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悪魔と転生者


 刀を手にした少女が、こっちを睨みつけながら姿勢を低くして突っ込んでくる。刀の切っ先が甲板に擦れてしまうほど姿勢を低くしながら懐へと飛び込んできた少女は、両腕で刀の柄を思い切り握ったかと思うと、そのまま右斜め下から白銀の刀身を振り上げてくる。


 身体を後ろに倒し、凄まじい速度の剣戟を回避する。


 まだ、彼女の攻撃は俺には当たらない。


 振り上げた刀を両腕の筋力で強引に止め、今度は左斜め上から右斜め下へと振り下ろす。途中で刀を強引に止め、それから振り下ろしたせいで、最初の一撃よりも速度は遅かった。


 容易く横へと身体を倒して躱すと、まだ幼い少女は目を見開きながら俺の顔を見上げた。


 もしサクヤだったら、追撃はしなかっただろう。最初の一撃が肉薄する勢いを利用した攻撃である以上、空振りしたそれを強引に止めてしまったら次の攻撃は確実に遅くなる。


 サクヤの剣術は非常に慎重だった。いきなり本格的な攻撃はせず、相手の動きをしっかりと見てから敵の隙を探し出して反撃するような戦い方を得意としていたのである。俺に攻撃を命中させることはできなかったものの、一度だけレイピアの切っ先で喉を貫かれそうになったことがあった。


 だが、セシリアの剣術は姉よりもはるかに攻撃的だった。相手が間合いに入っているのならばとにかく刀を振り回し、少しでも相手にダメージを与えようとする。こっちが攻撃してもほとんど回避したり防御することはない。負傷して動けなくなるまで、セシリアは絶対に攻撃を止めないのだ。


 彼女の獰猛さは非常に恐ろしいが――――――そんな戦い方を実戦でやれば、あっという間に戦死するのが関の山である。


 振り下ろした刀を突き出そうとするよりも先に、彼女の小さな身体に容赦なくボディブローを叩き込む。セシリアは刀を右手でぎゅっと握ったまま左手で腹を押さえたが、呼吸を整えずにそのまま更に距離を詰め、右手だけで刀を振り回し始める。


 普通の人間であれば、一旦距離をとって呼吸を整えるか、そのまま行動不能になってしまう筈である。呼吸が一時的にできなくなっているにもかかわらず、攻撃を続行するのは無謀としか言いようがなかった。


 もちろん、パンチは手加減している。本気で9歳の少女をぶん殴るつもりはないし、本気でぶん殴ってしまったらセシリアの内臓は確実に大半が潰れることになる。キメラの肉体は他の種族よりも非常に頑丈だが、こっちは90年以上も訓練や実戦を経験して肉体を鍛え上げた吸血鬼だ。ぶん殴るだけでも人間の肉体を容易く破壊できるほどのパンチを放てるのである。


 呼吸を整えながら、刀を左から右へ薙ぎ払うセシリア。彼女がほぼ全ての体重を前に預けたのを見た俺は、その体重が預けられている足に足払いをお見舞いした。


「あっ…………」


 全ての体重を預けられていた足に足払いを叩き込まれたことで、ぐらりとセシリアの小さな身体が揺れる。


 床に転倒したセシリアはすぐに刀を掴んで起き上がろうとしたが、それよりも先に顔面に突き付けられた拳を目にした彼女は、悔しそうな顔をしながら刀を手放した。


「ま、参りました」


「…………もう少し慎重さを学べ、セシリア」


 彼女を助け起こしながら、傍らに置いておいたタオルを手渡す。


「相手の攻撃を回避したり防御しないと殺されるぞ」


「ですが、攻撃しなければ相手は倒せません。私は…………姉さんや母上の仇を――――――」


「その仇を討つ前に殺されるから慎重になれと言ってるんだ。分からんのか」


 1年前に姉や母親をタンプル搭の陥落の際に失ってから、セシリアの剣術は更に獰猛になった。自分が負ったダメージすら無視して攻撃してくるようになったのである。


 原因は、きっと復讐心だろう。


 彼女の心の中に居座る復讐心が、彼女自身の生存を二の次にしている。忌々しい敵を殲滅する事を無意識のうちに最優先にしてしまっているせいで、セシリアは生還することを全く考えていない。


 汗を拭いてから甲板の上で刀の素振りを始めるセシリアを見つめてから、海原の向こうに居座る満月を見上げる。


 俺の中にも復讐心はある。けれども、セシリアのようにどす黒い復讐心ではない。


 なぜ曖昧な復讐心になってしまったかというと、セシリアのように大切な人を目の前で殺されたわけではないからだ。別の場所で戦っている間に、タンプル搭に攻め込んできやがったクソ野郎共のうちの誰かに、イリナやエリザベートを殺されていた。ヴァルツ軍を憎むべきなのだろうが、ヴァルツ軍の誰を憎むべきなのかが分からない。だから、セシリアの復讐心よりも不純物が多いのだ。


