劣化
数発の徹甲弾が、鋼鉄の船体を貫いた。大口径の砲弾に被弾してしまった装甲艦は、そのまま船体を真っ二つに叩き折られ、黒煙と火柱を噴き上げながら沈んでいく。沈んでいく艦を回避した後続の巡洋艦や装甲艦たちが主砲で応戦するものの、彼らの放った砲弾が敵艦を直撃することはなかった。
敵からの砲撃は、射程距離外からの砲撃であったためである。
またしても砲弾が後続の艦を直撃する。前部甲板に搭載されている主砲の砲塔を貫通した砲弾が炸裂し、被弾した戦艦の前部甲板を爆炎と黒煙で埋め尽くす。後部甲板に搭載された主砲が、砲弾の装填を終えて仰角を調整し始めるが、装填された徹甲弾が火を噴くよりも先に敵艦隊から放たれた40cm砲の砲弾が艦橋と煙突を直撃し、その戦艦も轟沈した艦と同じ運命を辿ることになった。
その艦隊の射程距離外からこれでもかというほど砲弾を放っているのは、黒と蒼の洋上迷彩で塗装された巨大な戦艦や巡洋艦の単縦陣であった。
単縦陣の先頭を進むのは、砲撃戦を繰り広げている艦隊の艦艇とは比べ物にならないほど巨大な超弩級戦艦である。前部甲板と後部甲板には強力な40cm4連装砲が2基ずつ搭載されており、艦橋と煙突の両脇には、所狭しと副砲が並んでいるのが分かる。その副砲ですら、この世界で建造された戦艦を撃沈できるほどの破壊力を持っているのだから、40cm砲での砲撃はオーバーキルとしか言いようがないだろう。
8隻のスターリングラード級重巡洋艦を引き連れているのは、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦の一番艦『ジャック・ド・モレー』であった。転生者の能力の劣化により、CIWSやミサイルは取り外されてしまっているものの、未だに各国の海軍に恐れられている”最強の女傑”である。
砲撃を終えた砲身が元の仰角へと戻っていく。若い乗組員たちが、組織が創設された頃から所属しているベテランの乗組員たちに怒鳴りつけられながら徹甲弾を砲身に装填し、仰角を元の角度へと戻していく。
次の瞬間、合計16門の40cm砲が火を噴いた。
砲口から爆炎が噴き出し、猛烈な衝撃波を置き去りにした砲弾が天空へと放たれる。発射された徹甲弾の群れは、既にスターリングラード級重巡洋艦の砲撃で炎上していた敵艦を直撃して真っ二つにしてしまう。
敵艦隊も砲撃しているものの、ジャック・ド・モレー級戦艦やスターリングラード級重巡洋艦の主砲よりも口径が小さい上に、射程距離も短いため、命中させるためにはもっと肉薄しなければならない。
砲撃を終えたジャック・ド・モレーの主砲の砲身が、砲弾を装填するために元の角度へと戻っていく。既に敵艦隊の数は戦艦1隻と装甲艦2隻となっているのに対し、テンプル騎士団艦隊は未だにジャック・ド・モレー級戦艦1隻とスターリングラード級重巡洋艦8隻となっている。このまま砲撃戦を継続しても、テンプル騎士団艦隊に損害を与えるよりも先に全滅するのは火を見るよりも明らかであった。
次の瞬間、敵艦隊が砲撃をぴたりと止めたかと思うと、船体の周囲に桜色の巨大な魔法陣を展開させた。ジャック・ド・モレーのCICにいる乗組員が、指揮を執る提督に強烈な魔力の反応が検出されたことを報告した頃には、生き残った3隻の艦艇は転移を使用し、船体の周囲にある海水もろとも船体を別の海域へと転移させていた。
「敵艦隊、転移しました」
「転移先の座標は特定できています。提督、追撃しますか?」
「いや、今回の依頼は敵艦隊の撃退だ。殲滅じゃない以上、逃がしてやってもいいだろう」
そう言いながら、蒼と黒の軍服に身を包んだキメラの提督は後ろにある座席に腰を下ろし、CICに投影されている巨大な蒼い魔法陣を見上げた。立体映像のように投影されている魔法陣には、周囲の海水もろとも転移した敵艦隊によって抉られた海面が映っている。
