リョウの情報
基本的にテンプル騎士団は敵の捕虜を受け入れることはない。戦闘で敵兵を皆殺しにするのは日常茶飯事だし、仮に捕虜を受け入れたとしても、拷問で情報を全て吐かせてから処刑する。だから警備兵たちが警備している牢屋の中に放り込まれる捕虜たちは実質的に死刑囚のようなものである。
警備兵たちに銃を向けられながら牢屋へと入っていくヴァルツ軍の捕虜を見つめていると、後ろにあるタラップをシュタージの制服に身を包んだホムンクルスの団員が駆け下りてきた。肩には大尉の階級章がある。
彼女に敬礼をしてから、踵を返してタラップを駆け上がった。
捕虜を拷問して情報を吐かせるのは、基本的にはシュタージの仕事である。シュタージの隊員は入隊した後に拷問の研修を受けるらしいのだが、実際に生け捕りにした捕虜を使って研修するらしく、その研修で精神を病んで除隊してしまう新人も多いらしい。
とはいっても、場合によっては海兵隊や陸軍の兵士が担当することもある。実際に霧島姉妹の拷問は俺が担当したからな。
あの捕虜も拷問で情報を吐かされてから処刑されるのだろう。
義手で頭を掻きながら、居住区の隣にある医療区画へと向かう。医療区画は負傷した兵士たちがいる区画だ。この世界にはヒーリング・エリクサーなどの回復アイテムや治療魔術が普及しているので、銃弾で撃たれたとしてもすぐに治療する事ができるのだが、戦闘で吹っ飛ばされた手足を”生やす”ことはできない。
そのため、医療区画にいるのは回復アイテムでは治療できない病気にかかってしまった患者や、戦闘で手足を失った負傷兵たちだ。負傷兵はその区画で生活しながら、再び義手や義足を移植して復帰するか、そのまま除隊して家族と生活するかを選ぶ事ができる。
だが、意外なことに除隊を選ぶ兵士はそれほど多くない。
その理由は、兵士たちの家族や故郷がこの戦争のせいで既に存在しなくなっているからだ。ヴァルツ軍の侵攻で故郷が滅ぼされたり、家族を皆殺しにされてしまった兵士は非常に多いため、彼らは除隊を選ばずに義手や義足を移植してリハビリを済ませ、再び銃を背負って戦場へ出撃していくのである。
警備兵たちに敬礼してから身分証明書を彼らに見せる。エルフの警備兵は「お疲れ様であります、同志少尉」と言ってからハッチを開け、俺を通してくれた。
医療区画の中は、すぐ隣にある居住区とあまり変わらない。狭い通路の左右に個室がずらりと並んでいるのだが、その部屋の中に住んでいるのは病気を治療している患者や手足を失った負傷兵たちである。
そう、病室や医務室がずらりと並んでいるのだ。
薬草や薬品の匂いがする通路を歩いていると、白衣に身を包んだ金髪のエルフの女性が、ふらつきながら歩いている男性に肩を貸しながら病室の中へと入っていくのが見えた。その男性の片足は金属製の義足になっているのが分かる。戦場で片足を失ったのだろう。
看護師と一緒にリハビリをしている兵士に敬礼をしてから、通路の奥にある病室のドアをノックする。
『どうぞ』
「おう」
ドアを開け、薬品の匂いがする病室の中へと入った。医療区画にある病室は隣の居住区にある個室よりも広い。部屋にキッチンはないものの、トイレとシャワールームがあり、自分で立って歩ける患者や負傷兵はそこで温かいシャワーを好きなだけ使う事ができるというわけだ。
居住区に住んでいる住民たちは羨ましがるだろうな。好きなだけ温かいシャワーを自分の部屋で贅沢に使う事ができるのだから。
病室の奥には丸い窓があり、キャメロットを護衛している大艦隊と海原が見える。そのすぐ近くにあるのは真っ白なベッドで、痩せ細った少年がベッドで横になりながら窓の外をじっと見つめていた。
「よう、リョウ」
「リッキー………来てくれたのか」
こっちを見上げながら、ベッドで横になっていたリョウは身体を起こした。強制収容所やメルンブルッヘで暴行を受けた傷痕はもう完全に消滅していたけれど、ヴァルツの連中は彼にほんの少ししか食料を与えなかったらしく、彼の身体はまだ痩せ細っていた。
彼の本名は『如月嶺一』。仲良くなった時から彼の事をリョウという愛称で呼んでいるし、彼も俺の事をリッキーという愛称で呼んでくれている。彼と仲良くなったばかりの頃は銃や兵器には全く興味がなかったんだが、こいつのせいでかなり詳しくなってしまった。
要するに、俺がミリオタになっちまった元凶である。ちなみに俺は東側の兵器が好きなんだが、こいつは西側の兵器が好きらしい。
「この組織の兵士が持ってる武器は大半が東側の兵器なんだね。君らしいよ。ふふふっ」
西側の銃もあるけどな。セシリアは日本製の銃も使ってるし。
苦笑いしながら、ここにやってくる前に購入してきた炭酸飲料の瓶――――――”タンプルソーダ”という名前の炭酸飲料らしい――――――を2本ほどベッドの近くにある小さなテーブルの上に置く。義手の指で強引に栓を抜いてから、それを興味深そうに眺めているリョウに問いかけた。
「『パンジャンドラム味』と『ツァーリボンバ味』買ってきたんだけど、どっち飲みたい?」
「普通のやつ買ってきてよ」
