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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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悪魔の濁流


 クレイデリア国防軍のドクトリンは専守防衛が原則となっており、配備される兵器もそれに最適化されたものが多数を占める。


 テンプル騎士団が海外で活動する祖国の”矛”ならば、国防軍は文字通り祖国の”盾”というわけだ。それは国防空軍も例外ではなく、かつてのソ連防空軍をその雛型としている。


 そんな国防空軍がスクランブルを経験するのは、意外にもこれが初めてだった。


 無論、訓練では何度もスクランブルを経験している。テンプル騎士団の航空隊が、抜き打ちで警戒ラインへと接近し対応の速さを強化するという形式の訓練は、これまでに何度も行ってきた。が、実際に敵国の戦闘機や爆撃機がクレイデリア領空に足を踏み入れたことは、祖国奪還以来一度たりとも事例が存在しない。


 テンプル騎士団の対応の速さと、徹底した軍備拡張による抑止力は、彼らから活躍の場を奪っていた。実際に軍内部にも『テンプル騎士団空軍が対応してくれるだろう。国防空軍はその撃ち漏らしを落とせばよい』という楽観的な考えが蔓延し、練度低下の一因となっていた。


 そんな外敵のいない状況下で訪れたスクランブル。しかも訓練ではなく実戦だ。だからMiG-31の操縦席に座るパイロットたちが抱く緊張感は、訓練飛行の時の比ではなかった。


 ファルリュー島から無数の正体不明の無人兵器群が出現し転移、しかも転移先はクレイデリア国内―――既に転移反応は観測されており、転移を終えた兵器群は続々と市街地を目指し接近中という事であった。


 離陸後に管制官から告げられた情報によると、敵の数は200万にも達しているという。


 レーダーの故障を疑いたくなるが、機体に搭載されているレーダーにも無数の反応がびっしりと現れたところで、パイロットたちはその事実を受け入れざるを得なかった。


 初陣が得体の知れない兵器―――それもこれほどの数ともなれば、逃げ帰りたくもなる。が、自分たちは国防空軍所属のパイロット。祖国を、国民を守る盾なのだ。矢面に立つのが使命なのだから、こんなところで尻尾を巻いて逃げるような真似が許されようか。


『スピア1、フォックス3』


『スピア2、フォックス3』


『スピア3、フォックス3』


『スピア4、フォックス3』


『スピア5、フォックス3』


 パイロットたちのコールが連なり、機体から切り離されたミサイルたちが火を噴きながら、前方の無人兵器群へと駆けていった。


 国防空軍の航空隊には通常の戦闘機も含まれているが、第一陣となるのは足の速いMiG-31”フォックスハウンド”たちだ。その加速力で素早く作戦空域へ展開し、搭載した長距離ミサイルで敵航空隊を撃滅する。あるいは敵を攪乱し後続の航空隊が到着するまでの時間稼ぎをするのが彼らの任務であった。


 だが―――搭載してきたミサイルだけで、これだけの数の敵を殲滅するのは明らかに不可能であった。


 1機や2機、あるいは10機程度の敵航空隊が相手だというならば十分な量のミサイルがある。が、敵は200万―――スピア隊や、一緒に出撃したハルバード隊、ランス隊の全てのミサイルを合わせても全く足りない。


 敵の進撃を阻止できるのか。そもそも自分たちは生きて帰れるのか―――出撃を命じられたパイロットたちの脳裏を不安が過る中、ついにミサイルたちがその鋭利な切っ先を、無人兵器群へと突き立てた。


 レーダーの中で、敵の反応がそれなりに減る。運悪く爆発に巻き込まれた個体もいた事だろう。それは喜ばしい限りであるし、こうしてプレッシャーに耐えながらも緊急出撃してきた甲斐があるというものであるが、だからといって戦局が優位に傾いたわけでは無い。


 地上から放たれた地対空ミサイルの群れも雲の向こうへと飛んでいき、またしてもレーダーから無人兵器群の反応がごっそりと減った。


 先頭集団の一角が消し飛び、敵の陣形が乱れるのがレーダーの反応から分かる。このまま後続の航空隊が到着するまで持ちこたえれば―――ほんの少し、それこそ暗闇で燻る火種程度の小さな希望ではあったが、絶望的な状況に光が差した。


