黙示録(アポカリプス)
棺が並んでいる。
クレイデリアの国旗をかぶせられた、伝統的なスタイルの棺。真っ黒なその棺の中に大量の花と共に収まっているのは、今回の襲撃で犠牲になった人々の亡骸だった。種族、年齢、性別問わず、色んな人々が死んでいる。
皆、眠っているかのような安らかな表情をしている。けれどもきっと、殺された瞬間はそうではないのだろう。痛みや苦しみ、絶望に染まった顔をしていたに違いない。
家族や戦友たちに見送られた犠牲者たちが、テンプル騎士団のホムンクルス兵たちに棺を担がれ、どこかへと運ばれていく。
遺体は焼かねばならない。そうしなければゾンビとして蘇り、人々を襲う屍と化す恐れがある―――この世界の常識だ。遺体の処理を怠ると、今度は我々が死者に殺される。過去、それが原因で全滅した部隊という事例もいくつも存在しているのだ。その前例に倣うわけにはいかない。
運ばれていく棺のうちの一つを、涙を堪えながら見送る家族たちがいた。キールの遺族たちだ。妻のロザリーと2人の息子―――ユーリとアレクセイ。彼から何度も話を聞いていた。子育ての苦労や息子たちの成長の話を。
まだ何も知らぬアレクセイを抱きながら、じっと夫の棺を見送るロザリー。彼女の傍らでは、頭に随分と大きな軍帽を被ったユーリが、周囲の兵士の見様見真似で敬礼を真似し、自分を守って逝った父に最後の別れを告げていた。
今回の襲撃による被害は大きかったが、特に人的資源の損失が深刻だった。
特戦軍からは悪魔の再来とまで言われたキールが、空軍からは最強のエースパイロットと謳われたヘルムート・ルーデンシュタイン大将が戦死。そして本部からは姉さんも……。
拳を握り締める。
私は―――こうなるのを防ぐために、力を求めていたのではないのか?
二度と蹂躙される事のない、完全な揺り籠実現のために力を手にしようとしていたのではないのか?
あれだけの力を集めておきながら、この有様は何か?
力こそ全て。この理念が間違っていたとでもいうのか?
二度と大切なものを、仲間を失わないための力。しかしそれを求めた結果がこれとは、何という皮肉だろうか。何という理不尽だろうか。
突きつけられた現実を、黙って見ている事しかできない。受け入れる事しかできない。
その無力感に、ただただ苛まれるばかりだった。
クレイデリアの首都が大打撃を被ったというニュースは、アナリアにも届いていた。クレイデリア大使館を通じて公開された、徹底的に破壊された首都アルカディウスの写真を見て、俺もマルタも、そしてグラハムも息を呑む。
栄華を極めたクレイデリアの街並みが、世界大戦の頃に戻ったようだ―――二度の世界大戦を知る古参の兵士がそう呟き、腹の奥底に重く冷たい感触が生まれるのが分かる。
「いったい何が?」
「クレイデリア側の発表を信じるならば、”突如飛来した無人兵器群”との事だ」
会議室の中央に投影されていた立体映像が切り替わる。無残に破壊されたクレイデリアの惨状が、今度は何とも言えぬ未知の兵器のものに切り替わった。
それは例えるなら、”下半身の無い人間”だった。
紅くぎょろりとした眼球のようなもの以外に何もない、のっぺりとした顔。その下へと伸びる身体の形状は人間のものにそっくりだが、それはひょろりとしていて、場所によっては人工骨格が剥き出しになっているところもある。軽量化のためなのか、装甲は本当に必要最低限しか搭載されていないらしい。
腕も全体的にひょろりとしているが、弱そうという印象は抱けない。そう思ってしまうのはきっと、3本のマニピュレータの先にある鋭利な鉤爪の存在が原因なのだろう。
「これが200万機、クレイデリアに一気に飛来したらしい。それもいきなり本土に転移してな」
「200万……?」
何という数か。
物量はテンプル騎士団の専売特許だと思っていたが、そういうわけでもないらしい―――その絶望的な戦力を叩きつけられ、祖国が二度目の滅亡を迎えなかったのは、予め戦闘に備えていたテンプル騎士団の底力と評価するべきだが、これで彼らの勝ちと言えるのだろうか。
