血の雨を欲する髑髏
頭を弾丸に穿たれた兵士が、ゆっくりとこっちに崩れ落ちてくる。
右手でサプレッサー付きのナガンM1895を持ったまま左手でその兵士の死体を支え、静かに地面の上に倒れさせてから、近くに並んでいる木箱の影へと引きずっていく。周囲に他の敵兵がいないことを確認してから後続の兵士たちに合図を送り、塹壕の奥を目指す。
後方で待機していた分隊の兵士たちが、フェドロフM1916を構え、左手でマガジンの前にあるフォアグリップを握りながらゆっくりと後ろをついてくる。身に纏っているのはスペツナズ用に用意されたフード付きの黒い制服であり、兵士たちはフードをかぶった上に黒いバラクラバ帽もかぶっている。そのため、暗闇の中にいるこの兵士たちを発見するのはかなり難しい事だろう。
曲がり角の近くで一旦止まり、気配を消しながらそっと顔を出すと、塹壕の向こうで2人の兵士が近くにランタンを置き、木箱に腰を下ろしながらトランプをしているのが見えた。
今の時刻は深夜1時。夜襲がないか警戒している兵士もいるようだが、夜間にたった4人の兵士が塹壕の中へと潜入しているとは思わないだろう。
ナガンM1895をホルスターの中へと戻し、背負っていたモシンナガンを取り出す。既に通常のボルトではなく、ナガンM1895と同じ弾薬である7.62×38mmナガン弾を発射できるように改造されたピダーセン・デバイスが装着されており、レシーバーの右斜め上には30発入りのマガジンが装着されている。銃口にはサプレッサーが装着してあるが、こいつは7.62×38mmナガン弾での射撃を想定したサプレッサーなので、通常のライフル弾での射撃の際は外す必要がある。
使用する弾薬はライフル用の弾薬ではなくリボルバー用の弾薬になってしまうので、殺傷力やストッピングパワーは一気に下がってしまうが、セミオート射撃ができるし、サプレッサーで銃声を小さくする事ができるので、隠密行動にはうってつけの装備と言えるだろう。
同じ銃を装備していたもう1人の兵士が、同じようにアイアンサイトでもう片方の敵兵に照準を合わせる。目配せをしてから同時にトリガーを引いた直後、ランタンの近くでトランプをしていた敵兵が同時に崩れ落ちた。
姿勢を低くしたまま敵兵の死体に駆け寄り、傍らに置かれているランタンの明かりを消す。他の警備兵に死体が発見されにくくしてから死体の前を通過し、塹壕の奥へと進んでいく。
サプレッサー付きの銃が使えるようになったのは本当に喜ばしい事だ。わざわざ敵兵の背後に忍び寄ってナイフを突き立てる必要はない。サプレッサー付きの銃を用意し、敵に照準を合わせてトリガーを引けば、敵兵は銃声が随分と小さくなった銃から放たれる弾丸に穿たれて絶命するのだから。
今回の任務の目的は、塹壕の中にいると思われる帝国軍の指揮官の暗殺だ。シュタージの情報によると敵の指揮官は転生者らしく、端末で生産した武器や能力に頼り切っている典型的な転生者だという。そういう転生者は自分で身体を鍛えることはないので、体力は訓練を受けた兵士たちよりもかなり劣っている。しかも、夜間の警備は警備兵に任せていることが多いため、きっとこいつも今頃テントの中でぐっすりと眠っている事だろう。
だから、もう二度と目を覚ます事ができないようにしてやるのだ。
塹壕の中心部に構築された帝国軍の司令部は、一見すると警備が厳重そうに見える。塹壕には迫撃砲や機関銃がずらりと並んでいるし、ライフルを構えた兵士たちが鉄条網の向こうにある連合軍の塹壕を睨みつけている。司令部のテントの周囲には帝国から送られてきた物資が入った木箱が所狭しと並んでいて、その周囲を警備兵たちが歩いている。
