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タンプル搭陥落

※鬱注意


 エリザベートやイリナは、まだ避難していない。


 住民の避難が開始されるよりも先に、既にいくつかの居住区に敵部隊が侵入していた。タンプル搭が敵の襲撃で陥落することが想定外だったとはいえ、住民の避難を開始させるタイミングが遅くなり過ぎたのだろう。


 おそらく、避難開始が遅れたせいで混乱し、彼女たちは居住区に取り残されているに違いない。


 突っ走りながら部下から借りたAK-47に銃剣を装着し、居住区へと繋がる階段を駆け上がる。すぐ近くにはエレベーターがあるんだが、動力源である魔力と蒸気は動力区画が陥落したことによって停止してしまっているため、乗り込んでスイッチを押したとしても微動だにしない筈だ。非常用のフィオナ機関が増幅するなけなしの魔力は、最低限必要な設備にだけ供給されるようになっているのだから。


 階段を駆け上がらなければならないとはいえ、毎日スペツナズの隊員たちと厳しい訓練を繰り返しているおかげで、階段を駆け上がる程度では全くスタミナは減らない。


 階段を駆け上がり、まだ開いている隔壁を通過する前に壁際に隠れた。ちらりと通路の向こうを確認し、敵兵がいないことを確認してから居住区へと突入する。テンプル騎士団に所属する吸血鬼は非常に少ないものの、ヴァルツ軍はきっとテンプル騎士団の兵士の中に吸血鬼もいるという事は把握している筈だ。もし兵士に対吸血鬼用の銀の弾丸を支給している可能性がある以上、再生能力に頼ることは許されない。


 しばらく通路を進んでいると、通路の左右にドアを突き破られた部屋がいくつか見えた。ヴァルツ兵が蹴破ったり、手榴弾で爆破したと思われるドアの残骸の向こうには、私服に身を包んだ民間人たちが血まみれになって倒れているのが見える。


 逃げ遅れた住民たちだ。


「あいつら…………!」


 兵士たちを殺すのは、戦争では当たり前の事である。


 しかし、武装していない非戦闘員まで虐殺するというのか………!? 


 歯を食いしばりながら、孤児院がある区画まで突っ走る。通路の中にはヴァルツ兵の死体や、住民を守ろうとして抵抗を続けたと思われるテンプル騎士団の兵士の死体が倒れていた。この区画は既にヴァルツ帝国軍に突破されたのだろう。


 もしかしたら孤児院は既に敵に襲われているのではないかと思った瞬間、ぞっとしてしまった。いつも子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる孤児院のドアを開けた途端、イリナや子供たちの死体を目にする羽目になるかもしれない。


 いや、イリナもタクヤの代から戦い続けているベテランの兵士の1人だ。今では支給される装備は旧式の装備になってしまっているものの、未だに転生者を返り討ちにできるほどの実力者である。彼女ならば、きっとエリザベートや子供たちを守り抜いてくれるに違いない。


 彼女たちが無事でありますようにと祈りながら、爆破されて大穴が開いている隔壁を通り抜けた。


『なんだよ、子供しかいないじゃねえか』


「………!?」


 突き破られたドアの向こうから、男性の声が聞こえてきた。ぎょっとしながらドアの近くにあるプレートをゆっくりとみるが、傍らに倒れているテンプル騎士団の憲兵が噴き出した血飛沫のせいで真っ赤に染まっていて文字が見えない。


 だが、見覚えはある。


 ―――――――イリナの孤児院だ。


『おい、ここは孤児院なのか?』


『知らねえよ。その辺に書いてないか?』


『分からん、変な文字で書かれてる』


『蛮族の文字か』


 嘘だ。


 壁際に隠れながら、ゆっくりと孤児院の入り口に近づく。


『この女、手強かったな………マリウスの分隊を全滅させるとは』


『撃たれても再生してたからな。絶滅危惧種の吸血鬼だったんじゃないか?』


『くそったれ、同胞をこんなに殺しやがって…………もっと無残に殺してやればよかった』


 嘘だ。


『おいおい、生け捕りにした方が良かったんじゃないか? 吸血鬼の女なんだから高値で売れただろうに』


『ああ、しかも綺麗な女だからなぁ。殺さなけりゃよかった』


 やめてくれ。


『あ、でもこの死体を持って帰って魔術師共にプレゼントすれば金払ってもらえるかもしれんぞ。吸血鬼の標本はかなり希少らしいからな』


 もう耐えられない。


 叫ぶと同時に、俺は孤児院の中へと飛び込んだ。雑談していたヴァルツ兵が大慌てで背負っていたライフルを取り出そうとするが、彼らが銃をこっちに向けるよりも先に、AK-47のフルオート射撃をクソ野郎共にぶちかます。


