異世界で復讐者たちが現代兵器を使った結末
これが、俺の母親の―――母たちの物語。
復讐のために生き、やがて母となった1人の女と、彼女と共に歩み復讐に生きた1人の悪魔の物語だ。まあ、これが本当の事かは分からない。冷戦が終わり、テンプル騎士団上層部も新体制に入れ替わったことで情報開示が進んでいるけれど、それでもなお機密扱いの情報は数多い。
シュタージの検閲と情報統制は未だ健在で、団長となった俺でもアクセスできない禁断の記録というのは結構残っているのだ……まあ、それには触れない方が良いだろう。深く、甘い闇の中でそっと熟成させておこう。二度と誰も目にする事が無いよう、厳重に。
とにかく、全てを語り終えた。俺の知っている母の姿、作戦の公式記録に残っている母の記録。
ジャム入りの紅茶を口へと運んだ。話に夢中だったせいで、俺の方のティーカップにはまったく口を付けていない。おかげでせっかくの紅茶が冷めていた。
甘酸っぱい香りのそれを口に含み、喋り続けて乾いた口の中を優しく潤す。この話を、今日の話を彼女がどう受け取るか、そればかりが気になった。
情報開示が進み、上層部も殆どが入れ替わって新体制となったテンプル騎士団だけど、世界大戦に冷戦中、この世界を滅亡の縁まで突き落した戦いの中でテンプル騎士団が振り撒いた破壊の爪痕は今なお深く残っている。
西側諸国にとって、セシリア・ハヤカワという女は今なお破壊の化身のような存在に見えているのだという。ついこの間アナリアで製作された冷戦がテーマのアクション映画にも、テンプル騎士団がただただ破壊の限りを尽くす悪の組織として登場していて、ああ、俺たちはまだこういうふうに見られているのか、と思ったものだ。
彼女の評価はかつての東西冷戦の境界線、”鉄のカーテン”を境に180度違う。
西側では悪の組織の首領、破壊の化身として。
東側では二度の世界大戦を勝利に導き、無人兵器を退けた女傑として。
息子である俺は、出来るならば後者を支持したい。まあ、単純にここまで育ててくれた母親を悪く言えない、という気持ちもある。でも、母がやってきた罪があまりにも重すぎるというのもまた事実で、息子として彼女をどう見るか、と言われても、白か黒かではっきりと断言できないというのが正直な感想だった。
だから彼女が、マリエ・センドウ氏が俺を訪ねてきた時、もしかしたらその事について聞かれるのではないかと身構えていたのだけど、意外にもその質問は来ず、ありのままのセシリア・ハヤカワという女の素顔を教えてほしい、と言われた時は少しばかり困惑したものだ。
とにかく、俺が知っている事はこれが全て。
「……母がやってきた事が100%正しい、と言うつもりはありません」
重々しい口調で言うと、マリエは目を細めた。
「戦争に勝利した実績や、命を賭けて世界を守ろうとした偉業を盾にその罪を帳消しにするべきとも思わない……でも、でもね、セシリア・ハヤカワという女は、私にとってはただ1人の母なのです。幼い頃から戦乱の時代しか知らず、破壊でしか何かを残す事が出来ない不器用な女……平和な時代を知らぬ彼女が、血濡れた手でもなお何かと残そうと足掻いて、足掻いて、足掻き抜いた。その結果が今の世界なのだと―――破壊の爪痕が幾重にも刻まれた、この”壊れかけの世界”なのだと、私はそう思います」
だから、これから始まるのは再生の時代なのだ。
二度に渡る世界大戦、核戦争の一歩手前で踏み止まった東西冷戦。それらの戦乱の只中で、世界は何度も分断され、砕かれ、引き裂かれた。だから癒しが必要なのだ。
傷ついた人々に、本当の意味での安寧を約束する。戦争の無い平和な世界、幻想だと言う人もいるかもしれないけれど、その果てしなく遠い幻想を、俺は掴み取ってみたい。
そして平和な世界を次の世代へ遺すのだ。
それが俺の―――いや、”俺たち”の理想。
「団長、そろそろお時間です」
「ああ……もうそんな時間か。申し訳ないが、これからNATOの会合に行かなければ」
「ええ。ハヤカワ団長、本日は貴重なお話をありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、マリエは踵を返してオフィスを後にする。果たして彼女は合衆国に戻り、今回の話をどうまとめるのか。かつて冷戦で俺の母と対峙していたユニットXの老兵たちにどう語るのか、ちょっとばかり楽しみだ。