だが、深夜にたった4人の兵士が侵入することを想定していないからなのか、厳重なのは警備兵たちの物量だけと言ってもよかった。相手がノーガードなのであれば、強烈なストレートを顔面に叩き込んでやるだけでいい。お構いなしにぶち込ませていただくとしよう。
ライフルを背中に背負い、腰から短刀を引き抜く。姿勢を低くしながら木箱の影や暗闇の中を移動し、自分の影にも細心の注意を払いながら警備兵の背後に肉薄した俺は、左手で警備兵の口を押さえつつ、短刀を首元に突き立てた。動かなくなった血まみれの兵士を木箱の中へと隠し、他の兵士たちの様子も確認する。
陸軍や海兵隊から選抜されてきた他の兵士たちも、同じように短刀やナイフでテントの周囲の警備兵をぶち殺していた。彼らが荷馬車の荷台や樽の中に死体を隠し終えたのを確認してから、他の敵兵に気付かれる前にテントの前に集合し、司令部のテントの近くにある仮眠用のテントの中を覗き込む。
テントの中には小さなランタンが1つだけ吊るされていた。薄暗いテントの中にはいくつかの寝袋が並んでいて、眠っている兵士の私物と思われる小説やマンガが置かれている。
ポケットの中から標的が写っている白黒写真を取り出し、もう一度標的の顔を確認する。少しばかり太った日本人の少年だ。
「こいつですかね」
写真をポケットに戻すと、寝袋で眠っている兵士たちをチェックしていた仲間が俺の制服の袖をそっと引っ張った。
テントの中に用意された寝袋の中で、少しばかり太った東洋人の少年が眠っている。傍らにはマンガと一緒に転生者の端末も置いており、自分が転生者だという事を侵入者である俺たちに告げている。
なんと間抜けな奴なのだろう。
敵が侵入してくる事を想定すらしていないとは。
このバカを発見した兵士に向かって頷いてから、ホルスターの中からナガンM1895を取り出す。サプレッサー付きのリボルバーを転生者の少年の頭に向けてから、俺は告げた。
「―――――――До свидания(あばよ)」
リボルバーから弾丸が放たれた直後、眠っていた少年は二度と目を覚ます事ができなくなった。
血飛沫が付着した少年の端末を拾い上げ、機能を停止していることを確認する。端末は持ち主が死亡すれば機能を停止して無用の長物と化すが、こいつを持って帰ってフィオナ博士に渡せば、分解して使えそうなパーツを俺の端末に組み込むことで、データが破損している俺の端末のデータを修復したり、機能をアップデートしてもらう事ができるのである。
なので、仕留めた転生者の端末は全て回収するようにしている。
昨日を停止していることを確認してから、少年の端末をポケットの中に放り込む。隊員たちの顔を見渡して頷いてから、仲間たちに告げた。
「任務完了。とっとと帰ってカレーでも食おう」
「よくやった、力也」
キャメロット艦内にある執務室の椅子に腰を下ろしながら勲章を渡してくれたセシリアは、嬉しそうに微笑みながらそう言った。彼女が渡してくれた勲章は俺の分だけではなく、昨日の暗殺作戦に参加した分隊の兵士たちの分もある。
赤い星の形をした勲章には、1発の弾丸が描かれているのが分かる。転生者を討ち取った兵士に与えられる勲章だ。分隊の兵士たちは大喜びするだろうが、俺の部屋には既にこれと同じ勲章がいくつも飾ってある。そろそろ棚がこの勲章でいっぱいになりそうなので、新しい置き場所を考えなければならない。
「やっぱり、お前を特殊部隊の隊長に任命したのは正解だったな」
「光栄だ、ボス」
特殊部隊の任務は、敵の塹壕に潜入して指揮官や転生者を暗殺したり、敵陣の後方へと潜入して補給ルートに地雷や爆薬を仕掛けて補給部隊を襲撃する事である。とはいっても、最近は帝国軍の春季攻勢に投入する戦力を削るためなのか、転生者の暗殺が増えてきたが。
