タンプル搭放棄
全盛期の頃であれば、本拠地であるタンプル搭への空爆は夢物語と言っても過言ではなかった。大量のレーダーや地対空ミサイルが配備されており、クレイデリア領内へと敵機が侵入すれば即座に迎撃態勢に入りつつ、近隣の飛行場から航空隊を出撃させて迎撃することが可能だったからである。
仮に、その飛行部隊と対空ミサイルを突破してタンプル搭へと接近したとしても、岩山には無数のミサイルや速射砲が配備されているし、無数の巨大な要塞砲には”地対空キャニスター弾”と呼ばれる特殊な砲弾が用意されている。大型の砲弾の内部に無数の炸裂弾を内蔵した代物であり、敵の航空機に向かって、主翼を容易く捥ぎ取る事ができるほどの爆発を起こす炸裂弾をばら撒く事ができるのだ。
高性能なレーダーを活用した砲撃ができる上に、炸裂弾で爆炎の壁を形成する事ができるため、航空機がタンプル搭へと肉薄するのは不可能であった。更に転移阻害結界も用意されているため、転移魔術を使ってタンプル搭の真上に転移することも不可能である。
テンプル騎士団の海兵隊が世界中で古代文明の技術を発掘し、それをタンプル搭で解析することに成功してからは、その防御力はより強固になった。地上に設置された結界発生装置によって、クレイデリア上空は超高圧魔力によって形成された巨大な魔力の渦によって守られており、戦闘機で突入しようとしても、強力な魔力の塊によってあっという間に押し潰される羽目になる。遠距離から大陸間弾道ミサイルを撃ち込んだとしても、ミサイルは着弾する前に魔力の渦の中で空中分解することになるだろう。
古代文明の技術を解析したことによって手に入れた技術と、転生者たちの世界で運用されている兵器を組み合わせた事によって、タンプル搭への攻撃そのものが不可能となったと言ってもいい。上空が超高圧の魔力で覆われている上に、その魔力の渦の下にはレーダーと地対空ミサイルの群れが待ち受けているのだから、実質的に敵勢力の航空戦力は機能しなくなる。つまり、海軍と陸軍のみでタンプル搭を攻略する必要があるというわけだ。
それに対し、テンプル騎士団は圧倒的な物量の兵力をこれでもかというほど展開できるし、航空隊による空爆も要請し放題なのである。
だからこそ、転生者の能力が劣化したことによって装備が旧式の装備になっていったとしても、タンプル搭が陥落することはないだろうと思っていた。
だが――――――帝国軍の連中は、タンプル搭の防御力を打ち破りやがった。
「第37結界発生装置、稼働停止! 転移阻害結界が維持できません!」
「敵の転生者が第42区画へ侵入! 現在、守備隊が応戦中!」
中央指令室の正面にある巨大なモニターには、タンプル搭の地下に用意された設備の図面が表示されていた。既に通路や区画の大半が、敵に制圧されたことを意味する赤い光で覆われつつあり、オペレーターたちが別の区画が陥落した事を告げるよりも先に、じわじわと赤く染まっていく。
既に、タンプル搭の設備の78%が敵に制圧されつつあった。よりにもよって通信設備を破壊されてた上に電波妨害も行われているらしく、傍らで別の拠点に救援を要請しているオペレーターの無線機からは、別の拠点のオペレーターが応答する様子がない。
攻め込んできたのは、複数の転生者が率いるヴァルツ帝国の部隊だった。
テンプル騎士団陸軍の将校や兵士に変装した数名の転生者がタンプル搭内部へと侵入し、守備隊と交戦しつつ転移阻害結界の発生装置を破壊したのだ。さすがに全て破壊されたわけではないものの、発生装置が破壊されたことによって結界が展開できなくなった地域に帝国軍の空中戦艦が転移し、攻撃を仕掛けてきたのである。
ヴァルツ帝国が急激な軍拡を実施し、転生者を部隊に配属したという情報は帝国に潜入しているシュタージのエージェントから聞いていたため、円卓の騎士たちは警戒していた。その転生者がクソ野郎だった場合は、異世界の兵器で武装した帝国軍が戦争を始める前に即座に暗殺する必要があるからである。
しかし、今回はカズヤがオルトバルカで処刑されたことによって、オルトバルカと戦争を行う用意をしていた最中であったため、帝国軍が攻め込んでくるのは予想外としか言いようがなかった。
ヴァルツ帝国は、元々は崩壊したフランセン共和国の中で最も巨大だった州が、大昔にフランセンに併合されて消滅したヴァルツ帝国の皇帝の末裔を新たな皇帝にし、独立した国家である。テンプル騎士団はフランセンからカルガニスタンを奪い取った挙句、彼らの騎士団を何度も叩き潰して恥をかかせた怨敵だ。併合されていたとはいえ、フランセンの一部となっていたヴァルツも同じく恥をかくことになったのである。
だからこそ、軍拡を実施して強力な軍事力を手に入れたら、汚名を返上するためにテンプル騎士団を攻撃してくるのは火を見るよりも明らかであった。
しかし――――――襲撃してきた理由は、ただ単に軍事力が強大になったからではないだろう。
今のテンプル騎士団は、団長の転生者の能力が劣化したことと、テツヤが始めてしまった内戦の影響で弱体化してしまっている上に、団長を処刑されて混乱している状態である。その情報は既に列強国も知っているだろうが、その情報を知ってからタンプル搭への攻撃を仕掛けるのが早過ぎるような気がする。
まさか、カズヤが殺されたあの事件の黒幕は――――――王室ではなくヴァルツだというのか!?
