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異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる   作者: 往復ミサイル
第五十三章 機械仕掛けの神
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悪魔の群れ、世界へ


 ユーリにとって、父は憧れの存在だった。


 クレイデリアにおいて、子供たちに人気の職業はテンプル騎士団や国防軍。特に小銃を手に祖国のために戦う兵士たちはその花形だ。頻繁にイベントが開催されたり、軍人やテンプル騎士団の高官がテレビ番組に出演する事もあって、クレイデリア国民にとっての軍人とは、国を守る戦士以上の親しい存在でもあった。


 仮にそうじゃなかったとしても、ユーリの気持ちは変わらなかっただろう。


 まだ幼い彼にとって、父であるキールと母のロザリーはどちらもヒーローだった。世界を支配しようとするナチス・ヴァルツ帝国と戦い、勝利したヒーロー。少なくともユーリの目にはそう映っているし、彼もそれを信じて疑わない。


 テンプル騎士団の闇、栄光の裏側に蠢くそれを直視した後も変わらないかどうかは定かではないが。


 だからユーリの将来の夢は兵士だった。自分もいつかテンプル騎士団の一員となって、身体を鍛え、一人前の兵士となって祖国のために戦う。そして自分も父のようなヒーローになるのだ、という大きな夢が彼にはある。


 まず強くなる、という目標があったからか、彼は自分の事は何でもやった。さすがに料理は危ないからと反対する母の意見もあってやらせてもらえないが、1人で買い物に行く事くらいは許されている。


 クレイデリアはとにかく治安が良い。が、それは当たり前の事だった。街中にはAKと最新のボディアーマーに身を包んだ兵士たちが巡回していて、そんな中で子供の誘拐や強盗をやろうものならば問答無用で蜂の巣にされるだろう。警備を担当している兵士たちは、人質を取る犯人の頭だけを正確にぶち抜くほどの技量を持っているのだから。


 運よく身柄を拘束されるだけで済んでも、待っているのは形ばかりの裁判と確定した死刑判決。そうした制裁の重さが抑止力となり、国内の犯罪発生率はここ最近では2%を記録している。


 そんな治安の良さだから、こうして子供1人をおつかいに行かせても問題は無いのだ。


 母から渡されたメモ用紙。そこには買ってくる食材の一覧と、最近読み書きを覚えつつあるユーリでも分かりやすいようにと、ロザリーが描いたイラストが記載されている。


 ジャガイモと鶏肉、ニンジンと玉ねぎ。一昨日ロザリーの実家の家族からスパイスが送られていたのを見ていたユーリは、今日の夕飯がカレーライスであることを見抜いていた。


 ユーリの一番好きな食べ物だった。特に母の、ロザリーの作るカレーは絶品で、大きな鍋で作ってもあっという間になくなってしまう事など珍しくない。大食いの父が家で夕飯を食べる時など猶更だ。


 そういうわけだから、母から頼まれたおつかい(任務)にも乗り気だった。


 いつか父の大きな背中に並んで立てるように―――少年の小さな身体には、大きな夢が宿っていた。














 スクリュー音が接近している、という報告を聞いた途端、ミリアス・ガルンバルト大佐の背筋に冷たい感触が走った。海中を征く潜水艦、その乗員(サブマリナー)にとっての天敵は、今も昔も変わらない。


 潜水艦以上の機動力と強力なソナー、そして対潜兵器を満載した駆逐艦はまさしく、潜水艦たちにとっては天敵だった。まともな対潜装備も無い敵艦を矢継ぎ早に撃沈し、戦闘を一方的に進める事が出来たのは大昔の話。今では頭上で打ち鳴らされるソナーや投下されるソノブイに怯え、敵の索敵と対潜ミサイル、あるいは対潜魚雷から必死に逃げ回る事しか許されない。


 羊と狼の関係は、完全に逆転していた。


 ファルリュー島沖に潜航したまま待機し、魔力探知に徹していた工作潜水艦ユニコーン。それの存在を察知し、じりじりと接近してくるのは、やはり潜水艦の天敵たる駆逐艦であった。


