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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第一章 産声をあげる復讐者
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鋼鉄の手足と幻肢痛


「おい、大丈夫か?」


「はぁっ、はぁっ………」


 全く温かくなくなってしまった義手(右腕)で頭を押さえながら、ゆっくりと顔を上げる。呼吸を整えながら左手で持っている端末を見下ろしていると、傍らにいたセシリアが顔を覗き込んできた。


 先ほどフラッシュバックした光景は何だったのだろうか。


 一番最初にフラッシュバックした時に姿を現した蒼い髪の少女の事を思い出した途端、またしても鎧に身を包み、腰に剣を下げた蒼い髪の少女の姿がフラッシュバックした。


「エミ………リア………………?」


 知らない少女の名前である。


 そのフラッシュバックした少女の姿が、顔を覗き込んでいるセシリアと重なる。よく見るとその少女とセシリアの顔つきは非常にそっくりだった。髪の色は全く違うし、彼女に角や尻尾は生えていない筈なんだけれど、纏っている雰囲気や顔の輪郭は瓜二つとしか言いようがない。


 彼女とセシリアが似ていることに気付いた瞬間、反射的に彼女の肩へと手を伸ばしていた。肩を掴まれたセシリアが困惑すると同時に、まるで恋人と久しぶりに出会う事ができたかのような気持ちが、心の中に生れ落ちる。


「エミリア………エミリアだよな………!?」


「ど、どうしたのだ? 私はエミリアではないぞ?」


「エミリア、どうしてこんなところに? シンヤやギュンターたちはどこだ? みんな先にネイリンゲンに………………」


 ネイリンゲン?


 どうして全く知らない地名を言ったのだろうか。


 彼女の名前はセシリア・ハヤカワだというのに、どうしてエミリアと言ってしまったのか。


 頭の中を誰かに乗っ取られたのだろうかと思っていると、俺がセシリアの事を”エミリア”と呼んだのを聞いていたフィオナ博士が、腕を組みながら仮設を組み上げる。


「………おそらく、端末を再起動したことによって”前の持ち主(前任者)”の記憶が頭にダウンロードされてしまったのかもしれません」


「前任者………?」


 かつて、この端末を使って戦っていた前任者。セシリアたちが生まれてくるよりも前に、この端末で武器を作り出して戦い、伝説の吸血鬼と相討ちになって戦死した男。


 何度もフラッシュバックした見覚えのない光景は、セシリアの先祖の記憶だとでも言うのだろうか。では、あの蒼い髪の少女はセシリアの先祖の1人に違いない。瞳の色や髪の色は全く違ったけれど、身に纏っている雰囲気や顔の輪郭はそっくりだった。


 セシリアの先祖は、あんな美少女と結婚した幸せ者だったらしい。


「リキヤ・ハヤカワの記憶………」


「博士、前の持ち主の記憶がダウンロードされることはあるのか?」


「いえ………端末の再起動は全く前例がありません。ただ、教えていないにもかかわらず、リキヤさんの奥さんの名前を言い当てたということは、あの人の記憶まで受け継いでしまった可能性はあります」


「うむ………銃の使い方は?」


 銃の使い方ならば、分かる。


 この端末を再起動する前までであれば、前世の世界で自分で調べたことのある銃ならば、どうやって安全装置セーフティを解除してぶっ放すのかは理解していた。その武器の使用する弾薬や破壊力も知っているから、実際に射撃訓練をして確認するだけで使いこなす事ができたかもしれない。


 けれども、今は調べたことのない銃の使い方や性能も分かるし、それをぶっ放した時の感覚も分かる。今のところは一度も銃を撃ったことがないというのに、まるで何年も戦場で敵兵と戦い、銃を撃ち続けてきたベテランの兵士が戦場で戦っていた時の事を思い出すかのように、銃の性能や特徴を思い出す事ができるのである。


