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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
最終章 異世界で転生者たちが現代兵器を使うとこうなる
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空の帝王


 また1機のMiG-29が火球と化した。


 無人兵器の濁流に機体のいたるところを食い破られ、脱出しようとしたパイロットにすら、無人兵器は喰らい付く。パラシュートを開いて地表へとゆっくり降下を始めたところに無人兵器の1機が襲来し、パイロットの身体を白兵戦用のクローで串刺しにしてから離脱していったのだ。


 それを間近で見ていたテンプル騎士団空軍のSu-35のパイロットは、必死に操縦桿を倒して敵機の猛攻を回避しつつも絶句していた。


 テンプル騎士団では、敵の人的資源の損耗を狙って脱出したパイロットへの攻撃も奨励していた。パイロット1人の育成には時間も資金も非常にかかり、1人でも失えば敵軍への大きな打撃となり得るからだ。


 大昔、それこそ世界初の複葉機が空を飛び、それに武装を施した兵器が空を舞うようになってからというもの、機体を捨てて脱出したパイロットへの攻撃はご法度だった。機体を落とされ、戦う術を失ったパイロットは見逃してやるべし―――そんな暗黙の了解が世界中のパイロットにはあった。


 ただ、テンプル騎士団を除いては。


 パイロットへの攻撃を禁止する国際法は無く、仮にあったとしても批准していないクレイデリアはそれによる拘束力の影響を受けない、というのを言い分に、テンプル騎士団は戦時中もナチス・ヴァルツのパイロットを殺し続けた。


 中にはアーサー隊のように、そういった血生臭い空戦を嫌うパイロットたちも存在したというが。


 因果応報―――まさにそうなのだろう。かつて自分たちがやっていたことが、やっと自分たちに戻ってきた、それだけの事。


 ヒトとしての尊厳もクソもない、勝利か死かの二択のみ。そして今、テンプル騎士団は勝利ではなく―――死、つまり敗北側に立たされようとしている。


《第二防衛ラインの戦力、30%》


《メイス隊、全機応答なし》


《くそ、シミター3が喰われた!》


《メッサ―5、ベイルアウ―――あぁぁぁぁぁぁぁ!!》


 先ほどからこうだ。聞こえてくるのは防衛ラインの瓦解と、味方の断末魔のみ。これ以上飛んでいたら気が狂いそうだった。


 いっそのこと、操縦桿を倒して地面にぶつかったらどれだけ楽だろうか。この死の恐怖と重圧から逃れる事が出来たら、どれだけ楽になれるのだろうか。


 Su-35のパイロットはそんな事を考えたが、コクピットに貼り付けている家族の写真を見て正気に戻る。


 今頃ジャングオに疎開しているであろう、家族の写真。年老いた母と年の離れた弟、そして婚約者の写ったカラー写真。


 まだクレイデリア国民の完全な疎開は終わっていない。市街地にはまだ民間人が残っているのだ。家族が脱出したという保証もなく、下手をすれば市街地への突破を許してしまう事で家族を危険に晒す結果となりかねない。


 それに―――敵の恐怖に臆して自死を選んだと家族に知られれば、死後も逃亡を選んだ臆病者として語り継がれることになろう。


 ならばせめて、最後まで勇敢に戦ってやろうじゃないか。戦って戦って、1機でも多くの敵を道連れにしてあの世に逝こうじゃないか。そうして胸を張っていけば、散っていった先人たちも少しは認めてくれるというもの。


 操縦桿を捻り、減速しつつ急旋回。がくん、と強烈なGが身体にかかり、それだけで肉体が磨り潰されているかのような感覚を覚える。


 キャノピーの正面に、首都へ向かおうと伸びる黒い大蛇が見える。いや、あれは無人兵器の集合体だ。あのイナゴの群れ―――あるいはイワシの群れみたいな無人兵器たちが更に集合する事で、あたかも天空を舞う大蛇の如き威容と化しているのである。