そろそろ12月が終わる。春になれば、帝国軍は革命が勃発する可能性が高くなりつつあるオルトバルカを打ち倒すために春季攻勢を開始する可能性が極めて高い。
オルトバルカが春季攻勢で大損害を被ってくれるのは喜ばしい事だが、そのまま帝国軍に降伏すれば他の同盟国が帝国軍を迎え撃つ事ができなくなる。それに、王都まで占領されればシャルロット女王たちは帝国軍の連中に処刑されてしまう筈だ。9年前のカズヤ・ハヤカワの処刑の黒幕が王室ではなくヴァルツ帝国だったのであれば、口封じをする必要がある。
そんな事になればセシリアの復讐ができなくなるし、連合国の足を引っ張る事にもなってしまう。
できるのであれば、アナリア合衆国にはもっと早く参戦してほしいものだ。だが、まだアナリア合衆国は世界大戦に参戦する準備ができていないし、世界大戦への参戦に賛成している国民もそれほど多くないという。アナリア合衆国は民主主義国家であるため、強行採決で世界大戦に参戦することは絶対に許されない。
世界地図に描かれているアナリア合衆国を見つめながら頭を掻いていると、セシリアが椅子から立ち上がり、ティーカップを俺に手渡してくれた。
「それで、スペツナズ”第一部隊”の調子はどうだ?」
「兵士は全員優秀だ、ボス」
そう言ってから、ちらりと制服の方に取り付けられているワッペンを見下ろす。左肩には血の雨と髑髏のエンブレムが描かれたワッペンが付いており、ワッペンの下部にはオルトバルカ語で『Ωε gugfted й рё kolcxa bngolm(我らは血を欲す悪魔なり)』と書かれている。
これが、俺が率いるスペツナズ第一部隊『赤き雷雨』のエンブレムである。初陣の際はまだ部隊名を決めていなかったため、友軍からはスペツナズと呼ばれていたのだが、転生者の暗殺任務が多くなってきたことで敵の返り血を浴びることが多くなったため、第一部隊の名称は赤き雷雨となった。
要人の暗殺や敵陣後方に潜入しての破壊工作も行うのだが、最近は転生者の暗殺任務ばかり行っているため、実質的に”対転生者部隊”と化しているがな。
赤き雷雨の隊員は12名となっており、4人で1個分隊となっている。実際に敵の塹壕や拠点に潜入するのが最も錬度の高い1個分隊で、他の2個分隊はスナイパーライフルや機関銃での支援や、無線機を使用して友軍に支援を要請するのが役目となる。
以前までは伝書鳩や伝令を使わなければならなかったんだが、博士が端末をアップデートしてくれたおかげでやっと無線機が使えるようになった。とはいっても、通信兵が背中に背負う大型の無線機だけどな。
「それはよかった。………だが、試験が厳しすぎないか?」
「組織の命運を背負う部隊なんだから厳しいのは当然だ、ボス」
スペツナズは、テンプル騎士団の陸軍や海兵隊の兵士の中から選抜された兵士やスカウトした兵士で構成されている。非常に厳しい入隊試験に合格した兵士が入隊できるのだが、ウラル副団長がテンプル騎士団創設時から行っている試験を俺がアレンジした結果、とてつもなく厳しい入隊試験と化してしまっており、平均的な合格率はたった6%だという。
だが、最近は試験に合格できる屈強な兵士が増えたおかげで人材も増えつつあるので、そろそろ”第二部隊”も設立しようと考えている。どんな任務にも投入できる特殊部隊になるのが理想だが、まだ俺たちは練度不足だし、弱体化したテンプル騎士団にはそんな兵士たちを育て上げる余裕がない。そこで、対転生者戦闘や隠密行動などの任務に特化した複数の部隊を用意するべきかと考えている。
