が光で消えたぞ。太陽の光を反射すなっ!
しかし、そんなことを言えるはずもなく、静かに迫り来る騎士たちを観察していた僕の胸にある予感が渦巻き始めた。まさか、こ、これは…王城で回避したはずの…
これはテンプレの気配なのか…? 既に王城で回避したからもう無いと思ってたのに。
確かに、テンプレはそうなるべくしてなっているだけあって旨みはある。そこは認めよう。しかし、それでは二人の旅行がつまらなくなる可能性が高いと判断した。しかも、あの騎士の鎧に入っている紋章は僕たちが出てきた王城にもあった紋章だ。もう勇者笑たちと関わるのはいやなんだ… ここは逃げよう。
「ルナ、ここは逃げ」
「ないよ」
「へぇっ?」
「何私がこんなこと言うなんて思いもしてませんでしたみたいな阿呆みたいな顔してるの?」
「いや、してない、はず…」
「こんなに大きな死体があるんだよ? 絶対にこれからの旅費になるから片付けないとだよ。だから、あの人たちと話をした方が絶対に良いと思うの」
「それは確かにそうだけどぅ」
「だめ?」
「大丈夫…」
「ありがとうございます」
丁寧に感謝され、もうなんの反論も出来なくなってしまった。はぁ、ルナが望むのなら僕はこのテンプレルートを選択した上で楽しい旅行にしていこうじゃないか。