初魔物 ①
ルナが怒ってくれたおかげで今僕達は自由を得ている訳だが、それがあまりに突然過ぎたため何の準備も出来ていない。
僕達の所持品はというと、この異世界では明らかに目立ってしまう服装と僅かな日本円だけだ。まず服装の問題を片付けないと追っ手が来る可能性が高い。それじゃあゆったりと旅行出来たものじゃない。これは最優先事項だね。
でもここで大問題発生。最初に言った通り、他に所持品は日本円だけ。これがこの世界でも同じ価値を持つとは考えにくいし、必要以上に曝すのも避けたい。
幸いにも、僕たちはある程度の強さはお互いに持っているはず。
これを利用して、魔物を狩って換金するしかない。
「いろいろ考えたんだけど、やっぱり一番最初に服を変えないとだと思う。だから、そのためのお金を稼ぎに魔物を狩りに行こうと思うけどいい?」
ルナにこれからのプランを提案してみる。二人の旅行だから僕一人で決めることはもちろんしない。
「もちろん! 冬桜くんが行くなら付いていくよ」
王城を出てから少し歩いてみたが、僕らは奇妙な物を見るような目で見られている。やっぱり服装なのか…
ここは王城があるから王都であってると思う。周りを見るとぐるっと街を囲うように結構高い城壁が巡らされている。
ということは、外に出たら魔物にすぐ会えそうだな。出来れば魔物を狩ったらそのままここから離れたいから情報収集したいけど、これは城壁の所にいる兵士にでも訊けばいいか。
「すみませんが、ここら辺の地図と、物価を教えてもらえませんか?」
「はっ? 何で王都内にいる奴がそんなことも知らないのか?」
「この世界に来たばかりで…」
今回ばっかりは情報を与えてしまうのを仕方が無い。ここで得られた情報が旅の始まりだから。
「その綺麗な女性はやっぱりお前の連れだったりするのか?」
少し望みをかけたような表情をしながら兵士が尋ねてきた。質問にまず答えてくれよと思い、苦笑いをする。
「はい、これは連れですね」
「そうか、この街ではないと思うけど、他の街だったら襲われることもあるから気を付けな」
「ありがとう」
さすがに王都では犯罪も少ないけど、地方に行くと領主がそもそも悪党だったり、魔物の被害が多いことから冒険者が威張っていることもあるらしい。
「地図は銅銭で10枚だよ」
「銅銭って何ですか?」
商店街を回っていたルナが男を引き連れながら戻ってきた。
「おうおう、お前がこのお嬢さんの男か?」
そういう感じか。いかにもヤンキーそうな厳つい奴に、自分の顔にいかにも自信満々という表情をしていて、髪の毛を触っているチャラ男。僕自身、自分の顔に自身があるわけではないなら少し心配になる。
「ごめんね、冬桜くん。変な人達がいっぱいついて来ちゃった」
「何もされてない?」
「ちょっとしつこかったけど大丈夫だったよ」
「そうか」
突如、ルナに付きまとっていた者たちの体中を轟音ともに、物理的な重さ、プレッシャーすら持っていそうな圧力がすり抜ける。ほんの一瞬だったが、それでも心臓を直接捕まれているかのような恐怖。
顔は青ざめ、足が小刻みに震えている。
やった本人はというと、一瞬の威圧を放った瞬間、彼女を連れて兵士の所に戻っていく。
「な、何つう威圧だ…」
「息が止まりかけたぜ…」
ルナに付きまとっていた者たちは心を完全に挫かれ、冬桜の女には二度と手を出すまいと誓い、周りの者にも言うのであった。
しかし、それでも魅力と欲求に抗えなかったり、その女とは気付かずにやってしまう者が後を絶たないのであった。
「見た感じ、一瞬で相手が青ざめてたけどそういうスキルなのかい?」
「まあね」
僕たちのスキル情報は広まっていないみたいだから、敢えて正直に答える必要も今はまだ無いだろう。
「まぁ、上手く処理してくれて助かったよ。業務を減らしてくれたお礼にこの地図をあげるよ」
「「ありがとう!」」
その後、王都警備隊の副隊長だった彼の紹介状と、王都発行で身分証明書を貰った。本人曰く、「他の街に行って困ったことがあったら、この紹介状を誰でもいい、兵士に渡しな。ある程度は顔が利くはずだから」だそうだ。
「気を付けろよぅ」
手を振ってきてくれている。なんか、気に入られちゃったみたいだな。
「冬桜くん、あの人にまた会えるといいね!」
「そうだね!」
最初に、いや、ちょっと違う気がする。王城を出てから最初に会った人があんなにいい人だと幸先が素晴らしい!
