クレイデリア
《新しい武器が生産可能になりました》
端末のスイッチを入れると、メニュー画面が表示された直後にこのメッセージが表示された。
この端末は俺が与えられた物ではなく、セシリアのご先祖様が使っていた端末だ。彼女の祖先はパラレルワールドからこの世界へと転生した速河力也だったからなのか、端末は俺がとっくの昔に死んだ持ち主だと勘違いしているらしく、再起動してくれたのである。
とはいっても、データの大半が破損してしまっているため、敵を何人殺してもレベルは上がらない。ステータスも強化されないため、身体能力は訓練を受けた普通の兵士と変わらない。転生者が兵器や能力を生産するためにはレベルアップの際に手に入るポイントが必要になるんだが、俺はレベルが上がらなくなってしまっているため、ポイントを手に入れる手段がなくなってしまっている。
そのため、フィオナ博士が端末を改造して、”サブミッション”と呼ばれるミッションをクリアすることでポイントが手に入るようにしてくれたのだ。
フィオナ博士はセシリアのご先祖様と一緒に戦った”モリガンの傭兵”の1人の1人であるため、転生者との戦闘を何度も経験しているベテランの兵士でもある。彼女は当時から転生者の端末の解析や複製を試みていたらしく、ほんの少しだけならばデータの修復や改造もできるという。
あっという間に新しい兵器や動力機関を発明してしまう天才技術者だが、この転生者の端末は複製する事ができなかったらしく、現在でも休日に端末の解析を続けているらしい。
博士でも解析できない代物とはな。
画面をタッチし、新しく生産できるようになった武器をチェックする。
「!」
なんと、ついに第二次世界大戦の武器が生産できるようになったのである。
第二次世界大戦では、当たり前だが第一次世界大戦よりも強力な兵器が大量に開発された。歩兵に支給されるライフルはボルトアクションライフルからSMGやセミオートマチック式のライフルに変わっていったし、現代戦の主役でもあるアサルトライフルも開発されている。
海軍では少しずつ戦艦が廃れていき、飛行甲板や格納庫の中に艦載機を搭載した大型の空母や、高性能なソナーを搭載した駆逐艦が海軍の主役になっていった。
空軍が採用する航空機も、より強力な機体に変わっていった。第一次世界大戦で活躍した複葉機の大半が廃れて単葉機が主流になったし、終盤にはドイツ軍が強力な武装を搭載したジェット戦闘機を投入している。
とはいっても、新しく生産できるようになった武器に使うポイントは結構高いし、中にはサブミッションをクリアしなければ生産できない武器もあるようだ。本格的に同志たちに新兵器を支給できるようになるのはもう少し先になるかもしれない。
幸運なことにスペツナズはまだ人員が少ないので、ポイントを貯めて少しだけ新しい武器を生産して支給し、テストしてみるのもいいだろう。
「作れる武器増えました?」
「ああ」
武器の項目をチェックしていると、後ろで工具を片付けていたフィオナ博士が画面を覗き込んだ。
彼女が作業に使っている机の上には、部品を取り外された端末の残骸が置かれている。数日前に暗殺した転生者から鹵獲した端末だ。転生者の端末は持ち主が死亡すれば機能を停止してしまうため、鹵獲しても無用の長物――――――解析や鹵獲を防止するためなのだろう―――――――なのだが、部品まで使用不能になるわけではないため、鹵獲して博士に部品を取り外してもらい、俺の端末の改造やデータの修復をしてもらっているというわけだ。
要するに、転生者を殺せば殺すほど俺の端末は”近代化”されていくというわけである。
早く最新型のアサルトライフルをぶっ放したいものだと思っているうちに、博士はその端末の残骸を木箱の中へと放り込んだ。
「それも解析するのか、博士」
「ええ。貴重な端末ですからね」