 その光を、希望を、真っ白な雲を突き抜いて現れた黒い濁流が打ち砕く。


『なんだよ、あれ』


 それはまるで―――餌を求めて移動する、イナゴの大軍を思わせた。


 雲の中から出現した小さな黒い影。ぽつり、ぽつり、と散発的だったそれは、あっという間に雲を逆に飲み込むほどの巨大な群れを形成し、日の光をも遮りかねないほどの群れにまで成長して、空の向こうから航空隊へと向かってきたのである。


 すぐさまミサイルの第二波を発射する航空隊。地上の対空ミサイル隊も連動しミサイルを放ち、その濁流を少しでも食い止めようと抵抗してみせた。


 群れの中に飛び込んだミサイルが、数体の無人兵器―――戦闘人形オートマタを押し潰し、炸裂する。その爆風に呑まれて更に数体の戦闘人形オートマタが木っ端微塵に砕け、レーダーから反応が大きく減った。先ほどよりも敵が密集していたこともあって、濁流の如き群れの一角を大きく削る戦果を挙げたが、彼らの懸命な攻撃に対し、敵の数があまりにも多すぎた。


 隊長が部下たちに散開ブレイクを命じる頃には、航空隊は無人兵器群の群れに呑まれ―――ズタズタに引き裂かれた哀れな骸を、その空に晒す羽目になった。














《総員戦闘配置! これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない!》


 重苦しいサイレンが鳴り響き、地上に配置された44㎝4連装砲塔がゆっくりと回転していく。巨人の指を思わせる長大な砲身が空へと向けられ、格納庫から出てきた対空自走砲たちが敵の襲来に備える。


 クレイデリア国防軍の第17駐屯地。こうした駐屯地や基地はクレイデリア中に点在しており、どこか1つでも襲撃を受けた場合、即座に他の拠点から支援を受けられるようになっている。これはこの国がまだカルガニスタンと呼ばれていた頃から確立されていた防衛体勢であり、これを打ち破った事例は輪廻の大災厄程度であるとされている。


 しかし、今祖国に迫っているのはその”輪廻の大災厄”の再来と言ってもいいのかもしれない―――駐屯地の指令室で、レーダーに映し出される大量の反応と衛星からの映像を見た司令官は、父が戦死したとされている輪廻の大災厄を思い出していた。


 あの光景は今でも忘れない。一見すると天使のような、しかし人間を見境なく殺していく無慈悲な白いホムンクルス兵の群れ。画面に映る黒い群れは、まさにそれの再演だった。


 テンプル騎士団の一員としてそれを迎え撃ち、死んでいった父に祈る。どうか私に力を、と。


「敵無人兵器群、射程に捉えました」


「スーパー三式弾、砲撃始め」


「指令室より各砲塔、スーパー三式弾撃ち方始め、撃ち方始め」


 白い雲が散発的に浮かぶ空を睨んでいた、虎の子の44㎝4連装砲の砲口から緋色の閃光が溢れ出た。それは瞬く間に黒煙に変わったと思いきや、巨人の咆哮のような轟音を発し、基地の中に居る隊員たちの耳を劈いた。


 こうした戦艦の主砲が要塞砲に転用されているケースは珍しくない。少なくともクレイデリア国内には、よほど規模の小さな拠点出ない限り、ジャック・ド・モレー級の44㎝砲を転用した要塞砲が必ずと言っていいほど配備されている。


 艦砲でありながらガンランチャーのように対艦ミサイルの発射にも対応し、テンプル騎士団独自開発の装填装置の恩恵で再装填の速さにも恵まれたそれは、移動できないという唯一にして最大の欠点を除けば強力な兵器と言えた。


 砲口から飛び出した砲弾が、無人兵器群へと飛び込んでいく―――その寸前で、砲弾がまるで空中分解を起こしたかのようにバラバラになった。


 中から姿を現したのは、乾電池を肥大化させたような形状の無数の炸裂弾。


 炸裂弾の群れは無人兵器群の接近を感知すると、パパパンッ、と一斉に炸裂し、軽快な爆音の連鎖を天空に刻む。


 旧日本軍が使用していた三式弾を、テンプル騎士団の技術でアレンジした”スーパー三式弾”は、戦艦が時代遅れとなった今でも十分な威力を発揮する砲弾として仕上がっていた。確かに地対空ミサイルと比較すると射程は劣るものの、60口径44㎝4連装砲から放たれるそれの弾速は極めて速く、レーダーによる観測も相まって良好な命中精度を持つ。