昔は、艦艇を転移させるには転移魔術を使う事ができる魔術師を一緒に乗せる必要があった。しかし、魔術師は非常に人数が少ない上に、転移魔術は習得する難易度が他の魔術よりも高いため、転移魔術を使う事ができる魔術師は貴重な存在だったのである。
だが、現在は新型のフィオナ機関を使えば、艦艇を転移させることが可能になった。フィオナ機関で魔力を限界まで加圧しつつ、転移先の座標へと質量の情報をアップロードすることで、大型の艦艇を別の海域へと転移させるのである。
その気になればこのジャック・ド・モレーも転移する事ができるが、転移を使ってしまうと魔力の加圧に使ったフィオナ機関が圧力に耐えられずに破損してしまうため、一度しか使う事ができない。そのため、大急ぎで別の海域に急行する必要がある場合や、離脱する時のために温存しておくのが鉄則であった。
「立派になったな、”提督”」
指揮を執っていた若い提督にそう言うと、彼はかぶっていた黒い軍帽を手に取りながら頭を掻いた。
「いえいえ、まだまだ未熟ですよ」
彼の名は『カズヤ・ハヤカワ』。父親であるシュンヤと、アナリア出身の母親との間に生まれた男である。顔つきは、両親よりも曽祖父のテツヤや祖先のリキヤにそっくりで、体格も華奢な父親よりもがっちりしている。身長は俺と同じくらいなので、キメラの中では巨漢と言ってもいいだろう。
ちなみに、俺の身長は180cmである。
カズヤは歴代の当主の中で最も初陣が早かった。シュンヤが幼かった頃の彼を俺に預けるよりも前に実戦を経験していたらしく、銃の撃ち方やナイフの使い方は非常に巧かった。何度かスペツナズの隊員と模擬戦をやらせたことがあるんだが、相手が若手ばかりのエコーチームだったとはいえ、一度だけ彼らに勝利したことがある。
そのため、団長の役目とデータを継承したのも歴代の団長の中では最も早いと言えるだろう。
けれども、どうやら彼は陸軍の兵士ではなく海軍で戦艦に乗ることが夢だったらしく、テンプル騎士団の総大将だというのに海軍の提督まで兼任している。
本来なら俺はジャック・ド・モレーに乗ることが殆どないのだが、今回はカズヤがどれだけ成長したのかを確認するために、海軍にいる友人に頼んで乗艦を許可してもらったのである。
「提督、敵艦の乗組員が漂流しているようですが、いかがいたしましょうか」
「ボートを出して本艦に収容してくれ。その後、彼らの祖国に身柄を引き渡す」
「はっ!」
先ほどまで砲撃戦を繰り広げていた敵艦隊は、旧フランセン共和国海軍の残党だ。フランセン共和国はとっくの昔に解体され、ヴリシア帝国に併合されて『ヴリシア・フランセン帝国』となっているのだが、フランセンの植民地に取り残された部隊の残党の中には未だに本国へと帰還せず、フランセン共和国の再興を目論んでいるといわれている。
今回のクライアントは、その残党に海軍の輸送艦隊を散々撃沈されて大きな被害を出していた倭国海軍だった。倭国の領海内であれば倭国の艦隊を派遣できるし、倭国のエゾにはテンプル騎士団倭国支部があるので彼らが対応してくれるのだが、フランセンの残党が輸送船を襲撃するのはクレイデリア沖やウィルバー海峡であり、本部の方が近かったので、俺たちがあいつらをぶちのめすことになった。
フランセン海軍の残党を蹴散らすのであれば、虎の子のジャック・ド・モレー級戦艦を出撃させるのはオーバーキルかもしれないが、海軍では乗組員の錬度の底上げのためにこういった任務にも戦艦を惜しみなく投入している。そのため、乗組員の錬度の向上は本部が最も速いといわれている。
「生存者の収容が終わり次第、タンプル搭へと帰還する」
「了解です、提督」
ハヤカワ提督と他の乗組員たちの声を聞きながら、CICの中を見渡す。