 大口径の7.62mm弾が、ヴァルツ兵の眉間や頬を食い破った。瞬く間にズタズタにされたヴァルツ兵共が血肉を撒き散らしながら絨毯の上に崩れ落ち、子供たちが描いた絵が飾られている孤児院の壁を真っ赤に汚していく。


 マガジンが空になるまで連射してからAK-47を投げ捨てた俺は、呼吸を整えながら孤児院の中を見渡した。


 孤児院の中には―――――――子供たちの世話をしていたホムンクルスたちや、幼い子供たちの死体が転がっていた。子供を庇おうとして、幼い子供を抱きしめたホムンクルスもろとも銃剣で串刺しにされた子供の死体や、銃弾を何発も叩き込まれて血まみれになっている子供の死体。ヴァルツ兵たちは、子供や非戦闘員だろうとお構いなしに虐殺したのだ。


 そして、部屋の奥には―――――黒い制服に身を包んだ、桜色の髪の女性が倒れているのが見えた。両腕と両足の脛の部分には、白銀の杭のようなものが突き立てられている。身体には何本もナイフが突き刺さっていて、顔は痣だらけになっていた。


「い………イリ…………ナ………?」


 ゆっくりと、彼女の近くへ歩いていく。


 吸血鬼には再生能力があるが、弱点である銀や聖水によって攻撃された場合や、何度も通常の剣や弾丸で攻撃され続ければ、その再生能力は機能しなくなっていく。


 彼女の傷は、もう再生能力が機能しなくなるほど衰弱しているらしく、全く塞がっていなかった。


「イリナ…………!」


 そこに倒れていたのは――――――――俺の妹(イリナ)だった。


 孤児院の子供たちを守るために抵抗を続けたらしく、彼女の周囲にはグレネードランチャー付きのAK-47や、凄まじい数の空の薬莢が転がっている。俺たちが助けに来るまで、孤児院の外で倒れていた憲兵と一緒に子供たちを守り抜こうとしていたに違いない。


 時間稼ぎを他の奴に任せ、彼女を助けに来ていれば子供たちやイリナは無事だったかもしれない。


 そう思っていると、倒れていたイリナが咳き込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ」


「イリナ、しっかりしろ!」


 まだ生きていた………!


 血を吐きながら、ゆっくりと顔を上げるイリナ。傍らにいるのがヴァルツ兵ではなく、自分の家族だという事に気付いて安堵したのか、彼女はゆっくりと微笑んだ。


「兄さん………」


「ほら、しっかりしろ。脱出するぞ」


「ごめん………なさい…………僕…………子供…たち……を………守って…あげられなかった………」


「…………」


 孤児院を作って子供たちを救うのは、彼女ではなく、大昔に戦死したイリナの親友の夢だった。戦死してしまった親友の夢を受け継いだイリナは、当時のテンプル騎士団団長だったタクヤに相談して予算を用意してもらい、タンプル搭の内部に孤児院を作って子供たちを保護していたのである。


 夢を叶えられなかった親友のために叶えた夢を、壊されてしまったのだ。


 イリナは虚ろな目で涙を流しながら、自分の周囲に倒れている子供たちを見渡した。


「ごめんね、みんな…………」


「…………イリナ、とにかく脱出しよう。生き延びてみんなの仇をとるんだ」


「ごめんなさい…………ごめんなさい…………」


 彼女の手足に突き刺さっている銀の杭を抜くために、彼女の手を掴んだ。この銀の杭を引き抜けば、少しは彼女の再生能力も回復する筈である。


 すると、イリナは首を横に振った。


「ごめん…………僕、もう助からないかも…………」


「え…………」


「僕も………ゲホッ…………タクヤのところに…………行かないと…………」


「嘘だ………おい、やめてくれ。お前まで俺を置いて行かないでくれよ…………!」


 やめてくれ。


 何でお前まで俺を置いて行くんだ。子供の頃からずっと一緒だったじゃないか………!


