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拘束できぬ魂


『セシ………リア…………?』


 首を握り締めていたサクヤが、製造区画の中へとやってきたセシリアを見つめながら手を離した。息を思い切り吸い込むよりも先に尻尾を伸ばし、先ほどサクヤに引き剥がされたガスマスクを掴み取って装着してから息を吸い込んだ。


 濃度が低下していたとはいえ、あのまま息を吸い込んでいれば彼女を眠らせる筈の睡眠ガスで俺が眠ってしまうところだった。呼吸を整えながらセシリアの傍らへと移動し、ホルスターからコルトM1911を引き抜く。


 自分ならば暴走している姉を救えると思ったのか、セシリアは俺が握っているコルトM1911のスライドを掴むと、彼女に敵意を見せるなと言わんばかりにそっと銃口を下ろさせた。


「ボス………」


「私に任せろ」


 首を縦に振りつつ、端末を取り出してもう1丁MP18を用意しておく。サクヤの実の妹であるセシリアならば彼女を止められるとは思うが、もし止められなかったのであればサクヤを無力化するか、始末する必要がある。


 先ほどの戦闘で何度かサクヤに接近することはできたので、MP18を装備して彼女の懐へと飛び込み、外殻の隙間に銃口を押し付けながら連射してやれば無力化することはできる筈だ。


 サクヤを無力化する方法を考えながら、三八式歩兵銃を投げ捨てて姉に歩み寄るセシリアを見守る。暴走しているとはいえ、自分の妹を攻撃する事は無い筈だ。もしセシリアを攻撃するのであれば、俺は即座に再びサクヤを攻撃する。


「…………姉さん」


『セシリア………』


 虚ろだったサクヤの目が、ゆっくりと元通りになっていく。翡翠色の瞳から産声をあげた涙が流れ落ちていった。


 やっぱり、血縁者が説得した方が効果的だな。


 赤の他人が「あんなクソ野郎共が施した調整に負けるな」と説得しても、全く効果がない。けれども自分の実の妹の言葉は、赤の他人が発する言葉よりも心の中へと浸透して、再現された偽物の肉体に拘束されているサクヤの魂へと浸透していく。


 涙を流しながら、サクヤが外殻を解除した。禍々しい漆黒の外殻が消滅していき、セシリアと同じくすらりとした真っ白な腕や脚があらわになっていった。


「もう大丈夫だ、姉さん。戦わなくていい」


『セシリア………ごめんね…………』


 いや、違う。


 無意識のうちに、俺はMP18を投げ捨ててセシリアの方へと走り出していた。


 セシリアの言葉はサクヤの魂に浸透している。サクヤもまだ8%だけとはいえ、調整を解除されたことによって自我を取り戻しつつある。あのままセシリアが説得すればハッピーエンドで済んだことだろう。


 だが、まだ完全に自由になったわけではない。サクヤ・ハヤカワの魂は、まだ拘束されていた手足のうちの1つの枷が外れかけているに過ぎないのだ。その外れかけた枷を彼女の自我が自力で外し、魂を拘束している錬金術師たちの調整を振り払うためにもがいているに過ぎない。


 唐突に、サクヤの華奢な腕が再び黒い外殻に包まれる。それに気付いたセシリアが目を見開くと、サクヤは泣きながら言った。


『逃げて………お願い…………』


 もう、彼女の自我は抗えない。


 最後の力を振り絞り、彼女と戦えという命令に一時的に抗っていただけなのだ。


 それが、元通りになる。帝国軍の忌々しい錬金術師共が施した調整通りに命令を受信して、敵を殺そうとする。


「姉さ――――――――」


「ボス!」


 叫びながら、セシリアに思い切り体当たりした。いくら訓練を受けたキメラとはいえ、唐突に横から85kg以上の体重の巨漢に全力で体当たりされれば踏ん張ることは不可能である。案の定、華奢なセシリアはあっさりと吹っ飛ばされ、ケーブルだらけの床に叩きつけられる羽目になった。


 すまないな、セシリア。


 でも、実の姉に肉体を貫かれるよりはマシだろう?


 ぎょっとしながらこっちを見上げているセシリアを見つめた直後、脇腹で激痛が産声をあげた。歯を食いしばりながら、刃が真紅に染まった状態の爪で脇腹に突き立てられているサクヤの右腕を掴む。


 血を吐きながら、虚ろな目に戻ってしまったサクヤを睨みつけた。


「おいおい…………自分の妹を殺そうとするんじゃねえよ」


 くそったれ、ガスマスクの中が血まみれだ。


 右の義手を思い切り握りしめ、サクヤの顔面を思い切り殴りつけた。漆黒の外殻が頬を包み込むよりも先に拳がサクヤの顔面を直撃し、彼女を強引に後方へと吹き飛ばす。腹に突き刺さっていた彼女の腕もあっさりと抜け、傷口から大量の鮮血が噴き出した。


 吹っ飛ばされたサクヤは製造装置のカバーを直撃すると、まるで跳弾した弾丸のように床に叩きつけられた。


「力也っ!!」


 再び血を吐いてしまったせいで、ガスマスクのフィルターから真っ赤な血が溢れ出す。エリクサーを飲むためにポーチへと手を伸ばすが、義手に力を込める事ができなくなってしまったらしく、両腕が痙攣を始めてしまう。


