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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
最終章 異世界で転生者たちが現代兵器を使うとこうなる
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母が武器を置いた日


 あの時の事はよく覚えている。


 倭国の首都、トウキョウから見て東の空に見えた、真っ白な眩しい光。


 それが星の落ちた光だと―――ハーキュリーズ13の落下の光だと知ったのは、母の後を受け継いだ後の事だ。


 その光が何なのか、幼かった頃の私には分からなかった。


 けれども―――まるで母が別れを告げているような、そんな感じがした。


 だからこそ、無意識のうちに口から漏れていたのかもしれない。


 『おかあさん』、と。













 懐かしい温もりが、すぐそこにあった。


 ごつごつしてて、力強くて、大きな背中。その表面に触れてみると、そこには数多の古傷が刻まれているのが良く分かる。傷の一つ一つは戦いの中で刻まれた傷。大切なものを守ろうとし、自分から全てを奪っていた相手を屠ろうとして、刻まれてしまった古傷。


 痛々しくも、けれども優しい背中の感触。


 この背中には、覚えがあった。


 真っ白な光の中―――ボロボロになった私を背負い、光の中を歩き続ける大男の背中。


 かつて復讐のためだけに生き―――熾烈な戦いの中で、人間らしさを見出していった不器用な男。


 私たちがかつて愛した、最愛の男。


「力也……?」


 私を背負いながら光の中を歩く彼の名を、弱々しい声で呼んだ。


 ああ、もうこんな声しか出なくなったか。掠れるような、今にも死んでしまいそうな人間の声。彼の耳に届いているかどうかすら怪しいレベルだったが、光の中を征く力也はゆっくりとこっちを振り向き、あの頃と変わらない笑みを浮かべた。


 ほんのちょっぴり呆れながらも、しかし私らしいという、諦めも含んだ笑み。


『まったく……困った女だ』












『―――長―――団長―――っかりしてください、団長!』


「う……ぁ……?」


 目を開けると、青空があった。青く、蒼く、純白の雲を抱いた大空。どこまでも広がる綺麗なそれを背景に、私の顔を覗き込みながら必死に呼びかける兵士の顔が目に入り、うめき声を上げながら身体を動かそうとする。


 あれ……ここは?


 潮の香りと、海水でびっしょりと濡れた嫌な感触。そして相変わらず、身体に力は入らない。


 周囲を見渡すと、ここは駆逐艦の甲板の上であることが分かった。


 駆逐艦『ヴェールヌイ』―――かつて倭国支部から送られ、第一次世界大戦より現役で戦い続けている小さな老兵。という事は、彼らはヴェールヌイの乗員たちだというのか。


「ああ、無理しないでください! 今軍医を呼びますので!」


「あ……ぁ……?」


 身体に力が入らない理由が、分かった。


 右腕は肩から先が消失している―――これはまあ、記憶がある。あの世界核での戦いで、完全体の戦闘人形オートマタに消し飛ばされたからだ。幸い傷口は炭化しているので出血はないが、義手の移植は難しそうだ。


 そして身に覚えのないのが、膝から下が消失した両足だった。


 四肢のうち、残っているのは左腕のみ。しかし肘から先は有り得ない方向へ曲がっているし、指も人差し指と親指が欠けている。再生能力を失った以上、もうまともな生活を送れない事は明白だった。


 ああ―――出会った頃の力也も、こうだった。


 黴臭い強制収容所の独房で、手足を切り落とされて吊るされていた力也。あんな死にかけの男が、のちに私の夫になるなど、当時の私では想像もつかなかった。


 いや、それよりも。


 ―――なぜ、私は生きている?


