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存在しない部隊


 鉄格子の向こうを、無数の死体が埋め尽くしている。


 眉間を弾丸で撃ち抜かれたり、首をナイフで切り裂かれた程度で済んでいる死体たちだけではなく、身体中を炎で焼かれた焼死体や、戦車の履帯で潰されてグチャグチャになった死体も見受けられる。


 けれども、信じ難い事に彼らはまだ生きていた。


 断面から覗く内臓がびくびくと動いている。


 いくつか指が千切れた血まみれの手が痙攣している。


 眉間を弾丸で撃ち抜かれた兵士が血涙を流しながらこっちを見ている。


 死んだ筈なのにまだ生きている敵兵たちを、俺は鉄格子の向こうからじっと見つめていた。よく見ると、無残な姿になっている敵兵の死体の中には転生者の白い制服に身を包んだ奴らも混じっていた。


 胸から下がミンチと化しているのは、精肉機に放り込まれて死んだ来栖だった。両目から血涙を流し、呻き声を発しながらこっちへと這い寄ってくる。床をミンチになった自分の肉で真っ赤に染めながらやってきた彼は、鉄格子を血まみれの手で掴みながら、俺に向かって呻き声をあげ続ける。


 来栖の血肉で真っ赤になった床を踏みつけながらゆっくりと歩いてきたのは、血まみれになった白い制服に身を包んだ少女だった。よく見ると腹には大きな穴が開いていて、その傷口から内臓が覗いている。肉の中から覗いている白い物体は肋骨の一部だろうか。


 呻き声を発しながらやってきたその少女は、右手に彼女と全く同じ顔つきの少女の頭を持っていた。


 人工スライムの苗床にされて死亡した霧島奈緒と、妹の霧島美緒だった。自分の妹の頭を持ったままやってきた奈緒は、鉄格子を掴んだまま呻き声を発する来栖をお構いなしに踏みつけると、床に座ったまま無残な殺され方をした死者たちを眺めている俺を見下ろした。


『許サナイ』


『フザケルナ』


『ナンデアンナ殺シ方ヲシタ』


『オ前ハ悪魔ダ』


『痛イ』


『腕ガナイ』


 死体たちの呪詛を聞きながら、笑みを浮かべてしまう。


 そう、あの鉄格子の向こうにいる大量の死体たちは、俺が今まで殺してきたクソ野郎共だ。


 多分、普通の人間だったら精神を病んでしまうだろう。自分が殺した敵兵たちが、殺された時の無残な姿のままで目の前に現れて呻き声を発し、押し寄せてくるのだから。


 けれども、俺は楽しくて楽しくて仕方がなかった。


 無残な姿になった敵兵たちが押し寄せてきても、全く”怖い”とは思わない。


 俺はもうこんなにクソ野郎を殺したのだ。


 人々を虐げる帝国軍のクソ野郎共を惨殺し、明日花を絶望させた連中も無残に殺した。きっと明日花も大喜びしてくれることだろう。


 だから、鉄格子の向こうにいる死体たちを見つめながら言った。


 今度は三原と勇者も殺してやる、と。












 最高の夢を見た。


 狭い部屋の床の上に用意された寝袋を折り畳んで壁際に置き、壁に掛けてある黒い制服の上着を身に纏ってからスペツナズの兵士に支給される紅いベレー帽をかぶる。特殊部隊に所属していることを意味する紅い腕章を左腕に装着してから、ちらりとベッドの方を見て溜息をつく。


 セシリアはいつも起きるのが早い。兵士たちの訓練が始まる前にキャメロットの甲板へと上がり、毎日欠かさずに刀の素振りをしているのだ。団長を継承するために訓練を受け始めた頃からずっと続けているらしく、風邪をひいた時や艦が嵐の中に突入した時だろうとお構いなしに素振りをするという。


 立派な団長と言っても過言ではないだろう。


 けれども、本来ならば団長を継承するのは彼女ではなく――――――妹とルームメイトが目を覚ましているにも関わらず、まだベッドの上でよだれを垂らしながら寝息を立てている黒髪の美少女である。