 フィオナ機関を停止させ、魔力を変換したことによって発生していた高周波を停止させる。真紅に染まっていた爪の刃が漆黒へと戻っていき、魔力の反応が消えていく。


 痙攣する義手を強引にホルスターへと伸ばし、中に収まっているコルトM1911をセシリアに渡した。


「ボス…………覚悟を…………………決めろ…………」


「…………殺せというのか」


 グリップに血の付いたハンドガンを受け取りながら、セシリアが呟く。


 場合によっては、実の姉を殺さなければならない。


 実の妹の説得ですら効果がなかったのだから。


 もしかしたら、サクヤの自我が自力で自分の魂を拘束している調整を解除し、元通りになるかもしれない。だが、その可能性は間違いなく5%以下だ。


 死んだ大切な家族と再会できたというのに、今度はその家族の命を自分で奪わなければならないのは、きっとこれ以上ないほど残酷な事なのだろう。もしかしたら元通りになってくれるかもしれないと期待してしまうのもおかしくはない。


 けれども、そこまでは甘くないのだ。


「姉さんを…………私が殺さなければならいのか」


 コルトM1911を握っているセシリアの手が、ぶるぶると震え始める。


 ポーチからエリクサーを取り出し、一瞬だけガスマスクを外してそれを呑み込んだ。腹から溢れ出ていた血がぴたりと止まり、鋭い爪で貫かれた傷口が塞がっていく。激痛が排除されたのを確認してから、再びフィオナ機関を起動させ、魔力を高周波に変換させた。


「もしかしたら元通りになるかもしれない。俺よりも、ボスが説得した方が効果はある。だが、もし彼女が他の仲間に牙を剥いたらどうする? 元通りになるかもしれないと期待しながら、仲間が惨殺されるのを見ているのか?」


「ち、違う………! でも、姉さんならきっと………!」


「ああ、そうであってほしい。肉親を失う辛さはよく分かる。…………だからベストを尽くすぞ、セシリア・ハヤカワ。ただし覚悟だけは決めておけ」


 サクヤを止められなかった時に、彼女を殺す覚悟を。


 首を縦に振ったセシリアが、コルトM1911を軍服の上に羽織っている転生者ハンターのコート――――――祖先から受け継いだものだという――――――の内ポケットへと放り込んだ。


 床に叩きつけられていたサクヤがゆっくりと起き上がり、カバーがひしゃげた製造装置の上にジャンプする。既に彼女は全身を漆黒の外殻で覆っており、人間の肉体にドラゴンの外殻を取り付けたかのような禍々しい姿に逆戻りしていた。


 先ほど渡したコルトM1911を引き抜き、もう片方の手を刀へと伸ばして鞘から引き抜くセシリア。装置の上に立っているサクヤも両腕の手のひらに翡翠色の炎を生成し、手のひらをこちらへと向けてくる。


「ボス、俺が隙を作る。あんたが止めろ」


「分かった。…………これが最後のチャンスだ」


 これで止められなければ、殺すことになる。


 左腕に内蔵されているフィオナ機関の出力を、50%から70%まで上昇させた。一瞬だけ爪の周囲に真紅のスパークが発生したかと思うと、刃が更に紅くなり、俺の頭から生えている日本刀のような形状の角も同じく紅く染まり始めた。


 正確に言うと、これは角ではなく放熱板だ。ここから放熱しなければ、脳や内臓が熱で焼けてしまうため、フィオナ機関が発する熱をここから放出しているという。


 姿勢を低くし、セシリアが彼女に狙いを定めている隙にサクヤに向かって突っ込んだ。先に突撃を始めた俺に狙いを定めたサクヤは、両腕に生成していたファイアーボールを放ってくる。初歩的な魔術とはいえ、直撃すれば成人男性の上半身を吹き飛ばすほどの爆発を起こす。直撃は許されない。


 身体を横へと倒し、翡翠色の火の粉を纏いながら突っ込んでくる炎の球体を回避する。すぐ脇をファイアーボールが通過した瞬間、回避に失敗して頬や首の肉に炎が燃え移ったのではないかと思うほどの高熱が皮膚に牙を剥いた。


 次のファイアーボールを生成している隙に、姿勢を低くしながら爪を振り上げる。ガードしようとした安久谷の黒い外殻を爪が切り裂き、傷口から黒い破片と鮮血が噴き上がる。


『アァァァァァァァァァァァァッ!!』


 雄叫びを上げながら掴みかかってくるサクヤ。一旦爪を指に収納して姿勢を低くし、伸ばしてきた彼女の右腕と服の襟を掴んでから、背負い投げで思い切り装置の上から投げ飛ばす。


 舐めるなよ、転生者。こっちは毎日他の兵士たちとCQCの訓練をやってるんだ。


 倒れた彼女に向かって、再び爪を展開した義手を振り下ろす。けれども、サクヤは素早く横に転がってその追撃を回避しやがった。


 床に突き刺さった爪を引き抜き、サクヤのパンチを受け止める。直撃することはなかったが、最初に掴まれた際にひしゃげていた義手のフレームが軋む音を響かせ、小さなボルトが義手から抜け落ちた。


