死者への賛辞は鉄血の剣戟で
かつてその男は、死にかけていた。
謂れのない罪を着せられ、妹を惨殺された挙句、手足を切り落とされ幽閉されていた。ヒトとしての尊厳も、何もかもを踏み躙られ、全てを奪われたただの抜け殻だった。
そんな、捨て置けばすぐにでも消えていたであろう命を救い、復讐のための手駒に仕立て上げたのは私だ。
最初の頃は使える駒を手に入れた、という程度の認識だった。命令には従順で、祖先の端末を強引に使っているにもかかわらずそれにも適合。義肢にも素早く順応し、戦闘能力も兵士の中では極めて優秀―――。
いつからだろうか。
彼を駒としてではなく、1人の男として―――異性として扱い、愛するようになったのは。
復讐を誓い、人としての道から外れる覚悟をしておきながら、それでもどこかで人であろうとした男の矛盾。それすらも抱いてなお戦い抜こうとしたその姿に、私は惹かれていたのかもしれない。
ああ、だからこそ。
あの男を愛し、あの男との間に子をもうけたからこそ―――その残滓を、残り火を摘み取るのもまた私の役目。
無造作に振り下ろされた鉄杭を刀で受け止め、腕を伝う衝撃に歯を食い縛る。せいぜい長さ1.5m、直径10cm程度の、何の変哲もない鉄杭での殴打に過ぎない。にもかかわらず、刀を介して腕へと伝播したその衝撃は、まるで激昂した巨人が力任せに殴りつけてきているかのようだった。
筋肉が、骨が、ビリビリと伝わる雷の如き衝撃に悲鳴を上げる。骨格が歪んでしまうのではないかと思いつつも、受け止められてもなお強引に押し込もうとする戦闘人形の完全体―――リキヤの膂力に全力で抗う。
得体の知れない相手にいきなり全力でかかるというのはスマートなやり方ではない。過去の私は敢えてその愚を犯し、最初の一手から全力の一撃を叩き込んでいたものだが―――ああ、今ばかりはそれが愚策などではない、と断言していい。
小手調べだの様子見だの、そんな事をしている場合ではなかった。手を抜けば死ぬ―――全力を常に出していなければたちまち殴り殺される。あらゆる戦場で研ぎ澄ましてきた兵士としての本能が、そう叫んでいた。
これは今まで戦ってきたどの相手とも比較にならない強さだ、と。
下手をすれば、私が全力を出したとしても敵わないかもしれない―――圧倒的な力の差を悟ってもなお、戦意は衰えない。
―――むしろ、高揚感すら覚えた。
同志たちの命が、全世界の人類の運命がこの一戦にかかっている。それは分かる。
敗北の許されない戦いでありながら―――私はそれを、楽しんでしまっていた。
歯を一際強く食い縛り、刀の角度をずらした。ずるり、と鉄杭が刀身の表面を滑り、そのまま受け流されていく。火花を散らしながら刀身を滑る鉄杭。持ち主たるリキヤは驚いた様子もなく、何の感情も無い顔でじっと私を見下ろしていた。
ぐらりと体勢を崩す様子もない。
ドッ、と鉄杭の切っ先が地面を殴打したところで、刀を薙ぎ払い首筋を狙う。
このリキヤを生んだ母たるL.A.U.R.A.は、何を思って姿を私の夫に似せてきたのか。この容姿で揺さぶりをかけるという意味合いが強いのだろうが、その効果以上に欠点が目立つ。
手足や下半身は良い、戦闘用の戦闘人形のものを改良したであろう防弾フレームがあり、見るからに頑丈そうだ。戦車砲でも持ってこなければ粉砕は期待できまい。
が、その上半身と頭はあくまでも人工皮膚で覆われており、装甲による防護は施されていない。言うなれば半裸の状態だ。人工骨格で防護するつもりなのだろうが、それにしても上半身の守りは脆弱と言わざるを得ない。
もらった、と刀を握る手に力を込める。
これは仕留めた―――その確信を、予想よりも硬い手応えと、跳弾にも似た金属音が裏切る。
「―――なに」
刀身は、リキヤの首で止められていた。
白に近い肌色の、シリコン製の人工皮膚―――その表面を、いつの間にか黒い外殻が覆っていたのである。
間違いない、キメラの外殻だ。