 妹を殺されたことは憎いと思う。


 妻を殺されたことは憎いと思う。


 お腹にいた子供を殺されたことは憎いと思う。


 でも、セシリアのように怒り狂う事ができない。


「教官、明日もよろしくお願いします」


「おう。ゆっくり休めよ、セシリア」


 そう言ってからぺこりと頭を下げたセシリアは、キャメロットの艦内にある自分の部屋へと戻っていった。


 陥落したタンプル搭を見つめながら復讐を誓ったセシリアは、もう俺の事を昔のように『ウラルおじさん』と呼ばなくなった。たまに戦い方を教えてくれる知り合いのおじさんではなく、自分に復讐のために戦い方を教えてくれる教官と思っているからなのだろう。


 1年前のタンプル搭の襲撃で、みんな死んでしまった。


 そして、生き残った奴らはみんな変わった。


 セシリアも変わってしまった。


「…………」


 キャメロットの甲板の縁に腰を下ろし、内ポケットの中から白黒写真を取り出す。黒とグレーのスプリット迷彩で塗装されたシャール2Cの前に、タクヤや彼の妻たちが写っている。もちろん、タクヤと結婚したイリナも楽しそうに笑いながら写っていた。


 その写真に、俺は写っていない。


 その写真を撮ったカメラマンは俺だったからな。


 この写真を撮った後、72時間も魔物の掃討作戦に参加していたタクヤがぶっ倒れてしまったのだ。当時はまだクレイデリア国内にも当たり前のように魔物が生息していたため、要塞や拠点から別の街へと行くにはテンプル騎士団の兵士が護衛につくか、武装した民兵と共に移動するのが当たり前だった。


 そのため、国内の魔物を完全に一掃して商人や住民たちの安全を確保するために、大量のホムンクルス兵や無人型に改造されたシャール2Cが投入されたのである。


 結局、ぶっ倒れたタクヤはすぐに自室に運ばれた。12時間後に目を覚ましたらしいが、目を覚ました直後にイリナに血を思い切り吸われてまた気を失う羽目になったらしい。


「タクヤ、助けてくれ…………」


 写真の真ん中にAK-15を抱えながら写っているタクヤに向かって呟いてから、俺は唇を噛み締めた。













「…………参った」


 突き付けられている漆黒の刀の切っ先を見つめながら、そっと両手を上げて彼女にそう告げる。刀を突き付けていた黒髪の少女は刀を静かに鞘の中に収めると、真っ白な手を差し出した。


 久しぶりに負けちまったなぁ。


 苦笑いしながらその手を握り、ゆっくりと起き上がる。俺の訓練を受けたばかりの頃は防御や回避すらできなかった危なっかしい総大将だったのに、もう俺を何度か倒せるほど強くなったのは本当に喜ばしい事である。


「ふふふっ、これで5度目だな」


「5回も負けちまったのか、俺は」


 嬉しそうに微笑みながら、セシリアはタオルを俺に差し出す。昔はセシリアが汗をかきながら戦っていたというのに、彼女が強くなったからなのか、逆に俺が汗をかくようになってしまった。


 タオルを受け取って汗を拭きながら、水筒の水を飲むセシリアをちらりと見た。


 俺は9年前から殆ど変わっていないというのに、セシリアはもう17歳の綺麗な少女になっちまった。手足はすらりとしており、体格はがっちりした兵士と比べると華奢だというのに、最高速度で突っ込んできた戦車を止められるほどの筋力がある。真っ黒な髪の中からはダガーの刀身のような形状の角が生えていて、先端部は紫色に染まっていた。


 テンプル騎士団の黒い制服を身に纏っているせいなのか、17歳の少女とは思えないほど凛とした雰囲気を纏っている。制服の上に羽織っているのは、祖先であるリキヤ・ハヤカワが身に纏っていた転生者ハンターのコートの上着だ。まだ未熟な総大将だが、彼女の凛々しさは先進国の軍隊の将校と変わらないに違いない。


 彼女の左目を覆っている黒い眼帯の端からは、眼帯では隠し切れないほど長い古傷が覗いている。9年前のタンプル搭襲撃で、”勇者”と呼ばれていた転生者によって斬りつけられた古傷だ。彼女はその攻撃で左目を失ってしまったのである。


 フィオナ博士やステラ博士に頼めば、魔力で動く高性能な義眼を移植してもらう事ができたというのに、彼女は敢えて義眼を移植せず、左目をそのままにしていた。


「立派になったもんだ」


「どうだろうか…………姉さんが生きていたら、きっと姉さんの方が団長に相応しかったに違いない」


「…………今はお前しかいないんだ、セシリア」


 そっと彼女の手を叩いてから、セシリアの頭を優しく撫でた。


 確かにセシリアはまだ未熟だし、きっと慎重なサクヤの方が団長には向いていたに違いない。だが、セシリアもかつてのスペツナズの兵士たちが受けていた厳しい訓練に耐えて強くなったのだ。今のお前ならば、この組織の団長に相応しい。


