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死者の魂が望む事


 配管やケーブルが剥き出しになっている天井を見上げていると、近くへとやってきた白髪の女性がこっちを覗き込んだ。身に纏っているのは白衣だが、その下に身に着けているのはオレンジ色のツナギである。整備兵なのか、研究者なのかよく分からない服装だ。自分はどちらもできるという証明なのだろうか。


 傍らにやってきたフィオナ博士は、工具箱の蓋を開けてラチェットやスパナを取り出し始めた。脇に抱えていた漆黒の義手を机の上に置いて金属製のカバーを外し、中に収まっている部品をチェックしていく。


 強烈なオイルの臭いを嗅ぎながら、彼女に尋ねた。


「博士、メルンブルッヘは………?」


「作戦は大成功だそうですよ」


 爆発ボルトを義手に装着しながら博士は答えた。


「捕虜を救出することはできませんでしたが、最優先目標の救出には成功しましたし、敵軍の艦艇にも損害を与える事ができました。大成功と言っても問題はないでしょうね」


 無事にリョウを救出する事ができたか………。


 目を瞑りながら息を吐く。


 リョウは前世の世界の親友だ。よく一緒にゲームで遊んだし、テスト前には仲のいい友達たちを呼んで一緒にテスト勉強をした。


 それにしても、なぜあいつまでこっちの世界に連れて来られていたのだろうか。


 この世界に転生したばかりの時の事を思い出す。あの部屋の中には転生したクラスメイト達もいたけれど、確かあの中にリョウはいなかった。彼は俺たちよりも遅れてこっちの世界へとやってきたという事なのだろうか。


 煉獄の鉄杭(スタウロス)をぶっ放したせいで破損した右腕の断面に、博士がコネクターを接続してから予備の義手を装着し始める。義足の方はあまり損傷していなかった筈なのだが、ちらりと両足の方を見てみるとどういうわけか義足まで取り外されていた。


 倉庫の中で左腕を切断した時の事を思い出した俺は、ぎょっとしながら自分の左腕の方を見る。案の定、左腕は肘から先が無くなっていて、断面は皮膚でしっかりと塞がっていた。博士はまだ左腕用の義手を製造していないらしく、断面にコネクターは見当たらない。


「まあ、君は左腕を失う”大損害”を被ったようですが」


「申し訳ない」


「ふふっ、気にしないでください。今の技術ならすぐに義手や義足を作れますから。手足が無くなったのなら、私が代わりの手足をプレゼントします」


 楽しそうに言いながら、博士は隣にあるテーブルの方へと向かった。既にそのテーブルの上にはまだ未完成の義手が置かれており、周囲には小さな金属性の部品が転がっている。金属製のカバーが装着されていないせいで、内部に内蔵されている小型のケーブルや人工筋肉があらわになっていた。


 指の位置が右手の指の位置と異なるため、左腕用の義手だという事が分かる。既に指の部分は完成しているようだが、どういうわけか指の第一関節から先がやけに長くなっている。


 なぜ指が長くなっているんだろうかと思いながら、既に右腕の断面にコネクターを接続されている右の義手をちらりと見た。こっちの義手には煉獄の鉄杭(スタウロス)のみが搭載されている筈なのだが、どうやら博士は設計を変更したらしく、よく見ると右腕の義手の指も第一関節から先が長くなっていた。


 新しい武器でも搭載したのだろうかと思いつつ、勇者と戦った時の事を思い出す。


 あいつも他の転生者と同じように、転生者の能力に頼り切っている典型的な転生者だった。あの能力さえなければ、戦闘訓練を殆ど受けていない常人と同じだろう。


 だが、奴が頼っている能力が強大過ぎる。どれだけ訓練や実戦を経験して技術を底上げして対抗しようとしても、あいつの強力な能力で蹂躙されてしまうのだ。


 煉獄の鉄杭(スタウロス)さえ命中すれば確実に勝てるのだが、あいつはレベルの高い転生者であるのに対し、こっちは初期ステータスのままの転生者だ。


 くそったれ、勝ち目がない。


 別の力で補わなければ、あいつには勝てない。


 明日花の仇をとれない。


 何を対価にすればいい?