 残っていたミサイルを全て、その無人兵器の群れに叩き込んだ。フォックス2、とお馴染みの誰が聞いているかもわからぬコールを発し、悠々と空を舞う漆黒の大蛇の横腹に、強烈な対空ミサイルの洗礼を射かける。


 ドムンッ、と2つの火球が大蛇の側面を直撃し、ほんのごく僅かではあるものの陣形が乱れる。


 今ので何機落としたか―――5機撃墜するのがエースパイロットの条件だというのなら、自分はもうとっくの昔にエースを超えている。戦時中のパイロットにスコアだけでも並んでいるのではあるまいか。


 操縦桿を倒し、軽くなった機体を操って離脱に転じる。先ほどの一撃はそれなりの数の無人兵器を屠ったが、それでもあの大蛇にとっては蚊に刺されたようなものなのであろう。大蛇そのものは意に介さず、首都目掛けて飛んでいくが―――さすがにすぐ近くに居る敵機からの反撃は見逃せなかったのか、まるで巣を壊され怒り狂うスズメバチのように、複数の無人機が味方の元を離れ、彼を追尾してくるのが確認できた。


 紅いレーザーがSu-35の表面を掠める。装甲を易々と誘拐させる光学兵器だ、命中すればひとたまりもあるまい。


 仮に被弾し操縦不能となったとしても、脱出という選択肢はない。脱出すればさっき撃墜されたパイロットと同じ運命を辿るだけだ。


 Su-35を操る彼の頭上を、機体後部から火を噴き操縦不能となったと思われるMiG-21が横切った。随分と年季の入った旧式の機体だ。ミサイルは既に撃ち尽くしたようで、主翼のパイロンにぶら下がったガンポッドと機関砲を斉射しながら、あの大蛇に向かって突っ込んでいく。


 機関砲の掃射で穿った大穴に飛び込んだMiG-21が爆散し、複数の無人機を道連れに空に散った。


 ―――ああするしかないのかもしれない。


 今になって、追い詰められる立場になって、テンプル騎士団の将兵たちはやっと―――戦時中、特攻という手段に打って出た倭国軍の心境を理解した。


 以前までは、武士道や特攻などはクレイデリア人にとって理解し難いものだった。自らの命と引き換えにして何になるというのか。せめて最後まで生きて、生きて、戦い抜く。その方が合理的なのではないか、と。


 しかし実際に敗北の瀬戸際に立たされてみれば、彼らの考えも―――追い詰められた倭国軍の心境が良く分かる。


 もう後がない、追い詰められた人間が選ぶ最後の手段。


 自分もそうしよう、と彼は思った。機関砲で迫り来る敵機を撃墜してこそいるものの、残弾はあと100発前後。丸腰になって、基地まで無事に補給に戻れるという確証もない。無理だと判断したら突っ込もう、せめて1機でも道連れにして祖国を守ろう―――そう決意していた。


「―――クラーラ、ゆるしてくれ」


 そっと、写真に写る婚約者を見つめながら呟く。


 生きて帰ると―――絶対に勝って、彼女の元へ戻ると誓った。しかしこの絶望的な状況を知った時、その約束は絶対に果たせないものであるとも感じた。


 勝利を信じて待ってくれている彼女の信頼を、裏切る事になる。


 そうしたらクラーラは、泣いてくれるだろうか?