 動かせる範囲で海原を見渡した。ファルリュー島らしき島は、水平線の向こうには見当たらない。何の変哲もない、蒼く深い海原がどこまでも続いていて、空ではカモメたちの鳴き声が響いている。


 ハーキュリーズ13の落下により、ファルリュー島は完全消滅した。衛星砲の落下と、それに搭載されていた対消滅榴弾による爆発で、跡形もなく吹き飛んだはずだ。


 その中枢に私もいたのだから、無事で済むわけがない。


 なのに……それなのに、なぜ。


「良かった……本当に良かった、貴女が無事で」


 涙声で言いながら駆け寄った軍医から、エリクサーの投与を受けた。身体中の痛みが静かに消えていき、傷口が塞がっていく。皮膚の下で筋肉繊維がもぞもぞと動き回る感触に顔をしかめながら、軍医の顔を見上げた。


「対消滅弾頭の爆発半径のギリギリ外を漂流していたんですよ、団長。危なかった……あと数センチ島に近かったら、両足だけじゃなく貴女も完全に消し飛んでいたところでした」


 軍医に言われ、私は光の中を歩いていた力也の姿を思い出した。


 途端に右目が―――残された目が、ぶるぶると震え熱くなる。


 ああ、そうか。


 お前が……私を助けてくれたのか。


 まだ死ぬなと―――こっちに来てはならぬと、そう言いたいのか、力也。


 どうして?


 私は成すべき事をした。お前を、みんなを弄んでいた元凶を討ち果たし、世界を守った……これ以上、私にする事があるというのか? 何をしろというのだ?


 指の欠けた手に力を込めようとしながら、空を見上げて慟哭した。言葉が何も出てこない。言語に変換される前の感情が、嗚咽となって口から漏れるばかりだった。


 そうだ―――兵士としての役目は、確かに終わった。


 私の成すべき事―――それは兵士として、武器を手に戦うことではない。


 もう、戦争は終わった。私たちの時代は終わったのだ。


 後は”母として生きる”事……子供を、彼が、力也が託してくれた小さな命を育て上げ、次の世代へとバトンを渡す事。


 それが私に課せられた、最後の任務なのかもしれない。


 困った女だ―――光の中で、呆れながら告げた力也の言葉。子を遺して死のうとした私を咎める言葉であり、母としての役目を見失いつつある私を戒めるための、アイツなりの警告だったのかもしれない。


 ならば私は、母として生きよう。


 武器を置いて、戦いの中でしか生きられなかったかつての私と決別するのだ。


 復讐は終わった。もう私には、武器を握るための腕も、立ち上がるための足もない。


 これがきっと―――復讐の代償なのだろう。


 だから後は、この傷を戒めとし―――子に、孫に、子孫たちに、全てを伝えよう。


 戦争という破壊の時代、その恐ろしさを。


 一度でも手を血で穢せば、それは二度と消える事はないのだ、と。


 本当に必要な事は他者を威圧する事ではなく、手を差し伸べる事なのだ、と。






 そうだろう、力也?














「ああ、ありがとう。ここだ」


 車椅子をここまで押してくれたシルヴィアに礼を言い、目の前にある墓石を見下ろした。


 アルカディウス郊外、エデンティウスの森の入り口にひっそりとある、小さな墓石。


 ここに夫と、姉さんが眠っている。生年月日と没年、安らかに眠り給えという短い一文の刻まれた真っ白な墓石。私もこの下で眠る事になるのは、きっとまだまだ先の事なのかもしれない。


 でも、いつかきっと―――全てを終わらせたら、母としての役目を終わらせたら、きっと。


 その時は、胸を張ってみんなの所へ逝こう。


 そうなる頃にはもう、私はしわだらけのおばあちゃんだろうけれど。


 持ってきた花束を墓前に供え、ポケットからあるものを取り出す。


 それはかつて、力也が振るっていた彼の得物。死後、私が受け継ぎ共に戦場を渡り歩いた、彼の大きなカランビットナイフ。数多の敵兵の首を狩り、多くの転生者を屠ってきた復讐者の刃―――頼もしかったそれも、私にはもう不要だ。


