お引越し命令
シリアスな話ばっかりだったので気分転換にどうぞ。まあ、多分すぐシリアスに戻るとは思いますけど(大粛清)
カバンの中に着替えやジェイコブから借りたラノベを放り込み、自室の中に私物が残っていないことを確認してから、キャメロットの居住区にある自分の部屋を後にする。ドアを閉めてからポケットの中にある鍵を取り出して鍵をかけ、踵を返して通路を進んでいく。
以前から義手だったおかげなのか、右手に装着されている新しい義手はもう痙攣しなくなった。指が長くなってしまったせいで変な掴み方をしてしまう事があるものの、もうちゃんと動かすことはできる。けれども義手となった左手は未だに痙攣するし、何の前触れもなく指が動かなくなってしまう事があるので、もう少しリハビリが必要になるだろう。
なので、訓練には参加しているが、まだ赤き雷雨には復帰していない。今は副隊長であるジェイコブが隊長代理を担当してくれている。
「お」
左手から急に力が抜けてしまったらしく、持っていたカバンが床に落下する。すぐに左手の義手を伸ばしてカバンを掴み、再び通路を歩き始める。
角度がかなり急なタラップを駆け上がってから、ちらりと窓の外を見る。キャメロットの周囲には無数のレニングラード級駆逐艦やスターリングラード級重巡洋艦が航行しており、巨大な輪形陣を形成している。キャメロットはその輪形陣の中心部を航行しており、輪形陣の先頭をジャック・ド・モレーが航行している。その後ろを航行するのは、ジャック・ド・モレー級戦艦の二番艦『ユーグ・ド・パイヤン』と十三番艦『ジルベール・オラル』だ。その後方をキャメロットが航行しており、キャメロットの後方をナタリア・ブラスベルグ級が航行している。
最近はセシリアのレベルが順調に上がったことでポイントが溜まってきた上に、かなりの数のホムンクルスがテンプル騎士団へ入隊したため、艦艇を増産するらしい。特に空母の数が少なすぎるため、ナタリア・ブラスベルグ級空母を最優先で増産するという。
確かに、艦載機を搭載できる数が少ない空母1隻だけで敵の機動艦隊と戦うのは不可能だからな。
ちなみに、テンプル騎士団の全盛期にはジャック・ド・モレー級戦艦が23隻も運用されていたという。そのうちの半分は後部甲板が大型のアングルドデッキになった航空戦艦で、対艦ミサイルを搭載した艦載機を出撃させる事が可能だったと言われている。全ての同型艦が健在であればテンプル騎士団海軍は更に強力な組織になっていたのは想像に難くない。
残念なことに、ジャック・ド・モレーの姉妹たちはタンプル搭からの脱出に失敗して自沈したり、無数のヴァルツ艦隊の追撃を食い止めるために次々に殿となって海の藻屑になってしまったと言われている。
だが、セシリアのレベルが上がれば同型艦や準同型艦が”再生産”されることになるだろう。再び23隻以上のジャック・ド・モレー級戦艦が就役し、他の艦艇も新型のイージス艦やフリゲートに更新されれば、テンプル騎士団海軍は列強国すべてを蹂躙できるほどの兵力を保有することになるというわけだ。
輪形陣の外側をロシア製の艦艇たちと共に航行するヴェールヌイを見つめてから、別のタラップを駆け上がる。通路を歩きながらポケットの中にあるメモ用紙を取り出し、そこに書かれているかなり単純な地図を見下ろしながら苦笑いした。
そう、俺は今日から別の部屋で生活することになったのだ。
左腕のリハビリをしていた時に、セシリアがやってきて命令書と鍵とこのメモ用紙を渡して行ったのである。命令書には利用している部屋を変更しろと書かれており、メモ用紙の方にはその部屋の番号と、非常に単純な地図が書かれていた。
部屋の番号だけでもいいのではないだろうかと思いつつ、通路の左右に並ぶドアの番号をチェックする。引っ越すように命じられた部屋の番号は110だ。