さて、俺もやるべき事をしよう。NATO本部はアナリア合衆国のロサンデル。かつてクレイデリアと鎬を削り合っていた大国だ。今では互いに友好国として上手くやっている。かつての不倶戴天の敵が、今や最大の同盟国でありビジネスパートナーというわけだ。
我々が掲げる”再生の時代”には、彼らの協力が必要不可欠。今回の議題には食糧問題や紛争問題が挙がっている。
世界の再生のためには、やるべき事が山積みだ……今日も忙しい一日になりそうだ、と思いながら、オフィスのソファから腰を上げた。
「―――さあ、行こう。新しい時代を始めに」
目を覚ますといつも、ベッドの傍らにある写真が目に入る。
私が若かった頃の写真だ。真ん中に力也がいて、彼の腕の中にはまだ幼いシズルがいる。彼の隣に居るのはまだ不慣れな笑みを浮かべる姉さんと、幸せそうな笑みを浮かべる若い頃の自分。あの写真を見る度に思うのだ……戦争さえなかったら、復讐さえなかったら、と。
もし普通の人間として生きていたら、幸せだっただろうか?
そこまで考えが至り、いつも思考を切り替える。
どうであれ、あの頃は確かに幸せだったのだ、と。
戦乱の時代……いつ誰が死んでもおかしくない、狂気の時代。怨嗟と炎が乱舞する世界の中で、しかし私たちは幸せだった。それが束の間の幸せだったとしても、あの頃が一番人間らしく生きる事が出来た、と今でも思う。
だから、彼と―――力也と出会う事が出来て、本当に良かった。
今ではすっかり年老いて、自分で身体を動かす事も出来なくなった。枕元にある思い出の写真は見えるが、視力も段々と落ちてきているし……記憶も曖昧になりつつある。昔の事ははっきりと覚えているというのに、他人の名前も、顔も思い出せなくなる時があるのだ。
認知症、という奴だろうか。
今年で自分が何歳なのかも思い出せない。そろそろキメラの平均寿命である60歳を過ぎ、いつお迎えが来てもおかしくない頃ではあるのだが。
やるべき事はすべてやった、と思う。
兵士としてやるべき事は果たした。二度と立つことも、武器を手にする事も出来ぬ身体になってしまったが、でも未来を守る事はできた。そして母として息子を立派に育て上げ、テンプル騎士団の団長という役目を任せるまでに至った。
もう、この老いぼれにできる事などない。
世界の変革も見届けた。小規模なテロが社会問題化しつつあるようだが、私の若かった頃の世界と比べれば随分と優しく、平和な世界となった。
あんなにも理不尽に牙を剥いた現実が、人間の在り方次第でこうも優しい顔を見せるとなると、つくづく私のやり方は誤っていたのだと痛感してしまう。
武器を手にする必要など、なかったのだ。
自分で勝手に世界は理不尽だと、運命は残酷だと決めつけていた。
それがどうだろうか。
血濡れた武器を手放すだけで―――世界はこんなにも優しい顔になるとは。
戦えぬ身体になり、母になり、年老いてやっと、それに気付いた。
戦う事ばかり考えていて、見えなかったのだ。
答えはいつも、すぐ傍らにあったという事に。
人生の終着点でやっとそれが分かった。
「……」
誰もいない、静まり返った部屋の中。
専属の看護師も、数時間前までこの部屋を訪れていた我が子もいない。薄暗い照明が照らす静かな部屋の中に、金属音の混じった特徴的な足音が確かに響いた。
いつの間にか、人の気配があった。
重々しく、けれどもどこか懐かしい感覚。
ベッドの横に目を向けると、そこに人影があった。
「ぁ……あ……」
すっかり視力が落ち、何もかもがぼやけて見えるようになってしまった右目から、熱い雫が零れ落ちる。ただでさえ何も見えない視界が更に涙でぼやけてしまったが、それでもその人影の正体は分かった。
ああ、あの頃と全く変わらない。
ヒグマみたいな体格で、それを支える四肢は機械の手足。
復讐を誓い、ヒトである事をやめようとしてもなお、ヒトとして死んでいった不器用な男。
私が伴侶に選んだ、最愛の夫。
死別して何十年も経ったというのに、彼の姿はあの頃と変わっていなかった。
それに対して私は、随分と歳を取った。こんなしわだらけのおばあちゃんになったというのに、それでもいいのか、力也?
