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絶体絶命の力也


 人類の中で最も身体が大きい種族はオークである。


 男性の平均的な身長は2mほどで、体重も当たり前のように100kgを超える。身体はがっちりとした筋肉で覆われており、弾丸で撃ち抜かれた程度では突進を食い止めることは難しい。それゆえに、オークは同じく身体が頑丈なハーフエルフと共に戦士向きの種族とされており、大昔から戦争では重宝されていたという。


 オークの女性ですら、平均的な身長は180cm以上らしい。


 その巨大なオークの男性が、華奢なキメラの女性にぶん投げられたのを目の当たりにしたスペツナズの隊員たちが、キャメロットの甲板に背中を叩きつけられたオークのマリウスを凝視しながら凍り付いた。


 マリウス・ドルグマン伍長はオークの男性だ。重火器を携行して味方の支援を行う巨漢であり、その気になれば敵兵を素手で殴り殺すこともできるほどの筋力を持つ兵士である。


 だが――――――スペツナズのCQCの訓練に乱入してきた黒髪の美少女は、その体重120kgの巨漢の懐に飛び込んだかと思うと、一瞬で背負い投げで彼をぶん投げてしまったのだ。


「うぐ…………」


「ここまでね」


 起き上がろうとするマリウスの首筋に手刀を突き付けながら微笑むサクヤさん。マリウスは彼女の顔を見上げながら「ま、参りました………」と言うと、起き上がってから凍り付いている仲間たちの所へと戻ってきた。


 オークやハーフエルフは戦士向きと言われている種族だが、最も戦士や兵士に向いている種族はキメラだろう。持っている魔物の遺伝子にもよるが、魔物の能力を使うこともできるし、身体能力も吸血鬼やサキュバスと同等だ。更に、日光を浴びると弱体化する吸血鬼や、自分の体内で魔力を生成できないサキュバスとは違い、特に欠点がないのである。


 とはいっても、キメラの戦闘力は体内にある魔物の遺伝子に左右されるので、戦闘力のばらつきがあまりにも大きい点が欠点と言える。


 まるで仲の良い友達と遊ぶようにニコニコと笑いながら、サクヤさんはこっちを見た。


「さあ、次は誰?」


『『『『『………』』』』』


 義手で頭を掻きながら、硬直している他の隊員たちを見渡す。


 いつも通りに甲板でCQCの訓練をしていたところに、サクヤさんが「楽しそうじゃない。私も参加していいかしら?」と言いながら乱入してきたのだ。清楚そうな美少女と一緒に訓練できるからなのか、最初は男の隊員たちは大喜びしていたし、女の隊員たちも凛としているサクヤさんに見惚れていた。


 けれども、今しがた我が分隊のマリウス君がぶん投げられた瞬間にみんなビビってしまった。


 サクヤさんは、タンプル搭陥落さえなければテンプル騎士団の団長の役目を継承する予定だったという。団長の役目を継承するのはハヤカワ家の本家の子供たちであり、継承を希望する子供は幼少の頃からウラル副団長の所へと預けられ、当時のスペツナズが受けるような厳しい訓練を受けて鍛え上げられる。


 だから、強いのが当たり前なのだ。


 というか、セシリアの実の姉だぞ?


「…………嘘でしょ?」


 傍らにいたジェイコブが、ニコニコしているサクヤさんを見つめながら呟いた。


 マリウスはスペツナズの兵士の中で最も体重が重いので、CQCの訓練で彼を背負い投げで投げ飛ばそうとすると、逆にぶん投げる途中に彼の巨体で押し潰されてしまう事が多いのだ。なので、スペツナズの隊員たちは彼を投げ飛ばすのは不可能と判断しており、パンチやキックなどの技で彼の攻撃を回避しながら反撃するようにしている。


「ジェイコブ、隊長命令だ。サクヤさんと戯れてこい」


「拳で?」


「掴まれなきゃいいだろ」


 苦笑いしながら、ジェイコブは一歩前に出た。凍り付いている仲間達の前に出た彼を見たサクヤさんは、遊び相手を見つけたといわんばかりに微笑みながらぺこりとお辞儀をする。


「次はあなたね? お名前は?」


「ジェイコブ軍曹。ホムンクルスだからファミリーネームは無い」


「男性の名前?」


「男の子なんでね」


「へえ、男の娘かぁ」


「おう、男の子だ。…………サクヤさん、本気で頼む」


「ええ、よろしく…………♪」


 腕を組みながら眺めていると、サクヤさんとジェイコブが構えながら姿勢を低くした。ホムンクルスとはいえ、ジェイコブはキメラの遺伝子をベースに”造られている”ため、少なくとも身体能力ではサクヤさんと同等の筈だ。


