再構築された力
海上司令部『キャメロット』は、テンプル騎士団が保有している超弩級戦艦から主砲や副砲などを撤去して、指揮を執るための作戦指令室や兵士の訓練のための設備を搭載した”準同型艦”だという。甲板の上には接近してきた敵の航空機を迎撃するための高角砲や対空機銃がいくつか搭載されており、艦尾の方には潜水艦へとぶちかますための爆雷らしき装備も見受けられる。
武装は搭載されているが、第二次世界大戦で活躍した一般的な戦艦と比べると、高角砲や機関銃の数が少ない。それに、戦艦の前部甲板と後部甲板に居座る主砲や副砲も撤去されているため、この艦が敵艦との戦闘を全く考慮していないことが分かる。
あくまでも、他の戦艦や巡洋艦に護衛されながら後方で待機し、敵部隊と戦っている友軍の指揮を執るための艦なのだろう。武装を搭載しているのは、接近してきた敵を追い返したり、味方が駆けつけてくれるまで反撃するために違いない。
しかし、武装の数が少ないというのに、キャメロットの船体は予想以上に巨大だった。セシリアの話では、この海上司令部『キャメロット』の全長は304mもあるらしい。旧日本軍が建造したあの戦艦大和よりも巨大な艦だというのか。
その巨大な艦の前部甲板に、古めかしいボルトアクションライフルを背負った兵士たちが整列している。黒い制服を身に纏っている兵士たちの種族はバラバラだった。筋肉で覆われたオークやハーフエルフの隣に、背の小さなドワーフやダークエルフが並んでいる。
身長や体格の差が極端すぎるせいで、軍隊の兵士たちだというのに全く統一感がないように見えてしまう。
しかも、統一感のなさに拍車をかけているのは、間違いなく彼らが背負っているライフルだろう。
普通の軍隊では、正式採用されている銃をほぼ全ての兵士に支給する。もちろん、榴弾砲で敵を遠距離から吹っ飛ばすのが本職の砲兵や、戦車に乗って戦うのが本職の戦車兵にまで同じ装備が支給されるわけではない。支給される装備は兵士の役割で異なるんだが、この甲板の上に並んでいるのはライフルや手榴弾で敵兵と真っ向から戦うライフルマンたちである筈だ。
だが――――――背中に背負っているライフルが、バラバラなのである。
俺が初めて生産したライフルであるルベルM1886を背負っている兵士もいるし、アメリカ軍が第一次世界大戦から朝鮮戦争まで使用し続けた”スプリングフィールドM1903”を背負っている兵士も見受けられる。そいつの隣にいるダークエルフの兵士が背負っているのは、第一次世界大戦でオーストリア・ハンガリー帝国が採用していた”マンリッヒャーM1895”だろう。そいつの後ろにいるハイエルフの兵士は、イギリス軍が採用していた”リー・エンフィールド”を背負っている。
一般的な軍隊では考えられない事だ。
装備がバラバラということは、その銃をぶっ放すために必要な弾薬もバラバラになるという事を意味する。現代の軍隊では、大半の軍が同盟国と同じ弾薬を使用する銃を採用しているため、銃の種類が違っても同じ弾薬を使う事ができる事が当たり前となっているけれど、そのように他国と同じ弾薬を使う事が当たり前となるのは冷戦の中盤辺りからである。
第一次世界大戦や第二次世界大戦では、全く違う弾薬を使うのが当たり前だったのである。違う弾薬を装填しても撃つことはできないし、仮にぶっ放せたとしても、銃に強烈な負荷をかける結果になったり、動作不良を誘発しかねないのである。
それに、補給もかなり大変なことになる。
例えば、全ての兵士が同じ弾薬を使用する銃を装備していれば、その銃で使用する弾薬をたっぷりと用意するだけで兵士たちに弾薬を補給する事ができる。だが、全ての兵士が別々の弾薬を使用する銃を使用していれば、兵士たちのために専用の弾薬を何種類も用意しなければならなくなってしまう。
だから、兵士たちに同じ銃と同じ弾薬を支給するのが鉄則だ。
兵士たちに同じ銃を支給することもできていないのである。かつては『二個大隊だけで世界中の軍隊に圧勝できる』と言われていたほどの軍隊だったらしいが、現在では兵士に同じ銃を支給することすらできないほど弱体化しているのだ。
溜息をつきながら、ポケットから端末を取り出して装備をチェックする。
フィオナ博士にプログラムをある程度修復してもらったおかげで、自分の装備は用意できた。
メインアームはフランス製ボルトアクションライフルのルベルM1886。ライフル弾を8発も装填できるボルトアクションライフルである。攻撃力が高く、命中精度も優秀だが、銃身が長いせいで狭い場所で扱いにくい上に、”クリップ”という弾薬を束ねた金具を使って素早く弾丸を装填できないという欠点がある。
どうしてクリップが使えないかと言うと、このルベルM1886は『チューブマガジン』というマガジンを採用しているためだ。
チューブマガジンとは、銃身の下―――――稀に上に搭載することもある―――――に搭載され、その中に弾丸を詰め込む方式のマガジンである。大昔のレバーアクションライフルで採用されていたし、現代ではショットガンなどで採用されている方式だ。