「テンプル騎士団が誇る天才技術者でもすぐに解析できない技術か…………何なんだろうな、この端末」
「完全に解析できたわけではないんですが、おそらくこの端末には”錬金術”の技術が使われています」
「錬金術?」
「ええ。現代の錬金術よりもはるかに高度な錬金術ですが」
木箱の中に収まっている端末の残骸を拾い上げながら、彼女は微笑んだ。
錬金術は物質を操る魔術のようなものだ。魔術よりも習得の難易度が高いと言われており、錬金術師は魔術師よりも貴重な存在だという。
ホムンクルスの製造にも必要な技術だ。テンプル騎士団のようにホムンクルスを大量生産するためには、製造装置と錬金術師が必要になる。そのため、テンプル騎士団は優秀な錬金術師の遺伝子をベースにして”ホムンクルスを作るためのホムンクルス”を予め大量生産しておき、そのホムンクルスたちにホムンクルスの大量生産や調整を行わせている。
製造区画でホムンクルスを生み出している錬金術師たちは、ナタリア・ブラスベルグのホムンクルスたちだ。
ホムンクルスの製造をホムンクルスに行わせている理由は、簡単に技術力の高い錬金術を何人も用意できる事と、万が一テンプル騎士団が壊滅しても、ホムンクルスたちに自力で同胞の大量生産を行わせて戦闘を継続させ、敵を殲滅するためである。
ホムンクルスは製造装置と錬金術師とオリジナルの遺伝子さえあれば生産できるため、人材を用意するハードルは普通の人間と比べるとかなり低い。もちろん、ホムンクルスから人権を剥奪することは絶対に許されないが。
「じゃあ、この端末で生み出される兵器や武器は錬金術で再現されているってことか?」
「おそらくそうだと思います。どうやって開発者が異世界の最新の兵器の事を知ったのかは分かりませんけど」
この端末を開発して転生者に与え、この世界へと死亡した少年や少女を転生させていたのは、『天城輪廻』という少女だと言われている。彼女はタクヤ・ハヤカワの細胞をベースにして感情のない無数のホムンクルス――――――自我のない”戦時型”と呼ばれるタイプだ――――――を生み出し、世界中の人類を皆殺しにしようとしたのである。
最終的に彼女はタクヤ・ハヤカワ率いるテンプル騎士団によって打ち倒され、世界中の人類は皆殺しにされずに済んだ。彼女が使っていた技術は殆どテンプル騎士団や同盟関係だった組織に接収されて解析され、現在のホムンクルス製造技術のベースになったという。
端末を作り出した存在はもう既に死亡しているというのに、なぜ転生者がまだこの世界へとやってくるのだろうか。
それに、”天城”ということは間違いなく勇者の関係者だろう。
端末の電源を切ってポケットに戻すと、研究室のドアをノックしてからセシリアが中へと入ってきた。
「力也、リョウの情報通りだ」
「クレイデリアか」
ニヤリと笑いながらセシリアは首を縦に振り、左手に持っていた真っ黒な扇子を開いた。
「お前たちが大損害を与えてくれたおかげで、ヴァルツ軍はついにクレイデリアからも兵力を引き抜き始めている。潜入しているシュタージのエージェントによると、現時点でクレイデリア守備隊の規模は引き抜かれる前の2分の1だそうだ」
「そんなに引き抜いてるのか」
「ああ。だが、半減したと言っても戦力差は5対1だ。お前たちには、もう少し帝国の首を絞めてもらう必要がある」
「喜んで」
そのまま首の骨をへし折ってやろう。
物量では帝国軍に劣っているものの、装備の性能と兵士の錬度ではこっちが上だ。それにホムンクルスの製造数も増えているため、物量は少しずつ帝国軍に追いつきつつある。
それにしても、春季攻勢のための兵力を確保するために守備隊の半数を引き抜くとは。残った兵力でもテンプル騎士団を撃退できると高を括っているのだろうか。それとも、ここに攻め込んでくる事はないだろうと決めつけているのだろうか。