「歩きながら、副隊長さんが言ってたことを確認しようか」
「うん!」
「まずは、お金。何銭がある?」
「鉄銭、真ん中に穴の空いた銅銭、銅銭、銀貨、金貨!」
「日本円に直すと?」
「一円、十円、百円、千円、一万円」
「そして、最後に紙幣。紙が意外に普及しているみたいで、金貨以上以上は全て紙幣」
取り敢えずこの国のお金の単位は日本とほとんど同じみたいで助かった。計算がしやすい。
ちなみに物価は一般的な食事は外食で一人あたり、欠けてる方の銅銭で四枚程だという。
物価が安いのは魔物を狩れば、剥ぎ取りで手に入るし、その魔物も無尽蔵だからだそうだ。地球では破格の値段で食べられるのだから感謝だ。
宿は普通のであれば、銅銭が7枚から、銀銭で1枚らしい。取り敢えず、銀銭2枚を目標に狩りをしながら隣街に行こう。
王都を出発して少しするとすぐに草原に近い所に入った。するとすぐに目の前の異変に気付いた。
決して細くはない木が根元から倒されているのだ。折れた部分を確認しても、刃物のような綺麗なものでは無かった。
「ルナ」
「うん、魔物だね」
ルナも気付いてたみたいだ。
「それも僕らの旅で初のね!」
少しドキドキするが、わくわくもしている。これが今一番異世界ぽいことなのだ。
取り敢えず、ルナの安全だけは確保しな、
「あぁっ!」
「どうしたの?」
「武器とか何も買ってないや」
「うーん、大変だね」
ルナから緊張感が感じられない。こっちは凄く心配してるんだけどなぁ。
王都付近程度の魔物だったら、上級神の加護持ちのルナと、神様になんか認められちゃってる僕の敵ではないはず。
『う~ん、こんにちはっ!』
「えっ?」
隣でルナが驚いている。そっか、加護を手に入れたことで念話が出来るようになったのか!
『こちらは初めましてだね? 僕はある上級神。呼び方は、そうだなぁ。何かない?』
『うーん、思い付かない… 冬桜くんは何かある?』
『担当神なんていうのはどう?』
『冬桜くん、君はなかなか勘が良いみたいだね。そうなんだよ、僕は君の担当なんだ。ちなみに、最初に話し掛けた下級神は、他の勇者たちの担当』
『最初に話し掛けたって何ですか?』
『この子から聞いてないの?』
『はい』
『ごめん、ルナ…』
『大丈夫だけど、次からは出来れば言って欲しいかな? 信用されてないと思っちゃうし』
『次からはちゃんとするよ!』
お詫びも兼ねて、ルナを軽く抱き寄せて頬にキスする。
『ちょっと、僕も神界から見てるんだけど』
『ごめんなさいね、担当神さん』
『いいよーだ。そろそろ肝心の話に入るけど、君たち、特に冬桜くんが倒せないのは魔王までは全然いけるし、下手したら上級神と互角だね。だから、逆に力を多少抑えた方がいいかも。ルナちゃんは、そうだなぁ、魔王軍の小隊長と互角かな!』
『やたっ! これなら冬桜くんの足をあまり引っ張らなくて良さそうだ!』
小隊長という微妙な身分の奴でもきっとここら変の魔物よりは強いだろうから安心出来そうだ。
『それじゃあね』
『『ありがとうございました!』』
それじゃあ、目の前の木を折った奴を探しに行こうか!