ツァーリボンバ味の方の瓶を手に取り、パンジャンドラム味の方の瓶をリョウに差し出す。中に入っている鈍色の液体を見下ろしながら息を呑んだリョウは、一旦瓶を受け取ってからテーブルの上に置きやがった。
「もう立てるのか?」
「ちょっとふらついちゃうけどね」
「そうか………」
リョウは、人間以外の種族の迫害を止めるように上官や勇者に何度も直訴し、迫害されていた人々を救おうとしたという。それゆえに彼は勇者に疎まれ、濡れ衣を着せられて強制収容所へと放り込まれてしまったのだ。
当たり前だが、彼はもう転生者の端末を持っていない。ステータスで身体能力が強化されることはないし、端末を使って武器や能力を生産することもできなくなってしまったのだ。今のリョウは端末のおかげで強力な能力が使える転生者ではなく、普通の人間でしかないのである。
だが、彼は帝国軍の情報を知っている。端末を使ってテンプル騎士団の兵力を強化できないのは残念な事だが、帝国軍の情報を知っているのであればあの忌々しい帝国を滅ぼす事ができる。
だからセシリアに命じられてここにやってきたのだ。保護されたヴァルツの転生者から情報を聞き出せ、と。
俺を選んでくれたのは大正解だろう。シュタージの隊員が話を聞くよりも、前世の世界で仲の良かった親友が話を聞いた方が彼も話しやすいに違いない。
パンジャンドラム味のタンプルソーダを口へと運んだリョウを見つめながら、彼に問いかけた。
「ところで、ヴァルツ帝国軍について知っていることはないか?」
タンプルソーダの瓶をテーブルの上に置いたリョウが、こっちを見上げながら目を細める。もう少し雑談をして、強制収容所で暴行を受けた事を忘れさせてから問いかけるべきだったのではないかと後悔していると、彼は息を吐きながら細くなってしまった手でベッドの毛布をぎゅっと握りしめた。
「…………奴らは悪魔だ。人間以外の種族を虐殺し、人体実験に使っている」
「ああ、知っている。お前はそれをやめるように上官に直訴して、濡れ衣を着せられたんだな」
「そうだ………ヴァルツ帝国では、人間以外の種族に人権はない。街中で奴隷たちが売られているのが当たり前なんだよ、あの国では!」
前世の世界で、「上級生に虐められている友人を助けたい」と俺に相談してきた時も、彼はこうやって相談しながら憤っていた。
リョウはかなり正義感が強い。けれども、喧嘩で相手をボコボコにできるほどの力は持っていない。
だから、俺が彼の武力として機能していた。彼の正義感に俺も共感していたからこそ、彼に全力で力を貸していたのだ。
「あいつらは俺たちを”蛮族”って呼んでるらしいが、あいつらの方が野蛮だな。まだ奴隷の販売を行ってるのか」
「ああ。あんな野蛮な国、とっとと滅ぼすべきだ」
「分かってる。だから、俺たちはあいつらと戦ってる。………ヴァルツのクソ野郎共は、俺たちから”色々と奪い過ぎた”からな」
だから、あいつらから全てを奪う。
全てを奪って絶望させてやる。
「あいつらに協力させられていた頃からテンプル騎士団の話は聞いてたよ。君たちは種族や文化を差別することがない組織らしいね」
「そうだ」
「はははっ………ヴァルツでは、『勇者様こそが唯一の正義であり、他の思想は全て悪である』って子供たちに教育してる。でも、僕から見たらヴァルツの方が悪さ。正義の味方は君たちだよ」
「”正義の味方”か…………」
俺たちは正義の味方ではない。
ヴァルツと比べれば正しいとは言えるだろう。だが、テンプル騎士団の兵士たちの大半は正義感ではなく復讐心で戦っている。敵を惨殺する行為が正しいか否かというモラルは、もう兵士たちの眼中にはない。
かつて自分たちを虐げ、全てを奪った連中が命乞いをしていたとしても、お構いなしに機関銃でミンチにし、戦車の履帯で踏み潰す。負傷兵たちの列にも戦闘機が容赦なく機銃掃射をぶちかまし、身体中に包帯を巻き、手足を失って帰国した自分を見た家族は悲しむだろうと思っているヴァルツ兵たちをお構いなしに虐殺していく。
敵兵の生き残りを見逃しているのは海軍だけだ。
義手で頭を掻こうとしたその時、俺の義手を見たリョウが目を見開いた。
「り、リッキー………その腕…………!」
「――――――”勇者”に斬られた。両足もだ」
目を細めながら制服のズボンの裾を捲る。ボルトと漆黒のフレームを目にしたリョウは目を見開きながら凍り付いた。
「それに…………明日花も勇者や他の連中に殺されちまった」
「そんな…………あ、明日花ちゃんが…………!?」
リョウはよく俺たちの家に遊びに来ていたから、明日花とも仲が良かった。彼女にとっては”もう1人の兄”と言っても過言ではない存在だったらしい。
細くなってしまった両手で頭を抱えながら、彼は唇を噛み締めた。
「…………全部奪われたんだよ、あいつらに。だから俺は勇者共に復讐する」
「…………………リッキー、僕も力になるよ。何でも教えるし、回復したら騎士団のために何でもする。もう転生者じゃなくなっちゃったけど、僕にもできることはあるよね?」
「大歓迎だ。ボスには俺から話をしておく」
「ありがとう。…………それと、ヴァルツの連中はかなり焦ってる」
焦っている?