だが、クレイデリア連邦の隣国はヴァルツ帝国の同盟国でもあるアスマン帝国だ。もしクレイデリアが奪還されることになれば、貴重な同盟国への補給ルートが分断されてしまう。更に、ウィルバー海峡の向こうにはヴリシア・フランセン帝国の領土であるヴリシア大陸がある。クレイデリアが奪還されれば確実にウィルバー海峡は封鎖されるだろう。大損害を被っているヴリシア・フランセン帝国に増援を送る事ができなくなるし、ヴリシア・フランセン帝国の皇帝も同盟国への亡命がかなり困難になる。
それゆえに、是が非でもクレイデリアは守り抜こうとする筈だ。ここを奪還されることは、3つの帝国の分断を意味するのだから。
「それに、兵力が引き抜かれているとはいえ、クレイデリアには帝国軍の第3主力艦隊の母港がある。我々が攻め込めば、確実にこの大艦隊が迎撃してくるだろう」
「俺たちの海軍なら問題ないだろう。こっちには3隻のジャック・ド・モレー級戦艦と4隻のソビエツキー・ソユーズ級戦艦がある」
更に、タンプル搭からの脱出に成功した他のジャック・ド・モレー級戦艦の同型艦たちも別の海域で戦っている。侵攻前に合流すれば、更に艦隊の規模は大きくなるだろう。
「うむ…………しかし、クレイデリアには”あれ”がある」
研究室の机の上に飾られている白黒写真を手に取りながら、セシリアはその写真を凝視した。白黒の写真に写っているのは6人の少女たちだった。テンプル騎士団を創設したメンバーであるタクヤ、ラウラ、ナタリア、カノン、ステラ、イリナが式典用の軍服に身を包み、ロングソードを持って立っている。
けれども、セシリアが凝視しているのはそこに写っている自分の祖先ではない。彼らの後方に鎮座する、巨大な”決戦兵器”の一部だった。
―――――――タンプル砲。
テンプル騎士団本部に配備された、テンプル騎士団の決戦兵器である。塔が1つも存在しないにもかかわらず、砲身を天空へと向けている姿が巨大な塔にそっくりであったため、本部はタンプル”搭”と呼ばれるようになったのだ。
「脱出の際に制御装置や装填装置の爆破処分は行ったし、薬室を誘爆させて破壊したのだが…………もしあいつらがこれの解析に成功して再び配備していれば、確実に返り討ちにされる」
「ヴァルツにそんな技術あるのか?」
「巨大な砲身や砲弾を用意できれば複製することはできる筈だ。装薬は高圧魔力で代用できる」
「エージェントからそれに関する情報は?」
「残念ながら、警備が厳しくて潜入することはできなかったらしい。だが、守備隊の指揮官の愛人を”演じていた”別のエージェントが、クレイデリアに巨大な機械の部品が運び込まれたという情報を聞き出したという」
タンプル砲が複製されている可能性があるな………。
というか、シュタージのエージェントは敵の指揮官の愛人を演じることもあるのかよ。
「もしタンプル搭が複製されていたら、海戦は射程距離外で行う事になるだろう」
「だが、敵艦隊はおそらく射程距離外には出てこない。タンプル砲の射程距離内に居座り、こっちの艦隊が突撃するのを待つ可能性が高い」
セシリアは目を細めながら首を縦に振った。敵艦隊の艦艇の性能がテンプル騎士団艦隊の艦艇に大きく劣っている以上、敵艦隊はタンプル砲からの超遠距離砲撃でジャック・ド・モレー級戦艦――――――帝国軍は『ジャック・ド・モレー級”重戦艦”』と呼ぶらしい―――――――を撃滅するつもりに違いない。
「敵艦隊をおびき出すべきだな」
「ボス、スペツナズが潜入して一足先にタンプル砲を破壊するというのはどうだ?」
スペツナズ第一部隊『赤き雷雨』は、隠密行動と対転生者戦闘を得意とする特殊部隊である。潜入してタンプル砲を爆破したり、制御装置や装填装置を破壊して使用不能にすれば、敵艦隊は虎の子の要塞砲に頼る事ができなくなり、テンプル騎士団艦隊と真っ向から戦わざるを得なくなる。
提案すると、セシリアは楽しそうに笑いながら扇子を広げた。