 溜息をつきながら肩をすくめた。


 一応、まだ起床時間ではない。テンプル騎士団の起床時間は午前6時となっており、6時30分からは朝の訓練が始まるため、それまでに着替えとベッドの整理を済ませなければならない。その訓練の後に朝食と休憩時間があり、任務がない部隊はその後にまた訓練がある。


 なので、まだ眠っていても問題はないのだが、セシリアよりも団長に相応しいと判断されていたハヤカワ家の長女は、妹が既に素振りを開始しているというのにまだ眠っている。


「えへへっ、セシリアぁ…………」


「…………」


 起こした方が良いかな?


 そう思いながら、ベッドの上で眠っているサクヤさんへと手を伸ばす。でも、彼女の身体を揺するよりも先に真っ黒な鱗で覆われたサクヤさんの尻尾が伸びてきて、彼女の方に触れようとしていた義手の手の甲を、触れるなと言わんばかりにぺちん、と叩いた。


「…………」


 起こさない方が良さそうだ。


 寝坊して朝の訓練に遅れませんようにと祈ってから、部屋を後にした。ベレー帽をかぶり直しながら通路を歩き、訓練区画へと繋がるハッチを開ける。訓練区画にある設備は24時間開放されているので、いつでも仲間と一緒に射撃訓練やCQCの訓練ができるし、他の分隊に協力してもらって室内での模擬戦も行う事ができる。


 起床時間の前だというのに、CQCの訓練を行うための広間では海兵隊の兵士たちが殴り合っていた。片方は大柄なオークの兵士で、もう片方は華奢なホムンクルスの兵士だ。オークの兵士が放った右ストレートを回避したホムンクルス兵が懐へと飛び込み、オークの兵士のみぞおちに強烈なボディブローを叩き込む。


 オークの兵士が腹を押さえて倒れたのを見てから、射撃訓練場へと繋がるタラップを駆け下りる。


 テンプル騎士団の兵士の中で最も強力なのは、間違いなくホムンクルス兵だろう。テンプル騎士団を創り上げたタクヤ・ハヤカワの遺伝子を使っている上に、体格は華奢だというのに他の種族よりも筋力や瞬発力が発達しているため、最も兵士に適した種族と言われている。


 しかも、普通の人間の兵士と違って”造る”事ができるため、時間さえあればすぐに圧倒的な物量を用意できるのだ。さすがに調整で彼女たちの自我を剥奪するのは非人道的としか言いようがないが、普通の兵士と比べればはるかに合理的な兵士だ。


 だが、ホムンクルス兵をより合理的な存在にしていこうとすれば、最終的に”非人道的”という要素が枷となる。


 タラップを駆け下りると、一足先にモシンナガンで射撃訓練をしていた数名の兵士が俺に向かって敬礼した。


 彼らが持っているモシンナガンは、ロシア帝国が第一次世界大戦に投入したモシンナガンM1891ではなく、ソ連軍が改良して第二次世界大戦に投入した『モシンナガンM1891/30』に更新されている。使用する弾薬や弾数などは変わっていないが、改良されたことによってコストが低くなり、信頼性も更に高くなっている。


 歩兵たちに支給したモシンナガンM1891/30には、ピダーセン・デバイスが装着できるように改良が施されている。射撃訓練をしている兵士の中にはそのピダーセン・デバイスを装着したモシンナガンM1891/30を使って射撃訓練をしている兵士もいた。


 やっと第二次世界大戦の銃が生産できるようになった。とはいっても、現時点で生産する事ができる第二次世界大戦の銃はそれほど多くはない。生産できる銃を増やすには、フィオナ博士が用意してくれた”サブミッション”をクリアしなければならない。


 ポケットの中から端末を取り出し、電源を入れてからメニュー画面を開く。一昨日サブミッションをクリアしたことによって生産できるようになった銃を1丁だけ生産してから装備し、すらりとした銃身を眺めてから的に向かってライフルを構えた。