「エリザベートさんは…………子供たちと一緒に……軍港に向かったよ…………お願い、彼女と子供たち…………だけでも…………救ってあげて…………」


「イリナ…………」


 彼女は動かなくなった。


 ぎょっとしながら彼女の肩を掴んだが、彼女の肉体にはもう全く力が入っていない。呼吸していないことを確認した瞬間、タクヤやユウヤが死んだ時以上の悲しみと絶望が、心と精神に牙を剥く。


 彼女まで、死んでしまった。


 幼い頃からずっと一緒にいた愛おしい妹まで、死んでしまった。


 親友から受け継いだ夢を壊された挙句、殺された。


 歯を食いしばりながら涙を拭い去り、イリナの目をそっと閉じさせる。彼女の薬指にある血まみれの結婚指輪――――――タクヤがプレゼントしたものだ――――――をちらりと見下ろしてから、彼女の傍らに転がっているグレネードランチャー付きのAK-47を拾い上げる。空になっていたマガジンを交換し、イリナの腰のポーチに入っているグレネード弾を2発取り出してから、片方を装填してもう片方をポケットに突っ込む。


 さようなら、イリナ…………。


 倒れているイリナを見下ろしてから、踵を返す。


 せめてエリザベートと一緒に逃げた子供たちだけでも助けなければ…………!


 AK-47を構えながら、再び通路へと向かう。孤児院の入り口で倒れている憲兵に向かって敬礼してから、血まみれになっている通路を突っ走った。


『おい、あそこにまだ敵兵が――――――』


 通路の向こうから姿を現したヴァルツ兵に、お構いなしに7.62mm弾のセミオート射撃を叩き込む。走りながらの射撃だったせいで狙いが逸れたらしく、弾丸は頭ではなく胸板を直撃する。


 ヴァルツ兵が胸板を押さえている内に、肉薄して銃床で顎を思い切りぶん殴った。成人の吸血鬼の筋力は、訓練を受けた人間の兵士の筋力を凌駕している。更に特殊部隊向けの訓練を受けて鍛え上げた吸血鬼が本気で殴打しているのだから、ただの人間の顎が無事であるわけがない。


 ボギン、と顎の骨が砕ける音が聞こえたかと思うと、顎を銃床で殴打されたヴァルツ兵はよだれと血を吐き出しながら壁の方へと吹っ飛んでいった。


 痙攣しているヴァルツ兵の顔面を踏みつけて止めを刺し、更に通路の奥へと向かう。


 孤児院から軍港に向かったのだとしたら、俺が使った階段ではなく、別の区画との境目にある通路を使った筈だ。普段は兵士や作業員しか入る事ができないようになっているが、非常時は住民を避難させるために使用できるようになっている。


 通路の向こうから飛来した弾丸が、左肩を直撃した。激痛が産声をあげるが、俺はそのまま通路の奥へと突っ走りつつAK-47のセミオート射撃をぶっ放し、今しがた肩を狙撃しやがったクソ野郎を牽制する。


 幸運なことに、銀の弾丸ではなかった。


『おい、あいつ倒れないぞ!?』


『吸血鬼だ! 銀の弾丸を――――――』


 相手が肉薄してきているというのに、ボルトアクションライフルに別の弾丸を装填し直している猶予があるわけがないだろうが。


 敵兵が銀の弾丸を装填している間に肉薄した俺は、慌てて弾丸を装填している敵兵の顔面を思い切り銃床でぶん殴った。折れた歯の破片や唾液の雫が宙を舞い、ぶん殴られた若いヴァルツ兵が吹っ飛んでいく。


 その隙に反対側を振り向き、辛うじて装填を終えたもう1人の兵士に向かって片手でAK-47をぶっ放した。至近距離でぶっ放された7.62mm弾に眉間を撃ち抜かれたヴァルツ兵は、血飛沫で周囲を真っ赤に染めながら崩れ落ちる。


 先ほどぶん殴られたヴァルツ兵の脳天を銃床で何度かぶん殴ってから、通路の奥へと走り出す。


 その時だった。


 居住区の通路の曲がり角に、数名の子供の死体と、お腹が膨らんだ金髪の女性が血まみれになって倒れているのが見えたのは。


「え――――――」


 あと50mくらい進めば、軍港へと続く通路がある。


 エリザベートたちはもうそこから逃げた筈だ。あそこで倒れているのは別人ではないか?