実は、俺もこの艦の艦長を一時的に担当した事があるのだ。
テンプル騎士団海軍が創設された頃、海軍はたった数隻の艦艇しか保有していなかった。当時から艦隊の総旗艦だったジャック・ド・モレーは、当時の海軍が保有していた唯一の戦艦であり、乗組員はちゃんと確保できているのだろうかと思ってしまうほどの物量を誇るモリガン・カンパニー艦隊と共に、ヴリシア帝国に居座る吸血鬼との戦いに投入されたのである。
その際に、俺がジャック・ド・モレーの艦長を務めることになったのだ。あの頃のジャック・ド・モレーはまだ船体が300m以下だったし、主砲の数も40cm3連装砲が3基だった。現在のように主砲が増設され、火力が一気に向上したのは殲虎公司から購入した原子炉を搭載してからだ。
あの『第二次転生者戦争』からもう90年以上も経つというのに、この艦はまだ艦隊の先陣を切っている。しかも、同型艦や準同型艦が何隻も増産されており、敵艦隊に猛威を振るい続けているのだ。
もう同型艦に戦いを任せて退役してもいいんじゃないだろうか。
今の世界は、タクヤやユウヤたちの時代と比べれば平和だ。大規模な戦争は起こっていないし、各国の技術力も発展しつつある。
俺はいつになったら退役するべきなんだろうかと思っていると、ホムンクルスの乗組員が「生存者の収容、完了しました」とカズヤに報告した。
「よし、全艦反転。ウィルバー海峡を通過し、タンプル搭へ帰還する」
「はっ。全艦反転!」
退役はまだまだ先だな。
俺には、ハヤカワ家の子供たちを一人前の兵士に育て上げるという役目があるのだから。
転生者と結婚するのはかなり困難な事らしい。
この世界にはかなりの数の転生者が転生させられている。だが、与えられた力を悪用してテンプル騎士団による粛清の対象となってしまう転生者が大半だ。中には元の世界に戻るための方法を探そうとしたり、この世界で生きていこうとする善良な転生者もいるが、そのような転生者は非常に希少である。
しかも、子供たちの能力の劣化を防ぐために転生者と結婚させるという事は、自分が結婚する相手を選ぶ自由を奪う政略結婚に等しい。善良な転生者の数が少ない事と、団長の自由を尊重するという問題のせいで、能力の劣化の阻止はかなり困難になる事だろう。
検問所にいる警備兵に助手席から身分証を見せると、ホムンクルスの警備兵がスイッチを押してゲートを開けてくれた。彼女に礼を言うと同時に、運転席に座っているニコライがトラックを走らせる。
「隊長、この後飯でも食いに行きません?」
ニコライも俺と同じく吸血鬼である。基本的に吸血鬼の主食は他の生物の血液であり、それ以外の食べ物を口にしたとしても栄養を摂取することは殆どできない上に、空腹感も消えない。なので、血液以外の食べ物や飲み物を口にする目的はただ単に味を楽しむくらいである。
「おう、そうするか」
イリナも誘おうかなと思っている内に、トラックはタンプル砲や他の要塞砲の間を通過し、地下にある格納庫へと続く通路を進み始めていた。タンプル搭の設備や格納庫は地下にあるので、地上には要塞砲や対空用の兵器くらいしか設置されていない。なので、他国の軍隊の要塞や本拠地と比べるとかなりシンプルである。
他のトラックの隣に停まったのを確認してから、シートベルトを外して助手席から降りる。荷台に乗っていた兵士たちも次々に荷台から飛び降り、俺に敬礼してから背負っているAK-47を武器庫へと返却するために通路へと向かって歩き始めた。
テンプル騎士団が運用する兵器は、どんどん劣化しつつある。
昔はAK-15が歩兵に支給されていたのだが、現在ではAK-47が支給されている。サイドアームとして支給されている拳銃はPL-14やPL-15だったんだが、現在はトカレフTT-33だ。海軍でもミサイルやCIWSは艦艇から取り外されて高角砲と対空機銃に換装されているし、空軍もステルス戦闘機が使えなくなってしまっている。
