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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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絶望の濁流


「アーサー2、フォックス2、フォックス2」


 ウェポン・ベイから躍り出たミサイルが、空を舞う巨大な大蛇―――正確にはイナゴとかイワシみたいな、小型の無人機の集合体の脇腹に突っ込んだ。ミサイルそのものの質量と炸薬の爆風で多くの無人機が木っ端微塵になる。


 損害は確かに与えている。だが……損害を”与えている”という実感が湧かないのは、気のせいではないだろう。


 渦を巻きながら上昇していく大蛇の脇を通過しながら、クレイデリアに突如として現れた化け物を睨みつける。


 戦闘人形オートマタ―――陸軍やら特戦軍の連中が過去に何度も交戦している機械の兵器、その簡易型だ。どうやらこいつらの親玉は、個々の戦闘力ではテンプル騎士団には勝てないと判断したようで、手っ取り早く勝つには圧倒的物量をぶつけて制圧に追い込むという決断に至ったらしい。


 上昇に転じた大蛇。その先頭集団が急降下の気配を見せたかと思いきや、群れが唐突にバラけた。


「なにっ―――」


 操縦桿を倒しつつ減速して急旋回。旋回を終えると同時に、身体に急激なGがかかる事を承知の上で急加速。ぐんっ、と身体がシートに押さえつけられる、お馴染みの感覚がやってくる。


 危なかった。あのまま直進していたら、頭上から落下してきた無人兵器群に喰われているところだった。


 ゾッとしながら後ろを振り向くと、その敵機の反撃に対応できなかった味方のSu-35の姿が見え、心臓が凍り付いた。


 はっきりとは見えないが、コクピットのすぐ近く―――キャノピーに敵機が取り付いているようだった。振り落とそうとパイロットが必死に急旋回に入るが、無人機は機体をがっちりと掴んだまま動く気配がない。


 何をするつもりだと思った瞬間、キャノピーの辺りで紅い光が乱舞した。


 あの眼球のような部位にはレーザーが搭載されているという情報は、シュタージからの報告で既に上がってきている。隔壁や装甲板を融解させたり、歩兵などへの対人攻撃に使用されるものなのだろう。


 それを、至近距離で、パイロット目掛けて直接照射したのだ。


 がくん、とSu-35のコントロールが失われる。主を失った戦闘機は錐揉み回転に入り、そのままクレイデリア首都のアルカディウス、都市中心部に聳え立つ高層ビルの一つに突っ込んで火球と化した。


 投入された兵力の損耗率は17%に達している。敵の数も着実に減りつつあるが―――このままでは、航空隊は全滅だ。


 また1機、迎撃に上がっていたSu-35が火球になった。無人機の特攻を受けたようで、機体の後ろ半分が見事に砕けている。業火を纏い、鉛色の空に緋色の軌跡を描きながら墜落していくSu-35。確か出撃前、初陣に怯える新人を励ましていたベテランのパイロットの機体だ。


 コクピットからパイロットが脱出した様子は、ない。


 主力部隊の大半が同盟国の教練やら演習に出払っている状態とは言え、クレイデリア防衛部隊は既に末期戦の様相を呈していた。最新型のステルス戦闘機の数はごく僅か、現時点で主力となっているSu-35やMiG-29も飛んでいるが、殆どはとっくの昔に退役したMiG-21だ。それも、乗っているのは飛行時間の少ない新人や予備役のパイロットばかり。


 主翼にガンポッドをぶら下げたMiG-21が果敢に機銃掃射を行い、無人兵器の一団を薙ぎ払う。俺も負けじと機関砲で無人兵器の集合体の表面を切り裂き、火球で空を彩ってやった。