 そう思いながらその倒れている死体たちに近づいて行ったが――――――その女性の薬指にある結婚指輪と、女性の顔を見た途端、またしても俺は絶望する羽目になってしまう。


「どうして…………!」


 そこに倒れていたのは、妻になったばかりのエリザベートたちだった。


 彼女も吸血鬼の1人だが、既に再生能力は機能していない。


 おそらく、逃げる途中でヴァルツ兵たちと遭遇してしまったのだろう。


 目を見開きながら、ゆっくりとエリザベートのお腹を見下ろした。彼女のお腹には、孤児院でイリナに突き立てられていた杭よりも更に長い銀の杭が突き立てられていて、血まみれの先端部が背中を貫通し、更に床に突き刺さっているのが分かる。彼女のお腹の中にいる俺たちの子供もろとも貫いているのは言うまでもない。


 血まみれになっているエリザベートの顔をもう一度見上げた俺は、AK-47を投げ捨て、ホルスターからトカレフTT-33を引き抜いた。


 叫びながら銃口をこめかみに当て、トリガーを引く。ドン、と銃声が轟くと同時に弾丸が右側のこめかみを突き飛ばし、血飛沫が周囲に飛び散った。頭を弾丸で貫かれる激痛が産声をあげたかと思うと、すぐに皮膚や肉が反対側の皮膚や肉と絡みつき合い、傷口を塞いでしまう。


 塞がったばかりの傷口に銃口を押し付け、俺は叫びながら何度も自分の頭を撃った。


 もう死んでしまいたかった。ずっと一緒にいた大切な妹だけでなく、最愛の妻とまだ生まれる前の子供まで無残に殺されてしまったのだから。


 けれども、俺の意思は死にたがっているというのに、吸血鬼として生まれた肉体は死を許さないといわんばかりに傷口を塞いだ。マガジンが空になるまで自分の頭を撃っても、死ぬことはできなかった。


「どうしてだ!!」


 弾切れになったトカレフTT-33を投げ捨て、床を思い切り殴りつける。


「何でみんな死んだんだ…………何で俺だけ生きてるんだ…………!?」


 もう耐えられない。


 大切な人が死んでいく事に、耐えられない。


「死なせてくれ…………………殺してくれぇっ!! 誰か、殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 何度も床を殴りつけながら叫んだ。もしかしたら、ヴァルツ兵がここにやってきて止めを刺してくれるかもしれない。そう思ったけれど、ヴァルツ兵を殺し尽くしてしまったのか、それとも制圧を完了していない区画を制圧しに行ったからなのか、叫んでいたというのに誰もここへは来なかった。


 普通の人間として生まれたかった。


 何度も本気で殴ったせいでへこんだ床を見つめながら、俺はそう思った。


 昔は吸血鬼として生まれた事を誇りに思っていた。人間よりも遥かに高い身体能力を持っているし、再生能力もある。寿命も長いからいつまでも生きられる。


 だが、今は人間として生まれられなかったことを呪っていた。


 生きることは、苦痛だというのか。


 死んでしまった方が、楽なのではないか。


 あの世に行けばきっとエリザベートやイリナたちにも会えるし、死んでいった連中も待っている筈だ。


 なのに、死ねない。


 何発頭に弾丸を叩き込んでも、胸にナイフを突き立てても、この肉体はもっと苦痛を味わえと言わんばかりに傷口を塞いで、俺を生き続けさせる。


 ゆっくりと立ち上がり、投げ捨てたトカレフTT-33を拾い上げた。マガジンを交換してホルスターの中に戻し、近くで倒れているテンプル騎士団の兵士の死体の近くに落ちているモシンナガンを背中に背負う。


 できることならば、死にたい。


 でも、今の俺はテンプル騎士団の団長代理だ。団長として指揮を執り、同志や住民を1人でも多く逃がさなければ。


 それに、まだサクヤやセシリアは生きている筈だ。彼女たちを是が非でも救出し、処刑されたカズヤの代わりに立派な兵士に育て上げなければならない。


 だから、まだ死ぬことは許されない。


 ごめんな、エリザベート。


 拳を握り締めながら、俺は軍港へと繋がる通路へと向かった。












 こうして、タンプル搭は陥落した。


 俺はイリナとエリザベートを、この戦いで失う羽目になった。


 そしてセシリアは左目と家族を失い、復讐を誓う事になるのである。


 




ウラル編は多分次回辺りで終わると思います。

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