110と書かれたプレートを見つめつつ、メモ用紙をポケットの中へとぶち込む。鍵を開けようとしたが、どうやらもう既に鍵は開いているらしい。
なぜ部屋の鍵を渡したのだろうか。
首を傾げながらドアノブを捻り、部屋の中へと足を踏み入れる。
「ん?」
どういうわけか、この部屋には既に誰かが住んでいるようだった。
いたるところに、この部屋に住んでいる人の私物があるのだ。小さなテーブルの上にはウサギのぬいぐるみが置かれており、本棚の中にはジャンルがバラバラの本がずらりと並んでいる。ベッドの枕元には桜色の目覚まし時計とラジオが置かれていて、ベッドにはテンプル騎士団から支給される普通の枕ではなく、ピンク色の枕が置かれている。
この部屋に住んでる人は、九分九厘女性だ。
息を呑みながらテーブルの近くに置かれている洗濯物を見下ろす。畳まれた上着の上にはスカートが置かれていて、その上には黒い下着が置かれているのが分かる。
セシリアは俺を住ませる予定の部屋を間違えたのだろうか。
キャメロットの居住区にある部屋は基本的に1人部屋だ。非戦闘員に与えられる部屋の中には2人部屋や3人部屋もあるが、兵士に与えられるのは1人用のかなり狭い部屋である。
もちろん、この部屋は1人用だ。
痙攣している義手で冷や汗を拭い去り、窓際に置かれているベッドを見つめる。
「何でだよ」
拙いでしょ。
こんなに狭い部屋の中で女性と2人で過ごすのは拙い。第一、もう既に俺の私物を置くスペースは残っていないし、窓際に置かれているベッドは1人用だ。
セシリアに確認した方がいいかもしれないと思いつつ踵を返そうとしたその時、バタン、とドアが閉まる音が背後から聞こえてきた。この部屋に住んでいる女性が帰ってきたのだろうか。
変質者だと思われないだろうかと思いつつ、恐る恐る後ろを振り向く。部屋に戻ってきた女性は俺を見て唖然としているのか、絶叫する様子は全くない。
「おお、もう部屋に来るとはな」
「えっ?」
ドアの前に立っている黒髪の女性を見た俺は、目を見開く羽目になった。
そこに立っていたのは、漆黒の制服の上に祖先から受け継いだ転生者ハンターのコートを羽織り、腰に2本の刀を下げた凛とした美少女だったのである。頭にかぶっていた軍帽を壁に掛けた彼女は、腰に下げていた刀を鞘ごと外して壁に立てかけ、そのままベッドの上に腰を下ろして本棚のラノベへと手を伸ばした。
そう、部屋に戻ってきたのはテンプル騎士団団長のセシリア・ハヤカワさんだったのである。
「む? どうした?」
「あ、あの…………こっ、こ、ここって…………ボスの部屋?」
「うむ、私の部屋だぞ?」
第一関節から先が長くなった義手で頭を掻きながら、部屋の隅にカバンを下ろす。
確か、彼女の執務室には机の後ろにある観賞用の刀以外は、殆ど私物が置かれていなかった筈だ。それゆえに、セシリアの自室にもあまり私物は置かれていないのではないだろうかと思っていたんだが、部屋の中にはラノベが並んだ本棚やウサギのぬいぐるみが置かれている。
冷や汗を拭い去っていると、セシリアはウサギのぬいぐるみを抱きしめながらベッドの上で横になり、そのままラノベを読み始めた。
「あ、あの…………」
「む?」
「部屋を引っ越すように言われたんだが、別の部屋だよな? ここは1人部屋だし…………」
頭を掻きながら言うと、セシリアは読んでいたラノベ――――――『異世界で魔術師が禁術を使うとこうなる』というタイトルだ―――――――に栞を挟み、嬉しそうに微笑みながらこっちを振り向いた。
「いや、合ってるぞ? 今日からここがお前の部屋だ。くつろぐがいい」
「…………えっ?」
間違ってないの?
「ここ1人部屋なんですが」
「ベッドで2人寝れるだろう?」
え、俺もベッドで寝るの?