 構えていたジェイコブが先に突っ込んだ。姿勢を低くしたまま真正面からサクヤさんに肉薄し、凄まじい瞬発力を生かして右足で回し蹴りを放つ。鍛え上げた兵士ならばその蹴りを察知することはできるだろうが、ガードするのが間に合わないほどの速度である。


 しかし、サクヤさんはあっさりとその回し蹴りをガードした。


 防がれることは想定内なのか、ざわつく他の隊員とは違ってジェイコブはまだ冷静だった。ガードされた足をすぐに引き戻しつつ、今度は左のジャブを3発ほど放ってから右のストレートをぶちかます。サクヤさんはジャブとストレートを腕を使って受け流しつつ、最後のストレートのために突き出された右腕を掴もうとしたが、それよりも先にジェイコブは右腕を引き戻す。


 引き戻す腕を掴むためにサクヤさんが手を伸ばしている隙に、ジェイコブは左足を薙ぎ払った。


「おお」


 彼の手を掴むために、今のサクヤさんは前傾姿勢になっている。しかも、彼女の体重の大半は前に出している右足に集中している状態だった。


 そんな状態の右足に足払いを叩き込まれれば、体勢を崩してしまうのは言うまでもない。


 しかし――――――その足払いがサクヤさんのすらりとした足に牙を剥くよりも先に、彼女は更に前へと踏み込んでいた。


「!!」


 サクヤさんが踏み込んだせいで、ジェイコブの足払いの狙いが逸れる。足払いはあくまでも相手の体勢を崩したり、転倒させるための技であるため、ローキックのようにダメージを与えることはできない。彼の足払いは辛うじてサクヤさんの脹脛に命中したものの、全くダメージを与えられていないのは火を見るよりも明らかだった。


 更に距離を詰めたサクヤさんが、驚愕するジェイコブの胸倉と袖をしっかりと掴む。彼は慌ててその手を振り払おうとしたが、華奢な彼女の手は微動だにしない。


 次の瞬間、今度は男の娘が甲板の上を舞った。


 オークの男性すら容易くぶん投げてしまうほど強力なキメラの腕力で放り投げられたジェイコブは、空中で何度もぐるぐると回転しながら甲板の縁にある手すりを飛び越えた。吹っ飛んで行く彼を見ていたスペツナズの仲間たちと、彼をぶん投げた張本人であるサクヤさんが目を見開いた頃には、蒼い髪の男の娘は海面へと落下していた。


「じ、ジェイコォォォォブッ!!」


「誰かボートか浮き輪を下ろせ!」


「た、大変………!」


 甲板の縁に駆け寄りながら慌てて海面を見下ろすと、びしょ濡れになったジェイコブが浮かびながらこっちに手を振っていた。すぐに近くにあった浮き輪にロープを括りつけ、彼の方へと向かって思い切りぶん投げる。


 その浮き輪にジェイコブが掴まったのを確認してから、他の仲間たちと遺書に彼を引っ張り上げた。


 おいおい、CQCの訓練で隊員が海に落ちたのは初めてだぞ…………!?












 もう既に、9年前に死亡したサクヤ・ハヤカワがテンプル騎士団に再び入団したという事は、セシリアが全てのテンプル騎士団の団員たちに通達していた。


 彼女が戻ってきたという事を知った団員たちの大半は驚愕していた。死んだ筈の少女が、ホムンクルスの肉体にあの世から魂を呼び戻された事によって生き返ることなどありえない――――――できない事ではないが禁忌とされている――――――ことである。


 だが、タンプル搭陥落前から所属している古参の団員たちは怒り狂っていた。ヴァルツの連中は、タンプル搭陥落で命を落とした少女の魂をあの世から呼び戻した挙句、実の妹と殺し合いをさせようとしたのだから。


 セシリアがサクヤさんに関する情報を全て団員たちに通達したのは、そのためなのだろう。


 ヴァルツ帝国がサクヤ・ハヤカワの魂をあの世から呼び戻し、安らかに眠っていた彼女から安寧を奪ったという事を公表し、全ての団員たちを怒り狂わせるために。


 ツァーリボンバ味のタンプルソーダの瓶の栓を義手で強引に引っこ抜き、ガソリンの臭いがする炭酸飲料を口へと運びながら後ろを振り向く。俺の後ろでは入団したサクヤさん専用の制服を身に纏ったサクヤさんが、セシリアの執務室にある鏡の前で自分の服装をチェックしているところだった。


「ねえ、似合ってるかしら?」


「うむ。似合ってるぞ、姉さん」


 セシリアの制服は旧日本軍の軍服を彷彿とさせるデザインをしており、その上に祖先から受け継いだ転生者ハンターのコートを羽織っているため、昔の軍隊の指揮官のように見えてしまう。けれどもサクヤさんに支給された彼女戦用の制服は、軍服に近いセシリアの制服とは逆に、漆黒のドレスを思わせるデザインになっている。