ルベルM1886も、この方式を採用したライフルである。けれども、残念なことにチューブマガジンは相性が悪いと言わざるを得ない。
何故かと言うと、チューブマガジンに詰め込まれた弾丸の先端部が前にある弾丸の後端部を直撃し、マガジン内部で暴発を誘発する恐れがあったからである。
破壊力がそれほど大きくなかった黒色火薬が主流の時代の銃では、弾丸の先端部が丸いのが当たり前だったのでチューブマガジンを採用しても問題はなかった。けれども、ルベルM1886が採用した無煙火薬は圧倒的な威力を誇っており、先端部が丸い弾薬では無煙火薬の圧倒的なパワーで強引に押し出されるため、空気抵抗によって弾道が滅茶苦茶になってしまったのである。
そのため、ルベルM1886が使用する『8mm×50R弾』は後端部に溝が用意されており、後ろの弾丸が後端部を直撃して暴発を起こさないようになっている。これならば暴発が起こる恐れはないが、今度は弾薬の生産に手間がかかってしまうという新しい問題点が産声をあげてしまっている。
8発もライフル弾を装填できるという利点で勝負するべきだろう。
施したカスタマイズは、スパイク型の銃剣を先端部に装着したことと、遠距離の敵を狙撃しやすいように、銃口の近くに搭載されているフロントサイトを小さなリング状に変更した事だ。個人的には、こういうリング状の照準器が敵を狙いやすいと思う。
サイドアームは、アメリカで生産された『コルトM1911』という高性能なハンドガンだ。
大口径の”.45ACP弾”を7発もマガジンの中に装填することが可能であり、圧倒的な破壊力とストッピングパワーを誇る。高い攻撃力と信頼性を兼ね備えた、理想的なハンドガンの内の1丁と言っても過言ではないだろう。
ちなみに、これが産声をあげたのは1911年である。現在ではこれを採用していたアメリカ軍はベレッタ92Fを採用してしまっているが、信じられないことに未だにこのコルトM1911を使用している兵士も多いという。
他の装備は、塹壕を掘るためのスコップと白兵戦用のボウイナイフだ。この2つは端末で生産した物ではなく、キャメロットの武器庫を管理していたホムンクルスの女性兵士からプレゼントしてもらった装備品である。
しばらくすると、兵士たちの前にセシリアがやってきた。やっぱり腰には2本の日本刀を下げていて、背中には旧日本軍が採用していた三八式歩兵銃を背負っている。彼女は兵士たちの前へとやってくると、敬礼をしてから話を始めた。
「同志諸君、これより我々はウェーダンへと向かい、ヴァルツ帝国軍の転生者部隊を迎え撃つ」
セシリアの話では、錬度の高い遠征軍は別の戦場へと派遣されている最中であり、キャメロットに残っているのは新兵と新しいホムンクルスばかりで構成された第6軍のみだという。しかも、兵士たちに支給されているライフルもバラバラで、中にはサイドアームを持っていない兵士も見受けられる。
とはいっても、現代では兵士にメインアームとサイドアームがしっかりと支給されるけど、第一次世界大戦の頃はボルトアクションライフルのみで戦うのが一般的だったという。
装備がバラバラである上に、兵士たちの錬度も低い第6軍で転生者の前に立ちはだかるのは、兵士たちに「死ね」と言っているに等しい。ちらりと他の兵士たちを見てみると、ぶるぶると震えている兵士や、目を見開きながらセシリアをじっと見つめている兵士もいた。
くそったれ、士気も低いようだ。
「転生者は極めて強力な戦力だ。だが、本格的に転生者部隊が実戦投入されるのは、このウェーダンの戦いが最初だと思われる。奴らを打ちのめしてやれば、ヴァルツの連中の士気も下がるだろう」
怯える兵士たちを見渡しながら説明を続けるセシリア。しかし、兵士たちは転生者がどれほど強力な存在なのかを知っているらしく、全く士気が上がる気配がない。
すると、セシリアはニヤリと笑ってから俺の方を指差した。
「前回の強制収容所襲撃で、我々も転生者を確保した。そこにいる黒髪の少年が、我がテンプル騎士団の新たな切り札だ」
並んでいた兵士たちが、ぎょっとしながら俺の方を振り向いた。そういえば、他の兵士たちに殆ど挨拶をしていなかったな。きっと、俺の事を新しく入隊したただの新兵だと思っていたに違いない。
ざわつきながらまじまじとこっちを見つめる兵士たち。いつの間にか自分たちの仲間の中に転生者がいたという驚愕が、彼らの心を蹂躙しようとしていた絶望を完全に吹き飛ばしてしまう。
それを悟ったセシリアは、作戦の説明を続けた。
「我々が転生者部隊を食い止めている間に、彼が側面から敵陣の後方へと回り込み、敵の指揮官を討ち取る。そうすれば敵は間違いなく総崩れになるだろう。………………さあ、反撃を始めようか」
俺は復讐をする。
反撃では物足りない。妹を奪っていった連中への報復を”反撃”だけで済ませたら、割に合わない。
だから奪う。奴らから全てを奪って絶望させ、苦しめてから殺す。