 来週には、俺は第1、第2、第3遠征軍を率いて東部戦線に向かわなければならない。東部戦線で戦闘を繰り広げているのは、ヴァルツ軍、ヴリシア・フランセン軍、アスマン軍の3ヵ国の軍隊で構成された帝国軍と、世界最強の大国と言われているオルトバルカ連合王国だ。単独で3ヵ国の軍隊と戦っているオルトバルカを支援するために、遠征軍を派遣するようにオルトバルカから要請があったのである。


 セシリアから父親を奪ったくせに、俺たちに支援を要請するとは。


 できるならば無視してやりたいが、オルトバルカは連合軍の中核だ。もしオルトバルカが敗北すれば、オルトバルカと共に帝国軍を挟撃しているフェルデーニャ王国とフランギウス共和国も同じ運命を辿ることになるだろう。現在はアナリア合衆国にも連合軍に参加するように要請しているらしいが、アナリア合衆国はまだ戦争に参加する準備ができていないらしい。


 さすがに全ての戦力を東部戦線に派遣するわけにはいかないため、セシリアは残った兵力を率いて西部戦線へと向かう事になっている。


 戦いが終わるまでは、セシリアとはお別れだ。


 彼女だけで兵士たちの指揮を執れるかは心配だが、今の彼女は昔の彼女とは比べ物にならないほど立派になった。きっとタクヤやユウヤたちのように兵士たちの指揮を執り、勝利するに違いない。


 そう思いながら、俺は頭を掻いた。


 9年前のタンプル搭陥落で妻と子供を失ったからなのか、俺は無意識のうちにセシリアを自分の愛娘だと思って育てていた。一応は俺もハヤカワ家の身内だが、彼女とは全く血は繋がっていない。


 もしエリザベートがタンプル搭から俺と一緒に脱出することに成功し、無事に子供を産んでいたら、こんな気分を経験することになっていたのだろうか。これが父親なのだろうか。


「今なら、お前の方が団長に向いてる。だから胸を張れ」


「…………ああ」


 セシリアの頭を撫でながら、一緒に海原の向こうに見える太陽を見つめた。


 そして、その数分後に俺は体調を崩す羽目になった。












 西部戦線で、セシリアは悪魔を拾った。


 シュタージの情報によると、彼女が保護したのは帝国軍から追放された転生者らしかった。転生者が味方になってくれるのは喜ばしい事だが、残念なことにその転生者は端末を没収されていたらしく、ごく普通の少年――――――保護された際には両足と右腕を切断されていたという――――――に変貌していた。


 転生者は端末がなければ能力や武器を使う事ができないため、それを紛失するという事は戦力として機能しないという事を意味する。しかし、フィオナ博士の技術によってリキヤ・ハヤカワの端末の再起動に成功したという情報を東部戦線のシュタージの職員から聞いた俺は、その男が切り札になると思った。


 彼ならば、まだ未熟なセシリアを支えてくれるに違いない。


 しかし―――――――その少年は劇薬だった。


 帝国軍によって唯一の肉親を殺されており、数名の転生者と勇者に復讐を誓っていたのだという。既に転生者を討伐することに成功していたらしいのだが、殺し方があまりにも残酷であり、悪魔としか言いようがなかった。


 東部戦線へとセシリアがやってきた時に、俺はその悪魔と初めて出会った。


 いや、”悪魔”と出会うのは初めてだったが、”彼”と出会うのは初めてではなかった。


 なぜならば、その少年は力也だったからだ。


 セシリアの祖先と全く同じ名前と容姿の転生者だったのである。


 その悪魔は、東部戦線にいた2人の転生者の少女を生け捕りにした。妹を殺した可能性のある転生者だったらしく、その転生者を生け捕りにして拷問していたのである。


 片方の少女を数名のテンプル騎士団の兵士に犯させ、釈放すると嘘をついてから更に犯させて、少女の心を完全に破壊した。もう片方の少女には食事を全く与えず、心を折ってからすでに死亡していた少女の肉を食わせたのである。


 全く容赦のない男だった。


 かつて、テンプル騎士団の内乱の原因となったテツヤと同じだった。


 テンプル騎士団の理想よりも、敵を殺すことを優先する。


 彼は劇薬としか言いようがなかった。


 確かに、あの悪魔は強力な戦力だ。だが、衰弱しつつあるテンプル騎士団を救う薬などではない。使い方を誤れば、組織を滅ぼす毒薬と化す。


 テンプル騎士団の壊滅は、是が非でも防ぐ必要がある。この組織は俺の大切な戦友が創り上げた、揺り籠(クレイドル)の守護者なのだから。


 もし、あの悪魔がテンプル騎士団を滅ぼそうとするのであれば――――――――俺が消す。


 自室の机の上に置かれているトカレフTT-33を見てから、一緒に机の上に飾られている白黒の写真を見つめた。写真には妻たちと一緒にタクヤが写っていて、掃討作戦で使ったAK-15を抱えている。


 タクヤがあの悪魔を見たらどうするのだろうか。


 戦力として有効活用するだろうか。


 それとも、危険な存在だと判断して粛清するのだろうか。


「タクヤ、お前ならどうする」


 写真に写っているタクヤに問いかけてから、俺はベッドに横になった。






 第六章『血と鉄の揺り籠』 完


 第七章『赤き雷雨』へ続く




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