蒼き戦士
『リキヤに備えよ』。
その言葉の意味が、今になって分かった。
タクヤ・ハヤカワの力と容姿を模した完全体の戦闘人形の攻撃を回避しつつ、祖先から語り継がれてきた短い警告の意味を悟る。それこそ1世紀にもわたる時間の中でその本来の意味は薄れ、歴代当主たちが見落としていた本当の意味も、今だからこそ分かるというものだ。
リキヤとは破滅の使徒。世界を滅亡へと導く存在を文明諸共消し去るための、神々が用意した安全装置―――いわゆる”対文明兵器”。
傍らに居る者の復讐心を煽り、精神を汚染して攻撃的な思想へと変貌させ、ヒトをヒトの手によって消し去るよう促す存在。
そしてそれは遺伝し、子へ、子孫へと受け継がれる。
リキヤの遺伝子がこの世にある限り、戦いは消えない。
だから備えよ、と祖先は言い残したのだ。
『戦に備えよ』―――リキヤとは、戦争の化身なのだと。
後方へ小さくジャンプし距離を取りつつ、SFP9を連続で放つ。パンパンッ、と小気味良い乾いた音が連鎖し、9mmパラベラム弾がタクヤへと牙を剥く。
しかしそれは、白い人工皮膚に触れるよりも先にナイフで弾かれ、単なる金属の礫へと成り果ててしまう。
ならば、と拳銃を尻尾に持たせ、武器を刀に持ち替える。柄をぎゅっと握り、ナイフ2本で武装するタクヤへ白兵戦を挑んだ。
伝承では、タクヤ・ハヤカワはナイフを用いた白兵戦の達人だったと言われている。”切り裂きジャック”の異名に恥じぬ素早さと的確な斬撃、そして恐るべきスピードで多くの転生者を屠ってきた事で名高く、一説では初代当主よりも実力は上なのではないかとされているほどだ。
だが―――刀とナイフではどちらが有利か、言うまでもあるまい。
切っ先をタクヤへ向けつつ、前に出る勢いを乗せて刺突を放つ。ブォンッ、と空気が射抜かれる重々しい音が響くが、それだけだ。手応えは軽く、文字通り空振りしたかのよう。威力があり過ぎて手応えを感じなかった、などと言うことは無い。今までにそういう事は何度かあったが、今回は違う。
当たっていない、避けられた―――そう確信を抱いた頃には、今の一撃を姿勢を低くして回避したタクヤが、目から紅い残像を曳きながら、身体のバネを使って今まさにナイフを下から突き上げようとしているところだった。
身体中にゾッとした冷たい感覚が走り、右腕を大急ぎで引き戻す。
ヒュッ、と鋭い風が目の前を突き抜けた。頬が微かに切れ、皮膚から血が滲み出る。
あと少し気付くのが遅かったら、皮膚の表面どころか顔面を持っていかれるところだった。
傷口を再生させつつ、刀を振り上げ斬撃を飛ばす。こんな単純な攻撃で仕留められるとは思っていない、あくまでも牽制の意味合いが強い一撃だ。案の定、タクヤは目から紅い残像を曳きながらあっさりと回避し、逆にスパークを纏った斬撃を撃ち返してきた。
左へジャンプして攻撃を回避、空いている左手からファイアーボールを放って反撃する。
第一形態―――力也を模した最初の形態と比較すると、その動きは全く違っている事が分かる。
第一形態が訓練を受け、その技量を限界まで研ぎ澄ました兵士の動きだったとするならば、今の第二形態、つまりタクヤを模した形態の動きは速さを追求したアクロバティックなものだ。ヒトでありながらヒトの動きから外れようとしていて、なかなかに動きを読むのが難しい。
ファイアーボールを側転で回避したタクヤが焼け爛れた大地へと降り立った。燃え残った結晶の花が花弁を散らし、蒼く変色した火の粉が一気に舞い上がる。
タクヤの属性は、キメラの中でも稀有な雷と炎の二重属性。両親たるリキヤとエミリアの遺伝子を色濃く、尚且つ均等に受け継ぎ、双方の素質を兼ね備えた才人でもあった彼女。敵に回すとこんなにも厄介なものかと思いつつ、視界の端に表示されているタイマーをチェックした。
ハーキュリーズ13落下まで、あと14分―――頭上の大穴に目を向けると、既に日が没しつつある空から血の雫にも似た紅い光が見えていた。ハーキュリーズ13から剥離し、一足先に大気圏へ突入してきた破片だ。
それはまるで、人類史の終焉を思わせる光景だった。世界の終わり、そして次の時代の始まり―――それは確かにそうなのだろう。世界大戦に冷戦、破壊という時代が終わり、再生の時代が始まる。