 目を細めながら、博士の研究室の中にあるベッドの上で横になっている自分の身体を見下ろす。もう両腕と両足はなくなった。両手はもう触った物の感触や温もりを感じることはないし、両足はもう地面を踏みしめている感覚を感じることはない。


 いや、まだ両腕と両足”しか”失っていないではないか。


 まだ差し出せるものは残っている。


「――――――博士」


「何です?」


 傍らに置いたラジオから流れてくる音楽を聴きながら作業していた博士は、未完成の義手に素早く部品を取り付けながら答えた。


「義手だけじゃ足りない。………身体の他の部分も、機械に変えて欲しい」


「…………あなた、正気ですか?」


 ぴたりと作業を止めた博士は、目を見開きながらこっちを振り向いた。


 正気の沙汰とは思えないかもしれない。両手両足を失っているというのに、他の部分も機械の部品に交換してくれと言い出したのだから。


 当たり前だが、人間の肉体よりも機械の方が戦闘には向いている。弾丸で撃ち抜かれても痛みを感じることはないし、味方の兵士の無残な死体を目にしたとしても精神を病むことがないのだ。だが、肉体を機械の部品に交換すればするほど、俺は人間ではなくなっていく。


 工具を持ったまま、博士はゆっくりとベッドの近くへとやってくる。手袋を外した彼女は、オイルの臭いがする真っ白な手で俺の頬に触れた。


「そんなに復讐を果たしたいのですね」


「ああ」


 俺が生き延びたのは、明日花の仇をとるためだ。彼女を絶望させて殺した連中を全員地獄に落とすために、この世界に取り残された亡霊だ。


 だから、復讐を果たす前に死ぬことは許されない。復讐を果たす事ができるというのであれば、全ての内臓を機械の部品に取り換えてしまっても構わない。


 首を縦に振ると、博士はニヤリと笑った。


「…………いいでしょう」


 ベッドの上へと登り、両腕と両足がない状態の俺の身体の上に圧し掛かる博士。右手に持っていた工具を放り投げてから手袋をとった彼女は、両手で俺の頬に触れながら楽しそうに笑う。


「あなたの狂気、とっても気に入りました」


「感謝する」


 狂っていても構わない。


 絶望して狂わない奴の方がおかしいのだ。












 キャメロット艦内には、無数のホムンクルスたちを生み出すことが可能な製造装置が所狭しと並んでいる”製造区画”と呼ばれる区画がある。オリジナルとなったタクヤ・ハヤカワの細胞を培養して作り上げた小さな肉片を培養液の中で成長させることで、ホムンクルスの赤子を製造し、その子供たちを育て上げて兵士にするのだ。


 培養液が排出され、ガラスの柱がゆっくりと開いていく。近くで待機していた錬金術師――――――彼女たちもナタリア・ブラスベルグのホムンクルスだ――――――が赤子の小さな身体にへその緒の代わりに接続されていたケーブルを取り外し、赤子をタオルでそっと包み込んでから、泣き始めたホムンクルスの赤ん坊を大人になった別のホムンクルスへと渡す。


 オリジナルとなった人間の細胞を装置で培養して作り出すため、ホムンクルスたちには”親”という概念が存在しない。それゆえに、ホムンクルスはちゃんとした親から生まれてくる普通の赤子を羨ましがるという。


 とはいっても、現在のホムンクルスは生殖能力があるので、普通の人間のように結婚して子供を作ることも可能だ。


 泣き叫ぶ赤ん坊を微笑みながら抱きしめるホムンクルスたちをキャットウォークから見下ろしていた私は、目を細めながら目の前にある巨大な装置を見上げた。


 本来であればホムンクルスの赤子を作り出すための装置の内の1つに、違う色の培養液が注入されている。通常の培養液は蒼なのだが、ガラスの柱の中を満たしている培養液の色はオレンジ色だった。その培養液の中に浮かんでいるのは、両手と両足に手枷と足枷を取り付けられ、口元に酸素マスクを装着された黒髪の女性だった。


 メルンブルッヘ襲撃の際に鹵獲した、私の姉(サクヤ姉さん)である。


 装置の周囲では、テンプル騎士団創設時に参謀総長を務めていたナタリア・ブラスベルグのホムンクルスたちが装置の周囲にある魔法陣に表示されるデータをチェックしたり、手帳にメモをしながら、装置の中に浮かんでいる姉さんを見上げている。