 息を呑みながら、ミリアス艦長は潜望鏡を覗き込みつつ旋回させる。


 接近中の駆逐艦は、どうやらウダロイ級駆逐艦のようであった。前部甲板に並ぶ2基の速射砲が目を引くが、この艦が最も得意としているのは水上艦艇との戦闘ではなく、対潜戦闘―――すなわち潜水艦狩りだ。多数搭載した対潜兵器とソナーで、海中の脅威を摘み取るべく建造された対潜戦闘特化型の潜水艦なのだ。


 ただでさえ潜水艦にとっては脅威となる駆逐艦。その中でも対潜戦闘に特化したタイプの艦ともなれば、神に祈りたくもなるというものだ。ああ、神様、どうして。毎週日曜日には欠かさず教会へ行き、祈りを捧げているというのに、なぜ死ねと言うに等しい試練を与えるのですか。ミリアス艦長の額を冷たい汗が流れ落ち、発令所の中を重々しい空気が包み込む。


 接近中のウダロイ級、そのマストで揺れるのはラトーニウス共和国の国旗だった。下半分が黄色で、上半分が白を意味している。


 スターリン政権時代、ラトーニウスはオルトバルカに併合されていた。その際に兵器の供与も受けていたのだが、その実態はテンプル騎士団が形だけの友好関係をアピールするために供与した旧式の兵器、その中でも特に古いタイプの兵器ばかりを押し付けられているという状態であり、ラトーニウスの軍備はお世辞にも強力とは言い難かった。


 反オルトバルカ派が多数を占め、民族主義の大頭の気配もあったラトーニウスは反乱を起こす可能性が高く、万一最新の兵器を供与すれば、兵の士気と練度の高さもあって独立を許してしまう恐れがあった。そこで当時のスターリン政権は新型兵器の供与を行わず、敢えて性能を落としたモンキーモデルの供与を行ったのである。


 あのウダロイ級もそうした”モンキーモデル”の一つなのであろう。それは分かっているが、だからと言って油断できる相手ではなかった。


 そもそも、工作潜水艦ユニコーンは真っ向からの戦闘を殆ど想定していない。あくまでも特殊部隊の兵士や潜水艇、小型ヘリなどの装備を搭載して敵地に特殊部隊を送り込み、それのサポートと回収を行う事を最優先の任務としている。それ故に通常の潜水艦に与えられる装備は制限を受けており、武装に関しては必要最低限のものしか搭載していない。


 だから敵艦と遭遇する事があれば、不意打ちなどで確実に勝てる場合を除き、逃げるしかないのだ。


「……敵艦より通信です。繋ぎます」


 通信士が重々しい声で言った後、発令所の中にノイズ交じりの男の声が響いた。


《Йёкбжагяд Ыё Ёущэтыск, МёсыЭвязъ ёр Ваяссмзххёу!! гёся йяэаасё!!(所属不明の潜水艦に告ぐ、直ちにこの海域より退去せよ!! これは警告である!!)》


 翻訳装置を通さなくとも、かつてラトーニウスで育ったミリアス艦長はその言葉の意味を理解していた。翻訳装置は正確にラトーニウス語をクレイデリア語―――正確には”クレイデリアン・アクセント”と呼ばれるオルトバルカ語の一つだ―――に翻訳していたが、訳し方が丁寧になっている。


 正確にはこうだ。『テンプル騎士団のクソ野郎ども、俺たちの海から出ていけ!! さもなくば海の藻屑にする!!』……嫌われたものだ、とミリアス艦長は目を瞑った。


「艦長……」


「……悪いが、奴らの言う通りにするわけにはいかん。深度120まで潜航、魚雷発射管1番から4番、攻撃準備」


 たった1本の銛で人喰い鮫と戦うようなものだ。ユニコーンに搭載された唯一の武装は、艦首にある4門の533㎜魚雷発射管のみ。あくまでも自衛用であり、特殊作戦用に艦内のキャパシティを割り振ってるから、その武装も最低限の能力しか持たない。新型の対艦ミサイルなど、この艦には搭載されていないのだ。


 それに対し、相手は潜水艦狩り特化型の駆逐艦、ウダロイ級。近代化改修前の旧式艦とはいえ、対潜兵器は充実しているだろう。しかも海中に潜んでいたユニコーンをあっさりと発見した辺り、ラトーニウス海軍の練度の高さが良く分かるというものだ。