この案をセシリアに話すのは、無事に第二部隊が設立されてからでいいだろう。合格する奴が増えたと言っても、まだ部隊を設立できるほどの人数はいないのだから。
ティーカップの中身を飲み干してから、ティーポットの近くにそれをそっと置く。セシリアに「では、そろそろ入隊試験があるから失礼する」と言ってから、俺は彼女の執務室を後にした。
キャメロットの艦内にある訓練区画の広間に、黒い制服に身を包んだ兵士たちがずらりと並んでいる。肩には様々な部隊のエンブレムが描かれたワッペンが取り付けられており、並んでいる兵士たちの種族もバラバラだった。身長の高いオークの兵士や、がっちりした体格のハーフエルフの兵士もいる。その隣にいるのは、本当にこの入隊試験に合格できるのかと思ってしまうほど華奢なハイエルフやダークエルフの兵士たちだ。
赤いベレー帽をかぶった赤き雷雨の隊員がマイクを渡してきたが、首を横に振ってから兵士たちの前に立つ。
こういう時は、マイクを使わない方がいい。
「――――――同志諸君、スペツナズの入隊試験に志願してくれて礼を言う!」
ここにいる兵士たちは、陸軍や海軍から選抜されてきた兵士だ。やはり錬度の低い新兵たちと比べると顔つきや目つきが鋭い。
今日の入隊試験に参加することになっているのは、合計で36名の兵士である。中にはスカウトした兵士もいるが、スカウトした兵士にもしっかりと入隊試験を受けてもらう。そいつが本当にスペツナズに入隊できる人材かチェックするためだ。
「これから諸君に受けてもらうのは、戦場よりも過酷な入隊試験である! これに合格しなければスペツナズへの入隊は絶対に認めん! この程度の試験に合格できないような間抜けは、故郷にいる諸君の太った母ちゃんの所に送り返すから覚悟しておけッ!!」
『『『『『了解であります、同志少尉!!』』』』』
「試験に合格できたのならば、スペツナズ用の制服と装備品を支給する! 言っておくが、俺たちが経験することになる任務はこの試験よりもはるかに苛酷だ! 陸軍や海兵隊の生易しい戦いの比ではない! ビビるような腰抜けは、今のうちに辞退することを考えておけ!」
入隊試験の旗艦は4週間ほどだ。平均的な合格率はたった6%である。それに合格した兵士は制服を支給されて訓練を受けることを許されるが、その訓練に耐えられなければ強制的に除隊させなければならない。
要するに、最終的にその制服を着たまま入隊を許される確率は6%未満ということだ。
「では、2時間後にキャメロットの前部甲板で体力試験を行う! 分かったらとっとと解散して準備を整えろ、同志諸君!!」
『『『『『了解であります、同志少尉!!』』』』』
整列していた兵士たちが、大慌てで広間から出ていく。2時間後に始まる体力試験の準備をするためだ。4週間のうちの2週間はこの体力試験に使うんだが、この体力試験が最大の難関である。志願者の7割はこの体力試験で脱落するからだ。
残りの2週間のうち1週間はオルトバルカ語以外の言語のテストや戦術のテストを行い、最後の1週間でスペツナズで運用する装備を使用し、射撃訓練と、第一部隊『赤き雷雨』の隊員たちとの模擬戦を行う。一番難易度が高いのは模擬戦のようにも見えるが、赤き雷雨の隊員に勝たなければならないというわけではない。選抜されてきた兵士が、手強い敵部隊と交戦する際にどうやって戦うかをチェックするための試験なので、勝敗よりも戦闘中の動きや戦術を評価することになる。
「今回は何人合格できますかね、速河”少尉”」
「さあな。第二部隊の設立はもう少し先になりそうだがな」
先ほど俺にマイクを渡そうとしていた兵士にそう言ってから、他の隊員たちと共に前部甲板で試験の準備をする事にした。