 ホムンクルスの製造をナタリア・ブラスベルグのホムンクルスたちが担当している理由は、彼女たちのオリジナルとなったナタリア・ブラスベルグが、テンプル騎士団の中で最も優秀な錬金術師だったからだ。一説によると、彼女はあの伝説の『メサイアの天秤』をヴィクター・フランケンシュタインと共に作り上げた助手の子孫だと言われている。


「同志団長、やはり彼女の肉体は再構築されたものでした」


 解析を終えたのか、ナタリアのホムンクルスが私に報告した。


「遺伝子はサクヤ・ハヤカワ様の遺伝子と一致していますが、いたるところに調整を施そうとした形跡があります。2割は成功したようですが、残りの8割は大失敗です。ヴァルツにはまともな錬金術師がいないようですね」


「姉さんの魂を縛っているのは、その2割の調整か」


「ええ」


 メルンブルッヘでの戦闘中に、勇者は言った。『あの世からこの女の魂を呼び戻した』と。


 製造したホムンクルスに、他人の記憶を移植する事は不可能である。そのため、完全にその人間を再現するには、オリジナルの魂をあの世から呼び直してホムンクルスの肉体に封じ込めなければならない。


 だが、そのような魔術は安らかに眠っている死者の魂に苦痛を与えるため、世界中の宗教では禁忌とされている。魂を呼び戻す魔術に関する教本は大半が焼かれたし、そのような魔術を継承しようとする魔術師は大昔に異端者として処刑されたため、このような魔術はほぼ廃れた状態と言ってもいいだろう。


 勇者はその禁忌を無視し、私の姉さんの魂をあの世から強引に呼び戻したのだ。しかも、その魂をホムンクルスの肉体に封じ込めた上に、調整を施してテンプル騎士団と戦うように命令していたのである。


「それを解除することは可能か?」


「不可能ではありませんが、時間がかかります」


「解除すれば、姉さんは元通りになるのか?」


「ええ。魂が肉体にすっかり馴染んでいるので、解除した瞬間に魂が成仏することはないかと。ですが…………」


「なんだ?」


「…………モラルの話になりますが、サクヤ様がホムンクルスの肉体で生き続けることを望んでいるかどうかは分かりません」


「…………そうか」


 姉さんは死人だ。


 生き残った人間の大半は、死んでしまった大切な人を生き返らせようとするに違いない。だが、無残に殺されたその大切な人は、再び生き返って一緒に暮らすことを望むのだろうか。それとも、あの世で安らかに眠ることを望むのだろうか。


 もし、姉さんがあのホムンクルスの身体で生きることを望むというのであれば、私は彼女にたくさん恩返しをするつもりだし、出来ることであれば一緒にヴァルツ帝国と戦ってほしいと思っている。


 だが、ホムンクルスの肉体で生き続けることが姉さんにとって苦痛になるというのであれば―――――――解放してあげるしかない。


「覚悟は決めておく。とりあえず、作業を進め―――――――」


「―――――――主任、被験体の心拍数が急上昇しています!」


「なんですって?」


 作業していたホムンクルスの報告を聞きながら、ガラスの柱の中で眠っている姉さんを見上げた。オレンジ色の培養液の中で目を見開いた姉さんは、周囲を見渡してから目を見開くと、両腕と両足を拘束している手枷や足枷を引き千切るために暴れ始めた。真っ白な手足が黒い外殻に覆われていき、手枷と足枷が培養液の中で軋む音を立てる。


 装置の周囲に浮遊している魔法陣の色が、次々に緑から赤へと変わっていった。魔力の反応を意味するグラフが一番上まで達し、魔法陣に警告が表示される。


『セシ………リ…………………ア…………』


「サクヤ姉さん…………」


「鎮静剤を緊急注入! 注入弁を開けて、装置への魔力伝達を緊急停止!」


「了解、鎮静剤注入開始!」


「魔力伝達、停止を確認」


 装置の上部にある配管から、真っ白な液体が溢れ出した。まるでコーヒーの中に放り込まれたミルクのようにオレンジ色の培養液を侵食した白い液体が、じたばたと暴れる姉さんの身体をゆっくりと包み込んでいく。