「同志ウラル、タンプル砲制御室からの応答がありません!」
「くそ………!」
歯を食いしばりながら、団長の席の近くに設置されている伝声管の蓋を開けた。団長の席には様々な区画に繋がっている伝声管がいくつも取り付けられており、蓋にはどの区画に繋がっているのかが書かれている。傍から見るとかなり大きな楽器のようにも見えてしまう。
「制御室、応答せよ! こちら中央指令室! 状況を報告するんだ!」
『…………』
「くそっ!」
伝声管から聞こえてきたのは、銃声や悲鳴だけだった。もう既に制御室も制圧されてしまったらしい。
「止むを得ん、タンプル搭制御室の隔壁を直ちに閉鎖。タンプル砲への魔力の伝達を停止し、冷却液の安全弁を全て閉鎖しろ。タンプル砲をロックするんだ」
「了解、タンプル砲をロックします」
「住民の避難はどうなってる!?」
「現在、最後の居住区の住民を憲兵隊が避難誘導中です!」
オペレーターが報告した直後、唐突に中央指令室の照明が消えた。正面の巨大なモニターに映っていたタンプル搭の図面も消え失せたかと思うと、図面の代わりにノイズが映し出される。
「ど、動力区画が陥落した模様! 全フィオナ機関及び発電機の停止を確認! 非常電源に切り替えます!」
「残っている区画は!?」
「第77居住区と軍港はまだ敵の侵入を許していませんが、それ以外の区画はほぼ壊滅です。防衛戦を継続している部隊も他の部隊と連携を取れておらず、占領された区画の奪還は不可能かと…………」
そうか…………。
拳を握り締めながら、配管やケーブルで埋め尽くされた壁を見渡した。
テンプル騎士団が創設されたばかりの頃、中央指令室は小さな倉庫だった。倉庫の中の埃を掃除して、テーブルと無線機とパソコンを置いただけの小部屋で、数人の団員が仲間たちの指揮を執っていたのだ。けれども、テンプル騎士団が保護した奴隷だった人々が、タンプル搭の拡張に協力してくれたおかげで中央指令室はこんなに広くなったし、かなり巨大な要塞になった。
物騒かもしれないが、ここは俺たちの故郷だったんだ。地上には要塞砲や対空砲が所狭しと並んでいて、通路の中を銃を持った兵士が巡回しているのが当たり前だったが、俺たちはこの物騒な要塞で仲間達と一緒に訓練を受け、仲間たちの誕生日や結婚式を祝った。
その故郷を、今日捨てることになるとは。
許せ、タクヤ…………。
「…………同志諸君、これよりタンプル搭を放棄する」
拳を握り締めたまま告げると、目の前に映し出されている小さな魔法陣をタッチしながら守備隊に指示を出していたオペレーターたちが、目を見開きながら一斉にこっちを振り向いた。
「生き残っている守備隊は、住民の避難が完了するまで時間を稼げ。民間人の避難が完了次第、各員は敵に損害を与えつつ軍港を目指せ。シュタージの職員は可能な限り機密情報を回収するか処分せよ。敵と遭遇する恐れがあるため、情報を処分する際は武装するように伝えるんだ」
「お待ちください、同志! タンプル搭を捨てるというのですか!?」
「そうだ。他の拠点に援軍を要請できない以上、タンプル搭を奪還することはできん。これ以上、大切な同志を死なせるわけにはいかん」
もう既に約80%も区画を制圧されているのだから、なけなしの戦力で奪還することは不可能だ。仮にゲリラ戦で抵抗したとしても、現時点では向こうの方が兵力が上だ。虱潰しに残党を探し出し、徹底的に殲滅されるのが関の山である。
しかも、敵軍には複数の転生者もいる。こっちにも転生者の能力を使える少女が2人いるが、どちらもまだ10歳にすらなっていない幼い少女だ。しかも、受け継いだ能力はどんどん劣化しており、データを継承したとしても旧式の装備しか支給できなくなってしまっている。
もう、勝ち目はない。
「タンプル搭を放棄し、軍港の艦艇で脱出する。脱出後は海原を彷徨う事になるが、いつか必ず戦力の再編成を済ませ、タンプル搭を奪還する。俺たちの故郷を忌々しい侵略者共から取り戻すんだ。だから、この借りを連中に返すまで死ぬのは絶対に許さん。――――――――同志諸君、是が非でも生きろ」
話を聞いていたホムンクルスのオペレーターの中には、泣いている奴もいた。
正直に言うと、俺もタンプル搭を放棄したくはない。出来るのであれば他の拠点や支部に増援を要請しつつ、タンプル搭が陥落しつつあることを察知した同志が助けに来てくれるまで抵抗を続けたい。