団長の自由は尊重するべきだとは思うが、このままではテンプル騎士団の軍事力は他国の軍隊と同じレベルにまで低下してしまうのは火を見るよりも明らかだ。
トラックの助手席のドアに寄り掛かり、水筒の水を飲んでから溜息をついていると、やけに小さな手が俺の制服の袖を引っ張った。
「ん?」
「ウラルおじちゃんっ!」
砂まみれになっている袖を小さな手で引っ張っていたのは、可愛らしい黒髪の少女だった。頭からは2本の小さな角が伸びており、腰の後ろからは黒い鱗で覆われた尻尾が伸びているため、人間ではなくキメラの少女だという事が分かる。
「おお、サクヤか」
「えへへへっ、おかえりなさいっ!」
袖を引っ張りながら楽しそうに笑うキメラの少女を撫でながら、俺は微笑んだ。
彼女はカズヤの娘の『サクヤ・ハヤカワ』。カズヤと『リリス』という女性の間に生まれた女の子である。彼女はまだ4歳だが、既にカズヤが教育を始めているらしく、キメラの能力を使うための訓練も先週から始めたらしい。
以前から遊び相手になったり、絵本を読んであげたりしたからなのか、彼女は俺に結構懐いている。
「お勉強はどうだ?」
「えへへっ。サクヤね、100てんだったんだよ! おとうさんにほめてもらったの!」
「おお、凄いじゃないか!」
サクヤの頭を撫でていると、停車しているトラックの向こうから、黒いコートに身を包んだカズヤが歩いてくるのが見えた。両手でもう1人の愛娘を抱き抱えながらやってきた彼は、トラックのすぐ近くまでやってくると、抱き抱えていたもう1人の娘を床の上にそっと下ろす。
「おう、カズヤ」
「お疲れ様です、先生」
「どうしたんだ?」
「来年から、サクヤを先生に預けようと思いまして」
「もう預けるのか? 随分早いな」
「ええ。でも、彼女は優秀な子です。早いうちに訓練を受けさせておいた方がいいと思いまして」
「ふむ………妹の方は?」
「彼女にはまだ教育はしてませんが、来年から始めようかと」
来年からということは、サクヤは5歳から特殊部隊と一緒に訓練を受ける。とはいっても、同じ訓練を刺せるわけにはいかないので、サクヤ用の訓練を今の内から考えておいた方が良さそうだ。
考え事をしていると、もう1人のカズヤの娘が俺のズボンの裾を引っ張り始めた。
「ねえねえ、おじちゃん」
「ん? どうした?」
「セシリアもくんれんしたい」
「はははっ、セシリア。悪いけどお姉ちゃんの方が先だ。セシリアはもっと大きくなってからだな」
「えぇー!?」
彼女は『セシリア・ハヤカワ』。サクヤの1歳年下の妹だから、今はまだ3歳である。訓練どころか団長になるための教育を受けさせるにはあまりにも早過ぎるので、もう少し大きくなるまで待ってもらわないと。
羨ましそうにサクヤを見上げるセシリアの頭を撫でながら、団長に何人も子供がいた場合の事を思い出す。基本的に団長の役目を継承することになるのはハヤカワ家の本家の子供たちとなっており、訓練を受けている子供たちの中から選ばれる。
選ばれなかった子供は、モリガン・カンパニーの社長に就任したり、参謀総長や海軍の提督になるための教育を受け、役目を継承することになるのだ。
どっちが団長の役目を継承するのだろうかと思いながら、幼いキメラの少女たちを抱き上げた。
正直に言うと、俺はセシリアではなくサクヤが団長を継承することになるだろうと思っていた。多分、タンプル搭が転生者による攻撃で陥落することがなければ、彼女が団長となっていたに違いない。
しかし――――――あの襲撃で家族を失う羽目になったセシリアと共に、俺は帝国軍と戦う事になるのだ。




