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兵士と冒険者


 第二世代型の転生者は、第一世代型の転生者と違って端末を持たない。手を突き出すだけで立体映像のようなメニュー画面が目の前に姿を現し、それを操作することで装備や能力の生産を行う事ができるのだ。


 転生者は端末を紛失したり没収されると、武器や能力を使う事ができなくなる上に、自分の身体能力を強化しているステータスも機能しなくなってしまう。それゆえに、第一世代型の転生者にとっては、端末の紛失は戦闘不能を意味する。


 しかし、第二世代型の転生者はその端末を持たないため、死亡しない限りは能力を使い続ける事ができるのだ。


 更に、第二世代型の転生者の遺伝子を受け継いだ子供にも、その能力は遺伝する。だからこそハヤカワ家の子供たちは、祖先であるタクヤ・ハヤカワと同じように兵器を大量に生産し、テンプル騎士団の兵士たちに支給する事ができるのだ。


 だが―――――――結婚して子供が生まれてくる以上、転生者の血の濃さを維持するのは不可能である。


 7.62mm弾をクリップでマガジンに装填し、装填を終えたマガジンをポーチの中にぶち込む。空のマガジンを別のポーチから抜き取ってクリップを拾い上げ、次々に弾丸を装填していく。支給されたマガジンの中が弾丸で満たされたのを確認してから隣を見ると、赤毛の少年も俺と同じようにクリップでマガジンに弾丸を装填しているところだった。


 素早くマガジンへの装填を終えた彼は、木箱の上に置いてあるスコープ付きのAK-47を拾い上げた。マガジンをライフルに装着した彼は、安全装置セーフティがかかっていることをチェックしてから、砂漠を見渡して溜息をつく。


「どうした、シュンヤ」


「冒険者になりたかったです」


 そう言ってから、シュンヤは自分のAK-47を背負った。


 彼の名は『シュンヤ・ハヤカワ』。内戦でテンプル騎士団赤軍の指揮を執り、団長に就任したクロエ・ハヤカワと、倭国からやってきた男性の間に生まれたキメラの子供である。母親と同じく髪の色は真っ赤で、その赤毛の中から短い2つの角が突き出ているのが分かる。顔つきは母親にそっくりだし、訓練を受けた兵士とは思えないほど手足はすらりとしていた。


 俺もAK-47にマガジンを装着し、くるりと後ろを振り向く。後方には灰色に塗装されたハンヴィーが何台か停車していて、スペツナズの隊員たちが屋根の上に搭載されたブローニングM2重機関銃をチェックしているところだった。


 助手席のドアを開け、シュンヤを助手席に座らせる。彼がAK-47を抱えながらシートベルトを締めている間に運転席に乗り込んでエンジンをかけると、機関銃をチェックしていた隊員が「いつでも出発していいですよ」と言いながら後方の車両に合図を送る。


 シュンヤはクロエからテンプル騎士団団長の役目を継承するために、もう既に俺に預けられて訓練を受けている。団長の役目を継承する後継者が俺に預けられて訓練を受け、一人前の兵士になってから団長となるのはハヤカワ家の伝統と言ってもいいだろう。


 彼はもう既に魔物の掃討作戦で初陣を経験しているものの、まだまだ未熟だ。


 今回はスペツナズの偵察任務に同行することになっている。できるならば実戦を経験させてやりたいんだが、偵察することになっている地域は海兵隊の連中が一昨日魔物の掃討作戦を実施した地域になっている。魔物の群れを機関銃のフルオート射撃でミンチにした挙句、洞窟の中の巣を火炎放射器で焼き払ったらしい。


 というわけで、今回はただのドライブで終わるだろう。


 ハンヴィーを走らせながら、助手席で退屈そうに砂漠を見つめているシュンヤをちらりと見る。


 どういうわけか、シュンヤは自分の祖先であるタクヤに憧れているらしい。テンプル騎士団の団員からすれば、あいつはこの組織の創設者のうちの1人であり、初代団長である。だが、一般的な人々から見ればタクヤは”産業革命の頃に活躍した伝説の冒険者”である。