驚愕する私の首を、リキヤの左手が鷲掴みにする。咄嗟に首を外殻で防護し、首の骨をへし折られるのを防ぐが、それでもお構いなしに首をぎりぎりと締め上げてくるリキヤ。黒い外殻が軋み、今にも外殻諸共首を握り潰されそうになる。
「ッ!」
放さぬというならば。
左足を外殻で覆い、思い切り蹴り上げた。ゴギィンッ、と装甲に徹甲弾が直撃するような、少なくとも人間同士の殴り合いではまず生じぬであろう異質な轟音が世界核に響く。さすがに今の一撃は予想外だったようで、ほんの一瞬だがリキヤの手から力が抜けた。
その隙に拘束から脱し、武器を刀から62式機関銃へ持ち替える。見たところ、奴に飛び道具はない。魔術を使おうにも詠唱が必要になるであろう。遠距離では、詠唱の必要もなく、十分な威力を持つ飛び道具たる銃―――その中でも戦争の主役たる機関銃を持つこちらが有利だ。
常人の首ならば容易くへし折りかねない蹴りをものともせず、なおも完全体の戦闘人形はこちらを直視しながら、巨人の如き足取りでゆっくりと迫ってくる。なるほど、身長180cmで筋骨隆々ともなれば、確かにヒグマにも見えよう。こうして互いに殺意を向け合いながら戦場で対峙すると、在りし日の夫が見せた姿とはまた違う迫力がある。
ガガガッ、と62式機関銃が吼える。7.62mm弾の弾雨がリキヤに容赦なく襲い掛かるが、弾丸は全て弾かれてしまう。胴体や頭を捉えかねない弾丸は外殻で弾かれ、それ以外は防弾フレームで防がれた。ガギュギュギュ、と跳弾の音ばかりが聞こえてきて、私は小さく舌打ちする。
厄介なものを造ってくれたものだ―――。
次の瞬間、リキヤの左手に紅い光が燈った。炎というよりは、地殻の奥深くから湧き上がるマグマのような煌めき。その光を宿した左の拳で、リキヤは躊躇なく足元の地面を殴りつけた。
足元で咲き乱れていた蒼い結晶の花たちが一斉に発火する。世界核を満たしていた、静かな夜を思わせる蒼い光が一瞬で消え失せ、大地に紅い亀裂が奔った。割れ目から火の粉が噴き上がり、それから少し遅れて―――紅蓮の業火が顔を出す。
赤黒く、まるで地獄のような風景に変わった大地の中で、めり込んだ拳を引き抜きながらリキヤがこっちを振り向いた。閉じたままの口から、黒煙にも似た吐息が漏れる。
弾切れを起こし、予備の弾薬も使い果たした62式機関銃を投棄。20式小銃に持ち替え、フルオートに切り替えたそれでリキヤに5.56mm弾を叩き込む。
ガギュギュギュ、とまたしても跳弾する音。7.62mm弾よりも弾道が直進的で扱いやすいとはいえ、運動エネルギーもストッピングパワーもどちらも劣っている5.56mm弾。あの外殻による防御を何とかして掻い潜らねば、有効なダメージは与えられない。
ならば、とスリングで下げた20式小銃から手を離した。刀を手に、再度接近戦を挑む。
姿勢を低く―――急に立ち止まったらそのまま転げてしまいそうなほど、体重を前へと移動させた前傾姿勢。その状態で、足元から突き出た岩塊を思い切り蹴り飛ばした。
燃え盛る地面から突き出たそれが、まるで投石器から放たれた巨岩の如くリキヤ目掛けて直進していく。複雑な形状故の回転が更に弾道の読みにくさに拍車をかけるが、相手は機械。飛来する物体がどれだけ複雑な軌跡を描こうとも、その弾道を瞬時に計算し対応する事など朝飯前だ。
一流の剣士が剣を薙ぐが如く、無駄のない動きで鉄杭を振るうリキヤ。あの膂力と腕力で生まれる打撃力なのだ、岩塊程度ならばあっさりと砕いてしまうであろう。案の定、バガンッ、と小さな爆薬で爆砕されたかのごとく、岩塊が砕け散る。
バラバラになった礫の向こうには、既に刀の切っ先を向ける形で構えた私が居た。
『―――』
「―――!」
全力疾走からの跳躍、その勢いを全て乗せた渾身の刺突。狙うは眉間、それも後頭部まで突き抜くつもりで放った一撃だ。ガギュ、と硬い音がして、また防がれたかと悟り刀を引き戻そうとする。