 機関砲の掃射を受け、爆散した無人機の向こうから別の無人機が突っ込んでくる。咄嗟に回避するべく操縦桿を倒したが―――間に合うとは思えなかった。


 ああ、そうか。ここが死に場所か―――首に死神の鎌をかけられ、その運命を受け入れようとしたその時だった。


 後方から飛来した数発の機関砲が、鉤爪を開きながら突っ込んできた無人兵器の胴体に巨大な風穴を穿ったのである。


 爆風と破片を浴びながらも、Su-35のパイロットは驚愕した。


 てっきり死ぬものだと思っていた。死神の鎌が首にかけられた以上、それは抗いようのない死の運命なのだと。


「馬鹿な」


 次の瞬間、頭上を何かが通過していった。4機の機影を従えた、1機のステルス戦闘機。


 F-22かF-35かと思ったが、どうやら違うらしい。主翼の形状が違うし、機体のサイズも随分と大きい。


「Su-57……?」


 テンプル騎士団で採用されているSu-57、その改良型のようだった。エンジンノズルは大型化していて、それに合わせてエア・インテークも大型化している。機動力は犠牲になっているだろうが、速度は出るのだろう。テールコーンも延長され、後部への警戒能力も上がっているようだ。


 機首にはステルス性を可能な限り阻害しない形状のカナード翼が追加されている。


 何よりも変わっているのは、その塗装だ。


 戦闘用の機体にはあるまじき、赤一色という派手な塗装なのだ。機首のみが黒く塗装されているものの、普通の航空隊ではまず見かけない派手なカラーリングだ。


 あの”レッドバロン”も来ているのか、と思ったその直後、Su-57の機体下部にぶら下げられていた、上下に割れた長大な何かの砲身―――電磁投射砲レールガンであろう―――が火を噴き、首都へ向かう大蛇の腹を裂いた。


「!!」


 それはまるで、怪物を薙ぎ倒す神話の英雄の一撃にも思えた。


 無数の爆炎を生み出しながら、4機のF-35を従えたSu-57が空を駆ける。













 エラーの表示が出たのを確認し、レールガンを切り離す。


 戦闘機用に小型化した次世代型のレールガン、その試作品。最後の出撃に行くならばと技術班に無理を言って持ち出した代物だが、こうなるのも驚きはしない。出撃前、技術者たちが廃熱機構に問題がある、と散々言っていたからだ。


 レールガンを投棄した事により、鈍重な攻撃機みたいな挙動だった機体が少し動きやすくなる。


 とはいえ、重装備なのには変わりないが。


 乗ってきている機体はSu-57だが、テンプル騎士団で極秘に開発されていたSu-57Rのデータをフィードバックした改良型だ。”Su-57M”とでも呼ぶべきだろうか。


 要するに、パイロットの四肢切断と身体の機械化を前提としたSu-57Rよりも”人間に優しい”機体として設計が進んでいたものである。とはいっても、加速性と火力、索敵能力は飛躍的に上がったがステルス性は低下し、挙動も極めてピーキーという問題児のような機体に仕上がってしまっているが。


 まあいい、じゃじゃ馬くらい乗りこなしてやるさ……。


「―――アーサー1、エンゲイジ」


 コクピットの中でコールすると、周囲を飛ぶF-35Aたちからの返信がHMDに投影される。


《アーサー2、エンゲイジ》


《アーサー3、エンゲイジ》


《アーサー4、エンゲイジ》


《アーサー5、エンゲイジ》


 共に飛ぶ仲間たちは、もういない。


 アーサー隊は―――今や俺1人だけだ。


 誰も乗らない、ただただ冷たい戦闘データをインプットしたUAVを従え、ただ1人で空を舞う。眼前には敵しかいない、敗北の空を。


 首都へ向かう大蛇の一角が崩れ、こちらを呑み込もうと迫る。低予算のモンスターパニック映画に出てきそうな巨大なワームの如く、口を大きく開けて迫る無人兵器の集合体。その中にお構いなしにミサイルを斉射し急旋回、爆炎を生み出し離脱する。


 先頭集団が爆炎に呑まれ、無数の残骸を空に散らす。が、それだけでは死なない。あれは無人兵器の集合体―――どれだけ倒しても、親玉が同型の兵器を凄まじい勢いで増産するから、物量を正面から受け止めたところで先に倒れるのはこちらの方だ。