 実在しないと言われていた伝説の『メサイアの天秤』を発見した冒険者なのだから。


 幼少の頃から彼の伝記を読んでいたからなのか、シュンヤはタクヤに憧れているらしく、訓練を受けて団長の役目を継承したら冒険者になろうとしていたらしい。


 フィオナ機関が発明され、魔力で動く動力機関がこの世界の科学力を変えてしまった頃の時代であれば、その選択は最適解と言っていい。危険な魔物が生息していたり、環境が危険すぎるせいで全く調査できていない地域ダンジョンは世界中に存在しているのが当たり前で、世界地図は空白だらけだった。その危険地帯に足を踏み入れ、魔物を掃討したり、内部がどうなっているのかを調査するのが冒険者たちの仕事だった。


 しかし、現在では冒険者たちが全てのダンジョンの調査を終えてしまった事で、もうこの世界の世界地図は完成してしまった。そう、世界中の冒険者たちは一斉に失業することになってしまったのである。ダンジョンを調査するという職業を失ってしまった冒険者たちは、魔物と戦った経験を生かして傭兵に転職するか、討伐した魔物の素材を売って生活することになってしまったのである。


 なので、もうダンジョンを調査することはできないのだ。


「ところで、ウラル先生って吸血鬼なんですよね?」


「ああ」


「今昼間なんですけど、日光は大丈夫なんですか?」


 つまらなさそうに砂漠を眺めていたシュンヤが質問してくる。


 俺は運転席の窓を開けながら、彼に向かってニヤリと笑った。


「…………いや、結構ヤバい」


「え?」


「無茶苦茶吐きそう………おえっ、ちょっとヤバい。我慢できん。各車両、一旦停車せよ。ちょっと外に吐くから」


『マトリョーシカ2、了解』


『マトリョーシカ3、了解』


『隊長、だから偵察は夜にしようって言ったじゃないですか』


 運転席のドアを開けて躍り出た俺は、ヘッドセットから聞こえてくる部下たちの声を聞きながら砂漠のど真ん中で吐いた。


 日光は吸血鬼の弱点の1つである。日光でどれほどのダメージを受けるかは個人差があり、吸血鬼の中には日光を浴びただけで消滅してしまう者もいる。俺やイリナは幸運なことに、日光を浴びても身体能力と再生能力の低下くらいで済むのだが、できるならば夜間に行動したいものである。


 ハンカチで口の周りを拭き、水筒の水を飲んでから運転席へと戻る。助手席でポカンとしているシュンヤをちらりと見てからシートベルトを締めた俺は、無線機で後続のハンヴィーたちに「よし、出発する」と告げてから再びハンヴィーを走らせた。


「いいか、シュンヤ。海兵隊がこの地域の魔物を掃討したとはいえ、生き残りがいるかもしれん。しっかり周りを見張ってな」


「は、はい………ウラル先生、やっぱり夜に出直しましょうよ」


「何言ってんだ、俺は―――――――おえっ」


 くそったれ、やっぱり夜に偵察すればよかった………。


 左手で口を押えながら後悔していたその時だった。


 唐突に、車列の前方の地面が吹っ飛んだ。灰色の砂たちがちょっとした砂嵐のように一気に舞い上がったかと思うと、茶色い外殻に覆われた脚が砂の中から姿を現す。複数の足が地面を串刺しにした直後、巨大な蜘蛛のような姿の化け物が砂の中から躍り出た。


 よく見ると、胴体の上には同じく茶色い外殻に覆われた人間の女性の上半身がある。けれども、口の中には人間の歯とは比べ物にならないほど巨大な牙が何本も生えていて、その隙間からは鈍色の粘液が大量に溢れ出ている。普通の人間の目がある位置から額を覆っているのは複眼なのだろうか。


「全車停止!!」


 ヘッドセットに向かって叫ぶと同時に、ブレーキを思い切り踏んでハンヴィーを停車させる。屋根の上で重機関銃の準備をしていた隊員が安全装置セーフティを解除しつつ、銃口を目の前の化け物へと向ける。


「あ、アラクネ………!?」


「アラクネは森とか洞窟に生息してる魔物だ。こんな砂漠に住んでるわけがない」


 変異種なのか?