―――が、抜けない。
「!!」
今の一撃を防いだのは、外殻ではない。
歯だ。
得物を空振りした直後で、尚且つ硬化も間に合わないのならばと、こいつはよりにもよって刺突を歯で咥えて受け止めたのだ。
ギリリ、と刀身が軋み、リキヤの眼が紅い光を発する。
舐めた真似を。
―――私の夫は、もう死んだ。
あの時、たった1人で勇者に戦いを挑み死んでいったのだ。
分かっている、リキヤはもうこの世には居ない―――居るとしたならばそれはアイツではない、ただの物の怪だ。
「力也の姿で私を惑わしおって」
刀を握る手を離し、両手を外殻で覆った。
「―――思い知れ、物の怪がッ!!」
足を一歩前に踏み出し、姿勢を低くしながら、全体重を乗せた本気の右ストレート。肩の捻りと体重移動まで乗せ、尚且つ無駄な力を乗せない純粋な破壊の意志が、空気を切り裂きながらリキヤの腹を打ち据える。
バギュ、と硬い何かが砕ける感触がした。
紅く透き通った人工血液が舞い、黒い破片が周囲に散らばる。
人工的に再現されたキメラの外殻だ。
リキヤの外殻を、右の拳が打ち破ったのだ。
やっと、これほどの威力の攻撃を叩き込んでやっと、リキヤの態勢が崩れた。
『―――』
右手に持った鉄杭を振り回し、懐に潜り込んだ私を追い出そうとする。距離が近いせいで満足に遠心力も乗っていない攻撃だったが、それでも脇腹へと入り込んだ鉄杭の一撃は、一瞬ばかりではあるが呼吸を詰まらせ、外殻の表面に亀裂を生むに十分な威力があった。
身体が酸素を拒絶するかのように、唐突に呼吸ができなくなる。鳩尾を思い切り殴りつけられた瞬間と同じ感覚だ。どれだけ空気を吸おうとしても、誤動作を起こした身体がそれを許さない。
崩れ落ちそうになる身体を何とか立たせ、なおも無表情なリキヤの顔を睨みつけた。
歯を食い縛り、更に一歩。
姿勢を思い切り低くした状態から―――またしても、体重を乗せた左のストレートを放つ。
狙いは腹ではなく―――リキヤがなおも加えたまま止めている、私の刀、その柄だ。
ギュッ、と歯と刀身が滑り、押し込まれた切っ先が喉の奥を刺し貫いた。人工血液に塗れた切っ先が後頭部から顔を出し、頭上から人工血液の噴水を降らせる。
やっと、この物の怪は目を見開いた。
「どうだ、痛いか?」
いや、痛みすら分かるまい。
所詮は機械―――ヒトの手によって造られた創造物に過ぎない。熱い血の通わぬ貴様らに、人の痛みなど分かるまい。
この痛みも、絶望も、悲しみも、全て人間の特権だ。喜びも幸福も、全て人間だけのもの。ヒトを模して造られただけの貴様らに、それを奪う権利などあるものか。
深々と後頭部まで突き刺さった刀を引き抜いた。ブチチッ、と人工筋肉を裂く感触がして、出血が更に酷くなる。
鉄杭を逆手に持ったリキヤが、咆哮を発しながら襲い掛かってきた。勢いを乗せて鉄杭で突き刺すつもりだろうが、もう遅い。腹を貫かれた程度で私は死なぬ。
ドッ、と重々しい、湿った音が身体の中に響いた。衝撃に身体が揺れ、腹を中心に激しい激痛があらゆる神経を苛み始める。
喰いしばった歯の隙間から、紅くどろりとした血が溢れ出た。
リキヤが振り下ろした鉄杭の一撃。今まであらゆる標的を屠ってきた、彼の矛を模したそれが、私の腹を貫いていた。キメラの外殻も、そしてさしたる防御力も期待できない腹筋すらも無慈悲に貫いた一撃が、内臓を蹂躙し背中からその切っ先を覗かせている。
鉄杭を抜こうとしたリキヤの手が、ぐっ、と押さえつけられたように止まった。
貫かれた腹筋に力を込め、鉄杭を全力で押さえつける。
その僅かな隙を、見逃さない。
両手で持った刀を振り上げ、身体から無駄な力を抜く。
先ほどの首を狙った一撃―――あれでも外殻で防がれたというのならば、今度はもっと速く鋭い一撃を。
偽物とはいえ、夫の姿を模した兵器が相手なのだ―――全力で挑まねば、無礼というもの。
戦場で死ぬことを良しとした誇り高き兵士に、最大の賛辞を。