 今しがた生産したライフルは、ソ連が第二次世界大戦勃発前に生産した『シモノフM1936』というセミオートマチック式ライフルである。傍から見ればモシンナガンにアサルトライフルのようなマガジンを装着し、すらりとした銃身の先端部にマズルブレーキを装着したような外見をしている。


 だが、こいつはモシンナガンのように一発発射する度にボルトハンドルを操作する必要があるボルトアクション式ではなく、立て続けに強力なライフル弾を発射することが可能なセミオートマチック式である。連射速度ではこちらが上だが、セミオートマチック式のライフルは命中精度がそれほど高くないという欠点があるため、長距離狙撃に使うのであればボルトアクション式の得物の方が望ましい。


 こいつが猛威を振るうのは中距離である。


 フロントサイトとリアサイトを覗き込み、射撃訓練場の奥にある的に照準を合わせる。呼吸を整えてから目を細め、トリガーを引いた。


 すらりとした銃身から、現代でもロシア軍のスナイパーライフルや機関銃の弾薬に使われ続けている7.62×54R弾が躍り出る。エジェクション・ポートから飛び出た薬莢が床に落下するよりも先に、人間のような形状の的の頭にでかい風穴があいた。


 ピダーセン・デバイスをモシンナガンに装着すればセミオート射撃ができるが、使用する弾薬はハンドガン用の弾薬なのでそれほど破壊力はない。だが、こいつが使うのはモシンナガンと同じく大口径の弾丸である。圧倒的な殺傷力を誇る弾薬を立て続けに放てるのだから、どれほど強力な銃なのかは言うまでもないだろう。


 欠点は、モシンナガンよりも精度が悪い事と、信頼性があまり高くないという点だろう。


 頭部の右側に風穴を開けられた的に、容赦なく弾丸を次々に叩き込んでいく。エジェクション・ポートから7.62×54R弾の薬莢が熱と火薬の臭いを纏いながら飛び出し、金属音を響かせた。


 マガジンが空になるまで射撃を続けてから、ゆっくりとマガジンを取り外す。息を吐きながら周囲を見渡すと、先ほどまで射撃訓練をしていた兵士たちがセミオートマチック式のライフルを凝視していた。


「す、すげえ………」


「新型なのか………?」


「あれ、スペツナズ専用の装備なのかなぁ…………俺も使いてぇ………」


 確かに、歩兵にボルトアクションライフルではなくセミオートマチック式のライフルを装備させれば、戦闘力は劇的に上がるだろう。長距離狙撃はできないので、スコープ付きのモシンナガンを装備した狙撃兵で補う事になりそうだが。


 だが、残念なことにシモノフM1936の生産に必要なポイントは700ポイントである。それに対し、ライフルマンたちに支給されているモシンナガンM1891/30の生産に使うのはたった320ポイントだ。ピダーセン・デバイスが使えるようにカスタマイズした場合は390ポイントとなる。


 そう、シモノフM1936はコストが高いのである。


 サブミッションを大量にクリアしてポイントを貯めればライフルマンたちにも支給できるだろうが、全てのライフルマンに支給するのはかなり難しいだろう。それにモシンナガンよりも信頼性が低いため、戦闘中に動作不良を起こしてしまう可能性がある。


 端末を取り出して装備からシモノフM1936を解除し、射撃訓練場を後にする。そろそろ朝の訓練が始まる時間だから、部屋に戻って準備をしなければならない。それに、サクヤさんが寝坊していないかどうかチェックしないと。













「スペツナズ第一部隊『赤き雷雨クラースヌイ・グローザの番号を繰り上げようと思う」


 執務室の机の後ろにある壁に飾られている観賞用のライフル―――――ヴァルツ軍の拠点の執務室で海兵隊が鹵獲したらしい―――――を磨きながら、セシリアが言った。


 今のところ、スペツナズは第八分隊まで分隊が存在する。


 メルンブルッヘへの襲撃作戦に参加することになったため、スペツナズの入隊試験は残った分隊の連中に任せることになったのだが、その時に参加した志願兵たちが何人も合格したのである。念のため、帰還した後に彼らの訓練を見てみたんだが、今回の志願兵たちは優秀な兵士たちばかりだった。