「鎮静剤、注入完了」


「被験体の心拍数、徐々に低下しています。現在、安全レベル」


 装置の中で暴れていた姉さんが、ぴたりと暴れるのを止めた。真っ赤に染まっていた魔法陣たちが緑色に戻っていき、一番上まで達していたグラフも元の高さへと戻っていった。


「…………では、我々は調整の解除を試みます。成功したら連絡いたしますので」


「よろしく頼む」


 ホムンクルスの主任にそう言ってから、私は踵を返した。













「無事に完成したようですね」


 嬉しそうに言いながら、車椅子に乗った銀髪の美女がこっちを覗き込む。彼女はフィオナ博士とは違って白衣に身を包んでおり、その下にツナギは着ていないので研究者だという事がすぐに分かる。


 美しい銀色の長い頭髪―――――――立ち上がれば毛先が太腿に当たるほど長い―――――――の毛先は桜色に染まっており、白銀と桜色のグラデーションとなっている。体格はすらりとしていて、白衣の袖から覗く手も真っ白だ。非常に美しい女性と言っても過言ではないが、薬指にはめられている銀色の結婚指輪が、彼女はもう愛おしい人だけの女になったという事を告げている。


 テンプル騎士団に所属するもう1人の天才技術者のステラ博士だ。テンプル騎士団創設時――――――つまり100年以上前である―――――――からずっと生きているサキュバスの女性である。


 サキュバスとは言っても、前世の世界の伝承のサキュバスとこの世界のサキュバスは全く異なる。この世界のサキュバスたちは人類の一種という事になっており、自分の体内で魔力を生成する事ができないため、他の生物から魔力を吸収しなければ生きていく事ができないのだ。


 そのため、大昔は人々から”魔女”と呼ばれて迫害され、ステラ博士以外は皆殺しにされて絶滅しかけたという。


「気分はどうですか? 幼女に腹パンをぶちかますのが日課のリョナ河さん」


「博士、その呼び方やめて」


「手足に力は入りますか? 幼女を殴って興奮するのが趣味のロリ河さん」


「博士、それじゃ俺が幼女みたいになってます」


 どんだけ根に持ってんだよ。つーか、俺の前任者(リキヤ)は何をやってんだ。


 苦笑いしながら、ベッドに横になったまま両腕を動かしてみる。まだ新しい義手は痙攣するものの、それなりに動かすことはできるようだ。


「動作不良はなさそうです、フィオナ博士」


「それはよかった。ステラ博士が余計な代物を搭載しなければもっと短期間で素晴らしい義手と義足が出来上がってたんですが」


「それはフィオナ博士がしっかりと設計していないからでは?」


「あらあら、そんな事はありませんよぉ。というか、設計に合わせた装備も用意できないんですか? やっとCカップになったステラ博士は」


「ああ、失礼しました。ホムンクルスの技術でEカップの大きなおっぱいを手に入れたフィオナ博士だったら、あれを搭載できるような設計をしていると思ったものですから」


 お願いだから喧嘩しないで。


 言い合いを始める2人の声を聞きながら、第一関節から先が長くなった義手の指で頭を掻く。


 テンプル騎士団の技術が列強国よりも高い理由は、積極的に未知の技術や古代文明の技術を解析して転用したことと、2人の天才技術者が所属している事と言っていいだろう。


 フィオナ博士は、大昔の産業革命を引き起こす原因となった天才技術者である。テンプル騎士団艦隊に所属する艦艇だけでなく、世界中の艦艇の動力機関として採用されているフィオナ機関を設計したのは彼女なのだ。しかも、彼女の特許はもう既に7桁を超えているらしい。


 それに対し、ステラ博士は魔力と古代文明に関する技術を得意とする天才技術者である。2人の頭脳と技術力は互角と言ってもいいし、頻繁に共同開発を行う事もあるらしいんだが、得意分野が違う上にあまりな仲が良くないらしく、共同開発を始めると90%の確率で頓挫するらしい。


 つまり、左腕の義手や新しい機械の部品は頓挫せずに完成した稀有な代物というわけだ。


「ふふふっ、ステラ博士もホムンクルスの技術を使っておっぱいを大きくすればいいのに。まだCカップなんでしょう?」


「あらあら、フィオナ博士はそんな技術を使わずに大きくなったおっぱいと、人工的に大きくさせられたおっぱいの価値の違いも分からないんですね?」


 お互いの胸を触りながら喧嘩を始めた博士たちを止めるべきかもしれないけど、リハビリすらしていない状態なので手足が動きません。別に胸を触り合う美女たちを眺めていたいというわけではないんですけど、2人を止める事ができないので俺はこのままベッドに横になっていようと思います。