私の命と引き換えに、その幕を引くのだ。それがせめてもの救いか。
そうだ、この完全体に打ち勝つ必要はない。せめてハーキュリーズ13の落下の瞬間まで、こいつと後方に佇んだまま動かない、しかし機能をまだ維持しているL.A.U.R.A.をここに釘付けにする事さえできればそれで良い。
やがてここに星が落ち、全てを終わらせてくれる。
だが―――だからといって手を抜くのは、私の主義にも、そしてハヤカワ家の主義にも反するというもの。
人生の最期を締めくくる戦いなのだ。あの世で、地獄の業火に焼かれながら後悔する事の無いよう、全力で戦わなければ損をするというもの。
タクヤの人工皮膚の表面に、スパークと共に蒼い燻りが生じた。彼の宿す炎は大空の如く蒼く、異質なものであったという。よく見ると周囲の焼け爛れた大地の火種も蒼く染まり、全てがタクヤに同調しているように思えた。
この中での異物は、私だけ。
20式小銃に持ち替え、セミオートで発砲。が、PK-120のレティクルの向こうからタクヤの姿が消え、5.56mm弾が虚空を裂く。
視覚だけでなく、聴覚に嗅覚、そして魔力反応でも素早く索敵。特に嗅覚に自信があったおかげで、真っ先に奴の居場所を知ることができた。
―――頭上。
ぎょっとしながらも後方へジャンプ。頭上から逆手持ちにした2本の大型ナイフを振り下ろしてきたタクヤ。脳天を狙ったその一撃は、私が手にした20式小銃のハンドガード上部を深々と抉り、アサルトライフルを使用不能にしてしまう。
20式小銃を投棄し、右手に刀を、左手にSFP9を握り応戦。9mm弾の連続射撃で回避、あるいはナイフによる防御を強い、無防備になった隙を突き大きく踏み込んだ。
弾丸をナイフで弾いていたタクヤも素早く反応。左手に持ったナイフをこちらに向けて投擲し牽制してくる。
刀に角度を付けてガードし、投擲されたナイフの切っ先を受け流す。跳弾したナイフが肩口を軽く裂いたが、そんなものダメージにもならない。
マガジンが空になるまでSFP9を連射し、スライドが後退したまま沈黙するのを悟ると同時に投棄。今のが最後のマガジンだ―――ここから先は、銃器無しの白兵戦中心になる。
祖先の技までも魂の無い機械にコピーされている事には憤りを覚えるが―――それとは裏腹に、ほんの少しばかりではあるが高揚している自分が居た。
まさか時を超えて、英雄たる祖先と刃を交える機会を得られるとは。
無論本物ではなく、あくまでもそれは技と動きを真似ただけの木偶人形に過ぎない。本来そこにあるべき魂―――その高みに至るまでの過程を経てきた、重みがないのが物足りないところではあるが。
姿勢を低くし、更に深く一歩。両手で刀の柄を握り、身体から無駄な力を抜く。
1本だけになったナイフを振るい、首筋を狙うタクヤ。が、その刃が首を捉えるよりも先に、振り上げた本気のかち上げが大型ナイフの刀身とぶつかり合い、激しい火花を散らした。
ぎりり、と刃がこすれ合う金属音。歯を食い縛り、全身の筋力を使って押し上げる。
ふわり、とタクヤの身体が浮いた。
奴の動きは素早く、攻撃は鋭い。動きもアクロバティックで見切り難く、動きを読むのは困難を極めるが―――無論、欠点はある。
どんな英雄でも完璧などではないのだ。何かしら弱点がある―――少なくとも、人の子として生まれた以上は。
タクヤの場合、その弱点が”軽さ”だった。
奴の攻撃には重さがない。最初に力也を模した第一形態と戦った時は、その攻撃の重さに度肝を抜かれたものだが―――タクヤの場合、圧倒的なパワーで相手を叩き潰すというよりは、素早く鋭い一撃で的確に急所を突く、暗殺者の戦い方を彷彿とさせる。足りない重さを速度と手数で補うタイプの戦い方、と言えば伝わりやすいか。
故に、力比べとなれば私の方に軍配が上がる。
回避を選択せず、鍔迫り合いを許したのが貴様の失策よ。
ふわりと浮いたタクヤの身体。さらに力を乗せ、刀を大きく振り上げた。
「うあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
雄叫びを上げ、振り払う。攻撃を受け止めきれなかったタクヤが上へ上へと大きく吹き飛ばされ、世界核の天井、分厚い岩盤に背中を強打する。