 特殊部隊の人員が増えたのは非常に喜ばしい事である。


 そのため、第四分隊までを赤き雷雨クラースヌイ・グローザに配属し、残った4つの分隊で”第二部隊”を編成する予定だったのだ。


「ボス、繰り上げるってどういう事だ?」


「第一部隊”赤き雷雨クラースヌイ・グローザ”の隊員の記録を抹消し、編成予定の第二部隊を第一部隊に繰り上げる。お前たちには、これから”存在しない部隊(第零部隊)”になってもらう」


「なぜ?」


 編成予定の第二部隊を第一部隊に繰り上げて、赤き雷雨クラースヌイ・グローザの隊員の記録を抹消するだと?


 何のために記録を抹消する必要があるのだろうか。確かに、帝国軍の諜報部隊にこちらの特殊部隊の情報が察知されにくくなるのは喜ばしい事だが、部隊の記録を消し去り、所属する兵士を存在しない兵士(ゴースト)にする意味はあるのか?


 問いかけると、セシリアはやけに装飾が付いているヴァルツ製のライフルのボルトハンドルを引きながらこっちを見た。


「お前たちには、もっと舞台裏で動いてもらうからだ」


「舞台裏………」


 極秘任務。


 詭弁の舞台裏で任務を遂行する、存在しない特殊部隊。


 装飾の付いたライフルを壁に立てかけた彼女に、俺は問いかけた。


「ボス、その命令はアナリアでの任務に関係があるんだな?」


「…………ほう、鋭いな」


 やっぱりアナリアでの任務のためだ。


 彼女が俺たちに頼もうとしている任務は極秘情報らしく、それを実行する赤き雷雨クラースヌイ・グローザの隊員にすらまだ公表されていない。だが、その任務が成功すれば間違いなくアナリア合衆国は世界大戦に参戦することになるだろう。


 暗躍するために、任務を実行する兵士たちを”いないことにする”必要がある。


「悪いが、上陸するまで任務は言えん」


「分かってる」


 セシリアの隣に立っていたサクヤさんが、俺から借りパクした大太刀の手入れをしながら言った。


「エンブレムはそのままでいいわ。今後、赤き雷雨クラースヌイ・グローザの隊員たちの記録は消されるけれど、艦内での生活や訓練も今まで通りよ」


 今まで通りに生活できるのは喜ばしい事だ。


 そう思いながら、サクヤさんの顔を見た。セシリアと同じく凛としているしっかり者だけど、彼女は2時間前までベッドの上でよだれを垂らしながら眠っていたのである。しかも、起床時間を過ぎても眠り続けていたので、結局俺とセシリアの2人で彼女を起こすことになった。


 その後は大慌てで準備を済ませ、3人で訓練に参加した。遅刻しなかったのは幸運だったけれど、サクヤさんは準備が少しばかり間に合わなかったらしく、右の側頭部から伸びている黒髪の一部が跳ねたままになっている。


 寝癖だな、あれ。気付いてないんだろうか。


「本日の午前10時には、隊員の記録はシュタージが抹消する」


「了解しました、同志団長」


 彼女に敬礼をしてから、踵を返して執務室を後にする。


 今の時刻は午前9時15分。あと45分で、この世界で最も優秀な諜報部隊と言われているテンプル騎士団諜報部隊『シュタージ』の職員たちの手によって、|赤き雷雨クラースヌイ・グローザの隊員の情報は抹消され、一番最初に編成された部隊は存在しない部隊(第零部隊)となる。


 お似合いだな、俺に。


 身体のいたるところに機械の部品を移植され、人間ではなくなりつつあるのだから。





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