 実際に、これはベテランの記憶なのだろう。


 速河力也というベテランの兵士の記憶。


 この記憶があるのならば、銃と弾薬を渡されるだけで敵兵と戦えるに違いない。


「端末だけでなく、記憶まで受け継いでしまうとはな………」


「訓練する手間が省けましたね、団長」


「ああ。だが、なぜ私をご先祖様と間違えてしまったのだ? 私の事は知っている筈だろう?」


 どうしてセシリアの事をエミリアと間違えてしまったのだろうか。確かに彼女は祖先であるエミリアに瓜二つだけど、髪の色は全く違うしエミリアは普通の人間だ。セシリアのように角や尻尾は生えていないので、すぐに見分ける事ができる。


「………分かりません。端末の強引な再起動が原因だとは思いますが」


「戦闘中に発生しないか祈りたいところだな」


「ああ、全くだ」


 戦闘中に発生してしまったら、敵兵に頭を撃ち抜かれる羽目になるからな。


 俺は死んでしまっても構わない。ただ、妹を殺したクソ野郎共を皆殺しにする前に死ぬつもりはない。復讐を終えた後であれば、どんなに無残な死に方でも受け入れるつもりだが、それを果たす前に死ぬわけにはいかないのだ。


 無残に殺された妹を殺した奴らを、無残に殺すまでは。


 そのために蘇ったのだ。右腕と両足の代わりに機械の手足を付け、大昔に戦死した男から端末を受け継いだのだから。


 きっと帝国軍の連中は、俺は強制収容所の襲撃で命を落としたと思い込んでいるに違いない。妹を殺した挙句、俺が死んだと思い込んでニヤニヤしているクソ野郎共の事を思い浮かべると、猛烈な憎悪が産声をあげる。


 だが、奴らはこれから死んだ筈の男によって葬られるのだ。


 戦場のど真ん中で、強制収容所で命を落とした筈の男の顔を目の当たりにしたら、あいつらは慌てふためくに違いない。


 そう思いながら端末の画面を見下ろすと、画面にはメッセージが表示されていた。


《データの破損を確認》


「………ん?」


 ぎょっとしながら画面をタッチする。


 データの破損とはどういうことなのだろうか。前の持ち主のデータが壊れているという事なのだろうか。それとも、この端末のデータそのものがぶっ壊れているという事なのだろうか。


 この端末を使っていた力也が活躍していたのは150年以上前だという。普通ならばデータどころか端末そのものがぶっ壊れていてもおかしくないほど大昔だ。


 この端末は使えるのだろうか。端末が機能するというのであれば、俺は再び転生者に戻る事ができる。この不思議な端末を使って様々な武器を生産したり、レベルが上がる度に強化されるステータスをフル活用して、クソ野郎共に復讐できるのである。


《レベル、ポイント、ステータスに関するデータの破損を確認。武器、兵器に関するデータにも破損を確認しました》


 いつの間にか画面に表示された日本語のメッセージを目にした瞬間、俺は凍り付いた。


 破損していたのは、この端末の機能の大半だったからだ。この端末は転生者に与えられる代物で、これを使えば強力なステータスによって身体能力を大幅に強化される。しかもレベルアップする際に手に入るポイントを使えば、特殊能力や武器を自由に生産して装備する事ができるようになるのである。


 だが、端末のメッセージが告げたのは、久しぶりに再起動された端末の機能の大半が、とっくの昔にぶっ壊れて使い物にならなくなっていたという事だった。


「データが壊れている………」


「博士………」


「………待ってください」


 真っ白な手を画面へと伸ばすフィオナ博士。端末の画面に表示されているのは日本語の筈だが、彼女たちには画面の文字が自分たちの母語に見えているのだろうか。まるで自分たちがいつも使っている母語で書かれれいるかのように、フィオナ博士は画面を覗き込みながら頷く。


「残念ですが、確かにデータが壊れているようです」


 ふざけるな。


 復讐するための力が壊れていただと?


「…………ですが、この端末にはデータ修復プログラムがある筈ですし、私もある程度ならばこの端末を改造できます」


「なに?」


 端末を改造できるだと?