 よく見ると、サイズは通常のアラクネよりも二回りほど大きい。その気になれば、あの槍みたいな足でハンヴィーを串刺しにすることもできるだろう。


 歯を食いしばりながら、目の前に姿を現した化け物を睨みつける。アラクネの外殻は非常に堅牢であるため、5.56mm弾や5.45mm弾では外殻に弾かれてしまうが、通常のアラクネであればAK-47の7.62mm弾でも外殻を貫通して討伐することが可能だ。


 しかし、車列の目の前に姿を現したのはそれの変異種である。7.62mm弾どころか、重機関銃の12.7mm弾が通用するかは分からない。下手をすれば対戦車ミサイルをぶち込まなければ倒すことはできないかもしれない。


「撃ち方始め!」


 そう命じた直後、屋根の上で銃声が轟いた。ハンヴィーの屋根に搭載したブローニングM2重機関銃が火を噴き、大口径の12.7mm弾をでっかいアラクネの変異種に叩き込む。魔物どころかドラゴンの外殻すら易々と貫通し、あっという間にドラゴンをミンチにしてしまうほどの破壊力を誇る弾丸だが、外殻の表面で火花が散ったのを見た途端、こいつを倒すには対戦車兵器か戦車が必要だという事を悟る羽目になった。


 12.7mm弾が、外殻に弾かれているのである。


 助手席の窓を開けたシュンヤが、自分のAK-47を窓の外に突き出して射撃を始めた。だが、12.7mm弾が通用しない魔物にそれよりも口径の小さな弾丸が通用するわけがない。案の定、7.62mm弾もひしゃげた状態で跳弾し、12.7mm弾たちと同じ運命を辿る羽目になった。


「全車、後退しろ! シュンヤ、RPG-7を!」


「は、はい!」


 AK-47での射撃を止め、メニュー画面を出現させてRPG-7を生産するシュンヤ。先端部に対戦車榴弾が装着されたロケットランチャーを受け取ってから、俺は運転席から飛び出してアラクネの変異種を睨みつける。


 もし、クロエが転生者と結婚していたのであれば、シュンヤが彼女から受け継いだ能力が”劣化”することはなかっただろう。


 そう、第二世代型転生者の能力は、転生者の血が薄くなっていくにつれてどんどん劣化してしまうのである。生産できる武器や能力の種類が減っていき、レベルが上がるごとに上昇するステータスの量が少なくなっていく。圧倒的な力で大規模な軍勢すら圧倒できる転生者が、急激に常人に近づいていくというわけだ。


 タクヤやユウヤの時代に正式採用されていたAK-15ではなく、AK-47を兵士たちが装備しているのは能力の劣化が原因である。


「シュンヤ、あいつを牽制しろ!!」


「け、牽制!?」


「フルオートでぶちかませ!」


「りょ、了解!!」


 助手から身を乗り出したシュンヤが、他の車両の機関銃の射手たちと共に弾丸をアラクネに叩き込む。相変わらず命中した弾丸は全部弾かれているようだったが、運転席から飛び出して対戦車兵器をぶちかます用意をしている俺よりも、立て続けに自分を攻撃してくる奴らを真っ先に排除するべきだと思ったらしく、アラクネは鈍色のよだれを口から垂らしながら歩き始めた。


 照準器を覗き込みつつ、進撃していくアラクネを狙う。


 あいつの外殻に弾丸は通用しないだろう。最強の狙撃手たち(ラウラやクロエ)のように外殻の隙間に弾丸を叩き込む事ができれば俺たちの装備でも倒せるかもしれないが、スペツナズの隊員たちの中に、あの2人よりも高い技術を持つ狙撃手は残念なことにいない。


 だから、いつも通りに倒すしかないのだ。


 堅牢な外殻を対戦車兵器でぶち破るという、強引で堅実な手段で。


 いくら弾丸を弾くほどの外殻でも、対戦車兵器のメタルジェットを防ぐことはできないだろう。直撃すれば大ダメージを与えて倒す事ができる筈だ。


 よく見てろ、シュンヤ。


 今の時代にはもう冒険者は存在しないが、敵と戦う兵士になるのも悪くないんだぞ。


「先生!」


「任せろ」


 ハンヴィーの車列に向かって進んでいくアラクネに向けて、RPG-7を放った。ボンッ、とバックブラストが後部から噴き出して砂を吹き飛ばし、先端部に取り付けられた対戦車榴弾が躍り出る。バックブラストの轟音でアラクネが俺の方を振り向いたが、こっちに向かって粘液を飛ばしながら威嚇しようとした頃には、対戦車榴弾がアラクネの胴体を直撃していた。


 メタルジェットが荒れ狂い、弾丸を弾いていた茶色い外殻を問答無用で食い破る。あらわになったグロテスクな肉を爆炎が焼き尽くし、黒焦げになった外殻の一部や肉片が爆炎の中から火山弾のように飛び散っていく。