 いったいこれで何機落としたか。


 ふと、アーサー隊の皆は無事だろうかという考えが脳裏を過った。レーダーにはみんなの反応がまだ映っている。


 良かった、とレーダーから視線を逸らそうとしたその時だった。


 アーサー3―――アロイス・グランベルグ中尉の反応が唐突に消失したのは。


「アロイス……!?」


 ぎょっとした次の瞬間、ギュオンッ、と頭上を何かが掠めた。


 ”何か”が残していった軌跡には、微かにスパークの煌めきが見える。レールガンか、と攻撃の正体を察しつつ旋回に入ったところで、聞きたくない知らせが司令部から送られてきた。


《航空隊各機に通達、所属不明機がマッハ4.7で作戦空域へ侵入》


 マッハ4.7で飛行し、更にはレールガンまで備えた所属不明機―――考えたくないが、思い当たる節は一つしかない。


 旋回中の俺のF-22の傍らを、その”所属不明機”とやらが通過していった。


 F-22に似た大きな主翼とステルス性を考慮した機体形状。後端部にある大きく丸いエンジンノズルは赤い炎を吹き上げていて、2つあるその間からは竜の尾のように長く伸びたテールコーンが見えた。


 Su-57がベースになっているのが分かるが、細部は大きく異なる異形の戦闘機。機体下部には上下に割れた砲身のようなものをぶら下げており、それがさっきの砲撃を放った兵器であることが分かる。


 スズメバチのような警戒色のつもりなのか、機体は紅と黒のダズル迷彩で塗装されていた。戦闘機に詳しくない素人が見てもヤバいと一発で分かる塗装―――邪魔をするなとでも言いたいのか。


 早くもその所属不明機を、1機のF-22が追う。


 機首以外を赤く塗装されたアーサー1(レッドバロン)のF-22―――ヘルムート叔父さんの機体だった。


 距離が近いのか、それともミサイルを撃ったところで回避されるのが目に見えているからか、旋回に入った所属不明機―――以前に遭遇したのと同型ならば、”Su-57R/MS”という型番が割り当てられている―――に機関砲を射かけるヘルムート叔父さん。が、敵機は人間のパイロットが乗っていないのをいいことに急減速して進路を変更。機体にも人体にも負荷がかかる無茶な方向転換をやってのけた。


 俺も支援に回ろうと急旋回。目の前にいた無人機の一団を機関砲で粉砕し、ウェポン・ベイを開いてミサイル発射態勢に入ったSu-57R/MSをロックオン。レーダー照射を受けたことを察したか、敵機は解放したばかりのウェポン・ベイを閉じると、進路を変えて逃げようとする。


「フォックス2!」


 アロイスの仇だ。


 ミサイルが白い尾を空に描きながら、敵機へと迫る。


 がくんっ、と唐突にSu-57R/MSが機首を持ち上げた。空気抵抗を腹に受け、敵機は凄まじい勢いで減速。Su-57R/MSとこちらの距離が急激に縮まり始める。


 コブラでオーバーシュートを狙っているのか―――その予想が甘かったという事を、その直後に俺は思い知る事になる。


 天空を睨んでいた敵機の機首が、段々と後方へ倒れ始めたのだ。


 コブラじゃあない……これはまさか。


「―――クルビット」


 ほとんど高度を変えないまま、逆さまになった敵機の機首がこちらを睨む。その腹にぶら下げられたレールガンの砲口には既に、発射態勢を意味する紅いスパークが踊っていた。


「ッ!」


 操縦桿を思い切り左へと倒し、ラダーペダルも踏み込みながら祈った。当たりませんように、外れますように、と。こんなところをクラリッサに見られでもしたらまたヘタレと言われてしまうだろうが、大人しく死を受け入れるよりヘタレでも生き延びた方が良い。死んだら、それで終わりなのだから。


 そうだろう、クラリッサ。


 でもな。


 俺だって―――やる時はやる男だ!