 ぎょっとしながら博士の顔を見上げると、彼女は真っ白な前髪から覗くピンク色の瞳の片方を閉じ、至近距離でウインクする。彼女は美女としか言いようがない顔つきだけど、どういうわけなのか全くドキリとしなかった。


 心の中にある復讐心が、そういう感情を食い尽くしてしまったせいなのだろうか。標的を無残に殺すために、それ以外の感情を無意識のうちにオミットしてしまったに違いない。


 フィオナ博士はセシリアにもウインクすると、胸を張ってから説明を始めた。


「力也さんやタクヤくんたちが何人も転生者を殺してましたからね。いくつか端末を鹵獲して、50年間くらい分解したり解析を試みてたんです」


 だから解析に成功したのかと思ったが、その答えが産声をあげると同時に強烈な疑問も産声をあげる。50年間も研究していたのであれば、老いていても不思議ではない。けれども、オレンジ色のツナギと白衣に身を包んだフィオナ博士は20代前半くらいの年齢にしか見えないのである。


 彼女の種族は寿命が長いのだろうか?


「少しだけ、私が修復を試みます。端末を借りてもいいでしょうか?」


「頼む、博士」


 破損しているデータを修復してくれれば、この端末を使えるようになる筈だ。


 彼女に傷だらけの端末を手渡すと、腕を組みながらデータが破損していた端末を見つめていたセシリアが目を細める。


「博士、彼も投入するつもりなら急いで貰いたい。2時間後には、私は第6軍と共にウェーダンへ向かう」


「ウェーダン?」


 どこなのだろうか。


 この異世界の世界地図は、前世の世界で何度も目にした世界地図にそっくりである。ロシアがあった辺りには”オルトバルカ連合王国”と呼ばれる大国があり、すぐ近くには”ジャングオ民国”という国がある。ジャングオの東部には海が広がっており、その海の向こうには”倭国わこく”という島国があるという。


 オルトバルカがロシアで、ジャングオが中国と言ってもいいだろう。


 ウェーダンはどこなのだろうかと思いながら首を傾げていると、腰に下げた日本刀の柄に触れていたセシリアが説明してくれた。


「フランギウス共和国の防衛ラインの1つだよ」


 フランギウス? フランスみたいな国だろうか?


 ウェーダンという地名を耳にした俺は、第一次世界大戦でドイツ軍とフランス軍が死闘を繰り広げた『ヴェルダンの戦い』を思い浮かべていた。


「ヴァルツ帝国軍が少数の部隊でウェーダンへの攻勢を開始したらしい」


「少数で?」


 もしこの世界で繰り広げられている戦争が、前世の世界の第一次世界大戦と同じような戦いだというのであれば、ウェーダンで繰り広げられることになる死闘に勝利するのはフランギウス側だろう。


 重機関銃や迫撃砲が設置されている上に、ボルトアクションライフルを装備した歩兵が銃口を向けている塹壕を突破するためには、支援砲撃と大規模な歩兵部隊が必需品だからである。いくら精鋭部隊を派遣したとしても、突撃を開始した直後に重機関銃でミンチにされるか、迫撃砲の砲撃でグチャグチャになったハンバーグと化すのが関の山である。


 仮に重機関銃や迫撃砲の餌食にならずに済んだとしても、塹壕の中にいる歩兵にボルトアクションライフルで狙い撃たれてしまう。しかも、塹壕へと突入すれば至近距離にいる敵兵と白兵戦を繰り広げる羽目になるのだ。


 それゆえに、航空機で正確に爆撃するか、戦車で強行突破しない限りは塹壕の突破は非常にハードルが高いと言える。少数の部隊に襲撃を命じた指揮官はとてつもなく無能な指揮官に違いない。


 そう思ったが――――――その投入された部隊が”転生者部隊”であれば、塹壕の突破のハードルは歩いているだけで乗り越えられるほどの高さにまで下がってしまう。


 転生者の身体能力はステータスによって大幅に強化されるし、彼らはポイントを使って高性能な武器を生産いたり、特殊な能力を身に着ける事ができるのである。強力な能力を使える上に、強くなるまでの時間が極めて短い兵士たちなのだ。