首を傾げると、リョウはメガネをかけ直しながら説明した。
「テンプル騎士団の”特殊部隊”に、春季攻勢の切り札になる転生者を何人も殺されて大きな損害を出しているんだ。このまま戦力を削られ続けたら、小規模な部隊しか春季攻勢に投入できなくなる」
なら、このまま続けるべきだな。
この世界大戦の最中に勇者に復讐するのは無理だろう。いくらテンプル騎士団の兵力が少しずつ大規模になりつつあるとはいえ、今すぐにヴァルツ本土へ侵攻するのは不可能だ。準備が整う前に春季攻勢が始まるのが関の山である。
そして、その春季攻勢が頓挫すればヴァルツは確実に降伏する。
降伏した後にヴァルツを攻撃しようとすれば、彼らの降伏を受け入れた連合国を敵に回す羽目になる。だから、ヴァルツを本格的に滅ぼして勇者を討ち取るのは”次の世界大戦”になるだろう。
―――――――第二次世界大戦。
世界大戦に敗北したヴァルツは、間違いなく再び世界大戦を起こす筈だ。その時に”敵国を撃滅する”という大義名分を使い、堂々と本土に侵攻してやればいい。
だから、この世界大戦は前哨戦だ。
「なるほど。では、あいつらにはもっと損害を出してもらおう」
「うん、それが有効だ。それと…………春季攻勢に投入する兵力を確保するために、占領したクレイデリア連邦から守備隊や国防軍の兵力もかなり本国に引き抜かれたみたい」
「ということは、今のクレイデリアはかなり手薄になってるな」
クレイデリア連邦は、かつて”カルガニスタン”と呼ばれていた砂漠に建国された多民族国家だ。テンプル騎士団が後ろ盾になり、世界中から保護してきた奴隷だった人々によって建国された民主主義国家であり、テンプル騎士団の本部であるタンプル搭もクレイデリア領内に存在する。
現在ではクレイデリア全土にヴァルツ軍が駐留しており、植民地と化しているという。
「攻め込むなら今が良いかも」
「…………ボスに報告してみよう」
春季攻勢に投入する戦力を確保するためにクレイデリアから守備隊や国防軍を引き抜いているのならば、今のテンプル騎士団だけでも奪還することはできるに違いない。クレイデリア連邦はテンプル騎士団の兵士たちにとっては祖国だ。祖国を奪還して再び帰る事ができれば、兵士たちの士気は一気に上がる筈だ。
それに、タンプル搭を奪還できればテンプル騎士団の戦力も爆発的に向上する。
ニヤリと笑いながら、持っていたツァーリボンバ味のタンプルソーダを口へと運んだ。
「―――――――ぶっ!?」
「!?」
な、何だこの炭酸飲料は!?
どういうわけなのか、ガソリンみたいな臭いがする。味はオレンジジュースのように甘いんだが、何故か後味が唐辛子をこれでもかというほど使っているのではないかと思ってしまうほど辛い。どうやって作ったんだろうか。
リョウに渡したパンジャンドラム味の方がまだまともだったらしく、彼は安堵しながら鈍色の液体が入っている瓶を口へと運んだ。
「じゃあ、俺はそろそろボスに報告に行ってくる。また来るからな」
「うん、待ってる」
ツァーリボンバ味のタンプルソーダを一気飲みしてから、空になった瓶を持って踵を返す。リョウの病室のドアを閉めてから、再び居住区がある方向へと向かって狭い通路を歩き出した。
今のクレイデリアは守備隊の数が少ないのか。
もしクレイデリアとタンプル搭の奪還に成功すれば、テンプル騎士団の士気は爆発的に上がるだろうし、ヴァルツ軍の士気は劇的に下がるだろう。これを報告したらセシリアは喜んでくれるに違いない。
戦争の女神は、俺たちの味方だ。