 最大の特徴が、内部に高威力の炸裂弾を内蔵している事だ。1発で航空機の主翼を捥ぎ取るほどの威力がある炸裂弾を、敵の眼前に高密度でばら撒くのである。しかも炸裂弾の一発一発には近接信管と魔力センサーが内蔵されていて、テンプル騎士団のデータベースに無い魔力反応の機体、つまり敵機が接近した瞬間に起爆するようセットアップされていた。


 敵の戦闘機、それも速度が速く撃墜が困難なジェット戦闘機を、戦艦の主砲で撃墜する―――そんな夢物語を現実に変えたのは、旧日本軍が遺した兵器であった。


 その威力は、未知の敵兵器にも猛威を振るった。44㎝砲の砲弾からばら撒かれた無数の炸裂弾が起爆し、基地へと殺到する無人兵器群の群れをごっそりと消し飛ばしたのである。


 しかもそれは、たった一度の斉射では終わらない。装填を終えた砲塔から、矢継ぎ早に放たれるスーパー三式弾の弾雨が、一時的にとはいえ無人兵器群の群れを釘付けにする。撃破された同胞の残骸を押し退けて前に出ようとすれば、後続の砲弾の餌食になる―――そうして大地へ黒い残骸が積み上げられていくが、それも長くは続かない。


 彼らは人間ではなく機械だ―――機械は死を恐れない。


 弾幕の中を突破した一団が、スーパー三式弾の弾雨に嬲られるばかりの味方を差し置いて駐屯地へ肉薄していく。それに対空自走砲の車列―――ZSU-23-4”シルカ”たちが一斉に反応、自慢の4連装23mm対空機関砲を射かける。


 ガギュンッ、と防弾フレームを撃ち抜く金属音が空で連鎖し、ここでも数多くの無人兵器群がスクラップと化した。航空機に対し圧倒的な威力を持つ23mm機関砲を凄まじい連射速度でばら撒くシルカの対空射撃は、低空を飛行する航空機にとってはこれ以上ないほどの脅威である。最低限の防弾フレームしか持たぬ簡易型戦闘人形に対してはオーバーキルも良いところだ。


 それを覆したのは、圧倒的物量―――すなわち力業だった。


 駐屯地に配備されていた18両のシルカによる一斉射撃が、段々と黒い濁流に押し負け始める。駆けつけた歩兵部隊も重機関銃で弾幕を張り始めるが、焼け石に水でしかなかった。


 やがて、黒い濁流がシルカの車列を飲み込んだ。


 簡易型のマニピュレータに搭載された鉤爪で、シルカの装甲を厚紙のように引き裂いていく無人兵器たち。戦車のような重厚な車体があっという間に無残になったかと思いきや、戦闘人形オートマタたちはその隙間へと顔を突っ込み―――顔面に搭載された眼球のような部位から、紅いレーザーを照射し始めた。


 シルカの乗員たちに逃げ場はない。装甲を貫通してきたレーザーに焼かれて消滅する乗員もいれば、拳銃での抵抗を試み、鉤爪で串刺しにされる乗員もいた。


 忌々しい自走砲から生命反応が無くなったのを察知すると、彼らは次に小銃で抵抗する歩兵たちに殺到していった。AK-15の7.62mm弾に射抜かれ、何体かの戦闘人形オートマタが動かなくなるが、いくら人数が居ようともその弾幕はシルカの車列による集中砲火に及ばない。


 果敢に応戦していたホムンクルス兵の1人が、戦闘人形オートマタに組み付かれた。振り払うよりも先に腹を鉤爪で貫かれ、そのまま至近距離でレーザーの照射を受けたホムンクルス兵は、あっという間に下半身だけの焦げた肉塊と化した。


 銃声が兵士たちの断末魔に変わったのは、それからすぐだった。













 何かあったら、最寄りのシェルターに逃げる事。


 それは良く分かっている。事前にシェルターの位置も調べておいたし、有事の際にはテンプル騎士団の兵隊さんが助けてくれる。


 しかし―――母の言いつけを守り、最寄りのシェルターへ逃げようとしたユーリを待ち構えていたのは、まだ5歳の少年では経験も予測もしようのない、混乱した光景だった。


「押さないで、押さないで!」


「女性と子供が優先です! 落ち着いて!」


 頭の中が真っ白になるのが分かった。


 今日は日曜日だ。休日ともなればショッピングモールに家族連れの買い物客が数多く集まり、たいへんな賑わいを見せる。パン屋でドーナツを買うのにも一苦労するほどだ―――それほどの人間が、一斉にシェルターへ殺到すればどうなるか。