 花束と一緒に、それも墓前にそっと置いた。


 彼から借りていた刃を、返す時だ。


「……ありがとう、シルヴィア。お前には迷惑をかけるな」


「いいえ、お気になさらず」


 相変わらず不機嫌そうなシルヴィアの表情だが、角度のせいなのか、それとも気のせいか、珍しく微笑んでいるようにも見えた……いや、錯覚だろう。あの戦いが終わってから、私も視力が落ちた。最近では新聞を読むのも一苦労だ。


 帰ろう、と言うと、シルヴィアは再び車椅子を押し、草原の中で停まっているいるジムニーの方へと連れていってくれた。両足と右腕を失い、随分と軽くなった私を抱えて後部座席に乗せ、車椅子を折り畳んでから運転席へと座るシルヴィア。やがてジムニーが走り出し、草原の中に在る小さな墓石が見えなくなっていく。


「どうだ、テンプル騎士団の様子は」


「みんな寂しがってます。団長が急に辞職してしまうものですから」


 淡々と言うシルヴィアだが、声音は確かに寂しそうだった。彼女との付き合いも長いからか、ほんのちょっとの仕草の変化でその内面がなんとなく分かるようになった。最近の特技である。


 あの戦い―――”大災厄”と呼称された無人兵器との戦いの後、私はテンプル騎士団の団長を辞任した。


 組織にあれだけの大損害を出し、自分だけおめおめと生きて戻ってきた事に、少なからず不甲斐なさを感じているし、戦力の83%も失ってしまったことへの責任もある。


 それにこの身体では、組織の指導者も務まらない。だから団長代理をシルヴィアに任せ、リキヤが役職を引き継げるくらい成長するまで、彼女に無理を言って頑張ってもらっている。


 戻って来い、とはシルヴィアは言わなかった。私の気持ちをよく理解してくれているのだと信じたい。


「指示通り、喪失した分の戦力の補充は行わず、予算は戦後復興と人道支援に充てる事となりました。軍備も最適化を進めています」


「ああ、それでいい」


 83%の戦力を失ったとはいえ、今でもテンプル騎士団の残る17%の総戦力は、アナリア合衆国と同等の規模を維持している。が、軍拡で相手国を威圧する時代はもう終わりだ。これからは諸外国と手を取り合い、共に再生と繁栄へ邁進していく時代。


 だから再度の軍拡は指示しなかった。


 草原が遠ざかり、車はアルカディウス郊外にある住宅街へ。まだまだ大災厄の爪痕が残る住宅街だったが、復興はゆっくりとだが着実に進んでいるようで、半壊した家の立て直しも行われている。


 小さな子供たちが遊んでいるのを見て安堵しているうちに、車が家の前で停車した。運転席から降りたシルヴィアが、折り畳んで積んでいた車椅子を車の外で展開し、後部座席で座っていた私を抱えて車椅子の上へ。


 さすがにいつまでもシルヴィアに介護をまかせっきりなのも申し訳ないし、いつかステラ博士に頼んで自走式の車椅子を用意してもらうとしよう……そんな事を考えながら玄関のドアを開け、ただいま、と大きな声で告げた。


 もう既に帰ってきている頃だろう―――倭国へと疎開していた、最愛の息子が。


 ぱたぱたぱた、と床の上を走る小さな足音が迫ってくるのが分かる。こんなにボロボロになった母の姿を見て、あの子はどう思うだろうか。ちょっとばかり不安になったけれど、とにかく無理にでも笑みを浮かべ、あの子を出迎える事にした。


 やがて、リビングから姿を現したリキヤが廊下を真っ直ぐに走ってきた。車椅子の上に乗り、片腕と両足を失った私を見て一瞬だけ困惑したようだったが―――リキヤは嬉しそうな笑みを浮かべ、そのまま胸へと飛び込んできてくれた。








「おかあさん、おかえりなさいっ!!」










 1935年 12月14日


 セシリア・ハヤカワ 生還


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