義手と義足を移植されていた間、あのクソ野郎共をどうやって絶望させて殺そうか考えていた。前世の世界だったらそんな事はあまり考えないとは思うけれど、心の中で産声をあげた憎しみのおかげなのか、そういう物騒なことを考えると、まるで好きなマンガを読んでいる時のように楽しい気分になる。
けれども、その時に浮かべる笑みはマンガを読んでいる時の笑みとは異質なものなのだろう。
きっと、悪魔のようになっている筈だ。
「各員、甲板で待機せよ。沿岸部への接近後、ボートで上陸する」
兵士たちに敬礼してから、セシリアが艦首の方へと歩いていく。兵士たちは踵を返したセシリアに敬礼をすると、列の先頭に立っていた分隊長と思われる兵士が「解散!」と命じた直後に、隊列を組むのを止め、装備の点検をしたり、甲板から海を眺め始める。
俺は他の兵士たちの傍らを通り抜けながら、甲板の方にいるセシリアの方に向かった。
今回の任務では、俺はどの部隊にも配属されていない。単独で敵陣の後方へと回り込み、指揮官である来栖をぶち殺すという任務を与えられているのだから、分隊どころか分隊長すら存在しない。指揮を執る事が許されるのは最高司令官であるセシリアなのだ。
彼女の後ろに立つと、セシリアはかぶっていた軍帽をかぶり直してからこっちを振り向いた。
「…………無茶はするなよ、力也」
《無茶はするなよ、力也》
またしても、蒼い髪の少女の姿がフラッシュバックする。
セシリアに無理をするなと言われるのは今が初めてなのに、どうして何度も耳にしたような感覚がするのだろうか。前任者も、エミリアに何度もこう言われていたのだろうか。
「分かってるよ」
「敵は転生者部隊だ。さすがに転生したばかりの転生者を投入するのではなく、ある程度レベルの高い連中を投入している事だろう」
首を縦に振ってから、ポケットの中の端末を取り出す。
電源を入れて画面をタッチし、ステータスの画面をタッチする。紅い背景に自分のレベルとステータスが表示されたのを確認してから、唇を噛み締めた。
辛うじて再起動したこの端末のデータの再構築には成功した。だが、フィオナ博士の技術力でも完全に再構築することはできなかったらしく、他の転生者の端末と比べるといくつかの機能が使えなくなってしまっている。
致命的だが、”レベルを上げる事”ができなくなってしまっている。
そう、俺はずっとレベル1のままなのだ。レベルが上がらなければステータスは強化されないし、武器や能力の生産に必要なポイントも手に入らない。初期ステータスのままでは他の転生者に追いつかれてしまうし、攻撃を喰らえば間違いなく致命傷を負うか、即死する羽目になるだろう。
そこで、フィオナ博士が修復できなかった機能を補うために端末を改造してくれた。
レベルが上がらない代わりに、ポイントを手に入れるための別の手段を用意してくれたのである。
ポイントを手に入れるためには、フィオナ博士が設定した『サブミッション』をクリアすればいい。サブミッションは大量に用意されており、手に入るポイントの量は難易度によって左右される。
例えば、一番上にあるサブミッション『ライフルの訓練』の条件は、”ボルトアクションライフルで5人の敵を倒す”ことである。これをクリアすれば、500ポイント手に入るようになっている。
この機能のおかげでポイントは確保できそうだが、ステータスを上げる手段がない以上、能力や武器の威力でステータスの差を補うしかないだろう。
それと、博士がそのステータスの差を補うために特殊なスキルを用意してくれた。
ステータスの画面の右下にある”スキル”という項目をタッチし、表示されたスキルを確認する。
《問答無用》
フィオナ博士が用意してくれた、ステータスの差を補ってくれる特殊なスキルである。このスキルがあれば、なんと”敵の防御力を完全に無視してダメージを与える”事ができるのだ。
つまり、攻撃力の50%を無効化する事ができる敵に攻撃しても、100%のダメージを与える事ができるのである。転生者の防御力は、その防御力の数値を下回っている攻撃の威力を大きく削ぎ落としてしまうため、敵の防御力を気にしなくてよくなったのは本当にありがたい。
とはいっても、真っ向から戦いを挑めば九分九厘負けるので、このスキルを活かして不意打ちをぶちかますしかない。
その画面をちらりと見たセシリアが、微笑みながら俺の肩に手を置いた。
「頼んだぞ、力也」
「ああ」
真っ向からの戦いはできない。
だが、不意打ちならば転生者に対抗できる。
俺は狂戦士ではないのだ。
「――――――お前は我々の暗殺者になるのだ」
というわけで、力也さんの初期装備はルベルM1886とコルトM1911となりました。装備が”赤く”なり始めるのはもう少し先ですので、同志の皆さんはお楽しみに(笑)
ちなみに、今作の力也さんは真っ向勝負ができなくなってしまいましたので、基本的にはスニーキングがメインになると思います。第一部の力也さんとはかなり違いますね。