だが、他の拠点から増援が派遣される可能性が低い以上、このまま抵抗を続けたとしても玉砕するだけだ。テンプル騎士団の理想のために志願してくれた若い兵士たちや、創設された頃から生き残っているベテランの兵士たちを死なせたくはない。
だから、是が非でも生きるのだ。
そして、タンプル搭をいつか取り戻す。
俺たちの故郷を。
俺たちの祖国を。
「手の空いている奴は武器庫へ向かい、銃を持って守備隊の撤退を支援せよ。俺も戦闘に参加する。参謀総長、悪いが代わりに指揮を執ってくれ。ここにも敵兵が来たら、放棄して撤退して構わん」
「はっ! 同志ウラル、健闘を祈ります」
エルフの参謀総長に敬礼してから、団長の座席の近くにある棚からピッケルハウベを拾い上げた。現時点ではトカレフTT-33を持っているし、腰には兵士に支給されているロングソードがあるが、さすがに剣と拳銃だけで転生者と戦うのは不可能だろう。出来るのならば大口径のライフルが欲しい所である。
ヘルメットをかぶった兵士たちと共に、武器庫に向かって走った。通路の天井にある照明も消えていて、代わりに非常用の照明が赤い光を放っていた。もし武器庫の近くに敵兵がいたら、剣と拳銃で応戦する羽目になる。守備隊が食い止めてくれていますようにと祈りながらハッチを開けると、ハッチの向こうにある通路にはヴァルツ帝国の兵士が何人も倒れているのが見えた。
ライフル弾で頭を穿たれたり、白兵戦用の棍棒で顔面を粉砕された兵士たちが倒れている。流れ出ているのは鮮血だろうが、照明が真っ赤だからなのか、まるで漆黒の液体が傷口や首の断面から流れ出ているように見えてしまう。
敵兵の死体の向こうに、テンプル騎士団の制服に身を包んだ若い兵士たちが立っていた。爆発で吹っ飛んだ配管やケーブルで作ったバリケードの向こうに重機関銃を設置し、ちょっとした防衛ラインを構築している。
彼らに手を振ると、銃剣付きのモシンナガンを構えていたドワーフの兵士がこっちに手を振った。
「無事だったか!」
「団長、他の部隊はどうなってるんです? 援軍は来るんですよね?」
「いや…………残念だが、タンプル搭を放棄する」
「え…………」
「そ、そんな…………!」
「住民の避難が終わるまで時間を稼いだ後、生き残った部隊と合流して軍港から脱出する」
タンプル搭を放棄するという話を聞いた兵士が「ま、待ってください」と言った直後、天井に設置されているスピーカーから女性のオペレーターの声が聞こえてきた。聞こえてくる言語は、この世界の公用語であるオルトバルカ語ではない。オルトバルカ語を使ってしまうと、ヴァルツ帝国の連中にも察知されてしまう恐れがある。
そのため、敵の言語が我々と同じ場合は他国の言語を使う事になっているのだ。
『Дё aru barouΘ. Dh Ёйβ ados alwydez bn Tample gais.(各員へ通達。これよりタンプル搭を放棄します)』
「!!」
高地ヴリシア語でタンプル搭を放棄するという事を告げられた兵士たちが、天井のスピーカーを見上げたまま凍り付いた。先頭でスピーカーが破損していなければ、他の区画で交戦中の兵士たちも聞いている筈だ。
ヴァルツ帝国は元々はフランセン共和国の一部だった国だし、併合される前の彼らの母語はヴァルツ語であるため、全く違う言語である高地ヴリシア語を理解することはできないだろう。
『Zeshkenζ gu ol silvs ёan klksudnaiden fiwtmau, Жэ bhnm sxwrt agu bolggalff дё whekgyolp(各部隊は住民の避難が完了するまで戦闘を継続し、軍港へと向かってください)』
武器庫のドアを開け、中に残っている銃を確認する。武器庫の中に残っているのはモシンナガンやトカレフTT-33くらいだ。
残っているモシンナガンと7.62mm弾のクリップを掴み取り、外にいる丸腰の兵士たちに手渡していく。自分の分のライフルを手に取ってからボルトハンドルを引き、5発の弾丸を装填する。
「よし、行くぞ。居住区の通路で防衛ラインを構築する」
「了解! ミハイル、その重機関銃も持っていくぞ!」
「了解です!」
銃剣の付いたライフルを抱えながら、俺は仲間の兵士たちと共に通路を走り始めた。