セシリアさん、一緒にベッドで寝るのは拙いと思いますよ。
義手で冷や汗を拭い去りつつ、再びベッドの上でラノベを読み始めたセシリアを見下ろす。彼女は他の種族よりも筋力が発達しているキメラなので、がっちりしたオークと腕相撲してもあっさり勝つ事ができるほどのパワーがあるんだが、オークやハーフエルフと比べると体格は非常にすらりとしている。
胸も結構大きい。超弩級戦艦である。
普段は凛としている強気な美少女と、1人用のベッドで密着して寝たらとんでもない事になる。ウラル副団長にバレたら間違いなく海に放り込まれるだろうし、憲兵に発見されたら粛清されてしまうかもしれない。
「ちなみに、俺が使ってた部屋は?」
「ああ、一昨日入隊したホムンクルスの新人が使う事になってるからもう帰れないぞ」
退路が無いだと………!?
なんてこった。これからこの1人用の部屋でセシリアと2人で生活しなきゃいけないってことか。しかも前まで使っていた部屋はもうホムンクルスの団員――――――十中八九女性だろう――――――が使っているから、あの部屋に戻る事は不可能だという。
というか、あの部屋を追い出されてこの部屋に連行された理由はその新入りに部屋を与えるためなのか?
読み終えたラノベを本棚に戻した彼女は、ベッドから起き上がって羽織っていた転生者ハンターのコートを壁に掛けた。微笑みながらこっちを振り向いたセシリアは、真っ白な手を伸ばして俺の左手を掴んでから目を細める。
移植されたばかりの義手は、まだ痙攣していた。
「…………また、失ってしまったのだな」
「…………ああ」
だが、これは復讐を果たすために差し出したのだ。
確かに、左腕まで切断してしまった事で、もう何かに触れてもそれの感触やぬくもりを感じる事ができなくなった。弾丸で撃ち抜かれたり、ナイフを突き立てられても痛みを感じられらくなった。
少しばかり、人間ではなくなった。
けれども、その左腕が復讐を妨げようとしたのだ。もし左腕を切断せずにコンテナの下から引っ張り出そうと足掻き続けていたら、セシリアはあのまま勇者と姉に嬲り殺しにされていたのは想像に難くない。
だから、腕を斬った。
「気にするな、ボス。こっちの腕の方が便利だぞ? 武器だって内蔵されてるし、いざとなれば盾に――――――」
「―――――――このたわけっ!!」
叫びながら、セシリアは漆黒の義手を握り締めた。
「私はお前が心配なのだ! 復讐するためだけに色々な物を失っていって………………人間ですらなくなろうとしている………」
「………………」
「私は………復讐を誓っていたとしても、お前には人間でいて欲しいのだ」
「ボス………」
人間であることの条件は何なのだろう?
涙を拭い去ってから、もう触れている物の温もりを感じる事ができなくなってしまった左腕をぎゅっと握りしめるセシリアを見つめながら考える。
血と骨と肉で構成された肉体を持っている事か? ならば、同じ肉体を持っているというのに、錬金術師の調整によって自我を剥奪されたホムンクルスたちも人間だと言えるのか?
それに、セシリアの言っていることは矛盾している。
お前にこそ気付いてほしいんだ、セシリア。
復讐を誓うという事は――――――人間ではなくなるという事を意味しているのだ。
相変わらずこの義手と義足は重い。
前まで使っていた義手や義足と比べるといくらかは軽量化されたらしいけど、正直に言うとあまり軽くなったようには思えない。右腕と左腕の重さが違うせいで常に左半身に体重を預けながら歩く必要がなくなったことは喜ばしい事だが、この義手と義足を含めた俺の体重はもう100kgを超えている。
当たり前だが、この重さのせいで泳ぐことはできない。実際にメルンブルッヘから撤退する際に泳ぐ事ができず、溺死する寸前だった。
武装が搭載されたのは嬉しい事だが、出来ればもっと軽量化してほしいものである。
溜息をつきながらシャワーで髪を濡らし、シャンプーへと手を伸ばす。
キャメロットにはフィオナ博士が開発したろ過装置が搭載されている。船体の周囲の海水をろ過して真水をいくらでも作り出すことが可能なので、キャメロットではいくらでも真水を使う事ができるのだ。シャワーを出しっ放しにしていても咎められることがない。
このろ過装置はキャメロットにしか搭載されていない。コストが非常に高い上に、キャメロットは乗組員だけではなく民間人も収容しているため、居住性も優先して設計されているのだ。
シャンプーをお湯で流し、近くにあるタオルで髪を拭きながら石鹸へと手を伸ばす。
すると、後ろの方からシャワールームのドアが開く音が聞こえてきた。
キャメロットの居住区にある部屋には小さなキッチンがあるが、シャワールームはないため、居住区にあるシャワールームを使わなければならない。
シャワーを浴びている最中に他の団員がタオルを持ってやってくるのは珍しい事ではない。よくシャワーを浴びながら分隊長の愚痴や戦果の自慢話をするのが日常茶飯事だ。
どこの部隊の奴なんだろうと思いながら後ろを振り向いた俺は、義手で石鹸を握ったまま凍り付いた。
「座るがいい、力也。この私が背中を流してやろう」
「…………えっ?」
何でセシリアさんがいらっしゃるの?