 歯を食いしばりながら彼女の腕を押し返す。サクヤは至近距離でファイアーボールを放とうとしたが、彼女の手のひらに炎が集まる前に右からその腕を殴りつけ、炎の充填を阻止する。


『わ、わたし………が………まもる………ッ!』


 強引に炎を充填しながら、尻尾で俺の首を掴んでくるサクヤ。柔らかい鱗が唐突に装甲車を覆う装甲のように硬化し、首を絞めつけ始める。引き剥がすために爪を展開した義手で尻尾を掴む。爪が鱗で覆われている尻尾に食い込んでいくが、サクヤはそのまま炎を充填させつつある手で俺の顔を掴んだ。


『こんどこそ………こんどこそ、わたしが…………!』


「姉さん、もう止めてくれ!!」


 駆け寄ってきたセシリアが、俺の頭を掴んでいるサクヤの手を掴んだ。自分の妹に腕を掴まれたサクヤが炎の充填をぴたりと止め、全身を外殻で覆ったまま彼女の方を振り向く。


「もう守らなくていいんだっ………! 私だって、もう守られる必要がないくらい強くなった! 姉さんの死は無駄ではなかったんだっ!!」


『セシリア………』


「だから………もう止めてくれ………姉さん、戻ってきてくれ…………」


 顔を掴んでいたサクヤの腕から、漆黒の外殻が少しずつ消滅していく。真っ白な皮膚と華奢な腕があらわになり、力が抜けていった。


 外殻の生成を解除していくサクヤ。腕を掴みながら涙目になっている妹の顔を見つめながら微笑んだ彼女は、セシリアの頭を優しく撫でてから、彼女を抱きしめた。


「姉さん………」


『もう、まけない………………こんどコソハ………………マケ………マ………マケ………ケ…………ナイ………』


「っ!」


 目を見開きながら、セシリアはコルトM1911のグリップを掴んだ。


 止められないというのか。


 実の妹であるセシリアの説得は効果があった。だが、まだ彼女の魂を拘束している帝国軍の調整が強力過ぎたのだ。一時的にサクヤが自我を取り戻すことはできるようだが、すぐに再び自我が消滅してしまう。


 ちらりとこっちを見たセシリアに向かって首を縦に振り、唇を噛み締めながらコルトM1911をサクヤへと向けた。


 お前が辛いというなら、俺が介錯する。


 外殻の生成を解除しているサクヤの頭に向けている銃が、震えていることに気付いた。


 他人の事だというのに、どうして俺まで手が震えているのだろう。どうしてトリガーに触れている指がこれ以上動かないのだろう。


『モう、まけナイ…………こンナ………………ちょうセイなんカに………………』


 次の瞬間だった。


 セシリアを抱きしめていたサクヤが、彼女の事を思い切り突き飛ばしたのである。また自我が消滅したのだと思いながら銃口を向けた直後、硬化した鱗で覆われていた尻尾を、サクヤは自分の胸に突き立てた。


『…………もう………負けないから………………』


「姉………さん………?」


 身体中の外殻が消滅すると同時に、サクヤは微笑みながら崩れ落ちた。


 信じられん。拘束が緩和されていたとはいえ、自我を取り戻して打ち勝つなんて………。


 銃を投げ捨て、倒れたサクヤに駆け寄る。フィオナ機関を停止してから爪を全て収納し、まだ脈があることを確認してから、サクヤが傷口から噴き出した鮮血で真っ赤になっているセシリアに向かって首を縦に振った。


 サクヤはまだ生きている。


 キメラの肉体は本当に強靭だ。自分の胸を貫いたというのに、まだ生きているのだから。


 ポーチからエリクサーを取り出し、血まみれになっているサクヤの口の中へと放り込む。虚ろな目でセシリアを見上げている彼女は、口の中に放り込まれた錠剤が何なのかを理解したらしく、ゆっくりとヒーリング・エリクサーを呑み込んだ。


「ボス、早く衛生兵を!」


「わ、分かった!」


 持っていたコルトM1911を投げ捨て、大慌てで伝声管へと向かって走るセシリア。蓋を外した彼女は、艦橋へと繋がっている伝声管へと向かって叫んだ。


「艦橋、聞こえるか!? こちら製造区画!!」


『こちら艦橋、どうぞ』


「姉さんを無力化した! 頼む、すぐに衛生兵を!!」


『りょ、了解! すぐに衛生兵を派遣します!!』


「急いでくれっ! …………頼む、姉さんを…………助けてくれ…………っ」


 伝声管の蓋を閉めてから、セシリアがすぐに駆け寄ってきた。彼女はサクヤの傷口が塞がっていることを確認すると、真っ白な手を握りながら自分の姉を見下ろす。


「ごめん………なさい…………迷惑かけちゃった………わ…………ね…………」


 そう言いながらセシリアの頭を撫でたサクヤは、ゆっくりと目を閉じた。





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