微笑みながら、力也は機械の手を差し出した。
「……ああ、やっと……やっと迎えに来てくれたのか」
頬を伝う涙の感触。
かすれた声でそう言いながら、夫の姿をした死神の手をぎゅっと握った。
その瞬間、光が見えた。
真っ白な、優しく広大な光の海。その光の中で―――先に逝ったみんなが、私を待ってくれていた。
姉さんやウラル教官、クラリッサ、キール、ジェイコブ……志半ばで斃れていった同志たち。あの激戦を生き延び、天寿を全うした同志たち。彼らはずっと待ってくれていたのだ。
私が役目をすべて終えるのを。
『行こう、セシリア』
『ああ』
みんな、待たせてしまってすまない。
力也の手をぎゅっと握りながら、私は光の中へと駆け出した。
1969年、8月3日。
かつてテンプル騎士団最強の団長と謳われたセシリア・ハヤカワは、誰にも看取られる事なく、自宅の一室にて静かに息を引き取った。
享年68歳、死因は老衰だった。
激動の時代に生まれ、戦乱の時代を駆け抜けた女傑は、静かな夜に眠りについた。
「ねえねえ、お父さん」
「ん?」
真っ赤に染まった夕暮れの空。まるで燃えているかのようなそれを見上げていると、手を握っていた息子が言った。
「セシリアおばあちゃんはどこに行ったの?」
「……おばあちゃんはね、お星様になったんだよ」
幼い頃を思い出す。
見たことも無い自分の父の墓参り。その帰り道に、在りし日の母に尋ねたものだ。お父さんはどこに行ったの、と。
それは単なる好奇心だった。幼かったが故に、”死”という概念がどういったものなのか理解していなかっただけなのかもしれない。知らぬが故に涌き出た好奇心に、母は同じようにこう答えた。
”お父さんはお星様になったのだ”、と。
夜空に煌めく星の海。あの中のどれかがお前のお父さんだ、と。
だから俺は、夜空に―――あの星の海に、興味を持った。
ロケットに乗って父に会いに行く。その壮大すぎる目標のきっかけを与えてくれたのは、他でもない俺の母、セシリアだった。
そしてついに、母も星になった。
俺もいずれそうなるのだろう。この子に全てを託し、役目を終えたらきっとそうなる。魂は星になって、冷たく暗い星の海から地球を見下ろすのだ。
そうして命は受け継がれていく。
願わくばそれが、未来永劫続きますように。
戦乱に掻き消される事なく、永遠に。
「おじいちゃんもお星様になったんだよね」
「ああ、そうだよ」
「……セシリアおばあちゃん、おじいちゃんに会えたかな」
「ああ」
夕暮れの空にも、星の光が見えた。
「……会えたさ、きっと」
夏の一日、息子を連れた母の墓参りの帰り道。
帰路に就く親子の頭上で―――2つの星が、確かに光を放っていた。
最終章『異世界で転生者たちが現代兵器を使うとこうなる』 完
エピローグへ続く