間違いなく、今後テンプル騎士団の影響力は急激に低下していく事だろう。だが、いっそのことそのまま全滅させられてしまえばいいのに、と思う隊員は1人もいなかった。
クレイデリア側の発表では、その無人兵器はラトーニウス領のファルリュー島から出現し、手始めにラトーニウス海軍のウダロイ級駆逐艦に襲い掛かったらしい。そう、クレイデリア人以外にも牙を剥いているのである。
これが一体何を意味するのか。
この無人兵器群の標的は、テンプル騎士団やクレイデリア人に留まらないという事だ。
万一、クレイデリアがこの兵器の度重なる攻撃で滅ぼされたとしたら―――次は他の国が標的になるかもしれない。明日は我が身、とはよく言ったものだ。
永久安寧保証機構の首領たるクレイデリアの損害を喜んでいる場合ではなかった。
「既に大統領は軍拡命令を発動した。クレイデリア側も今回の襲撃に関する情報を積極的に発信してくれている」
「冷戦は一時休戦、というわけか。それも当たり前だな」
イデオロギーで対立している場合ではない、というのは、東西両陣営の共通認識だ。
下手をすれば西側でも東側でもない、ましてや人類ですらない無人兵器に、ヒトという種族そのものが滅ぼされかねない。
世界は今、核戦争とは全く違う要因によって、滅亡の危機に瀕している―――それは確かだった。
宮殿の地下にある広間に運び込まれた、異形の残骸。
それは上半身しかない人間のようにも見えるけれど、顔にあたる部分には大きな眼球が1つのみ。神話に出てくる一つ目の巨人を連想するけれど、それにしては随分とサイズが小さい。
下半身が無いという理由もあるけれど、サイズはおよそ1.2m程度。かつて世界中にいたとされるゴブリンくらいの大きさだった。もっとも、ゴブリンとの共通点はサイズと物量くらいで、それ以外には何も共通する部分は無いのだけれど。
「テンプル騎士団側からの発表では、武装は眼球から照射する対物、対人レーザーと両手のクロー、そして特攻だそうです」
ユウコがファイルを片手に淡々と述べた。
特攻―――前世は日本人だった身としては、あまり好きな響きではない。戦争という極限状態で追い込まれた人間が何をするか、その狂気を歴史で学んでいるからこそ、その特攻という言葉には禍々しさを覚える。
傍らにあった装置をユウコが操作すると、広間に立体映像が投影された。
テンプル騎士団の部隊が撮影したものなのだろう。燃え上がる市街地の空を、黒い大蛇にも似た何かが飛んでいるのが見える。いや、違う。大蛇などではない。それは無数の、この無人兵器の群れだった。
無数の無人兵器の群れがイナゴの如く集まって、空を飛んでいるのだ。
やがてそのイナゴの群れは、迎撃に出た航空機を飲み込んだ。漆黒の群れの中で火球の閃光が煌めき、映像を撮影しているテンプル騎士団兵が絶句する。
このような兵器はSF映画の中だけの存在だと思っていたが―――。
「このように、圧倒的物量で敵を押し潰す運用を前提とした兵器と思われます」
だからこんなにも構造が簡易的なのだろう、と納得する。以前にベルが持ち帰った戦闘人形の残骸を思い出した。あっちは黒い甲冑に身を包んだ騎士のような姿で、かなりのコストがかかっているという事が良く分かる出来だった。生半可な攻撃ではダメージを与えられぬ堅牢な防弾フレームに、未知の技術を使ったセンサー部。開発者の技術力の高さを窺い知ることのできる代物だったけれど、これは違う。
以前に見た戦闘人形が、一流の技術者、あるいは職人が丹精込めて作り上げた兵器だとしたら、これは戦局が悪化してきた時によく見る急造品のように見えた。
装甲は本当に必要最低限で、場所によっては内部の人工筋肉や骨格が剥き出しになっている。低コストで大量生産し、その物量で圧倒する兵器―――そんな安っぽい兵器で殺される人々が気の毒だ。
しかし、この兵器が挙げた戦果は予想以上のものだった。
ベテランの部隊が出払っていたとはいえ、クレイデリアの首都に大きな損害を与えたのである。そればかりか、迎撃に出たテンプル騎士団空軍のアーサー隊の隊長を撃墜、そして悪魔の再来とまで呼ばれたキールまで死に追いやった恐るべき兵器……。