 アラクネは呻き声を発しながら身体を痙攣させ、砂漠の上に崩れ落ちた。


「…………討伐完了」


『さすがです、隊長』


「タンプル搭に連絡して今すぐに研究区画のスタッフを呼べ、ニコライ4。こいつの解析が必要だ」


『だからコールサインで呼んでくださいって』


 最近、こういう変異種と戦う事が増えている。


 世界中の軍隊が剣を退役させて銃を正式採用し始めた事により、魔物の討伐はより効率的になった。才能のある者しかなれない魔術師に頼る必要がなくなり、全ての兵士が魔術に匹敵する強力な兵器を装備できるようになったのだから。


 それゆえに、魔物は世界中で掃討されており、現在では絶滅危惧種になりつつある。


 絶滅危惧種になりつつあるからこそ、こういう変異種が生まれるのだろう。人類の掃討作戦を退け、生きるために。


 運転席に戻ると、シュンヤが目を輝かせていた。


「すごいです、先生! あんなにでっかい魔物を倒すなんて!」


 シュンヤの頭を撫でてから窓を閉めた俺は、彼を見つめながら言った。


「――――――兵士も悪くないぞ?」











 

 ハンヴィーの車列の後方を走るのは、バラバラに解体したアラクネの死体を乗せたテンプル騎士団のトラックだ。さすがにあのままタンプル搭まで引っ張っていくのは不可能だし、ヘリに吊るして運ぶわけにもいかなかったので、タクヤのホムンクルスたちに協力してもらってアラクネの変異種の死体を切断して運ぶことになったのである。


 ちなみに、俺は日光の真下での3時間の作業中に俺は40回くらい吐いた。


 砂漠の向こうに建設されている防壁を見つめながら、溜息をつく。


 正確に言うと、あそこに建設されているのは防壁ではなく、巨大な結界の発生装置だという。海兵隊が海外の古代遺跡で発掘してきた古代文明の技術を解析した代物らしい。信じ難い事に、その結界で外の空間と内部の空間を疑似的に切り離し、結界内部の天候を自由自在に切り替える事ができるという。


 つまり、干ばつで農作物が収穫できなくなったり、豪雨で災害が発生することがなくなるという事だ。あの結界を更に増産して地域ごとに区切っていけば、クレイデリアへと移住してきた人々の出身地に合わせた気候を再現することもできるようになる。


 結界が完成すれば、吸血鬼(俺たち)もずっと夜が続く住みやすい場所で過ごせるという事だ。マジで太陽は大嫌いなので、早く完成させてほしいものである。


 検問所を通過すると、岩山から天空へと突き出ているタンプル砲の砲身の付け根が見えてきた。5つの巨大な支柱と無数のワイヤーがなければ支えられないほどのサイズの砲身は、傍から見れば数多のケーブルと配管を纏った巨大な鋼鉄の塔のようだ。こいつのせいで、ここに搭は1つもないにもかかわらずタンプル搭と呼ばれている。


 その付け根の近くに赤毛の女性が立っているのを見た俺は、ハンヴィーを減速させながら彼女に手を振った。


「お帰り、ウラル先生」


 タンプル砲の付け根のところで待っていたのは、シュンヤの母親であり、現在のテンプル騎士団の団長であるクロエだった。


「母さん、ただいま」


 助手席から降りたシュンヤが、自分の母親に向かって微笑みながら言う。するとクロエは、微笑みながらポケットからメモ用紙を取り出した。


 出迎えてくれたわけではなく、それを彼に渡したかったらしい。


「シュンヤ、悪いけれどアルカディウスでお豆腐買ってきてくれない?」


「え?」


 お、お使い?


「今夜は味噌汁を作ろうと思って。(あの人)の国の料理って美味しいわよね♪」


「またあれ作るの? 今夜はカレーが食べたいんだよなぁ…………」


「カレーは明日作ってあげるから」


「というか、商人に頼まないの?」


「アルカディウスに美味しいお豆腐を作ってくれるお店があるの。そこのお豆腐がいいわ」


 ちなみに、アルカディウスはクレイデリア連邦の首都である。タンプル搭から行くのであれば、列車に乗れば30分くらいで到着する。車ならば1時間以上だろうか。


 メモ用紙をポケットにしまったシュンヤは、ホムンクルスの兵士と一緒に基地の内部へと戻っていった母親を見送ってから俺に言った。


「…………先生、ヘリ使っていいッスか?」





今回は珍しく平和な話になりました(笑)

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