「面白い作戦だ。だが、まだタンプル砲が複製されているという情報はないし、スペツナズにはアナリアでやってもらいたいこともある」
「やってもらいたいこと?」
現在、テンプル騎士団残存艦隊はアナリア合衆国へと向かっている。アナリア合衆国はアナリア大陸に存在する巨大な民主主義国家であり、まだ世界大戦には参戦していない中立国である。だが、数ヵ月前にヴァルツ帝国軍の潜水艦がオルトバルカの輸送船を撃沈した際に、乗っていたアナリア人の乗組員たちも犠牲になっており、帝国への報復のために宣戦布告の準備をしているという。
だが、国内にはまだ世界大戦への介入に反対する国民も多いらしい。
そこで、テンプル騎士団は連合国からの要請で物資の補給も兼ねてアナリア合衆国を訪問し、政府に連合国への参加を要請するためにアナリアへと向かっているのだ。テンプル騎士団はアナリア合衆国の建国の後ろ盾になった事もあるし、アナリアがオルトバルカの植民地だった頃に勃発した独立戦争の仲介を行ったこともあるため、アナリアとはかなり親密な関係にある。
信じられない話だが、セシリアはアナリア合衆国に到着したら大統領と面談を行い、大統領に直接連合国への参加を要請するという。
「到着してから話す」
そう言いながら扇子を閉じた彼女は、踵を返して博士の研究室を後にした。
ガラスの柱の周囲に、複数の魔法陣が浮遊している。時計回りに回転する複雑な記号を生み出し、ガラスの柱の中で眠っているサクヤ・ハヤカワに施された調整に介入しているのは、白衣に身を包んだ女性の錬金術師たちである。
ホムンクルスの製造を担当する、ナタリア・ブラスベルグのホムンクルスたちだ。テンプル騎士団の中で最も優秀だった錬金術師の遺伝子をベースにしているため、彼女たちも非常に高い技術力を持っている。
「調整の上書きは?」
「現在8%です」
モニターに表示されている記号を見つめていたホムンクルスに尋ねた主任は、腕を組みながらガラスの柱の中で眠る黒髪の美少女を見上げた。
普通のホムンクルスであれば、オリジナルの細胞を培養して小さな肉片にし、それをさらに培養液の中で成長させて赤子にする。その状態で装置の外に出し、普通の子供と同じように育てるのだ。
だが、サクヤ・ハヤカワのホムンクルスは通常のホムンクルスとは全く違う方法で製造されていた。まず最初にサクヤ・ハヤカワの肉体だけを製造してから、あの世からサクヤ・ハヤカワの魂を強引に呼び戻しているのである。
それゆえに、彼女に施された調整の上書きは難航していた。
調整の上書きが成功すれば、サクヤ・ハヤカワはもう勇者に操られることはなくなる。だが、彼女はもう既に死んでしまった人間だ。そのまま成長した妹と共に帝国軍へ報復することを選ぶのか、それとも死んだ家族と共に安らかに眠ることを選ぶのかは、自由になった彼女に決めてもらわなければならない。
サクヤには、まだその選択肢を選ぶ自由すらないのだから。
もし眠ることを選んだならば、セシリアは実の姉を介錯することになるのだろうかと主任が考えたその時だった。
唐突に、装置の中のサクヤが目を開けたのだ。
ぎょっとしながら、周囲に浮遊している魔法陣を凝視する。グラフや数値は今までと全く同じだ。彼女が暴れ出した時のようにグラフが一番上には達していないし、心拍数もあまり変わっていない。
凍り付いた主任が、傍らにある鎮静剤を注入するためのスイッチに手を伸ばした次の瞬間だった。
ガラスが砕け散る甲高い音と、培養液が床に降り注ぐ音が響き渡った。
※ヴァルツでは速度を重視した戦艦を『軽戦艦』と呼び、火力と防御力を重視した戦艦を『重戦艦』と呼んでいます。旧日本海軍に例えると、金剛型戦艦が軽戦艦に分類され、大和型戦艦が重戦艦に分類されます。ちなみに、スターリングラード級は重巡洋艦ではなく軽戦艦に分類されているようです。