これがただ単にクレイデリアにだけ牙を剥いているのであれば、特に何とも思わなかっただろう。因果応報、テンプル騎士団は滅ぶべくして滅ぶ。そう思うだけで終わったかもしれない。
最大の問題は、これが対クレイデリア用の兵器ではないという事だ。
「ニールゲン」
「はい、陛下」
「これがラトーニウスの駆逐艦にも牙を剥いたというのは確かか?」
「はい、間違いありませんにゃ」
そう、これはラトーニウスのウダロイ級駆逐艦にも牙を剥いている。
ラトーニウスといえば、オルトバルカ連邦からの独立や、永久安寧保証機構からの脱退、そしてNATOへの加盟申請など、東側から距離を置こうとしている旧共産主義国家として知名度は高い。NATOへの加盟を引き留めたい東側と、対永久安寧保証機構のための橋頭保としたい西側の駆け引きが連日のように報じられていたのは記憶に新しい。
そう、ラトーニウスはどちらかというと西側に立場が近いのだ。
それも仕方のない事だろう。スターリン政権下での圧政に記録的な不作に端を発する餓死者の続出。それが長年続けば、共産主義に嫌気が差すのも当たり前である。
このような経緯で西側へ接近し始めたラトーニウスに、無人兵器は牙を剥いた。
もし完全な対テンプル騎士団用の兵器なのであれば、奴らはラトーニウス海軍の駆逐艦など意に介さず、そのままクレイデリア本土へ侵攻していた筈だ。しかしテンプル騎士団からの情報では、進路上のラトーニウス海軍の駆逐艦を撃沈に追いやったとされている。
これが何を意味するのか。
この兵器が標的としているのは、テンプル騎士団だけではないという事だ。
「もしこの兵器が世界中に拡散されたら……」
「―――終わるな、人類は」
危機感を感じている声で、しかしはっきりとそう言い切った陛下。ベルが目を細めながら顔を上げ、陛下の方をじっと見つめた。
ノックの音がして、広間の扉が開く。向こうに立っていたのはメイド服姿の女性兵士だった。
「会議中失礼します」
「どうした?」
「―――テンプル騎士団が動きました」
タンプル砲は、世界中に合計で7門存在している。
それぞれのタンプル砲には金管楽器に因んだ名前が割り振られており、口径200cmの超大型要塞砲による砲撃は敵対勢力にとってのこれ以上ないほどの脅威となっている。
各砲弾どころかICBMの発射にまで対応した超大型ガンランチャーとでも言うべきこの兵器は、元々は72門の建造が計画され、それぞれにソロモン72柱の悪魔の名を冠する予定となっていたのだから驚きである。が、さすがにコストが膨大になり過ぎる事が懸念されたようで、製造数は7門まで削減され、重要拠点に配備されている。
それら7門の金管楽器の名を冠したタンプル砲による一斉砲撃は、ヨハネの黙示録に登場する天使のラッパに因み『コード・アポカリプス』と呼称されており、それは核戦争の開始を意味していた。
故にテンプル騎士団創設以来、コード・アポカリプスの発令は前例がない。
発令されれば人類の文明は崩壊し、長きにわたって世界は放射能の雲で覆われる―――発令されてはならぬそれが、最も忌むべきコード・アポカリプスが発令されたのは、1935年11月20日の事であった。
『観測データ受信。各支部へデータを送信』
『全タンプル砲、照準連動を確認』
『気象条件による誤差修正、右0.2度、仰角+3度』
『各薬室、解放準備ヨシ』
『冷却液強制注入弁、動作正常』
『放熱ハッチ開放準備ヨシ』
中央指令室にオペレーターたちの声が響く。正面にある巨大なモニターの中では、無数のワイヤーと7本の支柱で支えられた、全長380mの長大な砲身―――改修によって砲身が更に延長されたタンプル砲が、旋回を終え、砲口を天空へと向けていた。
口径200cmにも達するこの兵器は、人類が今まで製造した兵器の中で最も巨大で、最も重いとされている。その巨人の如き代物が狙っているのは、南ラトーニウス海に浮かぶ孤島―――ハヤカワ家にとっては因縁の地である、ファルリュー島だった。
前例のないコード・アポカリプスの発令。しかしこれは人類の文明を終焉に導き、終わりなき核戦争の開戦を告げる一撃ではない。人類の文明を滅ぼしかねない存在を摘み取る、滅びの使徒の使命にも似ていた。