 転生したばかりの頃、奇妙な部屋の中で天城が説明していた事を思い出しながら、俺は呟く。


「転生者部隊………………」


「その通りだ。奴らが投入されれば、高を括っているウェーダン守備隊は全滅する」


 下手をすれば、ウェーダンどころか首都まで蹂躙されることになるだろう。


「フランギウスが敗北すれば、連合国軍は帝国軍に各個撃破されることになる。是が非でもフランギウスの壊滅は阻止しなければならない」


 端末を受け取った博士が、「出撃前には終わりますよ」と言いながら部屋を後にする。きっとあの大量の機械が所狭しと並ぶ研究室の中で、端末を改造するのだろう。


 出撃までに作業を終えてくれなければ、俺はセシリアから武器を支給してもらわなければならなくなる。


 強制収容所にやってきた時、セシリアは背中に日本製ボルトアクションライフルである三八式歩兵銃を背負っていた。しかもセシリアは転生者であるリキヤ・ハヤカワの子孫だという。おそらく、彼女も銃や兵器を生産する能力を受け継いでいるに違いない。


 けれども、端末は持っていないようだ。持ち歩いていないのだろうか? それとも、テンプル騎士団に所属する転生者が支給しているのだろうか?


 最悪の場合は彼女に銃を貸してもらおうと思っていると、腕を組んでいたセシリアが言った。


「諜報部隊の報告では、指揮官は”来栖”という男らしい」


 指揮官の名前が鼓膜へと入り込んできた瞬間、隣の牢屋の中で助けを求めていた明日花の絶叫を思い出す。


 たった十数cmのコンクリートの壁の向こうにいた明日花。倒れていた場所からの距離は2m程度。押さえつけていた男さえ突き飛ばし、ライフルを構えていた看守をぶん殴る事さえできれば助けに行けた距離。あいつが看守から鍵を借りて隣の牢屋に入り込み、明日花に襲い掛からなければ発することのなかった、最愛の妹の絶叫。


《助けて! 兄さんッ!!》


 助けてあげられなかった。


 2m足らずの場所にいたというのに、彼女は汚されてしまった。


 あいつが苦しめたのだ。


 明日花を苦しめた男。


 殺す。


 どんなモザイクでも修正できないほど、無残に。


「―――――――セシリア」


「なんだ」


「その指揮官は俺にやらせろ」


「無茶だ。第一、私は貴様の実力を全く知らん。それに、お前はまだ義手と義足を移植したばかりで―――――」


 ――――――関係ない。


 殺せればいいのだ。肉と骨と血でできた肉体が限界へと達する前に最高の苦痛を与え、最低な殺し方をしてやれば問題はない。復讐で取り戻せるものなどは存在しないが、同じように”奪われる苦痛”を相手に与えてやることはできる。


 全てを奪われる苦痛。


 唯一の家族を奪われた激痛は、手足を失った苦痛よりもはるかに上なのだ。


 今でも、痛み続ける。犯されそうになっていた妹が発した悲鳴や、暴行を受けていた妹の呻き声が、鼓膜の中をまだ彷徨っている。眠るために目を瞑れば、虚ろな目で牢屋の中に座っていた明日花や、死体と一緒に運ばれていった明日花の無残な姿がフラッシュバックする。


 復讐を成し遂げ、彼女の元へと逝くまできっと続く。


 手足を失った者たちを蝕む幻肢痛ファントムペインのように。


 だから復讐させてくれ。


 奪われた苦痛を、奴らにも与えさせてくれ。


 頼む、セシリア。


「俺が後方へと浸透し、司令部を奇襲する」


「…………確かに、指揮官さえ消せば戦況は有利になるだろう」


 溜息をついてからそう言ったセシリアは、俺の肩に手を置いた。


「――――――テンプル騎士団団長として命じる」


 単独での浸透戦術。


 味方に支援砲撃を要請することは許されない。転生者部隊が攻撃している間に側面から敵の司令部へと向かい、指揮官を暗殺する。


 作戦を確認し終えると同時に、セシリアは鋭い目で俺を見上げながら命じた。


「単独で敵陣後方へと浸透し、指揮官を抹殺せよ」

 



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