 左腕の義手の外見は、右腕の義手とあまり変わらない。けれども右腕に内蔵されている煉獄の鉄杭(スタウロス)は搭載されておらず、代わりにより大出力のフィオナ機関が埋め込まれている。これを使えば強力な魔術が使えるようになるらしいが、対応している属性は炎属性のみらしい。


 手のひらに埋め込まれている緋色のレンズを眺めながら、指に力を込める。次の瞬間、やけに長くなっている指の第一関節から先の部分に折り畳まれていたナイフが展開し、漆黒の刀身があらわになる。


 そう、第一関節から先がやけに長くなっていた理由は、ここに折り畳み式のナイフを内蔵していたからだ。延長された第一関節から先の部分から展開するので、リーチはそれなりにある。白兵戦だけでなく、隠密行動中も有効活用できそうだ。


 まるで鉤爪みたいだな。


 ちなみに、右腕の指にも同じデザインの折り畳み式ナイフが内蔵されている。


 義足も新しい義足に換装されている。まだ足を上げられるほど力が入らないのでチェックできないが、この義足にも脹脛の部分にカバーが取り付けられており、その中に近接戦闘用のブレードが収納されている。


 指から展開しているナイフを収納し、痙攣する手を腰の後ろへと伸ばす。


 そこから伸びているのは、真っ黒なゴムに覆われた尻尾だった。まるでキメラやホムンクルスたちのように、腰の後ろから機械の尻尾が伸びているのである。


 先端部には、義手に搭載されている指と同じデザインの第一関節から先が延長された指が3本ほど搭載されており、同じく折り畳み式のナイフが内蔵されている。それで敵兵を切り裂くこともできるし、尻尾で銃を掴んで撃ったり、代わりにマガジンを交換することもできるというわけだ。


 3本の指が生えている尻尾の中央には、伸縮式の注射器のような針が覗いている。尻尾の中に毒や薬品を充填しておくことで、尻尾で拘束した敵に毒を注入する事ができるという。戦闘の時よりも捕虜の拷問に役立ちそうだ。


 ちなみに、この尻尾は”3本目の腕”として機能させるために搭載させたものではなく、脊髄や神経を強化したり、背骨を敵の攻撃から保護するための代物だったという。そのため、腰の後ろから伸びている尻尾の根元は骨盤や背骨と合流しており、そのままうなじの辺りまで伸びている。


 溜息をつきながら、ちらりと自分の胸板を見下ろす。訓練を受けたことでがっちりとした胸筋に覆われている胸板の左側には金属製の部品が埋め込まれていて、その中心部からは手榴弾の安全ピンにも似た代物が取り付けられているのが分かる。


 物騒だが、傍から見れば自爆装置みたいだ。


 これは”もう一つの切り札”の起動スイッチだ。煉獄の鉄杭(スタウロス)と同じくかなりリスクが大きいので、簡単に起動できる代物ではないが。


 義手を自分の前頭部へと伸ばす。胸板に埋め込まれた切り札を使うために、ここにも機械の部品が搭載されている。


 義手の指に当たったのは――――――頭髪の中から伸びた、2本の角だ。


 そう、前頭部からまるで日本刀の切っ先を思わせる形状の短い角が2本ほど突き出ているのである。キメラの頭部にもダガーの刀身のような角が生えているが、彼女たちの角は頭蓋骨の一部が変異して頭皮から突き出たものだ。それに対し、俺の角は脳に搭載された装置から伸びている。


 今の俺の姿は、キメラに近いと言ってもいいだろう。


 まるで機械で再現されたキメラのようだが、お互いの胸を触り合いながら喧嘩している2人のマッドサイエンティスト曰く『分類するならまだ人間』らしい。


 まだ人間なのか、俺は。


 角と尻尾が生えた化け物になっても、まだ人間だというのか。


 ならば、何なのだ?


 人間であるための定義は、何なのだ?






元ネタ解説『ゼーブルッヘ襲撃』


ゼーブルッヘ襲撃は、第一次世界大戦中でイギリス軍とドイツ軍が繰り広げた戦いです。ドイツ軍の軍港を破壊するためにイギリス軍が攻撃を仕掛けましたが、ドイツ軍に大きな損害を与えることはできず、イギリス軍は撤退する羽目になってしまいました。

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