機械でも間違えるのだ―――判断の誤りは誰にだってある。無論、神でさえも。
それは生きている以上、決して逃れる事の出来ぬ宿命なのだ。
『―――』
手にしたナイフに雷の魔力を形成し、蒼く長い刃を生み出すタクヤ。まるで剣のような長さになったそれを手に、天井を思い切り蹴って急降下してくる。
くるりと刀を回し、それを足元の地面に突き立てる。空いた両手の指を鳴らし、肩の力を抜いてからぎゅっと拳を握った。
空気を裂くような音すら置き去りにし、タクヤが真っ直ぐに突っ込んでくる。狙いは私、この首一つ。
蒼い雷の剣、その切っ先をこちらに向けながら急降下してくるタクヤ。私はそれを敢えて正面から迎え撃つことにした。
両手を黒い外殻で握り、目を瞑る。
素早い動きに翻弄されるというのならば、見なければ良い。視覚情報がノイズになるならばそれをシャットアウトし、他の感覚に頼るまでの事。
空気の焦げる臭い、風邪を裂く音、膨れ上がる濃密な魔力反応―――それらの全てを把握すると同時に目を見開き、右の拳を振り上げた。
ゴシャアッ、と右の拳がタクヤの―――祖先を模した戦闘人形の顔面にめり込む。シリコン製の人工皮膚越しに、内部の骨格にも亀裂が生じるほどの衝撃が伝わったことが分かった。
が、こちらも無傷ではない。奴が首へ突き立てようとした一撃、その雷の切っ先が、右の肩の付け根を深々と貫いており、肉の焼ける激痛と痺れにも似た感触が、右の半身をこれでもかというほど苛んでいる。
歯を食い縛り、痛みに耐えながらそのまま殴り飛ばす。華奢なタクヤの身体がまたしても吹き飛び、地面に一度背中を叩きつけてバウンドしてから、世界核の隅にある壁に激突してやっと止まった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ぐ、あ……」
傷口の再生が、遅い。
ああ……そうか、魂もそろそろ底を突くか。
それにしても痛いものだな、これが”生”か……長い長い戦いの中で、忘れていたかもしれない。
まだ痺れの残る右手に代わり、左手で地面に突き立てた刀を握った。切っ先を地面に擦り付け、姿勢を低くしながらタクヤに向かって前進。全力で突っ走った勢いを乗せて跳躍し、空中で一回転。脳天から股に至るまでを両断するつもりで、本気の縦斬りをお見舞いする。
ガッ、と剣戟が止まった。晴れていく土煙の中露になったのは、受ければ致命傷となるであろう一撃を間一髪で、しかも真剣白刃取りで受け止めたタクヤの姿。
『―――』
「はッ―――」
やりおるわ。
果たしてそれが機械としての反応の早さか、祖先の洗練された技が可能としたことかは定かではない。
タクヤが両手を捻った。パキンッ、と嫌な音を響かせて、刀身の痛んだ刀が真ん中から二つにへし折れる。きらりと微細な金属片が舞い、柄を握っていた刀から力が抜けていったような気がした。
両手を離し、外殻で覆った腕を振るおうとするタクヤ。重心を低く沈めた状態でボディブローを放とうとするタクヤだったが、私はそれよりも先に刀の柄から手を離し―――タクヤが手放したばかりの、折れた刀身を握っていた。
最早戦士としての礼儀作法も無い。互いに殺意を剥き出しにした殺し合い―――故に獣のような野蛮な咆哮が、この口から漏れた。
「やぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッ!!」
今まさに拳を突き出そうと、攻撃に意識を集中させていたタクヤの首元に、折れた刀の刀身を思い切り突き立てる。
寸前で反応し、キメラの外殻で防御しようとするタクヤ。しかし体表の硬化が一歩間に合わず―――外殻が首元を覆う寸前に、折れた筈の刃がその首筋を穿つ。
『―――』
透明な紅い人工血液が勢いよく吹き出し、蒼いスパークが周囲で荒れ狂った。それでもなお拳は止まらず、私の腹を思い切り殴打したが、この一撃が奴にとって致命傷になったのは間違いあるまい。
ボディブローの直撃を受けて吹き飛ばされ、背中を焼け爛れた地面に打ち付けながらも、何とか立ち上がる。
ハーキュリーズ13の落下まで、あと12分―――。