 歯を食い縛りながら急激なGに耐える。ギュォアッ、と背筋が冷たくなる程鋭い、咆哮にも似た音が側面を掠めた。衝撃波を受けF-22が揺れ、機内に警報が響き渡る。右翼のフラップに微かな歪みが生じたようで、機体に独特なふらつきが生じるようになってしまったが……大丈夫だ、まだ飛べる。


 クルビットを終えて通常の飛行に戻る敵機の背後につく。あんな曲芸みたいな、というよりも戦闘機とは思えぬ挙動で反撃してくるのは、以前の交戦でも経験している。それでアーサー隊に初の欠員が出たのだから、嫌でも覚えているというものだ。


 さっきのクルビットで無茶をしたのか、敵機の飛び方は大人しくなっていた。攻めるなら今かもしれない。


 機関砲の発射スイッチを押し、2秒ほど掃射。敵機はそれにすぐに反応して旋回を始めたが、敵機のすぐ近くで炸裂した機関砲の砲弾の破片を受けたようで、主翼の表面に細かな破片が突き刺さったのがはっきり見えた。うっすらと灰色の煙を曳きながら、Su-57R/MSが左旋回に入る。


『よくやった、クルト』


 短い労いと共に、赤いF-22が傷ついた敵機を追撃。執拗に背後につき、攻撃を確実に命中させられるタイミングを探り始める。


 叔父さんならやってくれる―――希望が見えたところで、俺は違和感に気付いた。


 周囲を縦横無尽に飛び回る、無数の無人機。奴らの動きに変化が現れ始めたのだ。まるで傷ついたSu-57R/MSを守れとでも命じられているかのように、こちらの航空隊への攻撃が消極的になり、Su-57R/MSの周囲に集まり始めている。


「まずい」


 操縦桿を倒し、機体を急加速。叔父さんの後を追いつつ、無人機を機関砲で撃ち落としていく。


 あの戦闘機は、無人機共の上位個体とでもいうのか?


 騎士に付き従う従者のように、Su-57R/MSの周囲に集合し始める無人機たち。やがて、ドッグファイトに入ったSu-57R/MSとF-22の頭上で、大蛇のような集合体と化した無人機たちが蜷局を巻き始める。


 唐突に、無人機たちが急降下に入った。


 狙いは無論、叔父さんのF-22。


 頭上から特攻をかけてくる敵機を巧みに躱しつつ、人間業では成し得ない機動マニューバで逃げ回るSu-57R/MSを追うF-22。俺も敵機をロックオンしミサイルの発射態勢に入ったその時だった。


 右旋回に入った叔父さんのF-22に、1機の無人機が取り付いた。


「叔父さん!!」


 昆虫みたいな、あるいは限界まで痩せ細った人間の腕にも思えるアームを絡ませ、コクピットを眼球状のセンサーで睨む敵機。その眼球に紅い光が充填されていくが、ぐるん、と錐揉み回転に入ったF-22からあっさりと振り落とされてしまう。


 安堵したのも束の間だった。


 逃げるばかりだったSu-57R/MSが、いつの間にか叔父さんの背後に回り込んでいたのだ。


『クルト』


 微かにノイズの混じった、叔父さんの声。


 ダメだ、そんな事。俺は認めない―――運命に抗おうと、神が下した決定に抗おうと操縦桿を倒す。


 ロックオンが終わったと同時にミサイルを発射。叔父さんの背後に喰らい付いたSu-57R/MSの背後から、ミサイルを放つ。


『―――後は頼む』


 ミサイルが敵機のエンジンノズルへと吸い込まれていく。ミサイルという銛が敵機の後部へと突き立てられ、紅い閃光が目の前を埋め尽くした。


 だが、そうなる寸前に―――レールガンから紅い光が放たれ、目の前を飛んでいたF-22を直撃していた。


 燃え上がりながら降り注ぐ、Su-57R/MSの残骸たち。それを掻い潜りながら爆炎を抜けた先に俺が見たのは、機体の大半を木っ端微塵に砕かれ、錐揉み回転しながら地上へと墜落していく叔父さんのF-22の姿だった。


「アーサー1、アーサー1、脱出しろ。アーサー1……叔父さん!」


 返答はない。


 やがて、錐揉み回転していたF-22は市街地の大通りの辺りへと墜落し―――地上で燃え盛る業火、その一部となった。


 そんな……嘘だ。


 叔父さんが、あのレッドバロンが落とされるなどと。


 なあ、叔父さん……どうせ、悪い冗談なんだろう? さっき落ちたのは無人機で、本物の叔父さんはどこかを飛んでるんだろう?