装填されているのはICBM。弾頭にセットされているのは通常弾頭で、発射後からは人工衛星からの誘導で目標へと着弾、ファルリュー島地下に存在する無人兵器製造プラントと、その制御ユニットたるL.A.U.R.A.を完全破壊する事を目的とする。
攻撃に参加するのは7つのタンプル砲だけに留まらない。
衛星軌道上の衛星砲『ハーキュリーズ13』も攻撃に参加させ、合計8門での一斉砲撃を以てファルリュー島地下のL.A.U.R.A.を、世界核諸共破壊する。
無論、今回の攻撃は事前にラトーニウス政府にも無人兵器の情報を後悔した上で、政府の承認を経て行うものだ。今まではそう言った手順を無視していたテンプル騎士団にしては珍しく、ルールに則った軍事行動であった。
『7号砲”スーザフォン”、砲撃準備ヨシ』
『6号砲”コルネット”、砲撃準備ヨシ』
『5号砲”サクソルン”、砲撃準備ヨシ』
『4号砲”ホルン”、砲撃準備ヨシ』
『3号砲”トロンボーン”、砲撃準備ヨシ』
『2号砲”チューバ”、砲撃準備ヨシ』
『1号砲”ユーフォニアム”、砲撃準備ヨシ』
世界中の各拠点から、砲撃準備完了の報告が上がってくる。
タンプル搭にある1号砲”ユーフォニアム”以外は、1号砲をベースに細部を再設計した量産型だ。機関部とマガジンに差異があるが、設計変更を繰り返しているため、量産型でありながらどれ1つとして同一の個体が無い、という特徴がある。
それらが一斉に砲撃を開始するというのは、軍人としては目にしたくない光景ではあったが―――絶望を目の当たりにし士気が下がりつつある兵士たちを鼓舞するのにはちょうどいいのかもしれない。腕を組みながら、セシリアはそう考えていた。
「砲撃を5点バーストにセット、同時弾着」
「了解、バースト砲撃用意。各拠点、タンプル搭指示の目標、同時弾着。5点バースト砲撃用意」
全てのタンプル砲には5発入りの弾倉と5回分の薬室がある。そのため立て続けに5回まで砲撃する事が可能となっていた。
それら全てをつぎ込んでの集中砲火。
フィオナが遺した負の遺産、それを消し去るにはこれしかない。
「作業員の退避完了」
「秒読みを開始せよ」
「了解、カウントダウンを開始。砲撃開始1分前」
武力によって守られた完全なる揺り籠―――更なる力によってそれが否定された今、出来ることはこれだけだった。
次の世代のため、平和な世界を遺す。
そのためには、あの負の遺産を消し去らねばならない。消し去らねば、人類の文明は終焉を迎える。
今日という日を、人類最後の日にしないためにも。
「発射30秒前」
「機関部最終チェック、異常は見受けられず」
「冷却液注入ポンプ、作動用意」
「25、24、23、22、21、20、19、18、17、16、15、14、13、12、11、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1―――」
「全タンプル砲、撃ち方始め」
その瞬間、世界中のタンプル砲が一斉に火を噴いた。
砲口から吹き上がる火柱。一拍遅れて押し寄せる衝撃波に、砲身の姿を映すカメラが激しく揺れる。核爆弾の炸裂さえ思わせる爆炎がキノコ雲と化すよりも先に、薬室に装填された2発目のICBMが砲口から躍り出る。
砲撃を終えると、すぐさまリボルバー拳銃を思わせる弾倉が魔力モーターの重々しい駆動音を響かせながら回転、規定位置で固定されたのをセンサーが検知し、次弾を薬室内へ装填。薬室の閉鎖を検知したAIが、すぐさま砲撃命令を下す。
3度目の爆音。衝撃波が地表を攪拌し、派手な砂埃を巻き上げた。
4度目の砲撃に続き、5度目の砲撃が終わる。それと同時に冷却液注入ポンプが動作、強制注入弁によって砲身内部に張り巡らされた配管へ、砲身冷却用の液体が送り込まれる。熱交換によって砲身が冷却され始め、振り切れていた温度計の表示が徐々に通常値に戻り始めた。
後はミサイルが人工衛星の誘導に従い、標的に落ちるのを待つのみ。
その瞬間を、セシリアは固唾を呑んで見守った。