 見てるか、クラリッサ、叔父さん。


 今は亡き妹と叔父の事を思い浮かべながら、操縦桿を倒して敵機のレーザーを回避。機関砲の発射スイッチを1秒ほど押して砲弾をすれ違いざまに叩き込み、2機の無人機を纏めて砕く。


 クラリッサ、お前は俺の事を散々ヘタレと呼んでいた。ああ、確かにそうかもしれない―――俺はお前に比べると、というかルーデンシュタイン家の人間として度胸が足りなかったのかもしれない。


 だが、今は。今だけは。


 ―――俺をヘタレとは呼ばせねえ。


 電子音が鳴るよりも先に操縦桿を倒して緊急回避。直後、直上から降り注いだ1発の閃光―――レールガンの煌めきが、何もない空間を引き裂いた。


 ギュオッ、と空を嚙み千切る音を響かせて、異形の戦闘機が急降下。地表に激突するすれすれのところで急上昇に転じ、再びこちらにレーダー照射をかましてくる。


 ―――Su-57R/M。叔父さんを落としたのと同型の機体。


 それだけではない。


 雲を突き抜いて、5機の戦闘機が急降下してくる。大きな主翼とカナード翼……J-20Rだ。以前に交戦したことがある相手。あの時も仲間が落とされた。


「―――散開ブレイク


 UAVに散開を命じ、各々に相手をさせる。


 急減速させて機首を思い切り起こした。ただでさえ機体のサイズの大きいSu-57、それを更に大型化したSu-57Rの腹が強烈な空気抵抗を受けて一気に失速。速度計の数値が凄まじい勢いで減っていくのを尻目に、機首を天空へと向ける。


 このタイミングで機体を急加速、それと同時にレーダー照射を敵機に浴びせ、ミサイルを放つ。


 J-20Rが慌てて回避に転じる。フレアまで撒いて必死に逃げ、何とかミサイルの追撃をやり過ごすが、それだけこちらから注意を逸らす事が出来れば十分だ。こいつの加速力があれば、簡単に後ろを取れる。


 レティクルの向こうに、ミサイルをやり過ごして安心する敵機のケツが見えた。


 特に何も思うことは無く、淡々と機関砲のスイッチを押した。


 ヴヴヴ、とモーターの作動音を唸らせながら、30mm炸裂弾がJ-20Rの後部をズタズタに食い破る。大量の黒い部品をぶちまけながら、やがて左翼を失い錐揉み回転に入った敵機に中指を立て、次の獲物を探した。


 ギュオァッ、とレールガンの砲弾が空を裂く。狙われたSu-37がその直撃を受け、木っ端微塵に砕け散るのを見て、次の狙いを奴に決める。


 叔父さんを落としやがった奴と同型―――良いだろう、先代アーサー1の弔いだ。奴を落とし、テンプル騎士団空軍が未だ健在だという事を世界に示してやる。


 目の前を遮ろうとする無人機の一団にミサイルを叩き込んで、蛇のような群れに風穴を穿つ。すぐに塞がってしまうであろうその風穴を通過、爆炎を纏いながら敵機へ喰らい付いていく。


 こっちだ、狙ってるぞ。そう伝えるために敢えてレーダー照射を浴びせた。敵のSu-57R/Mはそれに見事に反応してくれたようで、ステルス機とは思えんサイズの機体を急旋回させる。


 限界まで速度を上げ、奴を追う。


 全く―――どいつもこいつも、皆死んじまった。


 叔父さんも、クラリッサも、アーサー隊の皆も―――そしてクラリッサが婚約者だと言い張っていた、力也の野郎も。


 俺はもうヘタレじゃない。それを証明してやろうと思っていたのに、見ている奴が居ねえ。


 まあいいさ―――俺もそっちに逝った時、土産話にでもしてやる。ああ、そうとも。死ぬまで戦って、戦って、戦い抜いて、死んだら死んだで胸を張っていけばいい。そうすりゃ誰もが認めてくれる。


 さあ道を空けろ、木偶人形共。


 空の帝王のお通りだ。




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