 突きつけられた現実を否定しようと、そんな思いが頭を駆け巡った。受け入れがたい現実―――それを認めてしまったら心が壊れてしまうような気がして、けれども受け入れなければならないという思いも生まれ、心の中でぶつかり合う。


 レーダーを見ても、叔父さんの機体の反応は消失していた。


 認めなければならない。


 叔父さんは落ちた。死んだのだ。


 











 突如クレイデリア国内に姿を現した無数の無人兵器群が、テンプル騎士団、国防軍、連邦武警の抵抗によって退けられたのは、戦闘開始から5時間後の事だった。


 この突発的な戦闘で、クレイデリアでは戦闘員、非戦闘員問わず188000人が死亡し、60000人が行方不明となった。


 タンプル搭陥落以来、本土への攻撃を許した事のないクレイデリア連邦。この国に住む彼らにとって、今回の襲撃はまさに悪夢の再演となったのである。














 ステルススーツから着替え、シルヴィアと共にシュタージの諜報指令室へと足を踏み入れる。中に入るとオペレーターや司令官のアリーヤが敬礼で出迎えてくれた。


 中央指令室ではなくこちらに来たのには、ちゃんとした理由がある。


 無人兵器共の襲撃で被った損害については、既にシルヴィアから聞いていた。タンプル搭陥落以来の未曽有の大損害だ、と。


 ではなぜ、こんな事が起こったのか。


 まずはそれを突き止めなければならない。


「……ご指摘の通り、転移阻害結界に細工された形跡が発見されました」


 奴らは転移で現れた。


 転移は便利なものだ。膨大な魔力―――フィオナ機関を1つ焼き切るほどだ―――を消費するものの、好きな時に好きな座標へ一度だけ、瞬間移動する事が可能になる。今までは消費魔力の観点から実用化が極めて困難だったそれのハードルが下がったのは非常に画期的で、各国はそれを各々の軍隊へ積極的に取り入れた。


 そうした中で、自国領内への転移を阻害する対策というのも自然と発達を見せる。


 それが転移阻害結界だ。


 この結界の内側には、転移で入る事は出来ない。例外として、我々は転移阻害を中和する結界も手にしているのだが、最高機密に属するこれが外部に漏れる事はまず考えられない。


 そうなると、組織内に潜り込んでいる何者かが転移阻害結界のコードを改竄し、奴らを招き入れたと考えるのが自然となる。


 シュタージの調査で証拠が発見されたという事は、もうそれは確定だった。


「……団長」


「なんだ」


「言うまでもないと思いますが……転移阻害結界は最高機密です。コードの書き換えには組織の最高指導者―――団長か、副団長の権限が必要になります」


「分かっている」


 結界にアクセスできるコードの書き換え、その権限が与えられているのは私と姉さんだけだ。制御装置にパスワードを入力、指紋認証と魔力認証を行い、更に専用のキーを使ってロックを解除してはじめてコードの書き換えが可能となる。


 そうなると、容疑者は私か姉さんのどちらかに絞られる。


「団長は任務中。更に戦闘中の負傷も映像で確認しているため、貴女が戦闘人形オートマタではないという事は明らかです」


「……シルヴィア」


「副団長は戦線離脱している期間が長かった。護衛もついていましたが、本部内の医療施設という事もあって警備は必要最低限。フィオナが付け入る隙はいくらでもあったんです」


「言うな」









「団長……お覚悟を」



 





 冷淡に告げながら、シルヴィアは私にPL-15を手渡した。




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