 連邦武警の隊員たちが、混乱する状況を少しでも収拾しようと努力を重ねるが、それが徒労で終わっているのは明らかだった。女子供が優先―――シェルターへ優先して避難させてもらえるのは女性と子供で、男や老人たちはその次だ。しかし、シェルターへと繋がる階段を駆け下りていく民衆は、男も女も関係ない。定員いっぱいになる前に、我先にとシェルターへ殺到している。


 ここは駄目だ―――ユーリはそう判断し、近くにある案内板に目を向けた。立体映像で空中に投影された案内板には、シェルターへの避難経路が表示されている。読めないオルトバルカ語の単語もあるが、あそこに行けば安全だ、という事だけは分かった。


 読み書きを一足早く両親から教わっていたのが功を奏した。


 安堵したのも束の間、唐突にその案内板がノイズと共に消え、何もない空間だけが残された。


「え……」


 案内板だけではない。


 ショッピングモール内部に響いていた避難放送から周囲の照明に至るまで、次々に消えていく。聞こえてくるのは人々の不安そうな声や子供の鳴き声、少しでも混乱を収拾しようとする連邦武警たちの怒鳴り声。


 それに異質な音が混じったのを、ハーフエルフ特有の発達した聴覚が捉えた。


 ガラスの表面を、鋭利な刃物でなぞるような……。


 床に異形の影が落ち、ユーリはそっと顔を上げた。


 ショッピングモールの天井―――ガラス張りになっているそこに、化け物が居た。


 一見すると人間にも見えるが、それに”顔”も下半身も無い。あるのは鋭利な爪の生えた3本指のある手と、ぎょろりとした大きな眼球。真っ赤に怪しく煌めくそれが、頭上を見上げるユーリの幼い顔をじっと見つめているのである。


 以前、父であるキールと一緒にテレビで見た映画を思い出した。あんな顔のエイリアンが地球を侵略する話だった。


 まさか本物のエイリアンがやってきたのか、と有り得ない仮説を立てた途端、天井のガラスが割れ―――エイリアンが、いや、機械の怪物がショッピングモールへと雪崩れ込んできた。


 恐怖に耐えきれなくなったユーリの絶叫が、ショッピングモールに響いた。













 最悪の日曜日だ。


 仕事が入ったから、ではない。それは確かにまあ、家族と過ごしたい時間というのは存在する。週末には休暇を申請して、妻や子供たちをどこかに連れて行ってあげたい―――そんな思いは確かにある。父として当然の事だ。


 しかし、今日が最悪の日曜日と言ったのはそんな理由ではない。


 かけがえのない家族が、危険に晒されているのだ。


 先ほどロザリーから電話があった。アレクセイを連れてシェルターに避難する事が出来たが、ユーリが買い物に行ったまま帰ってこない、と。


 できる事ならば今すぐショッピングモールに飛んで行って、最愛の息子を助けに行きたい。こうしている間にも、ユーリは助けを待っている筈だ。絶望に必死に抗いながら、俺たちの助けを待っている筈だ。


「いいか、俺たちの任務は非戦闘員の救出だ! 1人でも多く助けろ、いいな!?」


『了解!』


 スペツナズに下された任務―――それはついに首都にまで到達した無人兵器群を迎撃しつつ、市街地に取り残された民間人を救出する事。


 本来なら連邦武警や国防軍の仕事だが、両者は既に敵の奇襲と予想外の物量で痛手を被っており、残存兵力も敵の物量に手を焼いている状態だという。


 幸いにも、作戦展開地域はユーリが買い物に行ったというショッピングモールの近く……そしてそこは、かつて同志大佐の娘さんがテロに巻き込まれて亡くなった曰く付きの場所でもある。


 最悪な結末にならなければいいが……。


 ユーリ、パパは……お前にもしもの事があったら、パパは……。


 タンプルフォンを取り出し、画像フォルダを開いた。家族4人で撮った写真―――いつだったか、みんなで遊園地に行った時の写真だった。俺が肩車しているのがまだ4歳だった頃のユーリで、隣ではアレクセイを抱いたロザリーが楽しそうに笑っている。


 家族を失うわけにはいかない。


 相手が何だろうと、絶対に。






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