 傍から見れば貴族の女性が身に纏うドレスにも見えるけれど、スカートはそれほど長くはないし、肩や胸元には弾薬や回復アイテムを入れておくためのホルダーが用意されている。


 腰に下げているのは、一昨日彼女に貸した俺の大太刀だ。借りパクするつもりなのだろうか。まあ、今は義手に折り畳み式のナイフが収納されているから白兵戦用の武器は問題ないが。


「可愛らしいじゃないか」


「ありがとうございます、教官」


 彼女を見守っていたウラルに言いながらぺこりと頭を下げたサクヤさんは、執務室の机の向こうにいる自分の妹を見つめながら微笑んだ。


「ところで、サクヤ」


「はい、教官」


「お前の役職についてなんだが」


 ポケットから書類を取り出し、執務室の机の上に置くウラル。サクヤさんはそれを拾い上げると、書かれている文字―――――多分ヴリシア語だろう――――――をすらすらと読み始める。幼少の頃に他国の言語も習ったのだろうか。


 現時点では、セシリアが団長でウラルが副団長という事になっている。けれども、かつては団長を継承する筈だったハヤカワ家の長女が生き返った事により、円卓の騎士たちは彼女の役職をどうするか一週間ほど議論を続けていたのである。


 議論の最中には、セシリアを副団長にしてサクヤを団長にするべきではないかという意見も出た。セシリアにとっては屈辱的な案なのではないかと思ったが、彼女も自分より姉の方が団長に相応しいという自覚があったのか、悔しそうな顔はしていなかった。


「――――――お前には、副団長になってもらおうと思う」


「え、私がですか?」


 腕を組みながらウラルは頷いた。


「お前が死んでしまってからセシリアはかなり成長した。まだ未熟な部分もあるが、正直に言うと甲乙つけがたい。そこで、混乱を避けるためにセシリアに団長をこのまま務めてもらい、お前に彼女をサポートしてもらう事になった」


 確かに、団長が入れ替わったら混乱するだろうな。


 俺もセシリアの”従者”として一緒に円卓の騎士たちの会議に出席して議論を聞いていたんだが、セシリアにこのまま団長を続けさせるべきだという意見は予想以上に多かった。サクヤさんの方が冷静沈着で団長に向いているのかもしれないが、タンプル搭を失って弱体化したテンプル騎士団の壊滅を辛うじて食い止めつつ、ヴァルツ帝国に損害を与え続けているのは彼女の功績と言ってもいいだろう。


 そこで、セシリアにこのまま団長を続けさせ、冷静沈着なサクヤを副団長にする事で、セシリアを成長させつつサポートしてもらう事になったのである。


 ちらりと彼女の方を見ると、サクヤはすぐに首を縦に振った。


「分かりました。姉として、最愛の妹を全力でサポートします」


「よろしく頼む、姉さん」


「頼んだぞ、サクヤ」


「はい」


「それと、サクヤの部屋はまだ空き部屋がなくてな…………」


「む? 教官、それなら私の部屋でいいではないか」


 それを聞いた瞬間、ソファに座りながらタンプルソーダを飲んでいた俺は、ガソリンの臭いがするツァーリボンバ味のタンプルソーダを噴き出すことになった。


「ブッ!?」


 ま、待って。何考えてんの?


 あの部屋は元々1人用だ。そこに俺も一緒に住んでいるというのに、サクヤさんまで住ませるつもりか? 

 もうスペースないよ? 


 息を呑みながら、慌てている俺を見て首を傾げているサクヤさんをちらりと見る。


 自分の最愛の妹と同じ部屋で、17歳の男が生活しているという事を彼女が知ったらどうなるかは言うまでもない。間違いなく、殺意を俺のみに向けた大粛清が幕を開ける。というか十中八九殺される。


 腰に下げている大太刀を見てから冷や汗を拭い去り、空になったタンプルソーダの瓶を執務室にあるゴミ箱の中へと放り込んだ。


「え、どうしたの?」


「い、いや………あそこ1人部屋ですし、狭いんじゃないかなって」


「あら、優しいのね。でも、私は大好きな妹と一緒に寝れるから問題ないわよ?」


 もう既にその大好きな妹さんと同じベッドで寝ている男がいるので大問題だと思うんですけど。


「うむ。では、姉さんを部屋まで案内しよう」


「あら、いいの?」


「当たり前ではないか♪ さあ、力也。お前もついてこい」


「は、はい…………」


 ヤバい。


 妹の復讐を果たす前に、上官の姉に消されるかもしれない…………。





※第一部の力也もガルちゃんに仕込み杖を借りパクされています。

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