今はまだ男性が使っていてもいい時間帯の筈だ。女性がシャワールームを使用可能になるまでは2時間以上ある筈である。なのに、何でおっぱいの大きな我が騎士団の総大将はバスタオルを身体に巻いて堂々とシャワールームに入ってきているんでしょうか。
「ボス、今はまだ男性の――――――」
「心配するな。団長の権限で貸し切りにしておいた」
「何やってんの」
テンプル騎士団の団長の権限って、強行採決や権力の悪用を防ぐためにそれほど強くは無い筈なんだけど、何でシャワールームを貸し切りにする許可が下りてしまったんでしょうか。
許可した奴誰?
凍り付いている間に、セシリアは持っていたタオルをお湯で濡らし始めた。楽しそうに笑いながらタオルを石鹸で泡だらけにしていったセシリアは、そのタオルを持ったまま俺の後ろへと回り込む。
「ほら、早く座れ♪」
「まっ、待って! 自分で洗いますから! というか17歳の男女が一緒にシャワー浴びるのはマジでヤバいんですって!!」
距離をとろうとしたが、既に俺を逃がさないように彼女の尻尾が腰に巻き付いていた。そのまま強引に座らせてから、彼女は背中を洗い始める。
セシリアは転生者の能力も兼ね備えたキメラなので、力比べでは絶対に勝てない。腕相撲したら義手を粉砕されるだろうし、彼女に本気でぶん殴られたら頭蓋骨が割れてしまう。
「お前の背中、傷だらけではないか」
「えっ? ああ、それは向こうの世界にいた頃の傷だよ」
前世の世界では、明日花を守るために上級生と喧嘩をするのは日常茶飯事だった。鉄パイプや金属バットでぶん殴られたこともあるし、カッターで腕を切られたこともある。なので、身体中に古傷が残っているのだ。
この世界のエリクサーでは、前世の世界の古傷を消すことはできないらしい。
「…………妹を必死に守り続けたのだな、お前は」
「…………ああ」
妹を大切にしていたからこそ、妹を殺した連中が憎くてたまらない。
すると、背中を洗ってくれていたセシリアがぴたりと手を止めた。泡だらけになった背中の古傷を何度か指でなぞった彼女は、胸板の方へと両手を回し、そのまま後ろからしがみついてくる。
あたりまえだけど、そんなことしたら胸が背中に当たります。
心の中で肥大化しつつあった憎しみが、セシリアさんのおっぱいに呆気なく惨敗した。
シャンプーを終えたばかりの頭から冷や汗が流れ落ちてくる。いつまで抱き着いているつもりなんだろうかと思っていると、セシリアはゆっくりと手を離してくれた。もう背中は洗い終えている筈なので、後は自分で前の方を洗うとしよう。
「――――――あ、次は前だな」
「前はマジでヤバいって!!」
さすがに息子は拙いから!
「というか、何で身体洗おうと思ったんだよ!?」
「む? お前が私のお気に入りだからに決まってるではないか」
「…………」
マジすか。
「それに、今のお前は左腕があまり動かないらしいからな。特別にこの私がお前を介護してやる。感謝するがいい」
「あ、ありがとう、ボス」
彼女に気に入ってもらえているのは喜ばしい事だ。
けれどもさすがに前を洗ってもらうのは拙いので、前だけは自分で洗わせてもらう事にした。