 しかし―――幸運の女神は、思わぬ形でユニコーンに微笑む事となる。


「艦長、島から強力な魔力反応が……!」


 バラストタンクへの注水が始まり、通路からはバタバタと艦首側へ走っていく乗員クルーたちの足音が響く。少しでも艦首側を重くすることで艦の潜航を早めようという、戦時中のやり方だった。


 段々と沈んでいくユニコーン。そのさなかに潜望鏡を旋回させた艦長は、信じられないものを目にした。


 最初は潜望鏡のレンズにゴミでも付着したのかと思った。ファルリュー島の上空に、無数の黒い影が集まっているように見えたのだ。


 鳥の群れに見えなくもないが、それにしてはその動きはあまりにも速すぎた。鳥というよりは戦闘機のような速度で、まるで獲物を探すかの如く島の上空をぐるぐると旋回しているのである。


 次の瞬間、島の上空で黒い輪を形成していた一角が崩れた。


 手綱を離され、自由になったかのように、黒い影の群れがこちらへとやって来る。


 ズームアップした途端、ミリアス艦長は一瞬ばかり、呼吸するのを忘れた。


 潜望鏡のレティクルの向こうに映ったもの、それは―――異形の兵器たちだったのである。


 のっぺりとした顔面に埋め込まれた、ぎょろりとした眼球。最低限の機能のみを与えられたかのような3本指のマニピュレータに、最低限度の面積しかない防弾フレーム。


 下半身の無い、無数の戦闘人形オートマタだったのだ。


 何だあれは、と口から漏らす暇すらもない。


 さすがに潜航能力は無いから見逃したのか、それとも逃げの態勢に入っていたユニコーンより無防備と判断したのか―――黒い戦闘人形オートマタの群れがその贄に選んだのは、ユニコーンを沈めんと対潜魚雷の発射準備を進めつつあったウダロイ級の方だった。


 それの異様さにウダロイ級の艦長も気付いたようで、即座に速射砲とCIWSでの迎撃を命じたようだった。前部甲板の2基の速射砲が旋回し、戦闘人形オートマタ群れ(スウォーム)へと砲弾を叩き込む。


 倭国の神風特攻隊の如く突っ込むつもりだった最初の一団の先頭が、100mm砲の直撃を受けて吹き飛んだ。あくまでも人間の歩兵より一回り小さいサイズ、更に防御の要たる防弾フレームの面積も必要最低限となれば、艦砲射撃に耐えられる道理はない。矢継ぎ早に繰り出される砲弾の掃射に、突撃を敢行した一団はあっという間に撃ち減らされていった。


 火を噴くのは主砲だけではない。CIWSも獲物を見つけたとばかりに火を噴き、艦への接近を許さない。


 対応の速さと命中精度の高さに、ミリアス艦長は感嘆していた。あんな旧式の、テンプル騎士団でも退役が済んでいるような艦艇であそこまで素早く、正確な対応ができるのだ。ラトーニウス海軍の練度は大国と比較しても遜色ないレベル……いや、それどころか海軍国に並ぶほどだと評するのが妥当であろう。


 しかし、物量という要素はどこまでも残酷な現実を突きつけるものだ。


 僅か2門の速射砲と4基のCIWS、更に単独での迎撃という不利な状況も重なり、砲弾の直撃で生まれる火球が、段々とウダロイ級の側へと押し流されていく。


 やがて―――ウダロイ級の船体を、黒い影が飲み込んだ。


 甲板が抉れ、艦橋の窓ガラスが割れて、大型駆逐艦の船体が凄まじい速さで削られていく。まだ繋がっていた通信が最後に拾ったのは、ガラスが砕け散る音に金属が断裂する音、そして通信士と思われる男の断末魔だった。


 ミリアス艦長が潜望鏡で見ていたのはそこまでだった。


 潜望鏡を収納し、軍帽の向きを元通りにするミリアス艦長。いつも通りの仕草ではあったが、その脳裏では潜望鏡越しに目にした未知の兵器の恐怖と、その犠牲になったラトーニウス海軍の駆逐艦の姿が焼き付き、何度もリフレインを繰り返していた。


「艦長、あれはいったい……?」


「分からん……敵の新兵器なのか……?」


 もしそうなのだとしたら―――進化を繰り返す戦闘人形オートマタたち。それらがついに、効率的に勝つには物量で押し潰すべきという結論に至った結果がアレなのだとしたら、かなり厄介な事になる。