「―――」
限界まで研ぎ澄まし、刀を左へと一閃。
余分な力は抜き、しかし刀を振り抜く瞬間にだけありったけの力を込めた剣戟は、先ほどの一撃とは比べ物にならぬほどの速度で駆け抜けた。
何の手応えも無かったものだから、てっきり間合いを見誤り空振りしてしまったのではないか、と少しばかり焦った。が、リキヤの白い首に紅い線が刻まれ、そこから透き通った人工血液の雫が樹液のように溢れ出たことで、その一撃が狙い通りに、外殻の硬化ですら反応しきれぬ速度で標的を捉えた事を悟る。
次の瞬間、リキヤの首から大量の人工血液が溢れ出た。急所にこれ以上ないほど鋭利な一撃を浴びたリキヤは、それでもなお戦うようにプログラムされているのであろう。大量の血液を吹き上げながらもなお、私に掴みかかってきた。
致命傷を負ったとは思えぬ膂力で首を掴み、握り潰そうとしてくるリキヤ。だが、唐突にその力が完全に抜け―――ぽろり、と夫に瓜二つのその首が、焼け爛れた地面へと転がり落ちる。
180cmの巨体が崩れ落ち、重々しい音を奏でた。
腹に突き刺さった鉄杭を引き抜き、その辺に無造作に放り投げる。傷口から鮮血どころか内臓まで溢れ始めたが、本格的にグロテスクな事になる前に、魂を消費した再生が始まって事なきを得た。
内臓が身体の中へと吸い込まれていき、断面を筋肉繊維たちが繋ぎ合わせていく。その表面を白い皮膚が覆ったところで、再生は完全に終了した。
―――再生能力が、衰えつつある。
「……」
恐れていた事の一つだ。
そう言えば最近、人間の魂を吸収していなかった。最後に吸収したのは第二次世界大戦中のフランセンだったか。腹の中に居る魂の数も減り、そろそろ底を突きそうになっている。
あまり再生能力に頼った戦い方はできん―――まあいい、後はL.A.U.R.A.に止めを刺すだけ。
その確信を、唐突に吹き荒れた蒼い炎が断ち切った。
「……」
首を切り落とされ、デュラハンの如く仰臥していたリキヤ。その身体が発火し―――転がる首と共に、蒼い炎に包まれたのである。
筋骨隆々だった身体が炎の中で微かに溶け―――格闘家、というよりは野生のヒグマを思わせる体格から、華奢な少女を思わせる姿へと変わっていく。
地面に転がった首もそうだった。彼の威圧感を維持しつつも、少女を思わせる顔立ちへと変わっていったのだ。黒かった頭髪も蒼く染まり、急激に伸び始めるのを私ははっきりと見た。やがて、起き上がった身体がその生首を拾い上げ、本来あるべき場所へと収める。
そこでやっと、リキヤは目を開いた。
バチッ、と、炎と共に蒼い電撃が舞う。
「……まさか」
再起動―――ありえん話ではない。
だが、驚愕しているのはそこじゃない。
目の前に居るのは、テンプル騎士団のホムンクルス兵と全く同じ容姿―――いや、おそらくはそのオリジナルと同じ容姿なのだろう。
テンプル騎士団の創設者にて、最強の兵士と謳われた片割れ―――タクヤ・ハヤカワ。
私の祖先に瓜二つの戦闘人形が、そこにいた。
地面に転がる鉄杭を拾い上げ、それを二つにへし折るリキヤ―――いや、タクヤと呼ぶべきか。
やがて彼の手の中で蒼い炎に覆われた2つの鉄杭は、それぞれ大型のナイフへと姿を変えていく。
記録によると、タクヤ・ハヤカワが最も得意としたのは狙撃や射撃ではなく、ナイフを用いての白兵戦であったという。ハヤカワ家のお家芸だが、その中でも特にタクヤはナイフ使いとして名高い。
なるほど……夫のデータだけでなく、祖先のデータまで集めているとは。
フィオナめ、とんでもないものを造りおった。
確かにこれが世に出れば、誰も倒す事は出来ないだろう。文字通り蹂躙され、あの大量の無人兵器群に掃討されていくのみ。人類殲滅の指揮を執り、それを成し得た暁には機械の王として君臨するには相応しいのかもしれない。
「”第二形態”、か」
面白い。
ならば私は、全力で挑もう。
我が祖先に。
最強の兵士に。