 最悪の状況を思い浮かべ、祖国クレイデリアに居る家族の事を思い出すミリアス艦長。現実というのはどこまでも残酷なもので、そんな彼の予感を現実にしてみせた。


「艦長、先ほどの無人兵器群が転移を!」


「何!?」


 転移までできるのか―――そう漏らす副長の隣で、ミリアス艦長は問いかけた。


「差表は!? 転移先は分かるか!?」








「転移先は―――クレイデリア本土です!!」














 育児休暇がもらえるのは嬉しい限りだ、とロザリーは思う。


 キールと結婚し、彼との間にユーリとアレクセイという2人の息子が生まれてから、ロザリーは育児休暇で家に居る事が多かった。さすがにユーリは特戦軍の顔、最高戦力と評されているだけあって簡単に休暇は貰えず、家を空けている事も珍しくは無いのだが。


 戦友として、そして何よりも愛を誓い合った妻として、夫の無事を祈りつつ無邪気な子供たちに翻弄される毎日。長男ユーリの方が父の背中を目指して急成長しつつあるのはありがたかった。おかげで、最近ミルクから離乳食を口にし始めた次男アレクセイの方に集中できるのだから。


 日曜日の昼下がり、アレクセイがすやすやと眠っている間が、彼女の好きな事が出来る時間だった。録画していたドラマを見ようとリビングのソファに座り、リモコンを手に取るロザリー。録画した番組のリストはドラマとアニメで半々だった。


 アニメを見ているのは意外な事にキールの方だ。ジャンルはバラバラで、バトル系から恋愛モノまで幅広い。戦場で地獄を見るから、こうした創作物を心の癒しにしているのだろう―――彼の心境を良く分かっているから、ロザリーは何も言わない。むしろ彼と一緒にアニメを見てそれなりに楽しんでいる。


 自分がこうして子供たちの面倒を見ている間に、彼は世界中を飛び回って戦っているのだ。組織のプロパガンダ関係の任務から、決して公には出来ない極秘作戦に至るまで。


 次の帰りはいつか、それすらも知らされない。自分も特戦軍に籍を置く兵士だから理解はしているが、しかし帰りを待つ家族としては帰ってくる日くらいは教えてほしいものである。


 帰ってきたらユーリが身長が伸びたことを自慢したそうにしていた、と教えてあげよう―――そんな事を考えながらテレビ画面を見つめていたロザリーの耳に、一番聞きたくないサイレンの音が届く。


 重々しく、本能的に危機を訴えてくるような不気味な音。


 空襲警報だった。


「え……?」


 間違いではないか、と思う。稀にあるのだ。国防軍の放送担当者が誤って空襲警報のサイレンを鳴らしてしまうトラブルが。


 第一、ここは天下のクレイデリア連邦。世界最強の軍事大国に戦争を仕掛けようなどという敵国がどこに居るのか。そんな予兆があれば、暴力装置たるテンプル騎士団が真っ先に摘み取っている筈だ―――何かの間違いだと期待していたロザリーであったが、現実はその期待をあっさりと裏切った。


《空襲警報、空襲警報! これは訓練ではありません! 繰り返します、これは訓練ではありません! 国民の皆様は手順に従い、最寄りのシェルターに避難を開始してください! 繰り返します―――》


 ゴウッ、と戦闘機のエンジン音が耳を劈く。


 見上げると、最寄りの飛行場から飛び立ったと思われるMiG-31”フォックスハウンド”の編隊が、長距離空対空ミサイルを大量に搭載し、南の空へと飛び去っていくのが見えた。


 間違いではない―――戦争が始まったというのか。


 ドラマなど見ている場合ではなかった。大慌てでソファから立ち上がったロザリーは、真っ先に子供部屋で眠っている息子の元へ。サイレンの音かエンジン音でびっくりし泣き喚くアレクセイを抱き抱え、財布と身分証明書、最低限必要なものだけを持って家を飛び出した。


「ユーリ……!」


 最悪のタイミングだった。


 よりにもよって、子供を買い物に行かせている間にこんな事になるとは。


 有事の際にどうすればいいか、ユーリには教えている。空襲警報が鳴ったら近くのシェルターに逃げて、兵隊さんのいう事をよく聞きなさい―――教えた通りにしてくれていればいいのだが、と心配しながら、ロザリーは走った。


 





 

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